化学の観点から解説する現代めっき技術シリーズ 第四回「添加剤の反応機構基礎-1 光沢剤について」
1.はじめに
お久しぶりです、Hazaculaです。前回は電解めっきと無電解めっき、それぞれの特徴を解説しました。今回は、めっき皮膜の性能を特徴づけるスパイスである添加剤、その基礎についてお教えいたしましょう。とはいえ、この添加剤についてはまさしく各めっき薬品メーカーのトップシークレットであり、私自身口外できない成分を数多く知っています。そのためそれらの情報には触れられませんが(いろいろヤバいし、そういう秘密保持義務違反は技術士を目指す筆者としてもできない)、今回は調べればどこにでも載っているような基本的な添加剤について、その作用機序の基本を解説することとしましょう。
2.そもそもなぜ添加剤を入れるのか?
添加剤と一言に言っていますけど、そもそもなぜ添加剤を入れるのでしょうか? めっき皮膜を形成するために最低限必要な成分は、これまでご紹介した通り
金属イオン
錯化剤
pH緩衝剤
(還元剤)※無電解還元めっきのみ
(安定剤)※無電解還元めっきのみ
等ですが、これらだけでは必要な皮膜の性能が得られないのです。必要な皮膜の性能とは何でしょうか? 実は、めっきされた皮膜の性能は、金属元素の種類だけでは決まらないのです。とは言っても分かりにくいでしょうから、身近な金属元素である鉄を例に取って、その性質がどのように変わるか実例を見てみましょう。
鉄と言えば、例えば日曜大工で大活躍する鉄くぎがありますね。鉄くぎを木材に打ち込んで簡単な家具を作るようなことは、中学校の技術の授業で皆さん経験があるでしょう。私はくぎを打つのが下手で、よく釘を曲げてしまいました。曲がるということは、くぎを構成してる鉄は軟らかいということになります。これは中学校で金属について習ったときにも教わりましたね。金属は展性と延性を有します(力を加えると、折れたり割れたりせずに曲がったり伸びたりする)。では次に、2020年に世間を席巻した「鬼滅の刃」を思い出してみましょう。那田蜘蛛山で累と対峙した炭治郎は、戦闘中に刀を折ってしまいます。刀の原料は鉄ですね。しかし鉄は金属であり、曲がりこそすれ、ガラスや陶磁器のように割れたり折れたりすることはないはずです。なぜ同じ鉄なのに、片や曲がり片や折れる。その違いは何でしょうか?
この金属の性質を左右するものは、例えば金属中に微量に存在する不純物、金属の結晶構造、合金であればその組成等に影響されます。例えば鉄では、含有する炭素の量によって、硬さ(脆さ)を調整します。刀に使うような鉄は、炭素分の調整により硬く(つまりもろく割れやすい)状態にするのです。こういった調整は、冶金では製錬時に微量添加剤を入れたり、冷却工程を変えたりしてこれらの構造を調整しますが、めっきでは添加剤によって成膜時に調整します。
3.添加剤は何をするのか?
一般にめっき液に入っている添加剤と呼ばれるものは、以下に列挙したような成分となります。
界面活性剤
結晶調整剤
光沢剤
析出抑制剤
析出促進剤
下地保護剤
応力調整剤
なんかよく分からんけど入れとくとなんか調子いいからとりあえず入れ てるアレ
これらはいずれもめっき皮膜の性能を左右する成分であり、めっき皮膜が析出する際にその析出反応に介入し、皮膜の結晶構造を変えたり、微量共析したり、表面形態を変えたりすることで、めっき皮膜の性質を劇的に変化させることができます。
そもそも、めっき液の基本的な成分(いわゆる金属塩、錯化剤、pH緩衝剤等)は、どのめっき液でも大体決まっています。じゃあ、世のめっき薬品メーカーは何を差別化して生き残っているのか? というと、多くの場合添加剤です。添加剤によって皮膜の性質を制御し、他社が作れないような特徴ある性能の皮膜を作れるめっき液を世に出すことで、どこの会社も生き延びているのです。
4.添加剤はどのように作用するのか?
では添加剤が何をしているのか、どのように作用しているのかについて、見ていってみましょう。添加剤は、カソードでのめっき皮膜の析出反応時に、反応を抑制したり促進したり、めっき皮膜の構造を制御したりなどして、皮膜の性質を変えます。めっき皮膜の性質を弄ろうと考えたら、皮膜の析出反応をいじるか、めっき皮膜の析出が終わった後に熱をかけるかぐらいしかできません。そのため、添加剤をめっき液に入れてめっき反応を制御するのです。
とはいえ、添加剤は種類も多く、しかもその作用機序はめっきの種類によっても異なってくるため、全てを網羅して説明するのは難しいです。そのためここでは、代表的な添加剤である“光沢剤”についてご説明しましょう。
光沢剤とは何でしょうか? 金属というと、ピカピカに光る金色や銀色の金属を思い浮かべる人が多いかもしれません。が、金属塩、錯化剤、pH緩衝剤などなど“だけ”からなるめっき液から析出させた金属皮膜は、多くの場合無光沢、いうなれば“ざらざら”した感じの見た目なのです。もちろんざらざらした外観の皮膜が良い製品もありますが、機械部品や装飾めっき、摺動性が要求されるコネクタなどでは光沢の“つるつる”した外観の方が良いのも事実です。こういった“つるつる”した光沢外観を得るために“光沢剤”が使われます。
5.光沢剤は何をしている?
光沢と無光沢の違いは何でしょう? それは、金属の表面形態の違いです。光沢の金属皮膜と無光沢の金属皮膜を電子顕微鏡で観察してみると、その違いが一発で分かります。無光沢の金属皮膜は表面がゴツゴツしています。例えば無光沢の電解ニッケルめっき皮膜など、肉眼で見る限り表面は光沢のない灰色ですが、電子顕微鏡で表面を見ると山脈のようなゴツゴツとした山と谷が見えるでしょう。一方で光沢のニッケル皮膜を見てみると、その表面は驚くほど平らです。ツルツルです。電顕初心者ではピント合わせも難しいでしょう。それぐらい平らになっています。
今回は電解ニッケルを例に挙げましたが、金属は物にもよるものの、微結晶構造を取ろうとします。すると、多数の結晶が表面に突き出た構造となり、ゴツゴツして無光沢になってしまうのです。光沢剤はこういった結晶構造を取ろうとする金属に作用し、「結晶構造を変え」たり「尖った部分を均し」たり「へこんだ部分を埋め」たりして平らにすることで光沢外観が得られるようにするのです。
以上を元に光沢剤をその作用機序で私なりに勝手に分類すると、以下の3種類になります。
結晶を細かくするもの
尖った部分を均すもの
凹んだ部分を埋めるもの
それぞれの作用機序を見ていきましょう
6.結晶を細かくする光沢剤
この手の光沢剤は、カソード表面での還元反応の際に光沢剤の各種電解反応に伴いめっき皮膜の結晶を細かくすることで表面を平滑化します。なぜ結晶が細かいと光沢になるのでしょうか? 以下の例を考えてみましょう。
あなたは小学生の子持ちのお父さん(お母さんでもいいですが)。夏休みに子供を海水浴に連れていくことになりました。さてあなたは、①リアス式海岸②砂利石の海岸③砂浜の海岸 のどこに連れていきますか?
体力の有り余っている小学生、リアス式海岸のゴツゴツした岩場ではケガをしそうで危ない。砂利石の海岸の方が安全だ。それを言うなら砂浜の方がより安全だろう。よし、砂浜に行こう! と考える人が大半ではないでしょうか?
岩と砂。怪我のリスクを考えたら砂の方が安全ですが、これらはそもそもどちらも主成分がほぼ同一のものです。違うのは大きさだけ。粒がデカければ岩となり、リアス式海岸となりますし、細かければ砂利や砂となります。同じ事がめっき皮膜の結晶にも言えるのです。結晶がデカければゴツゴツとした見た目となり、無光沢となりますし、結晶が小さければさらさらと砂のようになり、光沢外観になるのです。
このような作用をする添加剤としては、以下のようなものがあります。
これらは、例えばサッカリンであれば、高酸化状態にある硫黄Sがカソードで電子を受け取って還元される際に、結晶粒径を小さくします。
ちなみになぜこういった化合物がめっき皮膜の結晶を小さくするのかというと、その理由は分かってません!!! はい、もしかしたら計算化学などである程度解明されてる部分もあるかもしれませんが、筆者は寡聞にして知りません。めっきはこのように、よく分かっていない部分も多いのです。めっきはまだまだ分かっていない部分が多い分野なのです。
7.尖った部分を均す光沢剤
この手の光沢剤は、主にカソード、つまりめっき反応が進行している金属の表面でめっきに使われる電子を奪う反応を起こす化合物です。
Ox + ne- → Red
こんな反応を起こします。抽象的な式を書かれても分かりにくいでしょうから、電解ニッケルめっきに使われる代表的な光沢剤2-ブチン-1,4-ジオールを例に挙げて解説しましょう。2-ブチン-1,4-ジオールはHO-CH2-C≡C-CH2-OHのように、分子中に三重結合「-C≡C-」を有しています。この三重結合が、以下のように電子を奪って還元され、1,4-ブタンジオールが生成します。
HO-CH2-C≡C-CH2-OH +4e- +4H+ → HO-CH2-CH2-CH2-CH2-OH
まだ分かりにくいでしょうから、反応を図にして示しましょう。
このように、アルキン部分が電子を受け取ってカルボアニオンとなり、これが水からプロトンを奪い取ってメチレンにまで還元されるのです。有機合成を専門にしている方であれば、水素添加反応と等価であると気づかれるかもしれません。これらの還元剤は、このような電子を奪う反応と表面での拡散を利用して平滑化を促進します。拡散とはなんでしょう? 以下の図を考えてみてください。凸凹とした無光沢の金属表面の断面を模式的に表したものです。
この山と谷とでは、どちらの方が光沢剤が供給されやすいでしょう? 山の頂上と谷底とでは、山の上の方が風通しがいい事を考えれば、必然的に山の上の方が供給されやすいことが分かるでしょう(第三回のことを覚えている方なら、山の上の尖った部分は電流密度が高くなりやすく、その分上記の還元反応が進行しやすいこともわかるでしょう)。するとどうなるか? 山の頂上部分では上記の還元反応により電子が奪われるため、めっき皮膜が成長しにくくなります。すると、山の部分が潰れてきます。また、谷底部分では上記の還元反応によるめっき皮膜成長抑制機構が働かないため、谷底部分ではめっきの成長が進みます。結果、皮膜の凸凹が均されてきて平滑な皮膜が得られるのです。このような効果を有する代表的な光沢剤を以下にまとめます。
この他に、めっき皮膜表面に吸着することで、金属イオンが表面に拡散されるのを防ぎ、皮膜の成長を抑制するタイプのものもあります。代表的な物を以下にまとめましょう。
図7と図8を比較すると、図7の方の化合物は還元反応を受ける官能基を何がしか有していることに気づくでしょう。一方で図8の方は、還元反応を受ける官能基はないものの、エーテル(-O-)や芳香環など、金属表面に吸着出来る官能基を有することが分かるのではないでしょうか。
8.凹んだ部分を埋める光沢剤
この手の光沢剤は、めっき反応を促進する効果があります。先ほどの尖った部分を均すものとは反対に、凹んだ部分のめっき反応を促して、谷部分を埋めるのです。例として銅めっきの添加剤を上げましょう。銅めっきではSPSと呼ばれる添加剤を用います。分子構造を以下に示しましょう。
この添加剤は、めっき皮膜表面に緩く吸着します。低原子価の硫黄と単体の銅は相性がいいのです(HSAB則)。さらに硫黄は銅イオンとも相性がいいため、
このような錯体を形成します。こうなると、このSPS分子を経由して電子が効率的に銅イオンへと運ばれ、銅イオンの還元が非常に進みやすくなります。これにより、凹んだ部分でのめっき反応が促進され凹部が埋まることで平滑化します。ただし、先ほどの拡散のことを考えると、SPS濃度は凹部より凸部の方が高くなってしまい、そうなると凹部が埋まるどころか凸部が余計に突出してしまいます。そのため、皮膜表面に吸着して凸部での反応を抑制する添加剤と組み合わせて平滑化するように調整します。
9.HSAB則で見えてくる添加剤の共通構造
ここまで光沢剤の作用機序を大雑把に見てきましたが、光沢剤は多くの場合不飽和結合や芳香環(ベンゼン環)を有しています。これはなぜでしょうか?
この理由は、第一回でご紹介したHSAB則で理解できます。光沢剤のほとんどはめっき皮膜表面で反応します。めっき皮膜は単体の金属です。実は、単体の金属は“軟らかい酸”と見なせるのです。すると、同じく“軟らかい塩基”と仲がいいはずです。この軟らかい塩基こそが、不飽和結合や芳香環なのです。不飽和結合や芳香環の持っている二重結合の電子は、軟らかい塩基と見なすことができ、これが軟らかい酸であるめっき皮膜と相互作用して上手いこと吸着します。そして、二重結合や芳香環そのもの、あるいはそれらに結合した官能基が反応することで、光沢化が進行するのです。
10.光沢剤は平滑にするだけじゃない!
以上で光沢剤のおおよその解説は終了です。が、光沢剤は表面を平滑にするだけではないのです! 例えばニッケルめっきの光沢剤であるサッカリンやナフタレンスルホン酸は、めっきを平滑にするだけでなく、皮膜を硬くするのです! そのため、硬い皮膜が必要なコネクタの下地めっきに使われることが多いです。一方で、硫黄を含有する光沢剤を使用すると、皮膜に硫黄原子が共析し、皮膜が卑になる(=錆びやすくなる)という問題もあります。このため、コネクタには金をある程度の厚さめっきせねばならなかったり、さらに腐食を防ぐために封孔処理をしたりと、色々と制約があります。
このように、光沢剤はただ光沢で平滑な平面を得るだけではないのです。皮膜が硬くなったり、あるいは軟らかくなったり、電位が卑に(錆びやすく)なったり貴に(錆びにくく)なったり、応力が上がったり下がったりなどと、色々と副作用も発生しえます。そのため、その副作用を抑えるためにさらに添加剤を添加したり、あるいは複数の添加剤間のバランスを取るように調整したりと言った事も行われます。例えば電解ニッケルめっきでは、完全な光沢を得るためには2種類の光沢剤を使いますが、一方の光沢剤は圧縮応力を与えるのに対し、もう一方の光沢剤は引張応力を与えるため、双方の光沢剤の量を調整して応力がゼロに近づくようにします。
11.添加剤開発には多様な化学知識を必要とする
以上でお分かりいただけます通り、めっき添加剤の作用機序は化学と切っても切り離せないものです。特に有機化合物の反応を利用することが多いことから、有機合成化学の知識が必要とされます。他にも錯体化学や拡散などの反応速度を把握するための物理化学の知識も必要とされます。そのため、特にめっき薬品メーカーの研究開発に携わる人には、これら化学知識は必須と言っても過言ではありません。だというのに、めっき薬品メーカー勤務で研究開発に携わる身でありながら電気化学以外は分からないという人の多い事、多い事……化学用語の使い方がおかしかったり、考察が杜撰だったり、基本的な概念が分かっていなかったりと、実に嘆かわしい。だからめっき業界はダメなのだ! などど、ちょっと本音が漏れてしまいましたが、添加剤開発はこのように多くの知識を必要とし、一筋縄ではいかないものなのです。皮膜の結晶構造や応力などは実際に試してみないとわからない部分も多く、トライアンドエラーの実験も必要となるなど、かなり泥臭い仕事です。しかし、だからこそ思いがけない反応が見いだされることも多くあり、添加剤開発は面白くもあるのです!
さて、今回は光沢剤に関するお話でしたが、添加剤は光沢化作用以外にも種々の働きをします。次回は他の添加剤の作用についてお話ししましょう。 それでは、Adios,amici!
Hazacula.