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modern-times「Ocean Pacific Peace」

modern-times「Contemporary」
各種サブスクリプション対応!
(「Grizzly is dead」は4曲目)
こちらから!↓
https://linkco.re/1Ug5E5eY

【歌詞】
問いかける。墓場に朽ちる思い。
行き先を見つけられぬ浮浪者と
意味を待つ。流れ出す時間とともに
年数を数える毎日になった。

嘘を吐き、廻る、偽善者の横行。
騙される人々は道化師に。
やがて経つ時間とともに人は
年をとるだけの生き物になった。

大洋が今、失った。 
今、失われていた。
海洋が今、損なわれた。
今、損なわれていたんだ。

大破して、敗れ去った人の夢。
119も110番も通じない。
やがて来るその日を待ちあぐねて。
暴れ出す勇気も狂気もない。

大洋が今、失った。
今、失ったモノはなんだ?
海洋が今、損なわれた。
今。そこに在ったはずだ。

緩慢な市中は壊されて、
それ、失って。
それ、失っていたの?
曖昧な市中に入れ替わって。
それ、入れ替わった。
それ、入れ替わっただけ?
流れに任せて人は変わる。
それ、気付かない。
それ、気が付かないフリ。
曖昧な市中で人殺し。
それ、追放だ。
それ、追放していただけだ。

大洋が今、失った。
今、失ったモノはなんだ?
海洋が今、損なわれた。
今、そこに在ったはずだ。

緩慢な市中は壊されて、
それ、失って。
それ、失っていたの?
曖昧な市中に入れ替わって。
それ、入れ替わった。
それ、入れ替わっただけ?
流れに任せて人は変わる。
それ、気付かない。
それ、気が付かないフリ。
曖昧な市中で人殺し。
それ、追放だ。
それ、追放していただけだ。

作詞 ワタナベタカヒロ
作曲 modern-times
演奏 Vo,gt ワタナベタカヒロ
   Ba 冨川"tommy"功喬
   Dr ガテン・キノシタ

【回顧録】
この曲はだいたい2014年夏〜秋にかけてできた曲かと思います。曲順もそうなんですが、この曲と「Grizzly is dead」はなんとなく兄弟的な、表裏一体的な面を個人的には感じたりしています。個人の死と大衆の叫びみたいな。絶望の形は人それぞれみたいな?
( ゚д゚)ハッ!(…繋がった!)

そう。そう。そう。そう。そういうつもりでね。やっぱり作った面もあるんですよ。やっぱり僕、環境派で伝えたいメッセージとかやっぱりなんか一貫性みたいなこんせんぷちゅありぃとか言うのかな。やっぱりそういうの…意識してた。っていうかね…。

( ・´ー・`)どや

まぁ、というような。ただ、一応、コンセプトみたいなものは個人的にあったりはします。あまり意識させすぎてしまうとなんだかなぁ…と思うので、ここに書くかどうかはまた考えます。

という感じでこの曲はレコーディングも早い時期に行った覚えがありますね。多分、2015年の春あたりだったかな?そのレコーディングのセッション(レコーディング前日?くらいだった覚えがあります。)セッションもだいたいできあがった段階でまぁ、確認程度で〜。という気持ちだった時にドラムのキノシタさんが突然、前奏のドラムを入れてきたのだ!あまりにも自然で正直、多分、トミーさんも僕もどうしたの?ということも言う暇もないくらいに自然とそうなったし、むしろ、今の今まで、どうしてあの前奏が入ったのか?という問いかけはなく、現在に至る。いや、むしろ逆なのかもしれないな。どうして、今まであの前奏が入ってなかったのか?と今ならば思える。どうしてだったんだろう?でも、前のパターン覚えてないし、すごく勢いとか感じさせる前奏になったので、良かったのだと思うし、良かったからだと思う。でも、この衝撃は忘れられない。(これ、記憶違いあるかもなぁ…自信ない。というか、自然の摂理のようなものなのかもしれないなぁ。晴れの日があれば雨の日があるように…むしろ、あの前奏があったからOPPという曲があって、OPPという曲があったからあの前奏があるのかもなぁ。あれ?なんか記憶イジられてるような感覚。)

タイトルは「Ocean Pacific Peace」という。略して、OPP。これ、オッパッピーなんですよね。小島よしおの。昔、テレビ見ていたら、小島よしおが出ていて、「オッパッピーってどういう意味なの?」と聞かれた小島よしおが即答で「オーシャンパシフィックピースの略です!」と答えて、衝撃を受けた。小島よしおで多分、これ以上の衝撃を受けることはないだろうなというくらいのものだ。海パンの男が下手こいて、歌って踊って「そんなの関係ねえ」と叫んだ後に「太平洋の平和!」と叫んでいるのだ。これ、面白いな。さすが芸人さんだなぁ。という衝撃に敬愛の意味を込めて、「Ocean Pacific Peace」つまりはオッパッピーと名付けた次第である。

では、ライナーノーツ!的な話。
まず、残念なことにこちら配置図が見つかりませんでした。MHR(modern-times配置図リサーチ)班の全力の捜索をくぐり抜け、結局見つけることはかなわずでした。
今回はまず、ドラムがスゴイですね。2つ左右のステレオに2つキノシタさんに叩いてもらったドラムを配置しております。理由は面白そうだったから。キノシタさんもこの提案には大興奮でめちゃくちゃに張り切って、左右別で2パターンのドラムで掛け合わせます!ということで、めちゃくちゃ考えてくれたのですが、グチャグチャに難しかったらしく実現はしませんでした。でも、左右でドラムが鳴っているというのはこんな感じなんだなぁ…というなんか知的好奇心は満たされたような気持ちにはなりましたね。もちろんなんとなくの意味はありますよ。

次はボーカル。こちらも左右で移動しながら声が聞こえてくるという構図。
これは喧騒と言いますか、いろんなところから声が聞こえてくる。というような世界観を構築しているように思います。一つの混乱の場を表したいな。という。ここで左右に乗っているドラムがさらにその混沌さを上手く気引き立てているように思います。

結構、混沌というのがテーマ上にあるのかもな。トミーくんのベースと僕のギターもまるで左右の対象を真っ二つにするようにセンターで鳴らしています。トミーくんのベースにはなんだっけ?Q-tronだったかな?フィルター系のエフェクターをかませて、僕はフェイザーをかませていたんだけど、なんだかウヨウヨとした雰囲気をもっとサウンドに出せたら理想だったのかなぁ?ここまで考え及ばなかったかも。

そうなるとボーカルは左右にいろんなところから鳴りながら、混沌の中で整然と流れる声みたいな。シュプレヒコールとでも言えるような。なんかこう言うと、政治的になって嫌だなぁ…。政治的というよりかは政治的な場面を切り取った。みたいな方がいい感じかも。見て、切り取った。みたいな。第三者だなぁ。偉そうに。批評家でもあるまいし。でも、そういう光景も日常の実はひと場面なんだろうなぁ…。と思う次第です。政治的な思想など、まったくありません。なさすぎて、逆にいけないだろうけど…

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