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『不良娘に呼ばれて』特別編 #第3回心灯杯


「さて。どうしたもんか…」

仕事から帰り、駐車場の機械が自分のパレットを運んでくる様子を見ながら僕は困っていた。

仕事関係の美魔女からもらった高級ブランド石鹸。バスルームで使えば家庭内に何かしらの波紋を投じることになるのは間違いない。かと言って、もらったものを捨てる気にもならない。

その時電話が鳴った。

「もしもし? 今日何してる?」

井口だ。今のご時世、メールでもLINEでもなくいきなり電話をかけてくる相手は珍しいが、彼女の遠慮のないところが僕は好きだ。

「ああ。今帰ってきたところ。でも明日大切な飲み会があるんだよ。だから今夜は難しいかな」

聞かなくてもわかる。この時間の井口からの電話の要件は間違いなく、”店が暇だから来て欲しい”だ。

「来てよー。ちょっとでいいから。ホント、マジで暇なんだから」

甘えられるのは悪い気はしないがタイミングというものがある。

いや、しかし… そうか、その手があったか。

「わかった。じゃあ、着替えてから行くから30分後に」

僕は車を駐車場に入れた。


+++

カランコロン ♪

「いらっしゃいー」

店につくと井口が笑顔で迎えてくれた。

バーと言っても立派なバーテンダーさんがいるわけでもなく、ほとんどの客が安いビールかさらに安いハイボールを飲むだけの酒場。井口は週に何回かその店のカウンターの中で働いている。

売上のノルマを持たされているわけじゃないが、あまりにヒマだとオーナーの機嫌が悪くなるらしく、僕はそんな時に都合よく呼ばれる客なのだ。

「おう、井口。これ、プレゼント」

「え? 突然なに? 何これ? 」

「石鹸。なんとディオールだぞぉ~」

「えー、うれしいんだけど。私、固形の石鹸好きなんだよね」

「そうだろ。知ってた。ちょっと見かけたから買っておいたんだ。使ったら感想聞かせてね。香りの感じとか」

ウソも方便、白便、黒便、和田勉である。これで、井口喜ぶ、井口から聞いた感想を伝えて美魔女喜ぶ、うちの家庭は円満、一石出前一丁だ。

「ありがとう」

「いいってことよw」


井口との付き合いは半年になる。付き合いといっても歳の離れた飲み友達といった感じで男女の意識はお互いに全くない。

自他共に認める橋本環奈似の彼女だが、いつもライダースに黒のスキニーパンツ、おしゃれには全くこだわりがない。
一度「スカート持ってないのか?」と聞いたことがあるのだが、

「スカート? あるけど。足を見せたい相手がいない」

と切れ味のいい返事をいただいた。


井口から聞く話はいつも二種類しかない。

「あー、金がない。タバコで税金払ってるんだから、年金免除してくれよー」
井口は金がない。もっと働けばいいのだが、そうはいかない彼女の事情と感情と過去がある。

「アイツ、また浮気したみたい」
井口の彼氏。本人は彼氏だと認めたがらないが、井口が好きで付き合っているのだから彼氏で間違いない。

金と男。二つの悩みを抱きながら、不良娘は今夜も朝まで帰らない。



カウンターでしばらく一人で飲んでいると井口の「じゃあ、あがりまーす」という声が聞こえた。

「おい井口!もうあがるの?」

「うん。今日はこれでおしまい」

「ちょっと待てよ。来てっていうから来たんだぜ」

「だってもう仕事ないから。じゃ、おつかれさまです」

「そりゃないよ~」

店のドアの前で一度見返り僕に手を振ると、井口はあっさりと出ていった。

まったく。

呼び出すだけ呼び出しておいてこれだ。根は優しいのはわかっているが気分屋過ぎる。

この一杯を飲み終わったら帰ろう、そう思っていると・・・


カランコロン ♪

音にひかれてドアを見ると、そこにはいつもと少し雰囲気が違う井口が立っていた。

ツカツカと僕の横まで来ると

「はい」

「え?なにこれ?」

「もうすぐ誕生日でしょ」

「ケーキ? うわ、俺の名前のプレートまで!」

「ずっと前にケーキ屋さんに頼んでおいたの。だから今日来て欲しかったの」

「井口… 金もないのに… 」

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「いいってことよw」

「なんか。本当にありがとう。うれしいよ」

「で? このまま帰らせる? それとも私に一杯おごってくれる?」

「もちろんおごらせていただきます。さあ、お嬢様。こちらへお座りください」

「じゃ、遠慮なく」

井口は僕の隣の席に座り、いつもより高めのお酒を注文した。


店のBGMが聴こえてくる。

"  I love rock'n'roll  So come and take the time and dance with me ♪ "

美魔女といい、井口といい、増えるツンデレ。困ったものだ。

だけど気分は悪くない。

今夜は少し遅くなりそうだ。


カウンターの下で、

スカートの裾からスラリと伸びた井口の足が光っていた。



-- Britney Spears 『 I Love Rock 'N' Roll』--

I saw him dancing there by the record machine
ジュークボックスのそばで彼が踊っているのが見えた

I knew he must have been about seventeen
17くらいに違いない

The beat was going strong
ビートが強くなり

Playing my favorite song
私のお気に入りの曲をプレイしてる

I could tell it wouldn't be long
そんなに長くかからないわ

'Til he was with me Yeah, with me
彼が私と一緒になるのは

Singin' I love rock'n'roll
アイ・ラヴ・ロックンロール

So put another dime in the jukebox, baby
ジュークボックスにもう10セント入れて

I love rock'n'roll
アイ・ラヴ・ロックンロール

So come and take the time and dance with me
さあ来て。私と一緒に踊る時間よ




つづく



#第3回心灯杯 #三題噺

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