絵画に恋するおじさんの話
絵画に吸い込まれそうな人だった。
4月下旬、「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」が開催されている美術館へ行った。館内はたくさんの人、人、人。
もちろん、お目当てはフェルメールの「窓辺で手紙を読む女」だ。描かれていた天使が、何者かによって消されていたらしい。目玉作品は大トリなので、楽しみにしながら他の作品を眺めた。
歩みを進めながら、とある絵画の前で立ち止まっているおじさんが気になっていた。
彼の容姿や佇まいは、どこか俳優の窪塚洋介に似ており、人の流れに流されず、せき止められたダムみたいに、ずっと、ただじっとしていた。
彼はロイスダールの「城山の前の滝」を見ていた。川の中流を切り取ったような小さな滝。大きな岩や太い枝による水の流れの変化が優しくて、確かにずっと眺めていられる。少しの曇天と木々の色遣いから「この水はとても冷たいだろうなあ」と想像できる。
あまりにも彼が動かないので、周りのお客さんも戸惑っていた。
絵画と顔の距離も近い。
その絵に恨みがある?
お礼を言いに来た?
恋をしている?
私は彼に「どうしてそんなにその絵を見つめているの?」と聞きたかったが、できなかった。絵画と彼の間に流れる時間を侵してはいけない気がしたから。
真相は分からないけれど、多くの人がフェルメールを見に来ていた中で、彼のお目当てがロイスダールであることは明白だった。
結局、彼が気になって、フェルメールの絵画には集中できなかった。
私が展示室を出る時も、彼はまだそこにいた。
もしかすると、今でもいるかもしれない。既に絵画に吸い込まれていたりして。
その時が来たら、今度は私が絵画の前から動けなくなる番だ。