#52 何もしなければ手のひらからこぼれ落ちてしまう、世界の美しさを残したいから | 伊佐知美の頭の中
写真を撮ることが好きだ、と自覚したのは多分つい最近のことで、それまでは「好きかどうか」を考えるよりも先に、「残しておきたい」という純粋な気持ちが先に立っていたと思う。
先日、GENICさんの「Nikon Creatorsの履歴書」というインタビューシリーズで、写真との関係性を聞いていただいた時も、写真と付き合うようになったきっかけ、というのを問われて、うーんと思ったけれど、これに思い当たってそう答えた。
「その瞬間を残す」手段は、ほかにイラストを描いたりそのイメージから何かを作ったり、別に写真に限るものではないと思うから、「撮る」ってことが幼い私にとっては身近だったのかなぁ?
うん、でもやっぱり前言撤回しちゃおうかな、早いけど。
ごめんなさい、認めます。好きだったんだと思う。撮ることが。単純に、シャッターを切ったら「あの瞬間が残ること」が嬉しくて。
私は、文章を書き始めた理由も同じなのだけれど、「書き留めなければ手のひらからこぼれ落ちてしまうものを、可視化して残しておきたい」という欲求が根源にある。写真と文章、最近であれば同じ「撮る(いや、厳密にいうと同じじゃないどころか別物なのだけれど)」という行為から生まれる動画も、私にとっては「残す」手段であり続ける。
「あの瞬間が残って嬉しい」が「対価を得る」へ
じゃあその純粋な「好き」という気持ちから生まれた「撮る」行為が、対価を得るようになるまではどんな経緯だったかな、と振り返ると、20代後半くらいにその変化があったな、と思う。
中学、高校、大学、社会人と、撮ることが身近にある生活から、「旅をしながら生きていきたい」という夢を叶えるために会社を辞め、20代半ばを過ぎた頃に編集やライターの仕事を始めた時。
並行してカメラを持つことも仕事の一部に自然となって、ある日「文章以外に、カメラもプロになれたらもっと力になれる」と思ったきっかけがあった。書くことよりも強い力を持つ(と感じたの、その時)写真を自信を持って仕事にできたら、もっとたくさんの人の活動を、可視化して「届ける」ことができるようになるな、と感じてね。
数年来の友人が、初めて手がけたリノベの宿を立ち上げるということで、最初の世界一周に出かけて数ヶ月後に一時帰国した合間に、新潟県で取材していた最中のことだった。
あの時明確に、「趣味の写真」から「仕事の写真」まで自分のレベルをアップさせたい、と自覚した。
と言っても私も誰かに弟子入りするとか、何かスクールに通うとかって手段を選べたわけではなくて、まずは機材をその時の自分から少し背伸びしたフルサイズ機と気に入ったレンズに変えて(いやまぁこれも、直接のきっかけはまたちょっと別にあって、使い込んで手元から消したい慰謝料、ってお金が急に手に入ったからなんだけどね!笑 色々タイミングですわな、人生)
世界一周に戻ってからは毎日おびただしい量の写真を撮っては、その中から4〜8枚ほど選んでレタッチしてSNSにアップし続ける、という泥臭い手法で、自分の写真と向き合った。
って言っても、そんなに切実じゃなかった。とにかくこの頃も楽しくてね。シャッターを切ることが。この世界の美しさとファインダーを通して対峙することが。
カメラが「世界の美しさを見つけてくれるもの」に変わってくれた "幸せ"と"哀しみ"
その後のことは今日のエッセイの本筋ではないので、だいぶ端折ってしまうけど。
撮った旅先の写真を買いたいと言ってくれる人が現れたり、写真で何かを作ろう、とメーカーさんから話をいただいて文房具を作ったり、派生して動画クリエイターと呼ばれる仕事が舞い込んでくれて続いたり、楽しく、楽しく私はシャッターを切り続けている、はずだった。
んだけどねぇ。ここからは、ちょっと私自身もうまく文章化できるかわからない。けど書くね。
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