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水晶をくれた女の子
私の周りにはいつも「ようこちゃん」がいる。
小学校、中学校、高校、大学、その時々で違うようこちゃんたち。
今も、職場と同じマンションのママ友、二人の「ようこちゃん」が身近にいる。
漢字は「陽子」が一番多いが、私に水晶をくれた彼女は「曜子」と書いた。
小学5年生だったと思う。同じクラスになった曜子ちゃんと私は仲良しグループが別で、それまでほとんど話すことはなかった。曜子ちゃんはクラスで「一番大人しい女子のグループ」で、私は「二番目に大人しい女子のグループ」だった。
たまたまタイミングが合い、一緒に帰ることになった。実は結構近所に住んでいると判明し、どういう流れだったのか曜子ちゃんちに遊びに行かせてもらうことになった。曜子ちゃんの家は坂を登った先にあり、昔ながらの屋根瓦がこんもりした植木の奥に見えた。
曜子ちゃんの個室へ通され、私たちはおしゃべりを続けた。私の家では三姉妹で一部屋の「子ども部屋」で、思春期で一人になる時間が欲しいと思い始めていたところで、曜子ちゃんの個室がうらやましかった。
曜子ちゃんの話はおもしろかった。お父さんだったかおじいちゃんだったかが研究者だったか教授だったか、細かいところまで覚えていないが、そういう話を興味深く聞いた。曜子ちゃんは透き通る白い肌に黒髪のショートカットで、メガネをかけ、落ち着いた知的さをまとっていた。控えめなトーンでゆっくり話し、他の同級生女子には見られない思慮深さや大人っぽさを漂わせていた。クラスでは「大人しい女子」の一人だったが、いいな、素敵だなと思って見惚れていた。
帰り際、曜子ちゃんは自分の学習机の引き出しの中から何かを取り出し「あげる」と私の前に置いた。木のテーブルでコトリと音を立てたそれは、ガラス片のようなものだった。
キョトンとしている私に
「あげる。クリスタル。」
曜子ちゃんはにっこりして言った。5センチほどと1センチほどの、2つの六角水晶だった。
私にとって、初めて見るクリスタルだった。
曜子ちゃんがくれた2つのクリスタルを持ち帰ったものの、私は困惑していた。
これは、もらっても良かったのだろうか。
とてもきれいだし、それまで同級生からもらってきたようなキャラクターの付いた文房具などとは全く違う存在感を放っている。高価なものかもしれないし、例えば位牌のように値段関係なく気軽にもらうべきではないものかもしれない。
困った挙げ句、母親に見せてみることにした。
「これ、もらった」
料理中だった母はちらっと私の手元を見て、
「ああ、水晶だね」
と言って、すぐまた目を料理に戻した。
なんにも問題なさそうだ。
「返してきなさい」「こういう物はもらっちゃダメなのよ」なんて言われなかった。水晶というものは、もらってダメという類のものではないらしい。
うーむ。
「子ども部屋」の自分の学習机に戻り、まじまじと水晶をのぞき込んでみる。
5センチほどの水晶は透明度が高く、中に小さなヒビが閉じ込められている。1センチほどの小ぶりなサイズの方は全体的に白く靄がかっていて、どちらもずっと見ていたくなる石だった。手に乗る感じも、なんだか心地良い。
ありがたく、私の手元に置かせてもらおう。石を触り、見ているうちに、私はやっとそう思えた。
曜子ちゃんとはそれ以来、またほとんど話をしない距離感に戻った。中学を卒業するまでの数年間、クラスが離れたりまた同じになったりしたが、曜子ちゃんちに遊びに行ったのはその一度きりだ。
水晶はいつも私の学習机の、よく見える位置に飾っておいた。頻繁に手に取り、じっと石の中をのぞき込んだ。石の中に目を凝らすときの、自分が無になる感じ。石を掌に乗せた時の、何か肩あたりが楽になる感じ。無意識にそう感じ取り、自分を癒していたのかもしれない。
どうしてあの時、曜子ちゃんは私に2つも水晶をくれたのだろうと時々思う。
水晶がこの先きっと私を癒していくと予感して、水晶と私を引き合わせてくれたのかもしれない。
曜子ちゃんと2つの水晶、なんだか現実感の薄い、夢だったかもしれないと思える思い出だ。