2022年の夏、5000年の風を浴びる
日照りの続く8月上旬、ミイラの棺を見に行った。
棺は一つひとつ大きさが異なり、内装も独特で凝られている。紀元前3000年、つまり5000年前のもの。当然、テクノロジーは発達していない時代なので、棺を作るには多くの時間が必要だっただろう。
本物の棺を目の前に、私の腰は抜けなかった。時代や境遇が違いすぎた。「死」に対して実感が湧かないのも理由の一つだろう。棺は他人事でしかない。
現代、全ての情報に全力で向き合っていられない。私はいつしか、どの情報に対しても無関心さを抱くようになった。元々、情報に踊らされるような人である。それが、本物のミイラの棺に会釈をしただけで満足している。「ものは少し離れたところから見よう」と絵画教室で言われたことを実践できているような気さえする。これが「大人になる」ということだろうか。
エジプト文明に興味がない訳ではないけど、今の私に必要な情報は「交通機関の運行状況」と「スーパーの特売情報」程度だ。