才能の代償
あまりにも突然だった。
「別れてください」
それだけが書かれた美樹からのLINE。納得できるはずもない。
付き合い始めて1年。うまくいっていたはずだ。なのになぜ・・・
仕事終わりに呼び出したファミレスで、美樹は黙ってうつむいたままだ。
「なあ、美樹。何か言ってくれよ。わからないんだよ。いったいどうして」
「もう… 何を言っても意味がないから」
「そんな事言うなよ。美樹が本当に別れたいと言うのなら俺も聞くから。でも、なぜそんな事を… 理由だけ教えてくれ。これからの俺のためにも」
美樹はカップを持ち上げミルクティーを一口飲んだ。そして意を決したように話し始めた。
「じゃあ、言わせてもらうけど。あなたのそういうところなの」
「そういうところ?」
「さっき、あなたは言ったでしょ。『これからの俺のためにも』って。こんな時にまで、あなたが気になっているのは自分のこと。あなたはいつも自分のことだけ。あなたが一番大切なのは自分。私のことなんて興味がないのよ」
「そんなことない!俺は美樹を好きだし大切に思ってる。誕生日にプレゼントしたネックレス、20万もしたんだぞ。クリスマスのディナーだって10万以上した。俺は俺なりに美樹を大切にしてきたはずだ」
「そうね、そうなのかもしれない。でもあなたの言う通り、それは『あなたなり』なの。それを私に押し付けようとしているところも、やっぱりあなたらしく、自分勝手なのよ」
「何を言ってるんだ。君だってあんなに喜んでたじゃないか。こんな所に来るのは初めてって」
「たしかにうれしかったわ。でもね、それは自分では買えないモノを手に入れた喜び、自分では経験できないことを経験した感動。決してあなたへの想いじゃなかった。それに気付いたの。ごめんね」
「そんな… 」
「あなたはお金持ち。会社では仕事もデキて、見た目もイケメン。パーフェクト。あらゆる才能を持っているのだと思う。それで私も好きに…」
「だったら… 今でも」
「違うの。その好きは… そう、まるでアイドルを好きになる感じだった。でも。そのままにしておくべきだった。アイドルは現実に付き合う相手じゃなかった」
「いったい俺に何が足りないっていうんだ」
「さっきも言ったでしょ。あなたが関心があるのは自分のことだけ。あなたに足りないものはね『共感力』よ」
「共感力… 」
「そう。あなたには才能がある。それは1,000人に1人くらいの才能かもしれない。それはすばらしいことだと思わ。事実、私もその才能に憧れた。でも、その分あなたは捨てているものがある。それが共感力なの」
「俺が… 捨てている… 」
「1,000人に1人の才能を持った人はね、才能がない999人の気持ちがわからない。あなたは他の人をバカにしてるつもりはないのだと思う。でも、あなたには999人の人達の気持ちはわからない」
「そんなことは… 俺だって…」
「ううん。私が仕事で悩んでた時あなたは何て言ったと思う?『ふーん、イヤなら辞めちゃえばいいじゃん』だよ。そうじゃないの。私はね、仕事に悩む私を認めてくれて、その気持ちに寄り添って欲しかったの。でも、あなたには私の気持ちがわからない」
「だったら、そう言ってくれれば…」
「なぜ言わなかったと思う? あきらめたのよ。あなたには共感力が無いってわかったから。もう、その時には私はあなたをあきらめてたの」
「あきらめてたって… 」
「この別れ話もそう。あなたは突然って言うけど、私はずっと悩んでた。それにも気付いてなかったでしょうね。あなたは私のことなんて見てなかったから。あなたが見てたのは、私を手に入れた自分だけだったから」
「そっか… ごめん… これから心を入れ替えるから、だから…」
「ううん。もう無理」
「お願いだ、もう一度、俺に…」
「じゃあ、ハッキリ言うね。私他に好きな人ができたの」
「え? 誰? 」
「亀井君よ」
「え?ちょっと待ってくれ。あの亀井か?あんな仕事がデキない奴、絶対出世できないぞ。顔も良くないし…あんなヤツ‥」
「顔? あなたらしいわね。そういう事を考えるのが。
顔も出世もそんなのどうでもいいの。亀井君はね、私の話をちゃんと聞いてくれた。私もね、なぜか亀井君にはなんでも話せるの。とても自然に」
「でも、亀井は… アイツと一緒になれば一生貧乏暮らしだぞ」
「お金じゃないのよ。亀井君は私をちゃんと人として見ててくれる。とても安心感があるの。背伸びなんか必要なくって、そのままの自分でいられる安心感。それがあなたとの付き合いでは感じられなかった」
「生きていくのにはお金も必要だ。そんなことは美樹もわかっているだろう」
「うん。でもね、お金は二人で頑張ればなんとかなると思う。あなたに贅沢させてもらって気付いたけど、贅沢なんて一瞬の満足感だけだったわ。それを教えてくれてありがとう、あなたには感謝してる」
「ありがとうって… 終わったことみたいに… 」
「亀井君といるとね、私、自分に自信が持てるの。それがあなたとの付き合いでは全く感じられなかった。このままの私でいいんだって思える自信。それが亀井君が私にくれるモノ。お金なんかよりよっぽど価値があるってことに、私気付いたの」
「そんなの… 嫌だ、俺は別れたくない。もう一度…」
「もうやめて。終わりなの。最初はあなたに憧れた。でも私が最後に好きになったのは亀井くん。
才能をフルに使って一人で突っ走っていくあなた。でも亀井君はずっと私に寄り添ってゆっくり歩いてくれた。
仕事ではあなたの勝ちなんでしょうけど、
このレース、亀井君の勝ちよ。ごめんね、兎田君」
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先日、『うさぎと亀、あなたならどう書きますか?』という記事を書かせていただいたところ、アセアンそよかぜさんがとても面白い作品を投稿してくださいました。ありがとうございました!
僕も書いてみたのですがやっぱり個性が出ますよね。(^^)
僕はもちろん亀井君派ですw