AIの絵に創作意欲を貰った話/夏の過日
「AIに描いてもらったときなちゃん」の絵をTwitterで観たとき、そのイメージに物凄く創作意欲を掻き立てられました。
その@watawatame3rdさんのツイートがこちらです。
色んな方向性の話が書けそうな印象的な絵です。
そして書いてしまいました。
勢いで書いてしまったもののお蔵入りにするには寂しいので、ファンアートの一環として載せてみたいと思います。
AIによる絵からのインスピレーションなので、三次創作にあたるかもしれません。
この物語はフィクションです。実在の人物や団体、地域、VTuberなどとは一切関係ありません。
夏の過日
「実はわたし、神様なんですよ」
照りつける太陽のもと、まばゆい白に思わず目を細めたぼくに、少女はそう言って夜空色のスカートを翻らせ、鳥居の向こうに消えていく。
じわじわと何重にも響くセミの鳴き声に囲まれた中で、ぼくはただその背中を見つめていた。
* * * * * * * * * *
もう何十年も前になる。
出張だか単身赴任だかでほとんど家にいない父親がその夏はたまたまずっと家にいて、実家に帰るついでに旅行でもしようかと言い出した。
そういう家庭だったからあまり家族旅行に縁がなかったぼくはひたすら舞い上がって、母親の旅支度を手伝ったり邪魔したりしながら、当日までの日々をそわそわしながら過ごしていた。
そんな10歳にも満たない子供にとって、神社くらいしかない山奥の温泉街などというものは、とても楽しめたものではない。
それでもぼくは精いっぱいに楽しんでいた。家族で旅行するなんて珍しいイベントを、不愉快で不機嫌な気分で台無しにしたくなかった。
父親のあとをついて温泉に入ったり、母親に促されるままお土産屋さんでアイスを食べたりした。
そして。
そんな村の中心に、その神社はあった。
ご神体とされる山を背負った大きな神社。
大人であれば荘厳とか神聖とか前向きな表現をするのだろうけれど、子供にはその施設はとても魅力的には見えなかった。少なくともぼくにとって、神社やお寺というのはお墓と同じだった。そして子供はお墓が怖いものだ。
母親の手を握りしめて、恐る恐る鳥居をくぐり、砂利道を進んでいく。木々に覆われた参道はアスファルトの道に比べて幾分涼しくて、でも足元が悪くて歩きづらい。母親が時折砂利に足をとられて転びそうになる。父親はさして気にした様子もなく一人でずんずん進んでいく。ぼくは母をエスコートしているような気分になって、怖い気持ちを押し殺して歩いていた。
長い砂利道と階段の果てに本殿がある。
まるで巨大なお城だった。子供のぼくの目にはそう映った。母親もそう思ったのか、あるいはぼくの興奮を察したのか、「大きいねえ」と言った。「おおきい!」とぼくは応えた、のだと思う。
本殿の奥には高くそびえるご神体の山。そこに奥殿があるということを知ったのは大人になってからだし、ロープウェイで登ることができるということもそのときは知らなかった。あとで親に聞いたら、父親がめんどくさがって登らなかったのだという。真夏で暑かったからという理由らしい。
だからその山のことなどぼくは何も知らなかったのだけれど、その威圧感は圧巻だった。本殿が楼閣に囲まれていることもあって、まるで山に抱きしめられているかのような気分だった。それが恐怖なのか安心感なのかはよく分からない。ただぼくは、母親の手を握り締めることで精いっぱいだった。
そんな本殿の屋根の上に。
抜けるような青空と、緑で溢れる山々を背景とした景色の中に、ふわりと白い影が舞い降りた。
ぼくはそこに立ったまま動けずいて、ただその姿を見つめていた。手をつないでいた母親が参拝のために列に並ぼうとして、動かないぼくに声をかける。ぼくが母親の声に気付いて目をそらして、元に戻してもその白い姿はずっとそこにいた。
だからぼくはなぜか安心して、手を引かれるまま参拝をした。
列の最後尾には父親が待っていて、ぼくと母親に「ここではにれいよんはくいちれいだから」と意味の分からないことを言った。母親は「そうなの?」と不可思議そうに答え、一応は納得したように頷いた。
ぼくはずっと屋根の上の人影を見つめていた。列が進んで近づいていくにつれてその姿がはっきりしてきた。屋根に腰かけてけだるそうにこちらを見つめている女の子だった。白のほかに赤色が混じっている。薄い赤。朱色。
女の子と目が合った気がした。こちらを見て笑った気がした。ぼくは慌てて目をそらした。上からの視線を感じてずっと顔をあげられなかった。そのまま本殿の目の前に辿り着いて、両親の見よう見まねでお参りをした。拍手は4回やった。
お参りが終わって本殿に背を向けてもなお、視線を感じていた。母親が御朱印を貰っているときにこっそりと本殿のほうを見たら、もうそこに女の子の姿はなかった。
「さっきの神社、もう一回行ってきていい?」
ぼくが母親にそう尋ねたのは、宿について部屋でくつろいでいたときだった。
夕飯の時間までまだしばらくある。暑い中歩きまわって汗もかいたし温泉にでも入ろうか、という提案を父親がした直後。
「今から? これからお風呂入るのに」
「お風呂は夜入るからいい」
許可をもらって、ぼくは旅館を出てすぐ近くにある神社に向かった。
大きな鳥居。一人で足を踏み入れるのには勇気がいるそこを目の前にして二の足を踏んでいたぼくは、
「ねえ」
いきなり真後ろから声をかけられて、びっくりして振り返った。
果たして、そこにさっきの女の子がいた。
白を基調とした衣装に、夜空が散らばったような深い青色のスカート。
眩しい白色の長い髪の毛に、鮮やかな朱色が混じっている。
「こんにちは」
「……こ、こんにちは」
まともに声が出せたかどうか分からない。緊張で喉がからからで、かすれ切っていた気がする。
「どこから来たの?」
そう質問され、頭が真っ白になったぼくは、すぐそこにある宿泊している旅館を指さした。
女の子は振り向いて、
「あはは」
快活に笑った。
「そういう意味じゃないよ。……まあいいけどね」
女の子がどれくらいの年齢なのかぼくには分からなかったけど、少なくともぼくよりは年上のように感じられた。
田舎のさびれた温泉街に、白と青色と朱色で構成されたこの女の子の姿はあまりにも異質だった。まるでそこだけ絵本から切り貼りしたみたいだった。
「ようこそ。この村、楽しい?」
「……うん」
嘘をついたのかもしれない。でも目の前にいる非現実的な状況に対して、現実的な反応をすることがためらわれた。
「そう。それはよかった」
女の子は笑う。
「あの」
無意識に口から出ていた。女の子は「ん?」と小首をかしげる。ぼくはごくりと生唾を飲んでからからになった口をごまかしてから、質問した。
「神様ですか?」
一瞬の間があった。
女の子はぽかんと口を開け、やがて耐えきれなくなったように笑った。
「あはは! きみにはわたしが神様に見える?」
こくこくと首を縦に振る。「はい」と返事しようとしたけど、声が出なかった。
「そうだなあ。それもいいな」
女の子はうんうんと納得したように頷きながら、ぼくの横をすり抜けていく。ぼくから離れて鳥居へと近づいていく。ぼくは漠然とした寂しさに駆られながら、その姿を目で追うことしかできなかった。
やがて女の子は鳥居の真下まで辿り着くと、こちらを振り向いた。
鳥居の向こう、木々の影を背にして、まばゆいくらいの純白がぼくにいたずらっぽく微笑んだ。
「実はわたし、神様なんですよ」
* * * * * * * * * *
気付いたとき、ぼくは宿の布団で眠っていた。
ゆっくり体を起こすと、浴衣姿でテレビを見ていた母親が「あら、起きた」と呟いて、お茶を啜った。
「お父さん、待ちきれなくてお風呂行ったよ。まだ間に合うからあなたも行ったら? 夕ご飯は少し遅らせてもらうから」
「……うん」
「お風呂の場所、分かる? エレベーターで7階ね。青いほうが男湯だから」
「うん」
まだ頭がぼんやりとしていた。そんなぼくに母親は小さなきんちゃく袋を手渡してきた。
「これ、タオルね。バスタオルはお父さんから借りて」
「うん」
「……お風呂まで一緒に行こうか?」
「ううん、大丈夫」
部屋を出て廊下を歩き、エレベーターに乗った。
ガラス張りになっていて、外の景色が見下ろせる。
眼下には神社の境内に広がる木々の緑。そしてご神体の山。
その頂上に向かってゆったりと飛ぶ、白く朱い鳥の姿が見えた気がした。
イメージの根源は冒頭の絵。
それに加えて、夏という季節、幼いころの思い出の中にある不思議な出会いというものがキーになっています。
AI技術が発展した未来というのは、本来AIが必要な仕事をして、人間は余暇活動にいそしむことを目指していたのにAIのほうが芸術を生み出しているのは皮肉だ、というような意見が散見されます。
それは確かにその通りだし不思議な現象だなと思います。まだAI過渡期だからというのもあるのでしょうけれど。
でも、こうやってAIが生み出した「何か」に、創作意欲を湧きたてられて人間が新たな「何か」を生み出すきっかけになるなら、AIによって人間の発想の枠を超えたインパクトが作られるのはとても生産的だなと思うのです。
人間の集合知は無限大だし偉大ですが、ひとりの人間がそれを集めて使うのは無理な話です。人それぞれにキャパシティというものがあるし、何事にも限界があります。
そういう「自分ひとりじゃ思いつかないこと」を生み出すきっかけとしては、深層学習によって人類の産物を学んだAIの吐き出す発想というのは、実に有用だし楽しいなと思いました。