化学の観点から解説する現代めっき技術シリーズ 第三回「それぞれのめっき法の特徴」

0.はじめに

 さて、前回まででめっき技術の基本、電解めっき、無電解めっき(還元型、置換型)についてその原理を説明しました。では、これらはどのようにして使われているのでしょうか? わざわざこれだけめっきの種類があるということは、それだけ必要な理由があるということです。それぞれの特徴を見ていきましょう。
 なお、前回の最後に「次回は添加剤の機構について解説する」と予告していましたが、先にそれぞれの特徴について解説した方がいいと考え、今回予定を変更してお送りしています。申し訳ありません。筆者は気が変わりやすいのです(決して化学要素マシマシで書いた第二回の評判が今一つだったから怖気づいたわけではありません)

1.電解めっきの特徴

 まずは電解めっきの特徴についてご説明しましょう。電解めっきの基本は既にご説明しましたね。基本的な反応については第一回を見てください。電解めっきはその機構上、基本的に電気が流れるところにしかめっきできません。もちろん、導体上でなければめっきは付きませんし、導体上であっても、電流が流れなければめっきは付きません。例として、以下のようなプリント基板を考えましょう。Cの部分で通電するようにした場合、AとB両方のパッドにめっきが付くでしょうか?

図1

答えは、Aにしか付きません! これは考えてみれば当然で、Bはどことも通電していないので、めっきは付きようがないのです(スルーホールなどでBと通電していればその限りではない)。もしBにめっきを付けたいとなれば、治具接点を改良してD点でも通電するようにするか、基板の電気接点の配置を改善してどちらもCで通電するようにするしかありません。もっとも、私はプリント基板の設計に関してはトーシロなので、このあたりはよく分かりませんが(おそらく、各社様々なノウハウを有しているものと思われます)
 次の問題は、膜厚均一性です。膜厚均一性とは、製品の測定箇所ごとの膜厚がどれだけばらついているか、あるいはばらついていないかを表す指標です。多くの場合、測定膜厚値のMax-Min値や相対標準偏差(RSD)%で表されます。Max値とMin値の差が小さくRSD%が小さいほど、ばらつきが小さく膜厚均一性が良い、逆は悪いということになります。

図1a

 さて、電解めっきでは、当たり前ですが電圧をかけて電流を流す必要があります。ですが、果たして電圧はめっきする製品全体に均一に分布するのでしょうか? 残念ながら答えは“ノー”です。たいていの場合、尖った部分、製品の角や隅の部分、陽極に近い部分に高い電圧がかかるようになり、したがってその部分の電流密度が高くなり、めっき膜厚が厚くなる傾向があります。これは電解めっきではどうしようもない、必ず存在する問題です。膜厚ばらつきについて分かり易く図示してみましょう。

図2

しかし、膜厚が不均一では問題です。機械部品ではかみ合わせが悪くなったりして使えなくなりますし、薄すぎれば耐食性や耐摩耗性に問題が出るでしょう。プリント基板だと、厚すぎれば隣の回路と短絡してしまうでしょう。いずれにしても碌なことにはなりません。もちろん不良品は出荷前に検査して弾くわけですが、それにしても不良率は低いことに越したことはありません。そのため、可能な限り膜厚を均一にするために種々の対策が施されます。めっき設備側の対策としては、  
品物の揺動
  遮蔽板の配置
  電流密度の高い部分を保護するようダミーを配置
  陽極配置の改善
などがあります。細かい解説をすると凄まじい量になるので、これは別の回に譲ります(めっき生産設備に詳しい人が書いてくれると嬉しいな~)。今回はめっき液側の対策をご説明しましょう。めっき液側の対策としては
  金属イオン濃度を下げる
  電導塩(比重調整塩,e.g. 硫酸Na,クエン酸K等)濃度を上げる
などがあります。なぜこれらが膜厚均一性向上に役立つのでしょうか? 簡単に説明しましょう。
 まず金属イオン濃度を下げるとどうしていいのか? それは、拡散律速により高電流密度部の膜厚が制限されるからです。拡散律速については少々複雑なので、本記事の最後にまとめて書きましょう。ただし、金属イオン濃度を下げ過ぎると、電流密度を上げにくくなってしまうため、このあたりも注意が必要です。
 次に電導塩濃度を上げるとどうしていいのか? これは、電導塩濃度が上がり浴の電導度が上がると、二次電流分布が変わり電流密度の差が緩和されるからです。二次電流分布とは、一次電流分布に対し実際のめっき液で流れる電流分布のことで、めっき液の組成に影響されます。この辺りは物理的な話も絡んできて、さしもの私も詳しくは分かりません、申し訳ありません。ただいずれにしても、電導塩濃度を高めに設定することで膜厚均一性は改善できます。もっとも、あまりに電導塩濃度を高くし過ぎると、冬場などめっき液が冷えた時に塩析が発生してしまいますし、粘性が上がって攪拌時の均一性などにも影響するので、注意しなければなりません。もちろん実際のめっき液の運用時にも、性能を一定に保つために電導塩濃度や比重などを管理する必要が出てきます。
 金属イオン濃度と電導塩濃度の調整によって、一次電流分布と実際の二次電流分布は異なってきます。簡単に図示してみましょう。

図3

このように、電流密度分布の差が緩和されることで膜厚均一性が改善します。
 上記2つの問題(通電と膜厚均一性)は電解めっきに必ずついて回る問題ですが、これ以外にもカソードとアノードでの酸化還元反応に起因する複雑な反応が生じ得ます。金属イオンやpH緩衝剤や電導塩などは多くの場合無機化合物であり、ほとんどの場合この酸化還元反応に関しては問題ありません。しかし、光沢剤や結晶調整剤として用いられる添加剤(有機系化合物)は問題です。添加剤は多くの場合カソードでの還元反応時に反応速度をコントロールしたり、金属の結晶構造を調整したりといった働きをしますが、カソード反応で消費された還元剤分解生成物が浴中に溜まります。また同じ浴中にある以上、添加剤およびその分解生成物は、アノードでの酸化反応も受けることになります。その反応は非常に複雑ですので、細かい話は添加剤の回でご説明しましょう。
 さて、これら添加剤分解生成物が溜まったら、どうするのでしょうか? 活性炭処理などで取れればいいのですが、活性炭は疎水性化合物をよく取ってくれるものの、親水性化合物を取るのは苦手です。めっき液は水溶液なので、添加剤も水溶性のことが多く、活性炭では取れない場合も多いです。では活性炭でも取れないとなると、どうすればいいのか? これはもう浴を捨てて新しいものと交換する、建浴し直すしかなくなります。いわゆる浴寿命というもので、寿命を迎えた浴は廃棄して、新しい浴を建浴し直さなければなりません(再建浴、浴更新などと呼ばれる)。もっとも、電解めっきの浴寿命は多くの場合無電解めっきより長く、浴の再建浴は比較的低頻度で済みます。その理由については無電解めっきの項でご説明することにしましょう。

 ここまで電解めっき液のデメリットや注意点を主に説明してきましたが、しかし電解めっきには利点も数多くあります。まず一つ目として、電流密度をいじることである程度めっき速度をコントロールできるという点です。電流密度とは、単位面積あたりにどれだけの電流を流すかを表す単位です。たいていA/dm2という単位が使われます。当たり前ですが、値が大きいほど流れる電流量が多くなります。電圧を上げればその分電流が大量に流れますが、単純に電圧に比例した電流が流れるわけではなく、また流れる電流量に比例しためっき速度が得られるわけではないことにも注意しなければなりません(これについては、後述しましょう)。しかしそれらを置いても、電流密度をある程度制御でき、それによってめっき速度がコントロールできるのは大きな利点です。特に、短時間に大量生産しなければならない工場では、これは重要な特長になってきます。
 二つ目の利点として、無電解めっきに比べて浴管理が比較的簡単であるという点があります。電解めっきの場合、浴成分としては
  金属イオン
  錯化剤
  pH緩衝剤
が最低限必要です。このほかに電導塩や結晶調整剤を含む場合もありますが、それでも還元剤や安定剤を含まない分無電解めっきよりも管理項目は少なくてすむ傾向があります。また、温度管理もそこまで厳密でなくても大丈夫です(もっともこれは浴種にもよりますが)。温度が変わるとめっき速度が変わってしまう無電解めっきと異なり、電流量でめっき速度をコントロールできる電解めっきでは、温度が多少高かったり低かったりしても成膜速度にさほど差は出ません。しかも還元剤が入ってないため、多少高温で扱っても液が分解したりしません(もっとも、これは含まれる成分にも依る)
 また、膜厚が不均一になりやすいというデメリットを先ほど紹介しましたが、この特性を逆に利用する手もあります。これは、特に高価な金めっきなどで使われる手法なのですが、低電流密度部ではめっきが付きにくくなる添加剤を入れておき、高電流密度部にだけめっきをつけるという方法が実用化されています。これは例えば、めっきを付けたい箇所だけ電流密度が高くなる構造の製品(コネクタなど)に適用されます。これにより、金の使用量を節約できるのです。

 電解めっきのメリットデメリットは上記のようになります。もう一度そのメリットとデメリットを簡単にまとめておきましょう(より詳しいまとめは、この回の最後に記します)。

  メリット
   ・めっき速度が電流密度で調整可能
   ・浴管理が比較的簡単(多少乱暴な扱いをしても大丈夫)
  
  デメリット
   ・通電部にしかめっきできない
   ・電通密度分布ムラに起因する膜厚ムラができやすい

このように、電解めっきはある程度ラフな扱い方をしても大丈夫なタフな液ですが、電流密度分布ムラとそれに起因する膜厚ムラという強敵と戦わなければなりません。これには、めっき薬品メーカーだけでなく、生産技術や製造部での液の管理など、複数のグループが一丸となって立ち向かわなければならないのです。
 ここまでは電解めっきのメリットデメリットの話でしたが、では無電解めっきはどうでしょうか? 実は、無電解めっきも電解めっきとは比較にならないほど面倒くさいヤツなのです(メリットもありますが)。次は無電解めっきのメリットとデメリットを見てみましょう。無電解めっきには置換型と還元型がありますが、ここでは還元型を中心に扱います。置換型の特徴は還元型と一部被る部分がありますので、まずは還元型を見ましょう。


2.無電解還元めっきの特徴

 無電解還元めっきの基本もすでにご説明しました。ではそのメリットは何でしょうか?以下に列挙してみましょう。

1.触媒さえあれば、導体だろうと不導体だろうと、どこにでもめっきを付けられる
2.治具接点を取る必要がない
3.電場の偏りが原理上起きえないため、膜厚均一性が高い(ただし、全く不均一にならないわけではない)
4.めっきする品物の表面積を正確に求める必要がない
  5.複雑な形状の品物にも比較的均一に付きまわる

 1、2については前回説明した通りです。触媒金属さえ着いていれば、不導体上にもめっき可能です。この特性は、プラスチックやガラスといった不導体上へのめっき、アディティブ法によるプリント基板の製造などに不可欠な技術です。また、電解めっきの項で説明した通り、電解めっきでは通電していないところには析出しませんが、無電解めっきならきちんと成膜します。このため、通電するしないを気にする必要がなく、また治具との電気接点も考えなくてよくなります。このため、治具の形状や接続位置の自由度が増します。
 3~5については、電気ではなく化学反応を用いて成膜する無電解めっきならではの特性です。陽極との配置や品物の形状に起因する電流分布など発生しえないため、膜厚はかなり均一に着きやすくなります(ただし、微妙な電位差や下地めっきの微妙な差異に由来する膜厚ばらつきは出る)。しかも、電流密度という概念が無くなるため、めっきする品物の正確な表面積求める必要がありません。これは形状が複雑な機械部品や、大きさの異なるパッドが複数存在するプリント基板のめっきにおいては大きな利点です(ただし、大雑把には表面積を合わせておかないと、浴負荷の問題が出てくる)。さらに、電流分布の問題が無くなるため、形状が複雑な品物でも比較的均一に成膜することが可能になります。これについては、以下のような品物を考えてみましょう。

図6

 電解めっきでは、Aの基板(てきとーにデザインしました)の外側の膜厚が厚くなってしまい、場合によっては隣の回路と短絡してしまうでしょう。Bの製品の場合は、円筒の内側の付きまわりが悪いでしょう。全く付きまわらないわけではないですが(電場は背面に回り込もうとするため)、付きまわりはやはり悪くなります。しかし、無電解めっきであればいずれにも均一にめっきされます(ただしBの製品の場合、内側に液がしっかり供給されるよう攪拌に注意する必要あり)。

 では逆に、デメリットとは何でしょうか? 列挙してみましょう。
1.電解めっきよりもめっき速度が遅い
2.電流密度でめっき速度をコントロールするということができない
3.電解めっきよりも浴温が高くなりがち
4.電解めっきよりも浴成分の管理を厳密にする必要があることが多い(また、管理すべき浴成分も多くなりがち)
5.電解めっきよりも、頻繁に浴を更新しなければならない
6.活性化や浴負荷によっても反応性が変わる

それぞれを見ていきましょう。
 
1.2.電解めっきよりもめっき速度が遅い、電流密度でめっき速度をコントロールするということができない
 これは、成皮を全て化学反応のみが担う無電解めっきに由来する欠点です。例えば、電解めっき浴として多用されるスルファミン酸ニッケル浴と、無電解ニッケルめっき浴として多用される次亜リン酸浴を比較してみましょう。5μmのニッケル皮膜を付けるのに、スルファミン酸ニッケル浴であれば、一般的な電流密度5A/dm2でざっと10分弱かかります。電流密度をもっと上げれば、より短い時間で付けられます(ただし、膜厚均一性が多少犠牲になりますが)。一方、次亜リン酸浴では5μmつけるのに20~25分程度。しかも、電解めっきと異なり電流密度による速度コントロールができません。めっき反応を全て化学反応に委ねなければならない無電解めっきならではの欠点です。

3.電解めっきよりも浴温が高くなりがち
 これも化学反応を利用する無電解ニッケルめっきならではの欠点です。例えば、電解ニッケルめっきは40~50℃程度で運転されます。一方、次亜リン酸浴は85~90℃という高温です。正直ほとんど熱湯です。金めっきも、電解浴が50~60℃程度なのに対し、無電解浴は70~80℃程度(還元剤や金塩による)。これだけ高温にしなければ、還元反応が実用的な速度にならないのです。一方電解めっきの場合は、電気を流すことで強制的に反応を進めるため、それほど高温にする必要がありません。
温度を下げた浴もある程度は可能ですが、その場合はpHを上げなくてはなりません。例えば、無電解ニッケル浴で30~40℃程度でめっきできる浴もありますが、浴のpHは9前後にまで上がってしまいます(ref. 85~90℃の浴の場合はpH4~5程度)。これは、還元剤の反応速度が高pHほど上がるためです。機械部品なら問題ありませんが、電子部品(特にレジストを用いているプリント基板など)だと、pH7.5くらいから上ではレジストが溶出するため問題です(そのため、電子部品用めっき液はほとんどが酸性側です)

4.電解めっきよりも浴成分の管理を厳密にする必要があることが多い(また、管理すべき浴成分も多くなりがち)
 これも化学反応を利用するが故の短所です。還元剤や安定剤など、電解めっきには入っていなかった成分の管理をする必要があります。しかも、これらはめっき速度に与える影響がデカいので、濃度管理は厳密にしなければなりません。還元剤や金属イオンは浴の使用に伴ってどんどん減るので、もはや分析して追加では間に合わないこともあります。そのため、めっき工場では自動補給機を使ったり、“大体これぐらい減るだろうからこんぐらいのペースで補給していけば大丈夫だろう”という感じで、速度を適当に合わせたペリスタリックポンプで見込み補充したりします。私は一度海外のめっき工場を見学したことがありますが、製品をめっきしている横でトクトクと還元剤が補充され続けていました。それぐらい消耗が激しいのです。

5.電解めっきよりも、頻繁に浴を更新しなければならない
 無電解めっきは、一般に電解めっきよりも浴更新、いわゆる使っていた液をすべて廃棄して新しい液に変える操作を頻繁にしなければなりません。例えば電解ニッケルめっきであれば、基本的に浴更新は数か月に一回とかでしょう、場所によっては数年単位で同じ浴を使い続けるかもしれません。一方無電解めっきは、1週間とか2週間とかで再建浴してしまうことが多いです。なぜこれほど異なるのでしょうか?
 その理由は、やはりというかなんというか、無電解めっきの化学反応に由来します。無電解還元型めっきについては、すでにご説明した通り還元剤の分解に由来する電子によって析出反応が進んでいくんですが、実は多少なりとも置換反応が進むことがあります。置換するということは、置換反応で溶解した金属が液中に溜まっていくのです。これは例えば、無電解金めっきに於ける銅イオンやニッケルイオンの蓄積が挙げられます。また、例えばアルミニウム上に無電解ニッケルめっきを施す場合など、アルミニウムは酸化されやすいので、通常はアルミ上に一旦薄く亜鉛を置換してから無電解ニッケルめっきに投入します。この場合、無電解ニッケルめっき液中での置換反応により、亜鉛イオンが蓄積することになります。

図7

これらの溶解した金属イオンは、少量なら問題ないですが、多量に溜まってくるとめっき液の反応性に影響してきてしまいます。溜まってきたらどうすればいいのでしょう? 実は、どうしようもないことがほとんどなのです。不要なイオンだけを除去する方法はありません。そのため、ある程度溜まったらめっき液ごと捨てるしかありません。
 また仮に置換反応が進まなくても、還元剤分解物や金属イオンのカウンターアニオンの蓄積などが起きます。分かり易いように、今度は無電解銅めっきで考えましょう。無電解銅めっきもプリント基板の製造や装飾めっきの下地など、多くの分野で使われている産業上非常に重要な技術です。電解銅めっきと比較します。
 電解銅めっきの場合、陽極に銅を使い銅イオンの補充を行います。アノードとカソードの反応をそれぞれ示しましょう。
  カソード:Cu2+ + 2e- → Cu (金属銅の析出)
  アノード:Cu → Cu2+ + 2e- (銅イオンの溶出)
アノードの酸化反応によって浴中に銅イオンが補充されます。第一回でご説明した通りカソードでの副反応(水素発生)があるため完全に補充されるわけではありませんが、使っていくうちに凄まじい勢いで銅イオンが減る、なんてことはそうそう起きません。
 一方で無電解銅めっきの場合は、アノード(陽極)なんて存在しません。そのため金属銅を溶かして銅イオンを補給する、ということはできません。ではどうするのか? 金属イオンはCuSO4のように金属塩として補給します。さて、無電解銅めっきの反応を見てみましょう。今回、還元剤にはホルムアルデヒドを使うこととします。還元剤の反応と銅イオンの反応をそれぞれ見てみましょう。
  銅イオン:Cu2+ + 2e- → Cu (金属銅の析出)
  還元剤: HCHO +H2O → HCOOH + 2H+ + 2e- (還元剤の分解による電子の放出)
これだけではよく分からないので、銅イオンの反応式の両辺にカウンターアニオンを咥えましょう。
      CuSO4 + 2e- → Cu + SO42-
右辺に硫酸イオンが残りました。これはつまり、金属銅が析出すると、析出した銅と同じ量の硫酸イオンが浴中に残存するということになります。ここで思い出してください、不足した銅イオンを補充するには硫酸銅CuSO4の形で補給しますね? ということは、この補充した分の銅イオンが反応しても、浴中に硫酸イオンが残ることになります。つまり、無電解銅めっきは使えば使うほど浴中に硫酸イオンが残ることになります。さらに、還元剤ホルムアルデヒドの分解生成物であるギ酸(HCOOH)も浴中に残ります。つまり、無電解銅めっきを使うということは、これらの成分が浴中にどんどん溜まるということに他なりません。溜まるとどうなるでしょう? 無電解めっき反応に影響する成分であれば、反応速度の低下や浴分解などに繋がりますし、仮に影響しなくても浴の比重が上がり、さらに濃度が上がれば溶解度の上限に達し、沈澱が発生するようにもなります。こうなってはもはや、無電解めっき液は使えません。捨てるしかなくなってしまうのです。
 このように、無電解めっきは使用に伴って浴中に色々な成分が蓄積し、浴性能が変わってしまいます。電解めっきでも同様の蓄積は起こるのですが、無電解めっきに比べればその速度ははるかに遅いのです。これがゆえに、無電解めっきは浴寿命が短いのです。

6.活性化や浴負荷によっても反応性が変わる
 無電解めっき浴は、きちんと手順通り建浴して温度も一定にして「さーてめっきするぞー!」といざ品物を投入しても、めっきがきちんと成膜されないことがあります。しかし、1回目がダメでも2回目に品物を投入するとめっきがちゃんと着いたりします。これは、浴の活性化状態により反応性が変わるというもので、無電解めっきでは稀によくある現象です。つまり、1回目はまだ浴が「寝起き」の状態で本調子ではないのです。2回目でようやく本調子が出てくるということです。そこで、このような寝起きが悪いダメな子の無電解めっき浴を使うには、1回目にまず製品以外のどうでもいい品物(ダミーという)を流して、浴を起こします。これを「活性化」と言います。なぜ活性化をすると反応性が上がるのか? というと、混成電位等で説明されていますが、正直もまだきちんと理解しておりません(ォィ)。とりあえず、「ダミーを流すことにより浴中の環境が還元性に傾き反応性が上がる」と理解しておきましょう。
 活性化以外にも、浴負荷によっても反応性が変わります、浴負荷とは、めっき液1Lあたりの品物の処理面積のことです。無電解めっきの場合、この浴負荷の上限が決まっていることがあります。この上限値を無視して品物を投入すると、狙いの反応速度が得られなかったり、浴分解が起きたりします。これもやはり、化学反応を利用している無電解めっきならではの特性です。当たり前ですが反応速度には上限があるため、その上限値を超えた速度でのめっきはできないのです。無電解めっきでは、電解めっきのように製品のめっき面積を正確に求める必要はありませんが、それでもある程度大雑把には面積を求めておいて、浴負荷の上限を超えないようにしておかないと、必要なめっき速度が得られず首を傾げることになってしまいます。

 上記のようにめんどくさい部分が非常に多い無電解めっき液ですが、それでもそれらを克服できれば、不導体上にもめっきできる、膜厚均一性が高い等多くのメリットを享受できるのです。これがために、無電解めっきは現代も生き残り続けているのです。

3.無電解置換めっきの特徴

 無電解置換めっきも、デメリットの多くの部分は無電解還元めっきと共通します。そこで、無電解置換めっきのみに存在するメリットとデメリットをまとめておきましょう。

メリット
 無電解還元めっきよりは浴成分が少なく(還元剤など)、管理が比較的簡単
  無電解還元めっきのような浴分解が原理上起きえない

デメリット
  置換可能な金属上にしかめっきできない
  膜厚を厚くできない

 これらはいずれも無電解置換めっきの機構上必然的に生じる問題です。まずはメリットから見てみましょう。
 無電解置換めっきは、めっき箇所の金属の溶解により生じる電子を用いてめっきするため、浴中に還元剤は存在しません。そのため、無電解還元めっきに比べれば浴管理は簡単になります。また、還元剤との反応による浴分解も起きえません。ただし、置換反応により浴中には溶解した金属イオンが蓄積してくるため、浴更新はやはり頻繁にしなければなりません。
 そして、これこそが最大の特徴ですが、置換可能な金属がついている箇所にしかめっきできず、また膜厚も精々0.1μm程度しかつけられません。この理由は、前回説明しましたので、忘れてしまった方は第2回を読んでください。もっとも、無電解置換めっきはあらかじめ電解めっきあるいは無電解めっきを行った後に使われることが多く、また必要な膜厚も薄くて構わない場合に使われるため、これらの特性は問題にならないことがほとんどです。また、電解めっきと違って電気接点の問題も存在しません。このあたりは、無電解還元めっきと同じですね。

4.まとめ

 それでは、ここまででてきたメリットとデメリットをそれぞれ簡単にまとめてみましょう。

図8

こんな感じになります。電解めっきは管理が多少杜撰でも大丈夫だけど膜厚均一性の問題が出やすい、無電解めっきは膜厚は均一になりやすいが管理が大変でめっき速度が遅いと、それぞれに一長一短があることがわかります。
 そのため、例えば不導体上に金属の厚膜を付けたい場合には、
① まず触媒金属を付けてから無電解めっきを行う
② 無電解めっきにより通電するようになったので、高速の電解めっきにより膜厚を稼ぐ
 といったことが行われます。プラスチック上の装飾めっきや、プリント基板の回路形成などで、このような無電解めっきと電解めっきの特性の使い分けが行われます。置換めっきは例えば、回路の最表面などに金のような貴金属を薄付けする場合に使われます。それぞれの工程で、それぞれのめっき手法の得意分野を生かした工程が使われるのです。
 このように、それぞれのめっき手法の得意なこと、不得意なことを理解し、めっき工程を組み立てなければなりません。他にもコストなども考慮しなければならないでしょう。このあたりは、めっき薬品屋さんはもちろん、生産技術屋さんや製造屋さんのノウハウなども含めて工程を決め管理していくことが重要なのです。

 今回は各めっきの得意なこと不得意なことをご紹介しました。次回こそは添加剤の反応機構を解説したいところですが、もしかしたらまた変わるかもしれません。詳しくはTwitterで予告しましょう。
 それでは、Adios,amici!
                              Hazacula.


追記:拡散律速とは
 拡散律速とは、電極表面に供給される電子の量に比べて、電極表面に到達する反応物の量が少なく、反応速度が電極表面に到達する反応物の量によってのみ決まってしまうという状態のことです。はい、これだけ書かれても何が何だか分かりませんよね? 次のような例を考えましょう。

 例えばある町に、1軒だけパン屋さんがあります。私のような朝はパン派の人間は、こぞってこのパン屋さんにパンを買いに来ることになります。ここで、パン屋さんの売り上げについて考えましょう(面倒なので、パン屋さんは食パンしか扱っていないことにし、またミクロ経済学における需要供給については考えないことにします)。
 まず場合1として、パン屋さんの生産量が100斤/日で町人の購買量が99斤/日以下とします。この場合、パン屋さんがいくら頑張ってパンを1日120斤とか150斤とか生産しても、町人の購買量以上は売れ残りにしかなりません。パン屋さんの売り上げは町人の購買量によってのみ決まります。
 では場合2として、町人の購買量が1000斤以上と極めてパン派が多い町だった場合を考えましょう。この場合、パン屋さんが100斤/日でパンを作ろうと200斤/日でパンを作ろうと、すべて売り切れてしまいます。つまり、作れば作るだけ売れるのです。この場合、パン屋さんの売り上げはパン屋さん自身の頑張り、つまり1日当たりの生産量に依存します。

 これが、律速の考え方です、要するに、購買量と生産量、いずれか少ない方でのみ売り上げが決まるのです。これをめっき反応に当てはめて考えると、

 電極表面に電子がいっぱいあっても、電極表面に来る金属イオンの量が限られていれば、反応速度は金属イオンの供給量によってのみ決まってしまいます。無理やり電圧を上げて電流をたくさん流そうとしても、副反応の水素ガス発生に使われるだけになるのです。そのため、電流密度が高くなっても膜厚が厚くなり過ぎなくなります。
 このあたりを図示してみましょう。

図9

図10

 これが拡散律速です。“律速”とは、これも中国語によくあるVO構造で、“速=速度”を“律=律する”という意味です。“拡散律速”とはいわゆるSVO語順であり、”拡散“が”速度“を”律する“ということに他なりません。つまり、拡散により電極表面に到達する金属イオンの濃度がめっき速度を律している状態です。
 拡散律速はうまい事扱えば高電流密度部のめっき膜厚が厚くなり過ぎないようにすることができますが、金属イオン濃度を下げ過ぎればめっき速度を取れなくなりますし、皮膜ヤケという現象(高電流密度部に於いて副反応による水素発生や局所的なpHジャンプ、金属結晶の粗大化などにより皮膜がきれいに成膜されず黒く焼けたようになること)も起きやすくなります。また、金属濃度が低くなれば、濃度制御もよりシビアになるため、このあたりの濃度設定はめっき薬品メーカーの腕の見せ所となるのです。

いいなと思ったら応援しよう!