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私…今朝、とうとう見てしまったんです……はじめてアレを!白くて大きなアレを!

今ある私の中で「挑戦して良かったなあ」と感じていることが、とてもリアルで実感として受け止められています。ただし、その事例は〝ほどよくスピリチュアル〟なもの。日本人であれば〝正月に初夢を見る〟といった程度なスピ・レベルです。

では、まいりましょう(笑)
私は今朝、2つの夢を見ました。それはとてもとても自分のココロを幸せにしてくれるようなものでした。
それは、脳内の整理作用による本能的に見る夢(精神を整えるために、脳が勝手に情報を取捨選択しようとして処理する段階で映像化される夢。目が覚めたあとに忘れてしまったとしても、寝ているときには見ていた夢)と言うよりも、何かスピリチュアルなサインが含まれているような、自分の脳ではない別のものが見せている夢のように思えたのです。

目が覚めている今でも、リアルにありありとハッキリ・クッキリとした映像で覚えています。58年間生きてきた今までの中で、こんなにハッキリ覚えている夢は見たことがありませんでした(笑)


1つ目の夢

(ノートに書きなぐったままの文体で、そのままの表現で書きます)

部屋の中にいた。あまり飾り気はないけれど明るくて温かい感じのする部屋。正面の壁に向かって右側の角に白い扉があって、見た瞬間はちゃんと閉まっていた。
部屋の中を見回して、その白い扉のある正面からタテに続く隣りの部屋に入ってみたら、何故か蝶々がヒラヒラと左後ろのほうから飛んできた。
「エ?なんで?部屋の中に蝶が飛んでくるの?」
と、よく見たらその蝶々はキアゲハ(黄色いアゲハ蝶)だと分かった。と思っていたら、部屋の中にはいつの間にか6頭のアゲハ蝶が優雅に舞っていた。そのうちの1頭だけ、ほかよりも少し大きめで、アゲハの模様とはまた少し違っていて煌びやかな感じがした。
なんとなく蝶々の中の女王のような感じで、黒い光沢のあるビロードのようなハネに黄色か金色をした点々が散らばっている感じの模様だった。

白い扉が何故か少し開いていたので、そこから入ってきたのかもしれないと思い、私はまたそこから蝶々たちを外に出してあげようと思った。
窓を開けるという考えがなかったワケではないけれど、白い扉から出してあげたほうが良いような気がした。
白い柄の長いコロコロ(ローラー)を手にしていたので、蝶々たちのハネを傷めないように宙を優しくゆっくりとかき回しながら、蝶々たちが扉から出ていくように誘導した。

4頭のアゲハ蝶たちは既に外に出たようだったけれど、小さなナミアゲハ1頭と女王のような蝶々の2頭だけが出遅れていた。
見ると、女王のような蝶々は疲れたように元気がなくハネを垂らすように飛んでいて、ナミアゲハが女王のような蝶々を上から抱えて支えるようにしながら、上下に揺れながらゆっくりと扉のほうへ飛んでいった。
何故だか白い扉には蝶々が通れるくらいの大きさの丸い穴が開いていて、2頭の蝶々たちはその丸い穴を通って外に出ていった。

ふと思ったのは、私が柄の長いコロコロを優しくとは言っても宙で振っていたので、女王のような蝶々をビックリさせてしまって怖がらせてしまったのではないかと……だから女王のような蝶々は攻撃されると思って逃げるように慌てて飛んで壁にぶつかってしまったのかもしれない……

扉のある壁の左側の壁に、何かの液体をシュッと吹いたみたいなシミがあって、私の左脚のくるぶし辺りにも液体が少し引っ掛かっていた。
蝶々たちを外に出て助けてあげようと思ってした行動が、女王のような蝶々にとっては危険を感じるものだったのかもしれない。人間の勝手な思い込み・優しさがエゴでしかなくて、助けるつもりが逆に蝶々たちには可哀想なことをしたなあと思った。

そこで夢が覚めた。

この夢を見たあと、一度、目が覚めたものの
「しっかり今見た夢を覚えておこう」
と意識する中でまたウトウトとして眠ってしまい、2つ目の夢を見たのです。

2つ目の夢

(ノートに書きなぐったままの文体で、そのままの表現で書きます)

天守閣のような部屋にいた。
壁一面のテラス窓が全開していて、かなり高い場所(何階の部屋なのかは不明)の部屋のようだけれど、なんとなく生活感があって落ち着ける部屋だった。そのテラス窓から眺望できる風景は、白い雲が浮かぶ青い空を横から見ているような感じで、遠く下に町が小さく見えていた。かなり見晴らしがいい。

その窓際の右手に亡くなったはずの父が50歳くらいの若さに戻っていて、じっと望むように立っていた。窓からの吸い込まれそうな眺めを堪能しているふうだった。
そんな父から視線を窓の外に向けると、眼前の青空に何やら白いヒモのような綱のような雲が、まるでヘビのように空を這うかのように浮かびながら翔んできた。

不思議な雲だなあと思って見ていたら、それはどんどんとコチラに向かって近づいてきて、その胴体がテラス窓の真ん前まで近づいたと思ったら、純白の大きな胴体で龍の鱗がギッシリと並んでいた。

もはや見間違いなどではなくて、これは明らかに〝龍だ!〟と分かった。龍雲ではなくて本当の龍なんだと理解した(笑)
白龍なんて初めて目の前で見たという驚きとドキドキするような畏敬の念で胸がいっぱいでパニックを起こしてしまった。
窓際に立っている父に向かって
「凄いよ!龍雲じゃなくてホンモノの龍だよ!」
と声を掛け、写真を撮ろうと思って手にしていたのはカメラとかスマホじゃなくて、何故かキッチンタイマーだった。

でも私はパニックで、手にしているのがキッチンタイマーであることに気づいてなくて、バカみたいにそのキッチンタイマーで写真を撮ろうと、自分の顔の前で両手で持って構えてしまっていた。
すると龍の大きな顔がテラス窓をギリギリ通り抜けて龍の鼻先が私のほうに近づいてきた。私の体はガチガチに硬直しかかって、写真を撮るどころではなくなってしまった。白龍は何も言っていないのに、私は何やら「ハイ、ハイ」と動揺しながら返事をしてしまった。

白龍の大きな顔が近づいて、私が手に持って構えているキッチンタイマーをジィ~っと見たかと思うと、今度はその匂いを嗅ぎ出して、なんとなく
「変なニオイだなあ」と言いそうな妙な表情をして、私たち人間が不思議そうに首を傾げるのと同じような仕草をした。

そしてそのまま外に出ていこうとしたので、声が出せるくらいには正気に戻って、母(既に亡くなっているのだけれど、父と同じように50代くらいに若返っている)に
「お母さん、龍がいる!龍っ、龍がいるんだって!」
と慌てて声を掛けたら、母も出てきて窓際に立つ父の隣で一緒に、何やら落ち着いた様子で窓の外を眺めていた。
母は黄色い服を着ていた。父の服の色は覚えていない。ただ、両親はそれほど龍のことを気にしていないふうだったし、私ほど感情を揺さぶられてもいないようだった。

そして、白龍はそんな落ち着いた両親を顔の前(目と鼻先のあいだくらいのところ)に座らせて、二人を乗せながら空に向かって翔びたって行った。私ひとりを残して……

そこで目が覚めた。

白龍の純白の鱗がとてもリアルで、目に焼き付いて、目が覚めている今もリアルにありありと思い浮かぶのです。

挑戦してよかった

約2,900字に及ぶ2つの夢の話に目を通してくださってありがとうございます。私にとってはあまりにも感覚がありすぎて、何やら夢じゃなくて現実かしら?……なんて錯覚してしまいそうな夢でした。

そうした夢が見られるようになったのも、実は今年の2月頃からスピリチュアルに関心を持つようになって、プチ・スピリチュアルというか、ほどよくスピリチュアルを日常に取り入れるようになったお蔭かなあ~と思っています。

私がほどよいスピリチュアルで挑戦を始めたのが〝早朝の瞑想〟でした。心の健康にも瞑想することは良い効果があるというのが最初の理由だったように思います。
自分で〝こんなジッとしている瞑想なんて出来ないんじゃないかな?〟なんて思って、まさかここまで続けることが出来るだなんて、我ながら本当に驚いています。

自分のことで精一杯だったのに、今では自然環境を大切にしたいとか、この地球を綺麗で平和な世界に保ちたいだとか、心に余裕が持てるようになってきました。

私には指針にしていた教訓がある。人は〝できる〟とか〝したい〟と思う分だけ実現できるものだ

そういう言葉を残されたのは、ケンタッキーフライドチキンの創始者であるカーネルサンダースさんです。実はそのカーネルサンダースさんも何気に日常の中でほどよくスピリチュアルを取り入れていたらしくて。

「だから」というわけでもないのだけれど、これからも挑戦を続けていこうと思った次第なのです。

ちなみに、見出しの写真に使ったのは2024年9月9日の重陽の節句の日に買ってリビングに飾っている菊の花です。
一緒に十五夜も経験して満月も経験してくれた菊の花……パワーがあるなあ、なんて思ってみたりもして。
そういえば、今年、令和6年というのは昭和で数えると昭和99年なんだとか。凄いですよね(笑)
昭和99年9月9日9時9分とかって、そんなゾロ目数字の並び、見てみたかったなあ。


#挑戦してよかった

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