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【連載小説】「愛の歌を君に2」#9 逆転のシナリオ


前回のお話(#8)はこちら

前回のお話:

数日後、麗華れいかは元所属事務所の社長とリオンと面会した。話していくうちに、サザンクロスとブラックボックスの活動をカネで制限させようとしていることが判明。真実を知った麗華は、仲間のために自己を犠牲にしないでと伝え、戻ってきて一緒に夢を叶えようと手を差し出す。しかしリオンはその手を振り払ったのだった。

一方、拓海たくみ智篤ともあつは、麗華の友人経由で知り合った喫茶店のオーナーの元を訪れていた。喫茶店でサザンクロスの曲を流してもらい、定期的にライブも開催すれば、より多くの人にも知ってもらえると考えたからだ。するとオーナーから「ライブをするなら狭い店より広い球場の方がいいのでは?」と提案される。そこへ偶然にも、少年野球クラブを主宰している麗華の弟と元プロ野球選手の永江ながえが現れ、秋以降なら球場を確保できるだろうと言われる。話を進めようとした矢先、麗華からリオン説得失敗の報告を受けたプロデューサーから至急、ライブハウスに来るよう指示される。

25.<麗華>

 ライブハウス「グレートワールド」は以前、拓海たちが連れてきてくれた場所。ブラックボックスのユージンとの出会いもここだった。その彼はあたしより先に店の前に着いていて、顔を合わせるなり睨んできた。あたしが説得しきれなかったから怒っているに違いなかった。

「ごめん。連れ戻せなくて……」

「あ、いや……。麗華さんに怒ってるわけじゃなくて……」
 しゃがみ込んでいるユージンに謝ると、彼は我に返ったように表情を和らげた。
「麗華さんの言葉を聞いても考えを変えなかったあいつに憤ってるんです」

「それなんだけど……」
 リオンが置かれている状況を説明する前に拓海たちが合流する。

 ――交渉、お疲れさん。一発でうまくいかなくて残念だったな……。まぁ、予想通りだけど。

 拓海はそう伝えてきたが、言うほど残念がっていないように見えた。智くんの表情も穏やかだ。ショータさんが招集の連絡をした際、あたしには言わなかった秘密の計画でも伝えたのだろうか。

「セナもそろそろ来るかしら……」

「あー、あいつはバイトだから来れないって。まぁ、悪い報告を受けたらいい氣分はしないですよね。バイトを休んでまで話し合いに参加するなんてあり得ない! そう伝えて! とのことでした……」
 ユージンはあたしの問いに答え、咳き込みながら煙草を吸った。

「マズそうに吸うなぁ……。普段は吸わないのに、今日はどうした?」

「吸わなきゃ、やってらんないっすよ……。智さんも、たまにはどうです?」

「いや……遠慮する。こうはなりたくないんでね……」
 煙草を勧められた智くんは拓海を指さした。

「まぁ、それもそうか……」
 説得力があったのか、ユージンはもう一口だけ吸うと「やっぱ、マズっ……」と言いながらもみ消した。

 その時、店のドアが開き、ショータさんが顔を出す。
「時間です。オーナーには店内で話し合う許可を得ています。入って下さい」



 営業時間外の店内は薄暗かった。全員が入ったところで内から鍵がかけられ、店の奥の応接室に通される。そこにはブルーアッシュグレーに染めた長い前髪が印象的な男性が、ソファで足を組み座っていた。

「お連れしました」

「……ったく。ショータから話してくれりゃあいいものを、何だってオーナーであるこの私が、直々にこいつらに言ってやらなきゃなんねえんだ?」

「それは、先ほども申し上げましたが、オーナーと元ウイングの彼らとは旧知の仲。直接言っていただいた方が受け容れてもらいやすいのです」

「だとしても面倒だな……。まぁ、しゃーない……」
 オーナーはぶつぶつ文句を言いながらも「立ってないで、全員そこへ座れ」と数の少ない椅子に座るよう指示した。

「……拓海。智篤。お前らの活躍はこの耳にも届いている。ここで歌わなくてもちゃんと大勢の人に歌を聴いてもらえてるみたいだな。それについては私も感心しているよ。それから、ユージン。こんなどうしようもないオジさん二人の力になってくれて感謝する。これからも支えてやって欲しい」

 てっきり苦言を呈されるのかと思っていただけにその場にいた全員が驚いた。智くんにいたっては椅子から立ち上がったほどだ。

「……オーナー。あの時は突っかかって悪かったよ。ショータを派遣してくれたおかげでなんとかここまで来ることが出来た。あの日のオーナーの言葉は本当だった。ありがとう、ございます……」

 智くんが頭を下げるのを見て、拓海とあたしも同じようにした。オーナーはしかし「ふんっ……」と鼻を鳴らしただけですぐに本題に入る。

「……さて。今日したいのはその話じゃない。ブラックボックスからリオンが引き抜かれたことはショータから聞いている。あのババアのやり口、今も昔も氣に入らん。この間は店を守るため、泣く泣くお前らの出入りを禁じたが、これ以上好き放題されるのは我慢がならない。そろそろ反撃させてもらおうと思う」

「反撃……?」

「拓海、智篤」
 オーナーは名前を呼び、二人に顔を近づける。

「店の前で歌え。昔みたいに。あの頃は見向きもされなかったかもしれない。だが今は、歌えば必ず集客できるレベルになってる。人だかりが出来れば無関心な人も耳を傾ける。さらに興味を持ってもらえれば口コミで広まることも期待できる」

「オーナー……」

「向こうが金にものを言わせるというなら、こっちは夢を語ってやれ。……あの女だって、若いころは大層な夢を抱いていたんだ。こっちが本氣で語れば思い出すかもしれん」

「その夢って……」
 あたしが呟くと、オーナーは長い前髪を掻き上げながら天井を見た。

「……世界一の歌手をこの手で排出する。それがあの女の夢だったはずだ」

 あたしでも聞いたことのない、社長が過去に抱いていた夢……。

「なぜ、そんなことまでご存じなのですか……?」

「野暮なことは聞くな。世の中には、知らなくてもいいことってのがあるんだよ。……もういいだろう、ショータ。後はお前に任せる」
 オーナーはそう言って立ち上がると部屋から出て行った。

「……と言うわけで、今のが次の作戦です」
 ショータさんがオーナーの後を引き継いだ。
「リオンの説得に失敗したのですから、これ以上そちらに時間をかけるのはもったいない。こちらはこちらで今すぐ出来ることをしていこうという話です」

「それが、店の前で歌うってことか?」

「ええ。何かご不満が?」

「それについては何の異論もない」

 ――異論があるのはリオンの方。俺らは誰一人、あいつを見捨ててないから。……だろう?

「ああ。僕らはリオンを見捨てたくはない」
 しかし二人の反論を聞いてもショータさんは引かない。

「なぜ彼にこだわるんです? 麗華姉さんの交渉術が劣っていたとは思えない。だとすれば、彼は強い意志でもってメジャー行きを決めた。そう考えるのが普通でしょう?」

「待って、ショータさん。それは誤解よ」

「えっ?」

「みんな、聞いてちょうだい。実はリオンは……」

 これ以上誤解されないうちにと、急いで真実を告げる。一同は目を丸くしながらあたしの話を最後まで黙って聞いた。

「まさかそんな……。じゃああいつがオレたちに嘘をついて……?」

「ええ。それも優しい嘘をね」

「マジですか……。こりゃあ、早くセナにも教えてやらないと」
 話を聞き終えたユージンは頭を抱え込んでしまった。彼だけじゃない。拓海も智くんも複雑な表情を浮かべたままうつむいている。

 そんな中で一人、ショータさんだけは薄ら笑いを浮かべている。何かよからぬことを考えついた、と言った顔だ。

「何を企んでいるの?」
 問いかけると彼はくっくと笑いながら言う。

「今の話、もう手遅れかもしれないなと思ったらおかしくって」

「手遅れって……。どういうことっすか、ショータさん」
 ユージンが詰め寄る。

「もしこうしている間にリオンが、生まれたときから一緒にいるセナに自分の考えや置かれている立場を話していたら、セナはリオンになびくだろうなと思って。なんだかんだ言って、やっぱり双子は考え方が似ているからね」

「…………! じゃあオレたち、どうすればっ……!」

「まぁまぁ、落ち着こうじゃないか」

 ショータさんは、すぐにでも話を聞きたいこちらを焦らすようにユージンの胸ポケットから煙草とライターを抜き取ると、ゆっくり火を付け優雅に吸い始めた。

「ちょっ……! オレのなけなしの金で買った煙草を……!」

「一本もらったくらいで騒ぐなよ。これから話す計画が成功すれば、一本どころか何ダースも買えるようになるんだぜ?」

「ど、どういうことっすか……?」

 息と共に煙が吐き出される。室内に充満した煙が消えかけたころ、ようやく計画が発表される。

「皆さんの、リオンへの執着心には正直呆れています。ですが、互いの意見が平行線をたどったまま前進しないのが一番時間の無駄です。ここは自分が譲歩することにしましょう。連れ戻せたあとのご褒美にと思って温存していた案を出します。リオンの氣を引くにはもうこれしかない。それは、彼だけの舞台を用意してやること。つまり、キーボードのソロ弾き曲を提供し、こちら側になびかせる、この一択だけです」


26.<拓海>

 交渉に失敗したらリオンを切る、と断言していたショータの口からそんな案が飛び出すとは思っていなかった。意地でも考えを曲げない男だと思っていたが、どうやら俺たちの粘り勝ちらしい。ただ、百パーセント納得しているわけではないと言わんばかりに「ただし」と続ける。

「この計画を成功させるための条件はピアノ曲を用意することです。それも、リオンが弾きたくなる曲を。この中でピアノが弾ける方は?」
 誰も手を挙げなかった。

「いるとすればセナだけど、現状では頼むのは難しいだろうな……」
 ユージンは腕を組み、唸った。

「まぁ、そうでしょうね」
 ショータは提案しておきながらこうなることをも読んでいたとしか思えない、なんとも不敵な笑みを浮かべた。

 悔しい。思い通りにならないことが。所詮俺たちはしがないミュージシャンで、大きな組織や金持ちの言い分を聞き入れることしか出来ないのか……。

「ったく……。任せるとは言ったが、もてあそんでいいとは言わなかったぞ」
 唇を噛んでいると退室したオーナーが戻ってきた。ショータが身体をビクつかせる。

「一任したならなぜ戻ってきたんです? それ以前に、どこから話を聞いてたんですか?」

「馬鹿野郎が。お前らの声がデカすぎて店のどこにいても話が丸聞こえなんだよ。……ところで、ピアノが弾ける人間が必要だと言ったな? それならここにいる」

「……ここって、オーナーご自身が?」

「そうだ。こう見えても、若いころはいくつものコンクールで入賞した実績があるんだぜ? 作曲も出来る。持ち曲もある。私なら曲を提供できる。……どうだ? これでリオンを切る案を不採用にしてくれるか? まさかお前ほどの切れ者がこうなることを予想していなかったはずはあるまい?」

「……さすがにオーナーが手を挙げるところまでは想定していませんでしたが、凄腕すごうでピアニストの協力が得られるシナリオは考えていましたので問題ありません。……やれやれ、リオンを切るのが一番手っ取り早いんだけど、皆さん、頑固ですね」

「ふん……。お前のことは頼りにしているが、無感情に仲間を切り捨てるところだけは受け容れがたくてな」

「……まぁまぁ」
 ショータはオーナーをなだめるようにいい、吸わないうちに短くなった煙草を灰皿に捨てた。

「このシナリオで完走できればかなりいい結果が得られますし、困難だからこそ得るものも大きいですからやって損はないと思います。ただし、この方向で進めるにあたりもう一つだけクリアしなければならない問題があります。リオンのための舞台場を用意できるかどうか、です」

「なるほど……」
 オーナーはつぶやき、顎に手をやった。
「ここ同様、どこかの会場を借りようにもあちらが圧力をかけてくる、と。そういうことだな?」

「おっしゃるとおりです」

「それなら……」
 ――そういうことなら……。

 俺と智篤は同時に動いた。目を合わせ、うなずき合う。

「……会場なら僕らにアテがある」



27.<智篤>

 直後、ショータが呆れた顔をした。お前らに何が出来る? と思っている顔だ。常識的に考えて、僕ら二人だけだったら彼の推測は正しい。が、僕らはもうウイングではない。レイちゃんを含めた三人組バンド、サザンクロスの人脈をあなどってもらっては困る。

「アテがあるって言いますけど、自分が想定しているのは千人規模の会場ですよ。別に見下すつもりはありませんが、あなた方二人がそのような場所をおさえられるとは到底……」

「千人どころか、一万人を収容できる場所だと言ったら?」

「い、一万……? 馬鹿な……。どこです、そこは……?」

「……野球場だ」

「…………!!」
 ショータは目をぱちくりしたまましばらく声を失った。が、レイちゃんはピンときたらしく、僕らの周りを飛び跳ねた。

「もしかして庸平に頼んだの? ねえ、そうなんでしょう?」

「正確には、喫茶ワライバのオーナー経由で、だけどね。まぁ、詳細はあとで話すよ」

「やっぱり! やるじゃないの、二人とも! そっか、さっきから落ち着いてた理由はこれだったのね?」

「ま、待って下さい……!」
 ショータは珍しく動揺している。
「仮にいまおっしゃった野球場がおさえられたとして、一万人も集められるんですか……? さすがにそれは無理でしょう……?」

「無理かどうかはやってみないと分からないじゃないですか。オレが手伝えば……客引きのために店の前で『シェイク!』を踊れば多分、かなりの人を集められる。背に腹はかえられません。兄さんたちのためなら、やります」

「よく言った、ユージン。ならばしばらくの間、ユージンにはサザンクロスの面倒を見る仕事をしてもらおう。もちろん、バイト代は出す」

「ヤッホー! オーナー、最高っす!」

 盛り上がる僕らの横でショータだけがふくれ面をしていた。
「……どうしたらそんな妄想が実現できると思えるんですか? うまくいく保証だってないのになぜ……?」

「ここをどこだと思ってる?」
 オーナーがショータの肩に手を置く。
「ここは夢を語れる場所。インディーズバンドが集う『グレートワールド』だぜ? デカい夢を、妄想を語って何が悪い?」

 にやりと笑うオーナーが頼もしく、また格好良く映った。それを見て、さすがにショータも笑った。

「ははっ……。こりゃあ参ったなぁ……。インディーズバンドのプロデューサーとして十五年やってきたけど、いまだに夢を語る人間が、それもこんなに身近にいたとはなぁ……」

「ショータは忘れてるだけで本当は知ってたはずだ。インディーズがメジャーに挑戦しようとするときの情熱を。あいつらに負けるかと立ち向かっていく様を」

「ええ、知っていましたとも……。ですがいつの間にか、最短で効率よく人氣が出る人材の輩出を目指すようになってしまった。どうやら自分は、それで稼げることにちょっとばかり天狗になっていたようです」

「それに氣づけたならまだ取り返せるはずだ。……改めて問う。協力してくれるか?」

「……ユージンの言うとおり、やってもいないのに出来ないと決めつけるべきではありませんよね。一万人収容の球場を一杯にする。夢があっていいじゃありませんか。やりましょう……!」

 ショータはオーナーとがっちり握手を交わした。

「それでは新しい作戦に移りましょう。オーナーにはピアノ楽曲の提供をお願いします。それと、兄さんたちには会場の件で繋がっている人と自分とを会わせてもらいたいですね。野球場を提案してくるってことはどうせ、野球のことしか知らない人なんでしょう? きちんとこちらの状況や思惑をプロデューサーの自分から話しておく必要があります」

「確かに野球馬鹿だけどねぇ……。あたしからもお礼が言いたいから、面談の日程調整はあたしがするわ」

「お願いします。それから最後に……」
 ショータは言ってユージンを見た。

「セナがバイトから戻ったら自分に連絡するよう伝えてくれないか。このシナリオで走ると決めたからにはセナにも協力してもらわなきゃならない。こちらがリオンを取り戻す手立てはそれしかないんだから」

「……そういうことなら、ショータさんにはオレらの部屋まで来てもらった方がいいかも。あいつに逃げ道を作っちゃいけない氣がする」

「……こっちも忙しいんだけど?」

「そこをなんとか……!」
 ユージンが手を合わせて頼み込むと、ショータが右手を差し出した。

「それじゃあ、煙草をもう一本。それから、次にここへ来たときにカクテルを一杯おごってくれ。そうしたら他の仕事を調整してセナに会ってやってもいい」

「…………! わ、分かりましたよぉ」
 ユージンは渋々煙草を差し出した。ショータは満足そうに火を付け、吸い始める。

「……やっぱり面白いな、兄さんたちと仕事するのは。思い通りにならないからこそやりがいがある。実を言うとね、すべて自分の言ったとおりに動くだけの人間は、指示がないと動けないから一度のプロデュースで終わっちゃうことが多いんです。そういう仕事はやっぱりつまらない。少々面倒には思いますが、こうしてあーだこーだ意見をぶつけ合って、時にはサプライズもあって……の方が達成感も大きい。いま、改めてそれを実感しています。だから……」

 ショータは一度煙草を吹かし、僕らに右手を差し出した。

「どうせやるなら最高のラストを迎えましょう。自分のプロデュースで、あなた方の言う世界征服とやらを実現させてみせましょう」

 僕も拓海もレイちゃんも、同時に彼の手を取る。ここを訪れたときには不満顔だったユージンも僕らの上に手を重ね、やる氣に満ちた表情で頷いた。


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※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。

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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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