さらに新しい生活様式(ショートショート)
東京都が用意したホテルの中の暮らしは思ったより快適だ。
毎日いろいろな検査をするが医療スタッフは優しく、わずらわしいどころか安心感が持てる。
詳しくは知らないが、現在東京にはこの様なホテルや医療施設がたくさんあり、10万人以上が滞在していると聞く。驚きだ。
当初はこんな事になるとは誰も思っていなかった。
特効薬はすぐにできると思っていた。
だが… こんなにも多い人が、こんなにも長くホテルに滞在することになるとは…
こうなることも考え用意を周到にしておいたので、ホテル暮らしへの流れはスムーズだった。
仕事はリモートでできる範囲でしているので、収入はある。
家族全員同じホテルに入ってるので、さみしくもない。家族とのコミュニケーション量はホテルに入ってからの方が増えたくらいだ。
我が家は家の近くのホテルを選んだ。だが「どうせホテルから出られないのだから」と旅行気分で景観がいい施設を選ぶ人もいるようだ。
息子の学校もリモートで行われているので、勉強も問題ない。外で遊びに行けないのがかわいそうに思うのだが、もうこの暮らしに慣れ、ストレスでもないらしい。
体調のいい人はホテル内のフィットネスクラブを利用することもできる。
ホテルが用意する食事はまあまあ。必要な時はUberで食べたいものを取り寄せられる。
要するに、このホテルの中ですべての生活は完結できるのだ。
不満がないわけじゃない。だが、それはこのホテルに限った事じゃなく、自分の家に住み、会社に毎日通勤していたころだって不満はあった。
そう考えると、ひょっとしたらもうここでいいのかもしれない、と思うようになってきた。
当初の頃に思っていた「早くここを出たい」という気持ちが日に日に減っていくことを感じていた。
たまにホテルの窓から下を見下ろす。
そこには多くの人が行き交うスクランブル交差点が見える。
もうマスクをつけている人すらいない。
カップルだろうか、手をつなぎ楽しそうに笑い合っている。
夜になれば、あきらかに酔っぱらっている人も多く見られる。
居酒屋にキャバクラ、ホストクラブ。一時期あれほどに危険だとされていた場所に人が集まっている。
街はもうあのウィルスを忘れてしまっているようだ。
だが、我々はまだこのホテルの中から出られない。
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ホテルが見えるファーストフード店。
ビジネスマンが二人で昼食を食べている。
「あのホテル、知ってるか?」
「ああ、あそこな。中に入ってるの、あの人達だろ」
「そう。あのホテルには怖くて近づけないよ。あの人たち、いつまでホテルにいるんだろうな」
「さあな。特効薬ができるまで、とか言ってるようだけど。でも好きで入ってるからいいんじゃない? これも住み分けってことで」
「まあな」
「しかし、こうなるとは思わなかったよな~。だって、最初のころはひどかったろ。 感染したら謝って、苦しんでるのに叩かれて、あれはかわいそうだった。でも感染者の方が多くなると、感染者たちのコミュニティーの方が強大になっていった」
「ホントに。常識は簡単に逆転するんだな。今の状況は誰も予想できなかったろう」
「そうだな。こうして未感染者の方がホテルに隔離されるようになるとは」
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