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伊勢クリエーターズワーケーション 菅野麻依子

伊勢クリエーターズワーケーションの機会を賜り、2021年4月8日から4月21日までの日程で参加した。 当時は、コロナ禍の真只中で、この日程は、第2回目の緊急事態宣言と第3回目の緊急事態宣言の間の隙間と記憶している。4月5日に始まった「まん延防止等重点措置」の対象から三重県は外れていた。この頃は、県外に出掛けていくことは、なかなか難しい時期で、茨城県の土浦ナンバーの車が、伊勢市を走っていること自体が希だったから、私は異邦人で身を潜めながら2週間を過ごした。

4月9日の早朝、滞在先の「つるや」に到着すると、すぐに朝食を出してくださった。それから、2週間の滞在期間中、作品制作に取り組む中、毎朝、器とお料理の美しく美味しい伊勢の朝食をいただいた。伊勢神宮外宮前の宿の「つるや」は本当に素晴らしい朝食を提供してくださる。驚くべきことに、滞在期間が終わった時に、一度も同じメニューが出なかったことに気がついた。本当に美味しくて、心を込めて手間をかけて、丁寧に作られたお料理の数々。ピカピカのお米。そのおもてなしの心は今でも忘れられず、感謝の気持ちが尽きることはない。 通り向かいの、外宮で毎日朝夕行われている「日別朝夕大御饌祭」が、1500年もの間、1日も欠かすことなく続けられていることが、空気を伝って肌身で感じられ、毎日いただく朝食の清らかさと美しさに感謝の気持ちが湧き出でる。このことを大事にしていけば、これからも変わらずに毎日を営んでいける、と、確信できるような感覚があった。それにしても伊勢神宮にあれほど人がいなかったことは珍しいだろう。森の中の湿度をたっぷり含んだ、清らかでみずみずしい空気を肺の奥底にまで吸い込み、大きい砂利音を聞きながら、伊勢神宮を歩いた。

伊勢クリエーターズワーケーションに応募した際に、私は伊勢檜を触ることを希望していた。伊勢市に着いた後、市役所に挨拶に伺った際に、それを覚えていてくださって、伊勢の檜から出るリサイクル材料のために、伊勢森林組合をご紹介いただいた。伊勢森林組合の檜の森の入り口付近に、間伐材の根の部分が使えない材料として、置き去られている。森林組合の許可を得て、一緒に場所を見学し、市の職員の三宅様が玉切りされた木を7つほど、車に積んで運んでくださった。スーツ姿で森の中で生き生きと丸太を運んでいる姿は輝いていた。丸太は、まだヤニが出て檜の香りが強く、生々しくとても重い。

今回は、愛犬と一緒だった。この犬はコロナ禍の始まりと同時に他界した愛猫に替わって、動物愛護団体から来た心優しい老犬で、名前を晩ちゃんという。

制作場所としてご自宅を提供してくださった、伊勢市市役所の山中様は、ご自宅の後ろの庭で製作させていただいたので、今回のワーケーションにおいて必要不可欠の存在だった。実は、市役所内のネットワークで、既にさまざまな問題を調整していただいていた。土地勘のない私には難しい様々なことを、事前に準備していただいていたことに、驚き感謝するばかりだった。チェーンソウを使うので、騒音や木屑の問題もあった。伊勢に来る前は、ひっそりと森の中で作業していたかったが、住宅地で派手にチェーンソウ作業をして、山中邸のご家族の皆様全員にご迷惑をかけることになり、また様々な方面でお世話になることになり、やはり、森では無理だったなと言うことがわかった。山中家には小学生のお嬢様がおり、愛犬の「晩ちゃん」のことも、非常に可愛がっていただいた。その時、描いてもらった晩ちゃんの肖像画は現在も自宅の部屋に飾られ、我が家の宝物となっている。

宿泊先の「つるや」は外宮の前の交差点信号の前にあり、山中家は、車で20分ほど走ったところにあるから、毎日、伊勢の中心地から自家用車で山中邸まで走った。つるやは郵便局や市役所がある町の中心部にあり、非常に便利で心地よい立地だった。至れり尽くせりとはこのことだろう。女将さんとは、毎日、制作の状況などを話し合い、また、コロナ禍について話し一緒に嘆いたりした。

そんな中ある日、伊勢をリサーチしていた際に観光客用の文字看板から、おかげ犬の存在を知った。作品も毎日の淡々とした生活、そして犬との散歩という身の回りにある小さな幸せは、今回の作品制作のテーマとなった。

檜の丸太を、木工技法でアイヌのニマという器の木取りがあるのだけれども、それを参考にして制作することにした。期間前半にリサーチした時に気になっていた「おかげ犬」、そして大小、細い太い丸太が連結されて、新しい作品群、「犬」ができた。 檜の生木はまだ乾いていなかったので、木芯を取り去り、荒彫りをした。この後に一年半の自然乾燥が必要だった。乾燥の後、仕上げをして、作品完成は2023年の1月となった。自然乾燥中の一年半の間に、私は仕事を得て台湾で暮らし始めていた。暮らし始めて2ヶ月たった頃、台湾にたくさんいる土着の台湾犬に会った。中華文化では、月の満ち欠けで暦を数えていて、旧正月は旧暦の2022年の初めての新月の翌日である。旧正月で皆実家に里帰りしてしまい、誰もいなくなった臺南藝術大学の構内で出会ったのがその台湾犬だった。

それからしばらくして、私はその台湾犬と一緒に暮らし始める。その犬と一緒にいると、異国で、独りで暮らしていても、非常に安定した精神状態で過ごすことができた。 犬と暮らしていると、毎日散歩に出ることになる。朝の散歩、夜の散歩。月を眺める。時間が経っていく。このように淡々と毎日を過ごしていくことができた。

そんなある時、毎日空に浮かんでいる月の満ち欠けをぼんやりと見ているとこれを碗の形と掛け合わせて、作品を作ってみようと思った。台南は晴れの日が多い土地なので、毎日のように月を見ることができた。そして、そのように、立案通り、月をテーマにした作品を作り、その後、伊勢のおかげ犬と台湾の月の作品の二つを組み合わせた作品群を作った。毎日を淡々と過ごしていくことの幸せを表現している。その作品群は2023 年1月4日開幕の台北の純Object ギャラリーの個展で発表された。 このように、伊勢で始まった作品制作の種は、人生の濁流の流れに乗り、南国台湾に流れ着き開花し結実した。

今こうして客観的に回想できるのも、最近ようやく台湾の文化や生活方式に慣れてきたからで、中国語や中華文化、食べ物や、人とのやりとりに慣れるまで息をつく暇もなかった。この二年間は目まぐるしく環境が変わり、大事な恩師や父が他界した。日々の生活もコロナの影響が大きく、台湾に入国する際には、最大21日間の厳しい台湾政府の隔離政策があり行動が制限された。

ワーケーションの期間はコロナ禍の期間であるが、この期間には、コロナ禍の緊急事態下の様々な体験をすることがあり、その分、困難も多くあった。だが、毎日必ずやってくる夜の散歩と、そこで見える月の満ち欠けは、変わらずに安定して訪れる静かな時間の象徴だった。

こうして伊勢でクリエーターズワーケーションの機会を授かったことがきっかけとなり、新しいコロナ禍の中での作品を制作完成することができ本当に感謝している。今でもこの経験は私の精神を力強く支えてくれている。ここに、伊勢クリエイターズワーケーションの成果物として展覧会の記録と、時系列に並べた滞在期間中の記録写真を、まとめて掲載する。注目すべきは、やはり「つるや」の朝食であることは間違いない。

菅野麻依子


菅野 麻依子(Sugano Maiko) 美術家

https://www.maikosugano.com/

【滞在期間】2021年4月8日〜21日

※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)