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ちょちょら組・山田館

一週間の根城となる「山田館」は伊勢市内でも最高峰の歴史をもち、創業三桁年はくだらない古参の宿だという。その歴史の重みに建物の柱は「ひゃぁ」と軽い悲鳴をあげており、スーパーボールなぞおかずとも、廊下の傾斜は目視で確認できてしまう。

洗った雑巾は階段の手すりにひっかけて乾かし、玄関口に降り立てば、娘さんかお孫さんの日常会話がうっすら聞こえてくる。生活と宿泊が絶妙なブレンドで合わさった、そんな愛すべきくたびれた宿が、どこか懐かしく愛くるしい。

覚えのある雰囲気は、古典落語「ねずみ」の世界観に重なるのだ。もし部屋に籠りきり、朝から好きな酒を呑み続け、宿の方に怪しまれつつ週の最後に仕事をして、多額のお足をいただきさっと帰路に着けば、令和版・左甚五郎の完成である。

一週間の過ごし方を呑みながら話し合い、とりあえず三日目は完全フリーにして稽古に集中しようと意見がまとまった。部屋には余計なものがなく、テレビはあるが似つかわしくないからか、点ける気が一切起きない。
ネタの書き起こしも稽古も捗って仕方がないだろう。みなが普段の怠惰を反省して、目の色を変える。

「掘り起こしでもすっかな」

あたまをぽりぽりと掻きながら、ぽん太がつぶやく。

「大ネタ仕込まなきゃいけないので、まじで三日目は付き合えないっす」

関係断絶を宣言する信楽くん。
茶々を入れる隙はない。

「まじで、ありがたいっすわ。やりたいことの九割方終わらして、仕事の目処つけたかったんで」

かしめも多忙な後輩だ。やりたいことも溜まっていたのだろう。


翌日の昼食は一緒に摂る約束を決め、それぞれの朝を迎えた。

シャワーを浴び、部屋を作業用に片付けると、気も引き締まる。

三人の部屋からは、物音ひとつ聞こえない。きっと集中してるのだろう。

仲は良いが同じ噺家、席を争うライバルなのだ。

ぼくは教わった古典落語をボイスレコーダーで聞き取りながら、一言一句手書きでノートに書き記す。

集中力を要する業だが、ライバルが隣で同じように努力していると思えばへこたれていられない。

疲れたら、持ってきたネタ帳から、やらなくなった演目をさらい始める。

言葉がつまると台詞を見直して、改めて噺を進めると心が洗われるようだ。

古典の稽古だけではない、このnoteの執筆も大事な仕事。言葉を入れ替えて、書いては消して、言葉埋めていく。日々の様子が明確に伝わるように綴っていく。

13時まであとすこし。
最後にちょっとキザだが「ねずみ」をさらって稽古終了。
噺の骨格が少しでも浮き出てくれるとありがたい。


LINEでみんなに「お昼どこいく?稽古に忙しかったら無理せずね」

と投げると早速に既読がついて、信楽くんからの返信を思わず二度見した。






「寝すぎたー🤣きもちー😍」



関係断絶は「起こすな」ということだったのか。


ぽん太からは

「なんか小腹空いてアイス食べちゃいました。お昼は各自にしません?」

籠っていると思っていたライバルは、食べ歩きに勤しんでいた。


かしめに至っては夕方まで既読すらつかず、晩飯を食べながら

「まじでやばいっすね。布団が寝かせてくるわー、なんでこんな気持ち良いんだろ」



畳と敷き布団の関係性を終始語り続けていた。


仕事も捗れば、睡眠にも最適、「山田館」にいちどはお立ち寄りください。



高座で負けないように頑張ろう。もし彼らに圧倒されたら、ぼくが「宿屋の亭主」で彼らが「左甚五郎」になってしまう。


そう決意して、翌日は昼過ぎまで爆睡してやった。



んー、良い気持ち。

 外観の趣は圧倒的
浴場の張り紙が味を出します
共同の流しは生活感満載
 一週間お世話になりました


文・橘家文吾

ちょちょら組 落語家
橘家文吾 (Tachibanaya Bungo)
https://www.tachibanayabungo.com/

柳亭信楽 (Ryutei Shigaraki)
https://www.shigalucky.com/

三遊亭ぽん太 (Sanyutei Ponta)
https://pontathe2nd.amebaownd.com/

立川かしめ (Tatekawa Kashime) 
https://peraichi.com/landing_pages/view/tatekawakashime/

【滞在期間】2022年11月7日〜11月13日

※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)