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貨幣システムを最適化する最も合理的な方法(信用から時間経済へ)

 貨幣システムの進化は我々に多大な便利さをもたらして来た。

 しかし、実体に根付かない信用経済というものはともすれば過剰労働などの際限のない価値への追及現象を生み出してしまうことがすでに問題視されているのは周知のことだろう。

 では、その欲望に歯止めをかけるスマートな方法はあるだろうか。

 答えはイエスだ。

 そう、時間である。

 人が一生のうちに使える時間は決まっている。

 信用とは実体がないのでいくらでも偽れるし、個人の裁量でいくらでも評価を書き換えられてしまう。

 例えば、信用を得るために睡眠時間を削ったとしよう。

 これが従来の信用経済的考え方だと、こいつは忠誠心が高いやつだ信用が出来ると評価の対象になってしまうが、時間経済においてはその人が一生のうちに使える時間こそが資産価値を形成するので、睡眠時間を削る行為は純粋に借金を増やす行為なので全然評価の対象にはならない。

 つまり、時間経済は健康へのインセンティブが非常に強力なのだ。

 健康であるだけで自分の資産価値が飛躍的に向上するのであれば、無理な労働で自分の信用度をアピールして身体を壊してしまう必要はなく、医療費は削減され、事故、犯罪なども著しく減るだろう。

 現代社会において、純粋な病気、事故、犯罪は一体どれくらいあるだろう。

 大抵は、自分の収入=信用度を上げるために無理をして、その無理がたたってストレスやなんやらが原因でそういう良くないことを招き入れてしまうケースがほとんどのように見受けられる。

 例えば、台風の時に無理して出勤しなければいけない状況は、そうでもしないと正社員としての地位を維持できないという思い込みからであり、それは現在の貨幣システムが信用という実体のないものに紐づいているせいなのだ。

 信用は他人から奪うことも可能だ。誰かの足を引っ張って、へまをやらせれば自分の信用度が相対的に上がったりする。性格的に怒りっぽい人をメディアが積極的に煽って犯罪に導いたりするのもそのためだ。

 しかし時間は奪えない。人が一生のうちに使える時間はその人固有のものであり、例えば2時間の映画を無理矢理他人に見せたからといって、その視聴体験は自分のものになったりはしない。

 さらに、時間経済の最も優れた点は、この世界における最も裕福な人間が赤ん坊になるということだ。

 逆に老人は資産価値の低い人間と言うことになる。

 文字通り、老い先短いからである。

 信用経済においては、年功序列、長く生きた者がそれなりにノウハウの蓄積を持っているだろうというあいまいな基準で不当に高く評価され、それが今の自然の摂理に反した少子高齢化社会を招いてしまった。

 我々人類はこの失敗を深く反省し、新しい価値体系としての時間経済というものを議論していく段階に入ったと言えるだろう。

 これから時間経済についての議論が活発化することを切に願う。

 子供たちに、夢のある未来を託すために!

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