「二行目」(ver.0.0.1 デモンストレーション)
【0】
みんな違って、みんなバカ。
誰もがテレビで一度は見たことがあるだろう渋谷のスクランブル交差点の信号が青に変わり、黙々と歩く人並みが立てる雑踏の中へ、私もまた同じように心を閉ざして踏み出しながら、こうして交差点を渡る一人ひとりが、自分だけは正しいと思い、自分だけは違うと驕り、自分だけは特別だと信じて、そのくせろくに自分自身に向き合おうともしないバカばかりだと思っている私もまた、私だけは自分が無知だと知っている「特別な存在」だと勘違いしているバカなのだと自嘲気味な心持ちで横断歩道を渡り切ると、点滅していた信号が、赤に変わった。
こんにちは、いさけんです。
Twitterで何となく始めた「#いいねした人が1冊の本だとしたら最初の1行には何と書いてあるか考える」というタグで1,000人の一行目を考えるという、我ながら無謀なチャレンジが思いのほか多くの方からご好評をいただいており、本当にありがとうございます。
【チャレンジの様子はこちらのツイートからどうぞ】
https://twitter.com/isa_kent/status/1367810889169002499
そのことに気を良くしたという訳でもないのですが、リプライをお返しした方々との間にもう少し何か広がりを持たせられないかと考え、またお送りした際にたまに誤字があったり言い回しが伝わりにくかったりしたものもあったのではと思いまして、改めて一行目を修正したり、時には加筆したりしながら「二行目」をnoteで綴ってみようかと思い立ちました。
一行目をお読みになった皆さんは、もうすでに自分の中で物語の続きを思い描いているかもしれないので、こういった試みはもしかしたらそのイメージを損なうことになるかもしれません。
なので今回、まずは正式にチャレンジとして始める前にお送りさせていただいたいくつかのリプライの一行目の中から、その続きを何遍が書いてみました。
一行目をお送りさせていただいた方も、そうでない方も、ぜひ一度目を通していただいて、いろんなご意見をいただけると嬉しいです。
ぜひ、ご協力をよろしくお願いします。
それでは、一人ひとりの物語の続きを、あと少しだけお楽しみください。
【1】
「昨日までずっと大切にしていた夢が、明日からもずっと大切な夢のままなんだろうか」と、夢の中でその顔のない紳士は、私にまっすぐ視線を投げかける。
その視線は私の直感に突き刺さり、きっと今ここで目覚めなければいけないと、さっきから警鐘を鳴らし続けていたのだが、なぜだろう、その時の私は彼の視線を弾くように見つめ返し「私のこの夢が本当に大切かどうかなんて、あなたに分かりっこない…そうでしょう?」と、胸の高鳴りを気取られないように、ゆっくりと精一杯の落ち着いた声で返事をすると、その紳士の顔がぐにゃりと大きく歪んだかと思うと、乾いた笑い声だけが夢の隅々まで響き渡った。
【2】
いつも通る裏路地の何の変哲もない古びた家の軒先に、いつからだろう「すずめ堂」とふてくされたような文字で書かれた看板がぶら下がっているようになったのは。
ただ結局のところ、私は一度もすずめ堂の中を覗くことはなく、そこで何が売られていたのか、そもそも何かの店だったのかどうかさえ知ることはできないのだが、それでも私はすずめ堂とその看板を最初に軒先に掲げた彼女によって、この先も絶対に忘れられない大切な時間を過ごすことになる。
【3】
鉄屑とオイルの臭い、何を燃やしているのかすら定かでない真っ黒な煙…空は相変わらず、それが何色をしているのか忘れそうになる程の厚い雲に覆われている。
刹那「お前たちは右に回れ、残りは私と共に来い!」という声が聞こえ、俺は反射的に身をかがめ、この状況で安っぽい感傷に浸っている暇などなかったことをすぐに思い出し、右側の内ポケットの小さなカプセルを指先で確かめると、時代遅れのリボルバーの銃把をしっかりと握り直し、さっきからずっと俺の首筋に鎌をぴたりと構えている死神にキスをして、全速力で駆け出した。
【4】
見渡す限り、眩しいほど碧い稲穂で埋め尽くされた水田を貫くように伸びる長い長いその白い道で、まるで私などいないかのように、稲穂たちの奏でた静かな風に揺れるさらさら乾いた音だけが、私の耳をくすぐっている。
誰も私を知らないところへ行こうと思ったのはなぜだったのか、理由をいくつか思い浮かべてみるけれど、結局どれも取ってつけたようにしか思えなくて、そのうち私は小さな声で少し音程のはずれた鼻歌を歌いながら、真っ赤なキャリーバッグを引きずって、日傘をくるくると回しながら、またその白い道を歩き始めていた。
【5】
お決まりのパターンに嵌ることほど退屈な人生はないと、もう一人の私は笑っているのだが、それでも水曜日には必ず、マイルスとマティーニがなくてはならない。
ありがたいことに、この世界は無数のバーで溢れていて、おかげで水曜日のマティーニが同じ味だったことはこれまで一度もなかったし(その全てが美味だったかどうかは、この世界からマティーニを出すバーが一つ残らず消えてしまわないようにここでは伏せておこう)、マイルスの演奏はいつだって、聞く人の心を新鮮な驚きと感動に包んでくれるから、水曜日が来るたびに私は私を脱ぎ捨て、まだどこにもいない私に逢いに行く準備を整えられるのだ。
【6】
月明かりすらない黒で黒を塗りつぶしたような闇夜の中、白く鋭い光が瞬くと、何かが崩れ落ちるようなバタリという音が響いた。
「あっしも最初はね、ここ最近の人斬りは妖怪の仕業だなんてぇ噂はさすがに馬鹿馬鹿しいと思ってたんですけどね、旦那…この前その…骸をね、見つけっちまった時に、こりゃあ妖怪のしわざかもしれねえってね、こんなあっしでも思っちまったんでさぁ」と、屈強な体躯をした破落戸は、その強面に似合わぬ神妙な顔付きになり「なぜかってね、旦那…その骸からは『血の流れた様子がなかった』んでさぁ…」と続けた。
【7】
この街は、毎日午後5時になると決まって「きょうもたいへんすばらしいいちにちでありましたよ」という声がする。
世界中から注目される中、次世代型AI「まもるくん」がこの町で実験的に導入されるようになったのはちょうど今から一年前、導入当初は根強い反発もあったが、導入後直後から「まもるくん」が提案する様々な改善点は、この町の財政を好転させ、犯罪発生率を下げ、学力を向上させていき、たった一年で「まもるくん」は、この街になくてはならない存在になった。
【8】
「止まない雨はない」とか最初に言い出したやつは誰だなんだ、全くもって理解に苦しむ…だって私の心は今、ずぶ濡れで震えが止まらないんですが!このままやむのなんて待てないんですがっ!
そう叫び出したいのをぐっと堪えて、突然降り出したにわか雨の中、せっかく頑張って干した洗濯物を慌てて取り込みながら、昨日の行き場のない不毛なやり取りをやり場のない心持ちで、何度も何度も反芻する。
【9】
この世界のだいたいのことは、わりと何とかテキトーに、それなりにかなりいい加減に、だけどまあ止まりもせずせっせせっせと当たり障りなく、ぐるぐるぐるぐると回っている。
昨日と違う今日を求めるつもりもないし、今日と違う明日になればいいと思うことも無くなり、ただ今この瞬間をとりあえず生きることに精一杯だった私は、自分もまたそんな世界にとって、いてもいなくてもいい存在なのだろうと、ぼんやりとした頭で考えながら、昨日とだいたい同じような仕事を同じように、ただ右から左へ黙々と片付けていた。
【10】
静寂に包まれた真っ白い部屋の真ん中に聳え立つ時計の針が、その天辺で重なった瞬間、喧騒と雑踏が、歓喜と絶望が、あらゆる色彩と音色と芳香が、堰を切ったように溢れ出す…そう、物語はいつもこんな風に始まる。
やがてその瞬間が過ぎ去ると、私はやはり変わらぬいつもの部屋の中にいて、ソファの上ではまるで何事もなかったかのように猫が大きな欠伸をしていたから、そこで私は少しだけ落ち着きを取り戻し、何があっても始まってしまった物語を最後まで見届けようと、そっと固く胸に誓う。
【11】
何気なく目線を上げたその先に白い小さな花が咲いていて、なんていう花なんだろうと思ったら、私の左目から一筋の涙が零れ落ちたのでした。
その頃の私はまだ、頭を下げてしまわないようにただ前を向いていることに必死で、その頭の上にどんな世界が広がっているのかも知らなくて、そんな私を見かねたのか「疲れていると思った時にはね、温かいものを飲むといい」と、自動販売機で買ってきたらしい缶コーヒーと紅茶を両手に持って「どっちにする?」と声をかけてくれたのがハルカとの最初の出会いだった。
【12】
昨日と今日と明日に違いがあるとするならば、昨日はあなたがいて、今日あなたは去って、明日あなたはいない…そう、ただそれだけのことなんだ。
まだ陽は高く、そのせいなのか私の目から涙がこぼれ落ちることもなくて、むしろ彼が見せる悲痛な面持ちに何だか申し訳ない気持ちにすらなってしまって、思わず「とりあえず、話はそれだけなんだよね」と言ってしまってから、その一言が彼の中の逡巡と葛藤を吹き飛ばしてしまったことに気付く。
【13】
まずは小さなカフェテーブルにおろしたての真っ白なクロスを掛けて、中央の一輪挿しには思い切って元気よくひまわりを、それからとっておきの紅茶と上品なカップを用意して、お気に入りの椅子に腰を下ろしたら、これから私の体験した小さな小さな冒険のお話を始めましょう。
もしかしたらあなたは、どうしてこんな大層な設えをするのかしらと不思議に思っていらっしゃるのかしら…でもね、私はこんな風に思うんです…お話をするときも聞くときも、しっかりと丁寧に準備をするとね、どんなに些細な出来事も、取るに足らないと感じていた思い出も、例えば昨日の空の色のことだって、何だか素敵なお話のように、ゆったりと耳を傾けられるんじゃないかしら。
いかがだったでしょうか。
一人ひとりの物語は、いつでもきっと特別で、僕が考えるよりずっと奥深いのだと思います。
「事実は小説より奇なり」
というのは、こういうことをやってみて強く実感することの一つです。
それでももし、皆さんとの小さなつながりの中から生まれた物語を、ほんの少しでも楽しんでいただけると幸いです。
それでは、皆さんのご意見やご感想もお待ちしていますね。
これにて、失礼。