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POWERS OF TEN の EDITORS OF TEN

アーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR(パラダイスエア)」では、国内外の様々なアー ティストを松戸に招へいし、その作品制作や発表を支援しています。2013年に最初の滞在アーティストを迎え入れてから、2023年5月末をもって設立10周年を迎えました。
それを記念して、10年間のあゆみをまとめたアーカイブブック「POWERS OF TEN(パワーズ・オブ・テン)」をこのたび出版しました。

10年をまとめたアーカイブブック。もちろん読者の皆様に色んな角度からみていただきたいのですが、この本を作ろう!と言い出した張本人として編集視点から「POWERS OF TEN」よろしく、さまざまなスケールで解説できたらと思います。

1.はじまり

アイデアは2019年頃。少し先のことを考えたときに2023年にPARADISE AIRが10周年を迎えるんだな、とふと思いました。PARADISE AIRで主に記録物の制作も担っている僕は10年でなにか作れたらいい。それこそ活動をまとめた本はどうだろうか、とその頃から考えていました。
そんな折、ミュージシャンの椎名林檎さんが初めてのベストアルバムを出すというタイミングで以下のインタビューが公開されていました。

竹内まりやさんから、「(デビューから)10年経ってもベスト盤を出さないなんて」「これから初めて椎名林檎を聴こうとしている人が、どれから聴き始めたらいいかわからない」「入門編がないというのは不親切」「もっとたくさんの人々に聴いてもらうべき」というような意味のお言葉を頂戴しまして。

椎名林檎が初のベストアルバム「ニュートンの林檎 ~初めてのベスト盤~」https://natalie.mu/music/pp/sheenaringo07

なるほど、ベスト盤か、、、とその時はなんとなく思っていました。アーティスト・イン・レジデンス(以下 AIR)の活動は多岐にわたり、ネタの宝庫。本を作るといっても何をこの本で残すべきか。それについて、ものすごく考えました。誰々がいつ来て、どんな作品を、というは難しい。なぜならば、PARADISE AIRは作品を作ることを強制していないので、必ず作品が記録として残っているとは限らない。作品を本で取り上げることによって優劣がついてしまうような見え方も違う。どうしたものか、と思いながら10年の本を作る日々はスタートしていきました。

2. タイトル「POWERS OF TEN(仮)」

チャールズ・イームズとレイ・イームズの夫妻によって1977年に製作された「POWERS OF TEN」という映画はご存知でしょうか?宙・人間・素粒子をめぐる大きさ=(スケール)の旅を映像化した教育映画と呼ばれています。僕は高校生の時に地元のパルコにあった本屋でフリップブック(パラパラ漫画)の「POWERS OF TEN」を見つけて、その世界観が非常に印象に残っていました。まだCGもない時代。こんな映像を作れるなんて本当にすごい、と何回もパルコの本屋にパラパラしに行った記憶があります。(洋書だったんで、当時高校生の僕には手が出せませんでした)

ある時それを思い出し、AIRというこの特殊な場所をいろんな角度や尺度で見せられるのではないか?と考えるようになります。滞在アーティストだけにフォーカスするのではなく、活動そのもを紹介すること。それこそがベスト盤のような本じゃないか、と。新たにAIRをやりたい人や今までAIRに関わってきた人も楽しめるもの。そんな本を作りたいという想いに駆られていきます。そこからは早くて「POWERS OF TEN」だから10周年のパワー(力)だ!PARADISE AIRの10年のパワーをまとめよう!という方向性が自分の中で決まりました。

※ちなみに本来はPOWERとは「力」のことではなく「べき乗」という意味です。

3. まずは物撮りから

2020年、コロナ禍でPARADISE AIRもアーティストの受け入れをストップせざるを得なくなってしまいました。その時、これまでのアーティストが残していってくれた作品や、手紙、クリエイションのかけらや広報物をきちんと写真で残していなかった、と思いました。何もしないのはもったいないので、いつもPARADISE AIRの写真記録でお世話になっている写真家の加藤甫さんにお願いをして数日かけて撮影していきました。そのページがビジュアルブックの「DOCUMENT」の写真たちです。PARADISE AIRのロゴのグラデーションカラーの布を注文して、それを背景にして撮影していきました。この時はまだ本のことはかなりふんわりしていたので、今回こうして日の目を見ることができてとても良かったと思っています。

人の手が映り込むのが面白いね、と現場でなってあえてそうした撮影の仕方をしています。

4. 10個のキーワード

いよいよ本の中身を考え始めます。「POWERS OF TEN」というタイトルの持つ強さから、PARADISE AIRにまつわる事柄を10個のキーワードで紹介していくということが実はシンプルで面白いのではないか、と感じ始めます。もちろん、書きたいことは山ほどあるのですが冒頭でも触れたように「ベスト盤」としてどうあるべきかを考えることに注力していきました。そこでチーム内で10個のキーワードに何を入れたらいいか、とヒアリング行い、なんとなくその形がすがたを表し始めました。

5. TOKYO ART BOOK FAIR 2022

2022年のTOKYO ART BOOK FAIRに出かけた時、あの「JAXA」さんが出展しているのを見つけました。そう、宇宙や最先端のテクノロジー「JAXA」。広報誌のタブロイドを無料で配布されていて、その内容も非常に面白い。カルチャーのお祭りのようなこの場所で科学の内容を扱い、ひときわ変わったブースは大人気でした。そうか、そうやって色んな人に会いに行くのは大事だな。もし10年の本が出来上がったらまずはここでお披露目したい、という気持ちがその光景を目撃して芽生えます。

6. エディターの黒木晃くん

そうして緩やかにアイデアを考える日々は続きました。いよいよ10周年を迎える1年前、編集をどの方にお願いするかを考えていました。新しい方と一緒に作り上げるのも楽しいけれども、これまで私達の活動に参加してくれた事がある人じゃないと、きっとこのテーマで本を作ることはなかなか難しいかもしれない。いろいろと人選をしている中で2016年、2017年とPARADISE AIRのドキュメントブックを一緒に作ってくれた黒木くんだったらこれまでのわたしたちの空気感もきっとわかってくれるだろう。そしてTOKYO ART BOOK FAIRのこともよくわかっていらっしゃる。また、PARADISE AIRにスタジを構えていてくれたというご縁もあって、黒木くんにお願いをすることが決まりました。この時点で2023年2月。アートブックフェアまで10ヶ月は切っていました。

その時の企画書の一部が以下です。

ラフ案でしたが、最終的な本の内容ほとんどそのままです。
10個のキーワード案。最終案とはいくつか異なります。

7. 長谷川新くんに「SOUDAN」

PARADISE AIRの現場のコーディネーターたちやレジデンスのことをどうやって伝えたらよいか。内容としては結構重要で、でもどの切り口で語ればよいかというのが悩みどころでした。

2022年2月からスタートした、街がアートとともにイノベーティブな原動力を生み出していくための実証パイロットプログラム「有楽町アートアーバニズム”YAU”(ヤウ)」の取り組みの一つとして「SOUDAN」という若手アーティストが直面するさまざまな困りごとについて考える相談員のネットワークがありました。

たまたま、現場の映像記録を担当していたので、その時の相談員で、インディペンデントキュレーターの長谷川新くん(PARADISE AIRのゲストキュレーターでもあります)に相談。「誰かに第三者的な視点の原稿を書いてもらうのがメインでなく、メンバーや現場、これまで関わった人のインタビューで構成したほうが面白いのではないか?」といったような助言をいただき、インタビューページと外部からのレビューで内容を詰めていくことに決定。ちなみに新くんはテキストブックの「10 FUTURE」で「フィクティブな引き継ぎ」という素敵な文章を寄せてくれていますのでそちらも必読です。

8. デザインや仕様の決定

夏に内容の方向性の全体像がやっと決まり、気がつけば9月。この時点でアートブックフェアまであと3ヶ月…。怒涛の作業がスタートです。PARADISE AIR設立時からデザインをお願いしているLABOLATORIESの加藤賢策さんに10周年の概要をお伝えし、デザインの検討に入っていきます。
10周年ということで盛大にやりたいところですが、限られた予算の中で”PARADISE AIRらしい本”をどのように作っていけるのか。検討と見積もり、現実的な納期(もうこの時点でギリギリ)を見つめ直し、ビジュアルブックとテキストブックの2冊構成が決まります。「POWERS OF TEN」ということもあり、ビジュアルブックは言語要素を極限まで落とし込み、加藤甫さんのこれまでの記録写真を中心に構成。テキストブックはよりPARADISE AIRのことを知りたい人のために、詳細で専門的な内容にしました。まさにレジデンスにまつわるミクロとマクロ。本の仕様にもイームズよろしく、そんなテーマが重ねられています。(と言うとかっこいいけど、現実は印刷納期と原稿の校了納期の問題を回避するためのアイデアというのが8割くらいです・笑)

9. デザイン作業、原稿作業、10年分の作業の果てしなさ。

もうこの時点であと2ヶ月は切っていました…ビジュアルブックの写真を選ぶために10年分の写真を共有フォルダに保存されているものは全て見返し、足りないデータは取り寄せ、紙面上に構成していきます。「ARTSITS」のページは膨大な写真データから、こちらでいくつか絞り込み、LABOLATORIESのデザイナー和田真季さんがセレクトして紙面上で構成しています。私達が細かく決めても良かったのですが、活動をともに見てきてたデザイナーさんにちょっと引いた視点からどんな写真が掲載されていると面白かをお任せして選んでいただきました。写真が大きかったり、小さかったり、と時系列もばらばらに構成されているのも全ては「POWERS OF TEN」というテーマから。寄ったり、引いたりというスケールがデザインにも生かされています。

写真もこれまで世に出ていなかったものを中心にセレクトを心がけました

そして幾度かの作業を経て、加藤賢策さんからタイトルの文字とそれぞれの扉の文字があがってきました。
「このくらい遊んでもいいかなと思いましたがどうでしょうか」というメッセージとともに。カッコいい!!これにはアガった…!ラフ案から最終的にブラッシュアップされたのが以下です。

気に入りすぎて、Tシャツとトレーナーとシール作りました

紆余曲折を経てビジュアルブックは入稿。そして最も手強かったのがテキストブック。この時点で原稿は半分もできておらず…(11月初旬です)そこからかなりの追い上げをみせました。毎日夜中まで原稿を書き、PARADISE AIRのメンバー、藤末萌ちゃんにチェックしてもらったり、校正してもらったり、最後の方はもはや執筆力が皆無でこんな感じの書きたい!だけ伝えて書いてもらうという顛末。そして同時に沼のような校正を同じくメンバーの宮武亜季ちゃんとも進める。怒涛のパワーを駆使し、なんとか内容を完成させデザインに落とし込んでいきました。その後、デザイナーの和田さんにはギリギリまで調整していただき本当に頭が上がりません。最後の方のやりとりの電話で「この原稿がもう木曜日にはアートブックフェアに並ぶんですよね…ほんとうに並んでたら感動しますね…」と。この時点では11/20の月曜日の校了日でまだ校了してないという恐ろしい事態でしたが、その日の夜中、無事に入稿を迎えました。

10. みんなの力ー出来上がった「POWERS OF TEN」

そして来る11/22日、すべての印刷を終え完成を迎えた本が松戸に到着しました。

もう本当に感無量で、よくここまで来たなとみなさんの力をこの一冊の重みから感じ取りました。

こだわりポイントはたくさんあるのですが、中でも製本糸の部分。

見開きは松戸市提供の「ザ・松戸」のドローン写真

そう、PARADISE AIRのロゴのグラデーションカラーの色に似せているのです!!もともと本ごとに違う色を使って、グラデーションっぽくしようというアイデアだったのですが、印刷所さんがこういう糸もありますよ、と提案してくださったそうでそれがドンピシャ!!速攻でこれに決めました。

そして、製本は一冊ずつ手作業。製本所さんが頑張ってくださっています…!

あと背表紙なんですが「10 FUTURE」とだけ書かれていて、ビジュアルブックには「FUTURE」の項目はありません。テキストブックにだけあります。写真ないの?ページ数足りなかった?と思われた方いらっしゃるかもしれませんが、我々の未来は白紙。まっさらという意味で白紙にしています。最後の10はこの本が10周年の10ということにもかけています。

終わりに


そして、念願のTOKYO ART BOOK FAIR2023に無事に間に合い、11/23から販売をスタートしました。多くの人の手に渡ってほしい、と切に願います。

PARADISE AIRが、歴史を重ねてこれたことは本当に大きな財産です。それがあって「POWERS OF TEN」が生まれました。FUTUREのビジュアルを白紙にしたように、これからのことはまだ何も決まっていませんが、この先の10年どうなっていくでしょうか?
本を入り口にまた新たな出会いがあるかもしれません。多くの方と次の10年を見ていけたら、それはそれはとても嬉しいことです。

そんな本書はオンラインでも販売しています。気になった方はぜひお手にとっていただけると嬉しいです!11/26まではTOKYO ART BOOK FAIRでお披露目しています。是非お越しください!


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