化学の観点から解説する現代めっき技術シリーズ 第五回「添加剤の反応機構基礎-2 その他の添加剤の役割」

1.はじめに

お久しぶりです、Hazaculaです。前回は添加剤の内、光沢剤の種類と作用機序についてご紹介しました。今回は、その他の添加剤をご紹介しましょう。とはいえ、光沢剤以外の添加剤となると、これはほとんど各論になってしまいます。そこで、今回は添加剤をいくつかのタイプに分けて、それぞれの役割を解説することとしましょう。

2.添加剤の種類

 めっき皮膜に求められる性能は光沢性以外にも多様なものがあります。簡単に以下に挙げてみましょう。
   硬度
   純度
   内部応力
   耐食性
   下地バリア性
   結晶構造
   半田接合性などの実装信頼性
などなどです。これらの制御にも添加剤が使われます。ただし、求められる性能があまりにも多岐に渡るため、光沢剤の様に統一的に説明するのは難しくなります。そこで今回は、物性面からではなく、添加剤の種類から攻めてみることとしましょう。
 さて、まずは添加剤を分類しましょう。ここでは私個人の独断と偏見で添加剤を分類していきます。この分類法が一般的、というわけではないので注意してください。添加剤は大きく分けて、有機系、無機系、その他に分けられます。
   有機系化合物(皮膜の物性を弄る用)
   有機系化合物(めっき反応をコントロールする用)
   無機化合物
   金属塩類
   界面活性剤
   キレート剤
 それぞれ見ていきましょう。

3.有機系化合物(皮膜の物性を弄る用)

 めっき皮膜の物性を弄るための化合物群をこのように定義しました。めっき皮膜を光沢化させたり、あるいは逆に無光沢にしたり、皮膜を硬くしたり軟らかくしたり、応力を上げたり下げたりと、いろいろあります。電子部品用のめっき(Cu、Ni、Pd、Au、Ag、Sn)ともなると、半田接合性やらワイヤボンディング性やら耐食性向上のためのピンホール抑制やらいろいろな物性があり、これらにはめっき皮膜の結晶構造なども影響します。正直、これらの構造制御には多様な有機化合物が使われ、有機化合物の反応機構も金属種によって変わってくるため、極めて複雑かつ膨大です。それでも、どのような有機化合物が使われるのか、そのおおよその傾向は挙げられます。次の図を見てください。

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 AuやPdといった貴金属系には、ベンゼン環やピリジン骨格、複素五員環などの芳香族化合物が多用されます。NiやCuやSnなどの金属(貴金属寄りの卑金属)には、同様に芳香族化合物の他に、カルボニル化合物や硫黄酸化物、アミンなどが使われます。FeやZn(卑金属)あたりとなると、カルボン酸やヒドロキシル基を多く含む糖などがメインとなってきます。これはなぜでしょうか?
 このあたりの添加剤化合物の傾向は、やはりというかなんというか、HSAB則で説明できます。AuやPdやAgといった貴金属は軟らかい酸であり、軟らかい塩基と相互作用しやすいのです。軟らかい塩基とは、二重結合や三重結合を含む芳香環やオレフィンやアルキン、低原子価の硫黄SやリンPにあたります。そのため、貴金属めっきの添加剤は多くの場合、芳香環を含む化合物類が使われます。
 NiやCuなどはイオン状態では比較的硬いのですが、金属状態では軟らかくなります。このため、貴金属と同じく芳香環や不飽和結合を有する化合物が多いものの、カルボニル基や硫黄酸化物、アミン等の“硬め”の構造を含む化合物が選択されます。
 ZnやFeあたりとなると単体の金属状態でもそれほど軟らかくはなく、軟らかい塩基とは相互作用しにくいのです。そのため、硬いカルボン酸やヒドロキシル基を含む化合物がメインとなります。

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 相互作用の仕方も微妙に異なってきます。軟らかい化合物の場合、共有結合に近い結合を形成して相互作用します。一方、硬い場合はイオン結合に近い相互作用をします。そのため軟らかい場合は吸着による作用が強く、硬い場合はキレート形成による作用がメインとなります(このあたりは多分に化学的な話になるので、理解できなくても全く問題ありません。ただ、金属の種類によって仲の良い化合物の構造が異なるということは覚えておいてください)

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4.有機系化合物(めっき反応をコントロールする用)

 この手の化合物は、3で挙げた物性コントロール用の化合物と被る部分が多々あります。ただ、めっき反応速度をコントロールするためのなんらかの“官能基”を含んでいることがほとんどです。例えば、めっき反応を促進するには、金属イオンと錯体を形成してエレクトロンブリッジを形成できる硫黄原子を含んでいたりします。めっき反応を抑制するには、めっきに使われる電子を金属イオンの代わりに奪う官能基(還元を受けうる官能基)や、金属表面に比較的強めに吸着して金属イオンをブロックするような官能基を有しています。代表例を以下に挙げましょう。

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 これらのうち、例えば硫黄系化合物は、軟らかい-S-や-S-S-構造による吸着と錯形成により、めっき反応を促進します(前回説明しましたね)。カルボニル基やエステル、ニトロ基等は、還元を受けることでアルコールやアミンとなります。この作用を利用して、カソードにおける電子を奪い、めっき速度を遅くすることに使われます。

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 ポリエチレングリコールやゼラチンのような高分子化合物は、カソードのめっき皮膜表面に広く吸着して金属イオンの表面への拡散をブロックし、めっき反応を抑制します(高分子の方が、エントロピー的に吸着しやすい)。
 このように、HSAB則と酸化還元反応、エントロピー的に有利な吸着等を利用することで、めっき反応のコントロールが可能なのです。
 さて、皮膜の物性を弄る用とめっき反応をコントロールする用とで有機系添加剤を分けましたが、実はこの二つは完全に分割することは困難でもあります。例えば電解ニッケルめっきの光沢剤であるサッカリンを思い出してみましょう。サッカリンはカソードでの還元反応により単体の硫黄Sを放出してめっき皮膜の構造を変えつつ、自身は還元された物質となります。

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 このときの反応をよく見てみましょう。そう、サッカリン自身も電子を消費しています。これはつまりめっきに使われるはずの電子を奪っているということで、めっき速度はその分遅くなってしまいます。このように、めっきの物性をコントロールする化合物もめっき速度に影響を及ぼしますし、逆にめっき速度をコントロールする化合物が物性に影響を与えることもあります。この二つは、完全に分かつことは難しいものなのです。

5.無機化合物

 めっき反応をコントロールする無機化合物としては、多くは酸化還元反応を伴う化合物となります。硝酸塩や酸化鉄、過硫酸塩などがメインとなります。簡単に以下に示してみましょう。

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 これらはいずれも酸化剤であり、酸化還元反応によってカソードでの電子を奪い、めっき速度を遅くする効果があります。めっき皮膜表面での拡散により光沢剤として働くものもあります。

6.金属塩類

 ここでの金属塩とは、めっきされるメインの金属イオンとは別に添加される金属イオンです。これらはめっき皮膜に微量共析したり、めっき皮膜の結晶構造を変えて物性を変えたり、めっき反応速度をコントロールしたりします。例えば硬質金めっきに於けるコバルトCoやニッケルNi(ほとんど共析しないが、Au皮膜の結晶構造をコントロールする)、無電解ニッケルめっきにおける鉛Pb(触媒毒として安定性を向上させる)等があります。これらに関しては正直作用機序が不明な部分も多く、トライアンドエラーで見つけ出されたものが大半です。そのため詳細な解説は省きますが、微量添加で皮膜物性を劇的に変えられる金属があるということだけは覚えておきましょう。めっき薬品メーカーから買った液がなにやら色づいている、ICPが原子吸光でめっきする金属以外の金属元素の量を監視するよう指導された、などがあった場合は、この手の添加剤としての金属塩類である可能性があります。

7.界面活性剤

 これに関してはどこに分類するかは悩んだのですが、添加剤の一種としてここで紹介することとしました。界面活性剤とは、簡単にいえば石鹸のことですが、石鹸はどのような役割を持っているかご存じでしょうか? 幾つかありますが、めっきにおいて重要な機能は大きく分けると二つ、界面活性作用と分散作用の2つです(このあたりは界面活性剤によっても微妙に異なりますが、話を簡単にするために一緒くたにして考えます)。それぞれを見ていってみましょう。
 まず分散作用は、例えば油のような水に溶けない物質でも”ミセル“を形成することで水中に分散(ぱっと見溶解してるようにしか見えない)させることができます。この作用は、例えば水に溶けにくい添加剤を無理やりめっき液に添加させたいときなどに使われます。
 次に界面活性作用を見てみましょう。界面活性作用とは、簡単に言えば表面張力を弱める作用です。これはどのようにめっきに作用するのでしょうか? 例として、以下のような構造物をめっきすることを考えましょう。

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 上図では、被めっき物の側面に穴が開いております。この穴の中にめっき液はしっかり入り込むでしょうか? 例えば穴の大きさが直径10mmくらいだったら余裕で入り込むでしょう。5mmでも大丈夫そうです。では穴が直径1mmだったら? 0.5mm(500μm)だったら? さらに小さく0.1mm(100μm)だったらどうでしょうか? 穴の中に完全にめっき液が入り込むと自信を持って言える人は少ないのではないでしょうか? 実際、微小部品のめっきでは、穴の中にまでめっき液が入り込まないということがよくあります。そのため、品物を揺らしたり振動をかけたりして穴の内部の気泡を除去して無理やり内部にめっき液をぶち込んだりします。この際、めっき液の表面張力が低いと、穴の中の気泡が外れやすく、内部までめっき液が入り込みやすくなります。
 また、カソード反応ではほぼ必ずと言っていいほど、副反応で水素ガスが発生します。水素ガスはめっき皮膜表面にくっつくのですが、これをそのまま放っておくと、水素ガスの部分にめっきがつかなくなり、ピット(凹み)やピンホール(めっきが付いていない部分)ができてしまいます。しかし、界面活性剤を添加して表面張力を下げると、この水素ガスの泡が外れやすくなり、ピットやピンホールの発生を防ぐことができます。
 界面活性剤としては色々な種類がありますが、大きく分けるとたったの3種類(ノニオン系、アニオン系、カチオン系)です。代表例を以下に挙げます。

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 界面活性剤は非常に有用な物質なのですが、洗剤や石鹸と同成分であることから、添加するとどうしても泡立ちしやすくなります。そのため、電解銅めっきのように空気攪拌が必須のめっき液などでは、添加できない場合もあります。

8.キレート剤

 これに関しても悩んだのですが、添加剤の一種としてここで紹介することとします。キレート剤とは錯化剤の一種で、通常2か所以上の配位座(金属イオンと配位結合できる箇所のこと)を有し、金属イオンを多数の配位座で囲って反応できなくしてしまいます。キレート剤として活躍する化合物は、多くの場合EDTA(エチレンジアミン四酢酸)です。

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 この手の化合物が威力を発揮するのは無電解置換めっきです。置換めっきでは、浴を使っていくと溶解した下地金属のイオンが浴中に溜まってきて、反応性が変わってきてしまいます。例えば、置換金めっき浴におけるNiイオンやCuイオンの蓄積が挙げられます。これらは、普通に浴中に溶けている状態ではめっき皮膜に与える影響が大きすぎるため、EDTAのようなキレート剤でイオンの周囲を囲み、めっき反応に与える影響を低減させるのです。

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9.添加剤はめっきの脇役のようで実は主役

 めっきというと、金属塩から金属皮膜を形成するだけ、という考えの方が大半でしょう。確かにそれでめっきはできるのですが、めっきの各種コントロールには添加剤が絶対に必要なのです。添加剤の濃度は1Lあたり精々数g程度と、めっき液の成分の中ではマイナー中のマイナーであり、脇役中の脇役でしかありません。しかし、現代文明を支えるめっきの制御には、この添加剤が必要不可欠なのです。そう、添加剤こそ、現代めっきの主役の成分と言っていいでしょう。この添加剤の機能や作用を理解することは、めっき液の開発だけでなく、めっき薬品の選定や実際のめっきラインの管理にも役立つことと思います。私の記事で、少しでもめっき添加剤について身近に感じていただけていたら幸いです。
 さて、そろそろこのnote記事シリーズに書くネタも尽き始めてきたのですが、幸いにも相互フォロワーさんからめっき薬品の開発のやり方について教えてほしいという要望が出ました。なので、次回は薬品開発についてお話ししたいと思います。

 それでは、Adios,amici!
                              Hazacula.

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