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カントクのつぶやき

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伊勢真一カントクのつぶやきです。月1で更新しています。 「カントクのつぶやき」がはじまったのは1999年。 ツイッターがはじまるずっと前から、カントクはつぶやいていました。 月に…
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#ドキュメンタリー

大好き〜好きなものは好き。

2023年 5月  紫陽花の季節。  日曜画家だった母が好んで描いた花だ。決して上手くはなかったけど。  母を疎ましく思っていた頃には、紫陽花を好きになれなかったけど、この頃は素直にキレイだ、イイナと想うようになった…。  この春は新作『Pascals(パスカルズ)〜しあわせ のようなもの〜』の上映と、次回作『大好き〜奈緒ちゃんとお母さんの50年〜』の製作資金集めのための上映会に、夢中になって取り組んでいた。  映像の仕事を始めてから50年、いつだって夢中だったから、ずっ

春は来る

2023年 4月 どんなことがあっても、春は来る…。 私のスマホは今、野の花々で満杯… ガラケイからスマホに携帯電話を変えて一番良かったのは、映像機能を使って自前の花園を楽しめることかな? 仕事の行き帰りに路端で撮りためた花々が 「ヨオ、元気にやってるかい?」 と、赤・青・黄色・白…色とりどりに声を上げて春を告げてくれています。 と言っても、私は花の名前をほとんど知らない。 花に元気づけられて、この春から、今も撮影中の「奈緒ちゃん」シリーズ次回作の製作・上映支援プロジェ

2024春公開予定!次回作『大好き〜奈緒ちゃんとお母さんの50年〜』製作・上映支援 映画会 vol.1 [4/2日.下北沢ラ・カーニャ]

“奈緒ちゃんシリーズ”第5弾となる次回作 『大好き 〜奈緒ちゃんとお母さんの50年〜』 を応援する映画会です。 2023年  4月2 日(日) 13:30〜『奈緒ちゃん』 16:00〜『やさしくなあに 〜奈緒ちゃんと家族の35年〜』 *各回 上映後、伊勢真一 監督と西村信子さん(奈緒ちゃんの母)のトークあり。 [会場]下北沢 ラ・カーニャ(東京都世田谷区北沢2-1-9 第二熊崎ビルB1) [料金] 各回トーク付:2,000円(税込) 一日通し:3,000円(税込) [ご

新作は「音楽ドキュメント」

2023年 1月  あっという間の50年だった。  夢中になって駆け抜けて来たからなあ…。  何でもありのドキュメンタリー映画創りだったけど、いつの頃からか「ヒューマンドキュメンタリー」と、私の作品群は呼ばれるようになる。酒が入った時などに時々口にしたのは、「音楽ドキュメントとスポーツドキュメントの傑作を遺してくたばりたいなあ…」という繰り言だ。ガキの頃から、音楽とスポーツが好きだったからね。  で、映画生活50年の新作は、音楽ドキュメント。傑作であろうと駄作であろうと

「50年」

2022年 12月 「私は生きることより思い出すことのほうが好きだ。 結局は同じことなのだけれど」 (フェデリコ・フェリーニ) フェリーニはさすがにいいこと言うなあ…。 映画を創ることは“思い出すこと”そのものだもの。 歌を唄うことも“思い出すこと”か? 今や、国民的歌手とも言えるユーミンが、音楽生活50年だったようで、色々なところで取り上げられている。たいしたもんだ、50年にわたり第一線で活躍してきたんだからなあ。 かくいう私も、2023年に映画生活50年を迎える。

「映画の中で生き続ける」

2022年 11月  「わたくしは死んではいけない わたくしが死ぬとき あなたがほんたうに死ぬ」  つい最近の新聞紙上で、永田和宏さんという歌人が亡き妻のことを歌った短歌が、目に止まった。  丁度インドネシアでの、自作『いまはむかし 〜父・ジャワ・幻のフィルム〜』の上映巡業から帰った頃だった。戦時中、父が三年半にわたってインドネシアで国策映画を創り続けたことを描いた映画だったので、もう遠い昔に死んでしまった父が行きたかったに違いないインドネシアを、80年ぶりに再訪する旅

天使さん

2022年 10月  毎月、月末になると借金の支払いを済ませたあと、ギリギリになってから「つぶやき」を書く…。もう随分前からの習慣だ。  初めて「つぶやき」を書いたのは、映画『奈緒ちゃん』が完成した1995年、初めての自主製作映画の、初めてのチラシの裏面に、「つぶやき」というタイトルの短い文章を書いた。誰に向かって、という訳でもなく、口の中でモグモグと、言葉になるようなならないような思いを映画にした自作の語り口は、「つぶやき」のようだな、と感じてたから。  以来、自主製作

風に吹かれて

2022年 5月 “How many roads must a man walk down Before you call him a man?” (Blowin’In The Wind / Bob Dylan)  このところ「風に吹かれて」を繰り返し聴いている。ちょうど半世紀程前、アメリカがベトナム戦争で北爆を繰り返していた頃、学生時代に聴いていた歌だ。  狭くて汚い我が事務所で、ガンガン音楽を浴びながら「緊急上映」呼びかけの手紙を書いている。  アトサキ考えずに「

勇気

2022年 4月  「戦争をやめてほしい」  誰もがそう思っているはずなのに、戦争が始まってしまった。  新作『いまはむかし〜父・ジャワ・幻のフィルム〜』はもう二度と戦争をしてはいけない、というメッセージを、映画人としてプロパガンダ映画を製作し、80年前のあの戦争に加担した、父・伊勢長之助の在り方を見つめ直すことで、描いた映画だ。  父が、戦時中、三年間にわたって創り続けた100本に及ぶプロパガンダ映画…。  戦後、反戦の思いを込めて製作したニュース速報『世紀の判決 ─東

「いま」

2022年 3月 「いまはむかし」の「いま」 「むかしはいま」の「いま」  「いま」、世界中の人々がテレビやSNSで戦争を見ている。本物の戦争の生中継。ロシアとウクライナの戦争を、まるでサッカーの試合を観るように眺めている。  「いまのいま」起きていることを、自分事として、どう受け止めたらいいのか…。他人事ではないんだ。  「戦争を止めてほしい」 けれども、何も出来ずに右往左往している。自分に出来ることは、淡々と自分がやってきたことを続けること。 映画を創り、観せ、続け

記憶

2022年 2月  お袋の命日は二月の中頃、親父の命日は一月の始め、両親が旅立ってからもう、かなり経つのに、この頃しきりに二人のことを考える…。  映画『いまはむかし 〜父・ジャワ・幻のフィルム〜』を完成させ、上映活動に取り組んでいるからかもしれない。  映画の中で使っている親父と一緒に写っているただ一枚だけの写真は、私が三歳の頃のもの…。丁度その頃、親父は家を出た。そして、私はお袋と二人の姉と共に暮らした。三歳の頃の私は何を思うのか、写真の中でじっとこちらを見据えている

「弱虫」あるいは「勇気」

2021年 12月  寒い…  寒さに弱く、暑さにも弱い、ただただ弱いのだ。およそドキュメンタリーの創り手らしからぬ「弱虫」の私が、「勇気ある者」として讃えられ、戸惑っている。  オランダ・アムステルダムでの映画祭で、新作『いまはむかし〜父・ジャワ・幻のフィルム〜』が四回上映され、観てくれた方々の何人かが、「勇気ある映画」「勇気あるカントク」という感想を寄せてくれたのだ。  国内での上映では、いつもの作品同様に「甘い」「腰が引けてる」という感想があるくらいなのに…何故かな

映画祭の旅

2021年 11月 「Films never forget.    Humans will forget, but films remember forever. 」  人間は忘れる…  けれどもフィルムは決して忘れない。  映画『いまはむかし』の中で私が思わず呟いている“名言”をオランダ・アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭の上映後のスピーチで、英語で語りかけた…。ヘボカントクの下手くそな英語にもかかわらず、オランダのお客さんの心に響いたようだ。  アムステルダ