太陽光の入射を減らす温暖化対策技術への批判で、ビル・ゲイツが先進国白人男性グループ代表として名指しされているのはなぜか?
今週のScience記事に「ソーラー・ジオエンジニアリングのリスク」という記事が上がっていた。気候を操作して地球温暖化を軽減する技術、ジオエンジニアリングの中でも、成層圏に微粒子をまいて太陽光の入射を減らす技術Stratospheric Aerosol Injection (SAI)に対する懐疑論だ。
3月には米国アカデミーから「ソーラー・ジオエンジニアリング研究とそのガバナンスの推奨」という報告書が出たそうで、もっと研究を進めたほうがよいということのようだ。開発を進めよではなく研究とガバナンス、ということになっているのは、すぐにもやりましょう、どんどんやりましょう、というタイプの技術ではないからだ。
SAIの技術のヒントになっているのは、火山の噴火だ。噴火によって巻き上げられた微粒子(エアロゾル)が太陽光を反射して地上に届く量を減らす。地上を温める熱が減って、温暖化に少し歯止めがかかるというもので、火山噴火はコントロールできないが人為的に成層圏に微粒子をまくならば、量や地域をコントロールすることができる。
ハーバード大学にHSGRPという研究グループがあり、小規模な散布実験を計画している。ただ、火山噴火を模して太陽光を減らすと言われても「……ほんとに? 大丈夫?」となりやすいのは、どうしても浅間山噴火と天明の大飢饉、のような連想が働いてしまうからだ。1780年代の冷夏と凶作は噴火前から起きていて浅間山噴火だけが飢饉の直接的要因とはいえない、という資料もあるがそれにしても。金星は太陽系の惑星の中で最もアルベド(反射能)が高いはずだけれど、460度にもなる地獄のような高熱環境になっているのはなぜだとも思うし、そんなに簡単にコントロールできるのかという疑問はある。※金星表面はあまりにも高温のためシリコン半導体が機能せず、コンピュータを一から作り直す必要がある。
ほかにも、「本質的な取り組みである温室効果ガスの削減の努力を妨げる(より手軽な方法に頼るようになってしまう)」という批判もあって、研究者も「平均気温上昇があまりにも急激で温室効果ガス削減が間に合わない緊急事態の際のオプションのひとつ」という表現をしていて、手放しでソーラー・ジオエンジニアリング、とりわけSAIを手放しで称賛、推奨する意見は少なくとも見たことがない。
ただScienceの記事に「そういう文脈なんだ」という批判があって気になったのは「北半球の先進国でテック・ビリオネアやエリート慈善活動家の資金援助のもと、白人男性サイエンティストのグループがソーラージオエンジニアリング研究を推進している」という文言があったからだ。狭く小さなテクノクラートの中のカッコつきの「議論」では、本当のリスクの評価につながらないというものだ。
ソーラージオエンジニアリングに資金を出している、テック・ビリオネアにしてエリート慈善活動家というと、1人しか思い浮かばない。HSGRPに資金援助していることで知られる、ビル・ゲイツだ。2月に出版されたばかりのビル・ゲイツの新著『How to Avoid a Climate Disaster: The Solutions We Have and the Breakthroughs We Need』でもこのソーラージオエンジニアリングを扱っている。「確立された方法論ではない」とか「非常事態の手段」「私が支援する他の気候変動対策研究に比べて支援規模はごく小さい」といった留保がいくつもついているものの、基本的には推奨していると読んだ。「ジオエンジニアリングは、『惑星規模の巨大実験だ』という批判を受けることもあるが、私達はすでに大量の温室効果ガス排出という惑星規模の巨大実験を進めてきている」という感じの文言もある。自分たちも加担してさんざん地球の環境を変えてきたのに何を今さら純粋なフリをして、という印象を与えたいのかなとも思えた。この本はこの夏に翻訳が出版されるらしい。
ただ、Scienceの論考にある批判のポイントはそこじゃないと思う。論拠に『Rich man’s solution? Climate engineering discourses and the marginalization of the Global South』という2019年の文献がある。タイトル通り、北半球の先進国がSAIを含む気候工学の研究、主導でリーダーシップを握っていて途上国は議論から疎外されているという趣旨だ。各種気候工学の中でもSAIは比較的低コストの手段だが、熱帯のモンスーンによる降雨が農業などに欠かせない地域では降雨量の低下など大きな影響を与えてしまい、発展途上国はSAIを実施できるような先進国にますます依存することになってしまう、としている。
同じ趣旨のことをよりはっきり述べているのが『The hidden injustices of advancing solar geoengineering research』という2020年の文献で、上では「気候工学」と大枠で扱っていたものを「ソーラージオエンジニアリング」と明確化した。さらに支援者としてビル・ゲイツはもちろん、facebookの共同創業者ダスティン・モスコヴィッツとその妻でWSJ記者のカリ・ツナ、二人と共に慈善団体オープン・フィランソロピーを設立したホールデン・カルノフスキーの名前がある。
"hidden injustices(隠された不正義)"とかなりきつい言葉を使っていて、ソーラージオエンジニアリングをこのまま推進すると、限られたビリオネアとエリート・テクノクラートの小集団が地球規模の気候システムを操作する道をつくってしまう、と訴えている。
ビル・ゲイツのいう「いざというときのためのオプションは用意していたほうがいい」という主張と、「少数の先進国富裕層とエリートだけで決めるな」という批判は、まだ噛み合っていないというか、正面からぶつかりあっていないように見える。2019年の文献にビル・ゲイツが気づいていないとは考えにくいので、「一般読者向け」の土俵で説明はしないのではと思う。わざわざ自分を批判されやすい立場の代表に置くことはしないだろうし、あくまでも「リスクに対する議論はしている、ガバナンスも推進する、SAIはオプションのひとつ」で通すのだろう。
今まで、ビル・ゲイツを首魁のように描く陰謀論は正直バカげていると思っていた。ただ、成層圏にエアロゾルをまくという直截な手段をとったとしても、降雨パターンの変化のような長期的な影響がいつはっきりするのかもわからない。「テック・ビリオネアにしてエリート慈善活動家の影」をそこに見いだすのは難しいのではないかと思う。
タイトル画像:Ice Albedo - Global View Credit:NASA/Goddard Space Flight Center Conceptual Image Lab
https://svs.gsfc.nasa.gov/20021
「金星・地球・火星 Venus, Earth and Mars」IMAGE CREDIT: ESA.