ちょちょら組・みたすの湯とやまだ寄席
一週間の伊勢を謳歌した一行だが、忘れてはいけないのがプロの噺家であるということ。
クリエイターとして、観光と飲酒に徹しようとも思ったが、現地の席亭のお力もあり、最終日には観光協会「風餐亭」で落語会を開かせていただいた。雅な和室に、30脚のパイプ椅子を並べた小さな会だが、お客様は満員御礼。
さらにありがたいのは、山田館の女将さんや、津で落語会を開いてるバルの店長など、旅の中で出会った方々が足を運んでくれたことだ。山田館ではだらだらとした姿を何度もお見せした。おそらく女将さんは「この人らー、本当にのんびりして。落語以外の本業なんやろぅ」と思っていたに違いない。
ぜひ仕事をお見せしたいと願っていたところだった。
さらには、現地の「みたすの湯」の店長もお見えになった。
この「みたすの湯」は、伊勢市駅から自転車で3分の立地にある大型温泉施設で、なんとクリエイターズワーケーションで来た事業者は、何度出入りしても良いという、ありがたいサービスつき。それも「みたすの湯」側からの提案という、太っ腹な会社である。
我々四人はこのサービスをあますことなく活用し、おそらくほぼ毎日、四人のうちの誰かはお湯に浸かっていたはずだ。
二日目の朝だった。
朝食を摂り、朝9時から営業とのことで、早速自転車を飛ばし、朝シャワー代わりにお湯に浸かった。身体を拭いてスマホを見ると、HPから仕事依頼が入る。
送り主はなんと、「みたすの湯」の社長から。
「ここで落語会を開きたいのだが、もしご予定良ければ、電話でも構いません。一度ご相談できませんか」と、丁寧な文を読む。
少し濡れた髪のまま、スマホを手にカウンターに向かう。
「すみません、落語家の橘家文吾と申しますが、社長いらっしゃいますか?」
受付の女性が少し動揺をみせ「少々おまちください」と事務所に下がる。
数分すると社長が顔を出し「あっっ、文吾様ですか。いまHPからご連絡しまして、あの、早いですね!」
たしかに。
依頼先に連絡をしたとたんに髪が濡れたままの本人が現れたらそりゃ驚く。
「えぇ、朝シャワーを浴びたくて。さ、仕事の話をしましょうか」
顔色を変えることなく、休憩室に移動した。
社長も店長も、ここでなにかをやりたいと熱い思いを語ってくださる。
僕も僕で
「やるとするなら、ここが高座でしょうか。お金をとっても良いですが、とらない方との分け方をどうするかですね?基本のギャラは忌憚なく申し上げますと…」
無料でお湯に浸かった者とは思えない話しぶりにもしっかり頷いて下さる。
「伊勢を盛り上げたいという我々の気持ちを汲んでいただき、ありがとうございます。やまだ寄席も行かせてもらいます」
その店長が、座ってくれている。
また、信楽くんに至ってはお湯での稽古が一番捗るのだとか。
落語会の前日、僕がサウナから窓の外を眺めていると、露天風呂の端のベンチを陣取った裸の正座が、右を向たり左を向いたりしながらAEDのジェスチャーをしている。
「やばい」
露天風呂の他のお客様は「季節の変わり目かな」くらいで意に介していないが、すごい光景だ。
近づくと、ぶつぶつと呟く声で
「父さん、金庫の番号を教えろよ、金庫の番号をよ」
新作の台詞が、より奇人感をあたえているのだ。
やりたい放題、世話になった「みたすの湯」の店長には「落語」でしかお返しができない。なにか心あったまる、贅沢な噺はないか。
目の前には山田館のおかみさん。
宿屋の仕事師を、一週間見させてもらった。
宿屋の噺が良いだろう。
まくらで「一月家」の話をして、そろばんをネタにしたので、「宿」と「そろばん」、なら、これしかないだろう。
トリで「御神酒徳利」をやらせてもらう。
お客様の感想はわからないが、いろんなことに感謝して噺に思いをこめた。宿屋の手つきはより丁寧に。噺の骨格は感じたので、この期間に勉強したことはできたはずだ。
お客様にも、スタッフにも感謝する。
「これをご縁に、ここで終わりにならないよう、また考えましょう」
ありがたいお言葉だった。
こうして伊勢の一週間がおわった。
ちょちょら組として、個人としても、また必ず訪れたい土地である。
その時はお世話になったお店はもちろん、「みたすの湯」さんにも、お金を落とすつもりです。
文・橘家文吾
※撮影
駒田早紀
【instagram】koma213
【twitter】komayeaah1
ちょちょら組 落語家
橘家文吾 (Tachibanaya Bungo)
https://www.tachibanayabungo.com/
柳亭信楽 (Ryutei Shigaraki)
https://www.shigalucky.com/
三遊亭ぽん太 (Sanyutei Ponta)
https://pontathe2nd.amebaownd.com/
立川かしめ (Tatekawa Kashime)
https://peraichi.com/landing_pages/view/tatekawakashime/
【滞在期間】2022年11月7日〜11月13日
※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)