『黄色い風船』
雲一つない青空に黄色い風船が吸い込まれていった。
それは僕が今日、河川敷に寝そべりたいとビオトープに引き寄せられていったそれに似ていると思った。
僕が空を泳ぐそれを眺めていると、少年が僕の隣に座った。
「風船飛んでいるね。」
そう言って僕と同じように寝そべった。
「誰のだろうね。」
「誰のだろうね。」
黄色い風船がどんどん小さくなっていく。
「おじさんなにしているの?」
「…僕っておじさんに見える?」
「うん。」
「そうか。残念だ。」
目の前を鳥の群れが過ぎる。
「キミは何しているの?」
「寝転がっているよ。」
「そのくらいわかるよ。」
見えない足音が通り過ぎていく。
「パパやママは来ていないの?」
「一人で来たよ。」
「そうか。」
風船はすっかり見えなくなった。ほんの少しずつ僕らの影が動いていた。
目を閉じれば眠りにつきそうな空気に、どこからかボールがヒットする金属音が響いた。
「おじさんはなにしているの?」
「何もしていないよ。」
「じゃあ僕も何もしていない。」
「そうだな。」
少年は起き上がりこう言った。
「あの黄色い風船は僕が手放したんだ。」
「それはまたなんで?」
「空の向こうにはだれがいるのかなと思って。あの風船には手紙をくっつけてあるんだ。」
「なんて書いたの?」
「『僕は探し物をしています。でも見つからないので誰かが盗んだのだと思いました。あなたは知っていますか。お返事ください。』って。」
「何を無くしたんだ?」
「それは内緒だよ。」
少年は起き上がったままぼうっと空を眺めていたが、いつの間にか運ばれてきた雲に太陽が隠れた時、俯いた。
「お返事来なかったね。」
「ちゃんと隅から隅まで探したのかい?」
「探したよ。」
「鞄の中を見たか?靴の中帽子の中。食器棚の中も見たか?」
「見てない!」
少年は慌てて立ち上がりいなくなった。少年が寝転がっていた場所にはあの風船のような黄色いタンポポが一輪つぶれていた。
すっかり日も陰り僕も起き上がった。
僕もあの少年のように何かを探していたような気がしたのだが、どうにも思い出せない。
「オジサンになったんだなあ。」
うちへ帰る。