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子供おじさん多し。

唐突。当方引きこもり歴5年以上のベテランである。僕は物書きでもないので導入なんぞ要らん。
引きこもりである当然の帰結。つまりは物を知らない。井の中の蛙どころか子供の頃ペットボトルに入れてやったアマガエル以下である。つまりはですね。すげー焦ってるのです。引きこもって凍った時にウラシマ効果が発生し、心は15で今年19。もう恐怖の20が目に見えてきた。逆コナンである。

ですがこんなわたくしにも社交の場はありました。twitterと道場である。前者のゴミは兎も角として道場という土地柄大人に揉まれることは多かった。
道場は一部ですが柔道上がりの体育会系なので縦社会!まぁ年下に人権はありません。挨拶無視!パワハラ!女の頭を勝手に触る!そんな大人もいるわけである。
twitterに居ればもう魑魅魍魎を越して怪物どもが”我大人也”と悠々と闊歩しているわけである。話していると君は子供だからものを知らんと。大人はねぇ…色々あるんだよ…と物を知らない少年ははぁ…なるほど。と思ってきた。ただなんとなーく思考を巡らせてふととあるインタビューの動画を思い出した。

シネフィル(自称)がたどり着いた名作アウトレイジの三浦友和さんのインタビューである。氏によれば頼れる人が大人であると。まだまだ自分は至らないと氏は語る。僕どころか三浦友和さんなんていったら大人の中の大人で男の中の男なんではないかと思うのだが。
彼ほどの大人が自分は至らないなんて、無論、謙遜はあるだろうが大人って難しい。ふと彼の語りを思い出して僕が出会った自称”大人”と照らしてみた。
僕はこれが大人なのか?と思った。大人の世界に”まやかし”は多い。
酒、煙草、タトゥー、居酒屋、風俗、セックス、仕事論、社会常識、儒教に基づく年長への敬語、
といった言葉は子供の僕にとっては説得力のある言葉たちだ。
だってあんまり知らないんだから。これが大人…?道場でパワハラしてくれやがったあいつが?新人会員に立場利用してマルチ進めたあいつが?オフパコに明け暮れて第三の足(女の場合は第三の”目”)があっちらこっちら行ってるバカ?大人の街、早朝歌舞伎町で死んだ魚みたいに横たわってる奴ら?夜飲んだくれて鬱で引きこもりの俺に講釈垂れて泣かしてついでにノンデリ発言で母親泣かせた俺の親父…?

僕ははっきり気づいた気がする。
大人というのは自制や規律、迷える子羊にそっとアドヴァイスを授ける。それが大人ではないか?
そんな大人をまず第一に道場の先生を思い浮かべた。マルチについてしっかり警告してくれた先生、その姿は威厳に満ちているが決して威圧ではない。握手を求め笑顔で迎えてくれる先生は規律に満ちている。僕の気持ちの中で自然に敬意が湧いてくるのだ。
自分は20になるのが怖かった。前述のまやかしとやらにビビっているのである。フーゾクの話なんぞついていけないし仕事論なんぞバイト二日連続遅刻バックレガキである。
でもこれだけは言える。”あいつら大人じゃねぇ~~~!!”
あと一年!20の僕は子供もいいとこだろうが大人は階段。一歩一歩成長するのだ。
大人の階段のぼる~♪君はシンデレラさ~♪


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