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『ラストクリスマス』 #第3回心灯杯

昨日は予定外に不良娘と飲み過ぎてしまった。だがこの時間になり、なんとか酒は抜けている。がんばろう、いよいよ今夜がメインイベントだ。

メニューには日本酒がずらりと揃っていた。美咲は僕のリクエスト通りのお店をセレクトしてくれたようだ。ビールを飲み干すと僕は『田酒』を注文した。美咲が前にこのお酒がおいしいと言っていたのを覚えていたからだ。

たこわさをアテにチビチビとやりはじめる。

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酒もタコも美味い。たまには一人でこんな感じも悪くない。しばらく『孤独のグルメ』感を楽しんでいると美咲が到着した。

「すいませんー、遅れちゃって」

「ああ、大丈夫だよ。先にやってたから」

「はい、これ。飲むと忘れちゃうかもなので先に渡しておきますね」

「なにこれ?」

「誕生日プレゼント。日本酒です」

「えー、ありがとうー!」

見るとラベルに『火と月の間に』とある。あとで知るのだが、なかなか評判のいい日本酒らしい。

「いいえ。いつもお世話になってますから」

「何をおっしゃいます、美咲様。お付き合いいただいているのはこちらの方ですよ。ささ、どうぞ、どうぞ、今夜は存分にお飲みくだされw」


美咲と知り合ったのは去年の春。しばらくはただの知り合いだったのが秋のラグビーワールドカップの時に初めて飲みに行った。

それから約1年。月イチペースで飲みいろんな話をしてきた。あけすけになんでも話す美咲の、その男関係まで僕はほぼ全部聞いてると思う。

「誕生日、お祝いするの2回目ですね」

「そうだね。ありがたい」

「60歳までお祝いしますからね!」

「60歳って、そんな… いや、もうあと数年か。ありえるな!w」


年齢も違えば普段は全く接点のない違う世界で生きている二人。だからだろうか、いつまでもお互いの話を興味深く聞ける。

彼女の今の話を聞きながら、僕は彼女に昔の話をする。
彼女の男性の話を聞きながら、僕は女性の話をする。
彼女の彼氏がガポルシェを買った話を聞きながら、僕は自分が牛丼屋でサラダを付けるかどうか迷う時の話をする。

そんな感じでいつも4~5時間飲み続ける僕らは、友達としてとても相性がいいようだ。


「そういえば前に相談した口説いてくるオッサン、最近またしつこくて。今度誘われたらマジで一緒に来てくださいよ」

「ああ、あのオッサンね。うん、まかせといて。君達が二人で飲みに行く、俺はそこで一人で飲んでて、偶然出会った君達にウザ絡みしていく酔っ払いおやじ役ね」

「そう。それで私はオッサンをほったらかしにして砂男さんと楽しくガハガハ笑う。あきれてオッサン帰るw」

「完璧な作戦だなw Youtubeで生放送しようぜww」

「でも。そのオッサン結婚してるんですよ。お子さんもいらっしゃって。なのに。なんなんでしょ。私のこと、宇垣アナにそっくりだ、君が好きだ、みたいな事言ってくるなんて」

「んー、わからんでもないけどね。例えば結婚しててもアイドルが好きな男もいるでしょ。ヨン様を追っかける奥さんもいる」

「ヨン… さま? 」

「ああ、知らないか。えっと今の純烈みたいな感じかな。奥様方のアイドルだ。そんな事はどうでもいいんだけど。
とにかく、結婚してても異性に魅力を感じることはある。綺麗な女性を見て、素敵だな、好きだな、と感じるは悪いことでもないと思うよ」

「そっか。アイドルと言われると納得しますけど」

「あとは距離感の問題だと思う。好きなだけなら、それでいいと思うんだけど… ね 」

「好きなだけならそれでいい… か。 そういえば、もうすぐクリスマスですね」

「そっか、もう。そうだね」

「去年のこと… 覚えてます?」

「うん。まあね…でも、あの時は酔っぱらっていたからあまり… 」

去年はもう過去。

過去の話しだ。


「そうですか。今年はうち来ません? パーティーしましょうよ」

「うちって、美咲の部屋? そりゃマズいだろう。彼氏来たらどうするんだよ」

「大丈夫。彼氏とは24日と25日に会うので。23日なら問題ありません。なんなら由香ちゃんも呼びますよ。三人ならいいですよね?」

「いや、三人といっても… こんなおじさんがいたらおかしいだろ。飲み友達です~とか説明しても絶対に誰も納得しないぞ。部屋はマズいわ、部屋は」

「えー。残念。喜んでくれないんですね。なんだか。砂男さんってツンデレなんですね」

「俺が? そんな事ないよ。いや、うれしいけど、それはその… 」

今年のクリスマスは美咲とは… 

少し困った僕は、視線を日本酒に向け、口をつけた。


「じゃあ、もういいです」

「いや、外で飲もうよ。チーズフォンデュとか食べたい」

「私の部屋でもチーズフォンデュできますけど。でも、もういいです」

「いやいやいや、そうじゃなくてさ…」

「私、一人でフォンデュ食べます」


困った。

ツンデレなのだろうか。

ひょっとして美咲のこれはツンデレなのだろうか。

美咲の部屋に行くべきか、行かざるべきか、それが問題だが…



「わかった。行く。じゃあ、23日は二人で、美咲の部屋でフォンデュ食おう」

「そうですか。んー、でもたしかに二人はちょっとマズいかも… やっぱ由香ちゃん呼びますね」

おおい!

なんだよ! 

せっかく勇気振り絞ってルビコン川を渡ろうとしたのに!

もぉ~、これが本物のツンデレなのか。

ここ何日かで俺の周りで増えるツンデレ。

振り回されるぅ~、くそぉ~。


はぁ・・・

でも。

それでいいか。

うん、これがいい。ちょうどいい。



飲み終わると、いつものように美咲は改札まで送ってくれた。

「じゃあ、今日はありがとう」

「はい」

「じゃ、また」

「はい、また。連絡しますね」


改札を抜け振り返ると、美咲も見返り、僕に笑顔で手を振った。



電車のシートに腰掛け、スマホを見る。

LINEには美咲からのメッセージが。

『今日もごちそうさまでした。誕生日おめでとうございます。いい一年を。じゃ、クリスマスに』


クリスマス、か。

去年の僕は…



Last Christmas, I gave you my heart
去年のクリスマス、君に僕の心を捧げた
But the very next day you gave it away
でもすぐ次の日に君は捨て去ってしまった
This year, to save me from tears
今年は、涙を流さないように
I’ll give it to someone special
特別なだれかにあげるんだ

Once bitten and twice shy
 一度傷ついたら臆病にもなるよ
I keep my distance, but you still catch my eye
距離を置いているけどまだ君から目が離せない
Tell me, baby, do you recognize me?
教えておくれ、君は僕を認識しているの?
Well, it’s been a year, it doesn’t surprise me
一年も経つし、驚きはしないだろう
I wrapped it up and sent it
僕は包んで送った
With a note saying, “I love you”, I meant it
”愛してる”ってメモを付けて
Now I know what a fool I’ve been
今は自分がどれだけバカだったかわかる
But if you kissed me now, I know you’d fool me again
でも、もし今君にキスされたら、また騙されるって知っているんだ



#第3回心灯杯 #三題噺

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予約状況がどうなっているのかわからないですがご興味のある方はぜひ。
会場でお会いしましょう!

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