夜は眠って朝が来るようです 

眠たい 寝たい 眠れない
目をつぶって どろりと意識が溶けるあの感覚を もうどれほどしてないだろう
瞼が重い
頭も 首も 身体も重たい
暗い世界で 1人取り残されたような気持ちで 助けを待つ
助けて 助けて 助けて 助けて

助けは来ない
今日も眠れない
また朝がくる

「起きるか」

眠っていないのに『起きる』というのも変だなと 重い頭で思う

開けもしないカーテンの裏側が明るくなってきた
朝が来る
朝は誰のところにも来る

眠れない 眠らない わたしにも

時計を見る

4時26分

──もうすぐ、最初のお客様の時間だ



5:00 ①

大きなコロッケに乗っている。コロッケは空を飛んでいる。行き先はわからない。
サクサクの衣が少し剥がれて、落ちていった。

(,,゚Д゚)(服に、油がついちゃったなあ)

これは何コロッケだろう?
シンプルなコロッケだろうか、トロトロのクリームコロッケだろうか。季節的に南瓜のコロッケも良い。

(,,゚Д゚)(食べてみりゃわかるか)

(,,゚Д゚)「いただきま───」

大きく口を開く、その瞬間、身体がぐらっと傾いて、落ちる、落ちる──

───…めや キッチン……───


(,,゚Д゚)「コロッケ!!!」

バチンと音がしそうな勢いで目を開いた。
少しの間をおいて、今までのは夢だったとわかる。

(,,゚Д゚)「コロッ……あれ?」

『ギコさん?』

口から垂れていた涎を袖で拭いた。手に握られたスマホから声が聞こえる。通話中だ。

(,,゚Д゚)「あっ、おはよう!おはよう屋さん!」

『おはようございます、起きましたか?』

(,,゚Д゚)「うんもう、バッチリ!」

毎朝思うが、聴き取りやすい綺麗な声だ。
5時という早朝なのに、寝ぼけた声ではない。俺とは違って。

『……コロッケ』

(,,゚Д゚)「え?」

ふいに、相手が出したワードに体が止まる。

『いえ、今朝はコロッケなんですか?先程コロッケって言ってらしたので』

(,,゚Д゚)「ああ、いや寝ぼけて……大きな空飛ぶコロッケに乗ってる夢を見たんだ」

『それは……楽しそうですね』

少し驚いた。見ていた夢が筒抜けになっているのかと思った。とはいっても恥ずかしさはそこまでない。この電話の相手には見た夢の話をよくしているから。
それにしたってあのコロッケは何コロッケだったんだろう。食べられなかったのは残念だ。

(,,゚Д゚)「俺のさ、着信音があの、昔やってたアニメの……名前出てこないや、コロッケ作る曲のやつなんだ。それで多分、そんな夢を見たみたい」

大好きな曲だった。だから設定した。
朝、それを聴きながら起きるのは楽しいだろうって。
コロッケの話ばかりするものだから、腹が鳴った。

(,,゚Д゚)「あ!そうだ、せっかくだから今日の朝ごはんはスプーンコロッケにしよう!」

(*,,゚Д゚)「ありがとうおはよう屋さん、朝ごはんのメニューが決まったよ!」

『いえ、私は何も。強いて言うならギコさんの夢のおかげですよ」

(,,゚Д゚)「良いタイミングで起こしてくれたからだよ!」

『それは、そういう契約だからですよ』

おはよう屋さんは、いわゆるモーニングコールをしてくれる人。
指定した時間に電話をかけて起こしてくれて、こうやって少しの間話をすることで二度寝を防止してくれるのだ。

(*,,゚Д゚)「ああーお腹すいた!お腹の音聞こえた?」

『電話越しなので聞こえませんでした』

(,,゚Д゚)「そっか、良かった。おはよう屋さんはもう朝ごはん食べた?」

『…いえ、私はまだ』

(,,゚Д゚)「そうだよね、まだ早いからお腹空かないよね」

『そう、ですね』

俺はどうしても早起きしたい理由があるから、おはよう屋さんに起こしてもらっている。頼み始めてもう4ヶ月目。
顔も知らない相手だけれど、なんとなく優しい人なんだろうなって思う。
俺の話を、しかも半分寝ぼけてるような話を、静かに聞いてくれるから。

(,,゚Д゚)「あ!そろそろ時間だね。今日も起こしてくれてありがとう。また明日もよろしくね」

『はい、また明日』

会話は大体15〜20分くらい。次の人もいるみたいなので、30分くらいが目安だけど俺は起きるまでに時間がかかるから、それくらい。
その15分くらいの会話が、朝の挨拶が、俺はとてもありがたい。

(,,゚Д゚)「さーて、朝ごはんを作ろ!」

美味しい美味しい朝ごはん。
それを作るために、俺はおはよう屋さんに起こしてもらっているんだ。
──ふと思う。
おはよう屋さんはどんな人で、どんな朝食を食べているのだろう。

(,,゚Д゚)「明日聞いてみようかな」

とりあえずじゃがいもはあっただろうかと、キッチンに向かった。
.

5:30①

着信音が聞こえて、電話に出る。
その瞬間から私の戦いは始まっている。

('、`*川「おはよ、おはよう屋さん」

『おはようございます』

('、`*川「いつもながらハンズフリーだから、聞こえにくかったらごめんね」

『全然、大丈夫ですよ』

ベッドから移動してキッチンへ向かう。タオルを濡らしてレンジに入れる。
その間に歯磨きとうがいをして、ウォーターサーバーの水をコップに入れて飲む。
程よい温かさになった蒸しタオルを顔に当てて、一息ついた。

('、`*川「はー…気持ち良い」

『今は何をされてるんです?』

('、`*川「蒸しタオルを顔に当ててるわ」

『それは気持ち良さそうですね』

電話の相手は、おはよう屋さんというモーニングコール業の人。
会ったこともなければ、顔も知らない。
そんな人間に(──流石に人間だと思う、多分)起こしてもらうってどうなんだろう、と人に言われるかもしれない。
だけど私はどうしても早起きしなきゃいけない理由があるから、おはよう屋さんに依頼している。
おはよう屋さんのことは何も知らないけど、悪い人ではないみたいだから。

『ペニサスさんは起きた瞬間から動けてすごいですね』

('、`*川「早寝してるから寝起きは良いのよね」

('、`*川「でもなんていうか、アラーム機能じゃダメなの。ドラマとか漫画でよくあるじゃない、朝バタバタして騒がしい描写。私あれが好きでね」

('、`*川「……要は、1人だと寂しいし、おはよう屋さんと話したくてお願いしてるのよね」

『話したいって言ってもらえるのは、嬉しいですね』

お世辞などでは無さそうな声だ。本当に嬉しい、という純粋さが電話越しに伝わってくる。
ストレッチをして身体を温めながら、じんわりこちらも嬉しい気持ちになった。

('、`*川「ふふ」

『どうかしましたか?』

('、`*川「なんか今更だけど面白いなぁって思っちゃった。朝一起こしてもらってこうやって楽しくぺちゃくちゃ話してるの」

('、`*川「ねぇ、他のお客さんも、私みたいな理由でお願いしてるの?」

『色んな理由のお客様がいらっしゃいますが、ペニサスさんと同じ理由の方はいらっしゃらないですね』

('、`*川「まぁ、そうよね……あんまりいないわよね」

('ー`*川「…メイクに3時間かけるために早起きするなんて人」

化粧は、顔に色々塗りたくるだけではない。
前日から、何ならひと月前から、コンディションを良くする必要がある。
本当は3時間なんてもんじゃ足りないくらいの時間をかけている。
その仕上げとして、朝、こうやって戦ってるの。

『キチンとお化粧するの、凄いですよ。とても偉いですよ……』

('ー`*川「……ありがと」

こういう所が好き。
優しい人なのか、柔らかく褒めてくれる。
ちょろい私は気分が良くなった。

('ー`*川「ねぇ、おはよう屋さんは何色が好き?」

『え?色、ですか?』

('ー`*川「そう。私はオレンジ色が好き。コスメも似たようなオレンジ色のもの買っちゃうのよ」

『そう……ですね…えっと…空色、ですかね』

随分返事に時間がかかったな、そんなに悩む内容だっただろうか。

('、`*川「空色…いいわね、綺麗な色」

('ー`*川「ありがとう、おはよう屋さん」

『いえ…?』

('ー`*川「じゃあ、また明日ね」

『はい、また明日』

電話を切って、顔のマッサージを始める。メイクをする前にまだまだやることはいっぱいある。

('、`*川「空色かぁ…」

自分の爪に目を向ける。薄いオレンジに、ストーンがちょこんと乗っている。これも可愛くてお気に入りではあるがそろそろ新調したかったのだ。

('ー`*川「今日仕事終わりに、空色のネイルポリッシュ買おうっと」

('、`*川「フンフン…君の顔が好きだ〜……って言われてみたいわぁ」

楽しみができた。鼻唄を歌いながらヘアバンドを付けて鏡の前に行く。
朝は始まったばかり、戦わなきゃ。

.

6:00①

電話を取る。話をしている。
笑う。しばらく話して、電話を切る。

ああ、また今日も違ったのか。今日ではないのか。

これは夢だ。夢のようなもの、少し先の未来。
実際はまだ眠っている。

本当に起きるまであと3、2、1…

ピピピピピピ

( ´∀`)「……」

ピッ

( ´∀`)「……おはよう、おはよう屋さん」

鳴っている電話を取って、声を出す。
枕元に置いた眼鏡に手を伸ばして体を起こした。

『おはようございます、モナーさん』

電話の向こうの人間は、静かな声で挨拶を返してくれる。
おはようと言って、おはようが返ってくるのは嬉しいことだ。
家内が亡くなってから、そのことに気付いた。
数年くらいは挨拶が返ってこない日々が続いた。今思えば、あの日々は寂しいものだったんだなあ。

( ´∀`)「ああ、今日は雨が降るモナ。傘持って出かけなきゃ」

『そうなんですね』

テレビで天気予報を見たわけではなかった。外の様子が見えたわけでもない。
──少し先の未来が、見えるのだ。

( ´∀`)「おはよう屋さんは出かけるモナ?」

『……いえ、今日は』

( ´∀`)「それが良いかもモナ。おはよう屋さんが住んでる地域もそうかはわからないけど、今日は寒いみたいだから」

少し先の未来が見えるとしたら、他の人はどういう人生を送るのだろう。
自分は至って平凡な人生だ。
使いようによっては実りのある人生になるのかもしれないが、見えるものは『自分の』『少し先の未来』で、しかも常に見えるわけではない。
制御は不可能。ただ少しだけわかる、というのはあまりに中途半端で全く便利ではないのだ。家内は「面白いじゃない」とよく言っていた。

( ´∀`)「……思えば、おはよう屋さんはすぐに信じてくれたモナね」

『何がです?』

( ´∀`)「私が、未来を見えること」

『そうですね…嘘を言っているような声には、聞こえませんでしたので…』

お互い顔も知らない。そんな人間に朝起こしてもらうだなんて、最近の世の中は随分面白いことをするようになった。

今までは家内に起こしてもらっていた。
家内が亡くなってからは、1人で起きて1人で一日を過ごす。
──いつ、終わるんだろう。
少しだけ先が見える。
ということは今日ではない。
明日か、明後日か。いつ、家内のところにいけるのか。
そんなことを待ちながら過ごすために朝を起きるのは、拷問だった。

孫娘が遊びに来て、「じいじ、まだねんねしてる!起きて!あそぼ!」と起こしてくれた。
嬉しかった。
誰かに起こしてもらうのは嬉しい。

息子が置いていってくれたパソコンで調べてみると、朝に起こしてくれる仕事は結構あるようだ。

そこで頼んだのがおはよう屋さんだった。

『あの……モナーさんは、他の人の未来も見れるんですか?』

( ´∀`)(おや)

おはよう屋さん…彼女─声の様子から恐らく女性だろう─、にしては珍しい質問だった。
話を聞いてくれるが、踏み込んだことは決して聞かない人なのだ。
けれど、聞かれても悪い気がするわけでもない。半信半疑で馬鹿にしているというわけでもないようだ。私の思い込みかもしれないが純粋に知りたい声に、聞こえた。

( ´∀`)「いや、私は私の未来しか見れないんだモナ」

『そう、なんですね……いや、すみません。変なこと聞いてしまって』

( ´∀`)「いや…。……おはよう屋さんは、」

( ´∀`)「あ……」

『どうかしましたか?』

少し先が見えた。
スマートフォンをいじっている。
日付は明日。どうやら明日もまだ、らしい。

( ´∀`)「……明日もお願いするモナ、おはよう屋さん」

『はい、もちろん。また明日』

ピッ

( ´∀`)「……」

電話を切る。静かな家に1人。
寂しいだとかそういったものにはもう、慣れてきた。

( ´∀`)(……おはよう屋さんにも、見たい未来があるんだろうか)

.

6:30①

早起きは苦手。
だけど、好きな人のために頑張る。
っていう子が好きなんだって。

〜〜〜♪

o川*-〜-)o「んん……うるさ」

流行りのアイドルグループの音楽が鳴ってる。
アタシこの曲好きじゃないのよね。

スマホを掴んでぶん投げる。
音楽は鳴り止まない。

o川*-へ-)o「うるさ…他の曲にしてよ…」

o川*゚ー゚)o「…そうだ、着信音だから…出なきゃ止まらない…」

ベッドから這い出て投げつけたスマホを探す。
あった。
ブっと通話マークを押す。
好きじゃない音楽が止まる。
なんであの曲にしてるんだっけ。あ、彼が好きだって言ってたからか。

o川*゚ー゚)o「おっはよー!おはよう屋さん!!」

『おはようございます、キュートさん』

o川*゚ー゚)o「ごめんね、出るまで結構時間かかっちゃったよね」

『大丈夫ですよ』

ベッドに座ってあくびを一つして。
まだ少しだけ眠たいけど、おはよう屋さんの優しい声を聞いてるとだんだんカクセイ?してくる。

o川*゚ー゚)o「今日はねー面白い話あるよ!」

起きてすぐ、面白い話をする。これが私のモーニングルー……ルーティン?
前ネットで見たんだ、朝たくさん笑うと良いことがあるって。
そう言ったらおはよう屋さんが知りませんでした、笑ってみたいですねって言うから、おはよう屋さんを爆笑させてみたいって思った。なんとなく。

o川*゚ー゚)o「昨日ね、道で喧嘩してる人たちがいたの」

o川*゚ー゚)o「中々決着つかなそうだったから喧嘩の必勝法教えてあげたんだけどさ、『大きなお世話!』ってその人達ハモリながら怒鳴ったんだよ!仲良いじゃんね!」

『ふふふ』

o川*゚ー゚)o「あ、笑った!やったー!でも今日も爆笑じゃなかったね。またなんか良いネタ見つけておくね!」

『ありがとうございます、ちなみに喧嘩の必勝法って何ですか?』

o川*゚ー゚)o「あのね、男殴る時はグー!女殴る時はパー!」

o川*゚ー゚)o「ムカつく奴には『うるせえヒポポタマス!』って言うんだよ!言葉の暴力が1番痛いの」

o川*゚ー゚)o「でもアタシ馬鹿だから、良いバトー?あんまりわかんないんだよねー」

『なるほど、覚えておきます』

o川*゚ー゚)o「おはよう屋さんが喧嘩する時は呼んでね!アタシ助けに行くから!」

『それは頼もしいですね』

アタシが早起きをする理由は、彼氏にモーニングコールを頼まれてるから。
だけどアタシも早起きは苦手で、どうしようかなーって思ってググったらおはよう屋さんを見つけた。
朝から話してくれるって、だいぶ優しーよね?
彼氏なんか、何も話さず切っちゃうもん。

o川*゚ー゚)o「アタシ、朝からうるさいよね?ごめんね」

『朝から元気があるのは良いことですよ。私はキュートさんから元気をもらってます』

o川*゚ー゚)o「……フフッ、良かったあ」

こう、自然と顔がにやけちゃうことってあるよね。嘘の笑顔とかじゃなくて。
おはよう屋さんはそういう笑顔をくれる人。

o川*゚ー゚)o「じゃあ明日もまた爆笑ネタ探してくるね!」

『楽しみです。また、明日』

もう少し話してても良かったんだけど、熱が入っちゃうと止まんなくなっちゃうからそうなる前に止めるようにしてる。
彼氏に電話しなきゃ意味がないからね。

電話を切って、彼氏に電話するまで時間があるから少しだけ考える。

o川*゚ー゚)o「んー面白い話、何かあるかなぁ?」

彼氏……あ、そうだ!

o川*゚ー゚)o「彼氏に7股かけられてるって、結構ウケる話じゃない?」

アタシの彼氏はアタシの他に彼女が6人いる。
よく「2番目で良い!」とか言うけど、アタシは7番目。

アタシこんなんだから、好きな人出来てもずっと振られまくってた。
だけど今の彼氏はアタシでもイイヨって言ってくれる。嬉しかった。
早起きは苦手だけど、好きな人の為に頑張る子ってイイよね。そんな子だったら1番目にしちゃうかもって彼が言う。
だからアタシ今、頑張ってるんだ。1番目になるために。

o川*゚ー゚)o「7人目の女って何だよー!って、おはよう屋さん笑ってくれるかなぁ?」

明日、話してみよーっと!
ああ、彼氏に電話しなきゃだ。……それにしても着信音、変えようかなぁ?

.

7:00①

昨日は散々だった。
占いも10位だったし。
怒鳴られて詰られて人格否定された。
会社に行きたくない。行きたくない。
またトイレで声を殺して泣きたくない。
怒鳴られたくない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
あ、今日の占いが始まる。

(=゚ω゚)ノ「 マイクロフォンの なーかから 」

(=゚ω゚)ノ「 がんばーれ って 言っているー 」

(=゚ω゚)ノ「 きーこーえーて ほーしい 」

(=゚ω゚)ノ「 あーなーたーにーも 」

(=゚ω゚)ノ「……がんばれ」

(=゚ω゚)ノ「……」

(=゚ω゚)ノ「…がんばらなきゃ」

──(気  が  狂 い そ う)──♪

(=゚ω゚)ノ「…本当だよぅ」

音楽が流れる。先程歌っていた曲。モーニングコールだ。
プッ、画面の応答ボタンをタップして電話に出る。

(=゚ω゚)ノ「おはよう、おはよう屋さん」

『おはようございます、いようさん』

(=゚ω゚)ノ「今日はね、2位だったよぅ!良かった、今日はきっと嫌なこと無いよぅ。ラッキーポイントがポストだったから、ポスト撫でて行こうと思うんだ」

『2位は嬉しいですね』

朝、テレビをつけて、流れる情報は垂れ流しにして、たった数分のコーナーに縋っている。
星座占い。
スピリチュアルに興味があるわけでは無い。
でも、毎日見るのを欠かせなかった。この番組は月曜日から土曜日まで占いを流す。会社に行く前に見ることができる。最初はそれこそ流し見だった。いつからか、その結果が悪い日は本当に悪いことが起きるような気がした。確認のために見ることを欠かせなかった。

(=゚ω゚)ノ「5位以上だと安心するよぅ」

『なんとなくわかりますよ』

モーニングコールを頼んでいる。おはよう屋さんという人に。
どんな人かはわからない。だけど話を聞いてくれる。
先程見たばかりの占いの結果を、彼女に伝えるのが日課になっていた。
実はモーニングコールが鳴る前に目は覚めていた。
正確には、うまく眠れなかった。
今日あった嫌なことが目を瞑ると頭の中いっぱいになって、きっと明日起きても嫌なことしか無いんだって考えると何回も目が覚めてしまう。
だけど、おはよう屋さんに電話をしてもらっている。必要が、ある。

息を吸って、ゆっくり吐く。

(=゚ω゚)ノ「……おはよう屋さん、お願いだよぅ」

『……はい』

『"頑張ってください"』

(=゚ω゚)ノ「……うん、ありがとう。頑張るよぅ」

頑張らなきゃ。
本当はもう会社になんか行きたくなかった。
家をまだ出てないのに既に帰りたい気持ちでいっぱいだった。
胸が痛くて体が痛くて頭が重かった。全身全力で行きたくない。
だけど行かなきゃいけない。
僕みたいな出来損ないの頭の悪い何をやらせてもダメな人間はどこに行ってもやっていけない。今の会社を辞めてしまったら行くところがない。よく上司にもそう言われていた。だからきっとそうなんだ。
頑張らなきゃいけない。
頑張らなきゃ。
だからおはよう屋さんに背中を押してもらう。
そうしてなんとか、線路に体を落とすような、赤の横断歩道を歩き出すような、そんな気持ちで家を出れる。

明日もそう。

(=゚ω゚)ノ「明日も、よろしくだよぅ、おはよう屋さん」

『………ぃで』

(=゚ω゚)ノ「え?」

『………いえ、また明日』

おはよう屋さんが何か小さな声で言った気がした。
でも特に言い直したりはしなかったので、なんでもなかったのかもしれない。

電話を切って、靴を履く。
玄関のドアが開かなかったら、会社に行かなくて良いのになぁ。

(=゚ω゚)ノ「……窓からでも出てこいって言われるだけかぁ」

気が 狂そう──。
着信音にしている曲の一節が頭でずっと流れている。

まだ大丈夫、何が大丈夫?
……頑張ろう。

+×+×


今日も眠れなかった
カーテンの隙間から外を見ると日が登りつつあった
それでもまだ辺りは暗くて夜のようだった
まだ夜なら良いのに
夜なら誰が何をしていてもおかしなことはない
けど 朝は違う
誰しもが1日を始めようとする 朝とはそういうものだ
私は 私には 今日も朝なんて来ないのに
みんなが動き始める朝が この時間が辛かった

静かに明るくなっていく空を見て深呼吸をする

仕事の時間だ
私みたいなのでも唯一 できる仕事

スマホの電源を入れる
液晶画面に4時29分と映し出されていた
ちょうどいい時間

通話ボタンに指を滑らせる

最初のお客様は───


+×+×

4:30①

トゥルルル トゥルルル
コール音が鳴る。
4回目でプッという音がしたので挨拶をする。

川 ゚ -゚)「おはようございます、兄者さん」

『おはよー!おはよう屋さん!』

おはよう屋さんというのは、私の事だ。
最初のうちは自称するのも人に呼ばれるのも恥ずかしさがあったけれど、数ヶ月の間数人から呼ばれてきたので、今は違和感もなかった。

モーニングコール業、つまり人を起こす仕事を仮でさせてもらっている。
最初のお客様は流石兄者さんという人で、朝の4時半に起こす契約だ。

『今日は良い天気になりそうだね!!』

川 ゚ -゚)「そうですね」

兄者さんは早朝だというのにテンションが高かった。
お客さんには会ったこともなければお互い顔も知らない。
けれど兄者さんの身内は知っているので、もしかしたら彼に似ているのかもしれない。
声も心なしかそっくりだ。性格は、似てないけれど。

川 ゚ -゚)「兄者さんは起きた時から元気いっぱいですね」

『おはよう屋さんが起こしてくれるのが嬉しいからね!』

川 ゚ -゚)、「それは…私も嬉しいですね」

兄者さんは時間いっぱいにお話をしてくれる。
内容は(他のお客様もそうだけど、特に)他愛の無いもので、「今日は朝から雨でなんだかワクワクするね」とか「蝉がもう鳴いてる。早起き友達だ」とかそういったこと。
仕事場まで遠いから早起きをしているそうだけど、ゆっくり話をしていて大丈夫なのだろうかとたまに思う。
彼なりのペースがあるのかもしれないので、何か言ったことはなかった。

『……あっそうそう、弟者がそろそろあれ貰いにくるか?って』

川 ゚ -゚)「あ……」

ふいに兄者さんがそう言う。
急に夢から覚めたような感覚になった。……夢なんてもうしばらく見ていないのに。
弟者さんというのは、私がとてもお世話になっている人。

川 ゚ -゚)「はい、そろそろ無くなりそうだったので今日、行きます」

『……わかった、伝えておくね』

川 ゚ -゚)「いつもありがとうございます」

直接私から弟者さんに連絡すれば良いとは思うのだけど、連絡しないといけないなというタイミングで兄者さんが聞いてくれるのでそれに甘えてしまっている。
私は本当に、そういうところが良くないのだ。

『今日は昨日より寒いみたいだから、気をつけてね』

川 ゚ -゚)「……はい、ありがとうございます兄者さん」

『じゃ、また明日もよろしくね!』

川 ゚ -゚)「はい、また明日」

明るい兄者さんの声が遠くに聞こえ、プツリと電話が切れたことを確認する。
こちらも通話ボタンを切る。
カーテンから漏れる朝日を見て、ため息が漏れた。

川 ゚ -゚)「……そうか。今日は外、出なきゃか…」

ほんの少しだけ、体が重くなった気がした。

.

5:00②

5時のお客様は、ギコさんという男性だ。声の感じからして、おそらく若い人だと思う。
彼は寝起きが良い方では無い。コール音が何回目かで、ようやく声が聞こえてくる。

『おはよーおはよう屋さん』

川 ゚ -゚)「おはようございます、ギコさん」

ゴソゴソという音と、まだ眠たそうな声。
今しがた起きました、と声が物語っているようだった。
ギコさんはいつも面白い夢を見ているようで、たまに内容を教えてくれる。

『今日はね、目玉焼きのお布団にくるまってたんだ。半熟だったから、寝返り打ったら大変なことになっちゃった』

川 ゚ -゚)「ベタベタになっちゃいそうですね」

『そのままパンにつけて食べたよ!いつも全熟……全熟?固焼きか!固焼きで食べてるから新鮮だったなぁ』

川 ゚ -゚)「そうなんですね」

食べることが好きなのだろうか。
モーニングコールを頼む理由も、早く起きて朝ごはんを作りたいからだそうだ。
夢の内容も感想も嬉しそうに話すので、聞いていて楽しかった。

『あ、そうだ!おはよう屋さんて、朝はパン派?ご飯派?』

川; ゚ -゚)「えっ?」

何かを聞かれること。これが今の私はとても苦手だった。
前はスッと答えられていた、と思う。
今は、何と答えるのが正解なのかだとか、そもそも私の答えは何だとか、色々考えてしまって時間がかかってしまう。
今回のこの質問だって、至って難しいことは何も無い。
だけど。

川; ゚ -゚)「……ど、どちらも…好きです」

『あー!わかる!日によるよねぇ〜』

どちらも好き、というのは嘘だった。咄嗟に出てきた答えが嘘だなんて嘆かわしい。
どちらが好きだったんだっけ。
私は朝、何を食べていたんだっけ。

『ちなみに、おはよう屋さんの昨日の朝ごはんなんだった?』

川; ゚ -゚)「朝ご飯ですか…」

『今日の俺の朝ごはん、メニュー決まってないから参考にしたいんだ〜』

川; ゚ -゚)「昨日は……麦茶飲んだだけ、でした。ごめんなさい」

嘘もつけなかった。何のメニューも思い浮かばなかった。もうしばらくちゃんとしたものを、口にしていないから。

『えっ、何にも謝ることないよー!でも麦茶だけってお腹空かない?女の人って少食の人多いし朝から食べれないのかー』

何の参考にも出来なかっただろうに、謝らなくていいと言ってくれるギコさんは優しい人だと思う。
だからこそ、もうあまり嘘をつきたくなかった。
言うか言わないか少し悩んで、口を開く。

川; ゚ -゚)「……」

川; ゚ -゚)「私…お腹空かないんです……食べたいとかもその、思わなくて……あの、変だから…」

言ってしまった。引かれただろうか。
もうずっとお腹が鳴る感覚がない。ちゃんとしたものを食べてないくせに、食欲がないのだ。
相手の顔が見えないというのは、こういった時に辛かった。どんな顔をしてるだろう。呆れただろうか、軽蔑するだろうか。
言わなければ良かったな──

『変!?そんなことないよ!そういう時ってあるよ、元気がなかったりするとそうなるよね。俺もそうだった』

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「ギコさんも?」

思わず声が裏返ってしまった。想像していたどの返しとも違ったからだ。

『そう。元気がね、なかった頃。今みたいなことを始める前にね』

川 ゚ -゚)「……」

少しだけ、ギコさんの声が低くなった気がした。
今みたいなことというのは、モーニングコールを頼む前の話だろうか。

『お腹が空くようになると良いね…っていうのもなんか変だけどさ…お腹すいたーってなってさ、あれが食べたいなって思ったやつを食べて、満腹になると、すっごく幸せな気持ちになれるじゃん?』

『俺、あの瞬間が大好きだから、おはよう屋さんもその幸せ味わって欲しいなって思うよ』

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「ありがとうございます…」

『や!ごめん、なんか恥ずかしいね!あはは!また明日もお願いね!』

川 ゚ -゚)「あ、はい、こちらこそ。また明日」

『また明日!』

電話を切る。
最後の方は早口になっていたギコさん。
恥ずかしいと言っていたが、自分には勿体ない言葉をもらった気がする。

お腹に手を当てる。

───お腹が空くようになると良いね。

川 ゚ -゚)(…なると、良いな)

.


5:30②

5時半のお客様はペニサスさんという女性だ。
彼女は寝起きがとても良い。いつもワンコールで出る。

『おはよ、おはよう屋さん』

川 ゚ -゚)「おはようございます、ペニサスさん」

『今日も聞こえにくかったら言ってね』

川 ゚ -゚)「今のところ聞きやすいです」

『良かったわ』

ペニサスさんは起きたばかりとは思えない凛とした声で、毎日電話が聞き取り辛くなるかもしれないことを詫びる。
しっかりした女性なのだと思う。
早起きの理由が、お化粧に3時間かけるためだと聞いた時は驚いた。
自分なんていつからお化粧をしていないんだろう。

『あ、そうそう。昨日ね、会社帰りに空色のポリッシュ買ったのよ。朝の綺麗な空みたいな色』

川 ゚ -゚)、「ぽり……っしゅ?」

『えっとね、ネイル…マニュキュア。だから今爪が空色できれいなの。いつもオレンジ系だから新鮮だわ』

昨日ペニサスさんに好きな色を聞かれて、空色と答えた。
ギコさんの朝ごはんと同じで、私の答えを参考にしたいが為の質問だったらしい。

『手って結構目に映るのよ。だから好きな色とかを塗ってるとね、元気になれるの』

川 ゚ -゚)「そうなんですね…」

『この色見ると、おはよう屋さんを思い出して何だか優しい気持ちになるわ』

川;* ゚ -゚)「それは照れますね…」

ペニサスさんはよくこういったことを言ってくれる。
その度に私は嬉しい気持ちになって、そのあと少しだけ「私なんかにそんなこと言わせてしまって申し訳ない」という気持ちになる。

自分の手を見てみる。爪はぼろぼろだ。みっともない。
爪だけではない、髪も顔も、全てみっともない。
人に会わないのを良いことにほったらかしにし過ぎている。
今日は外に出るから、髪くらいは梳かさないといけない。

『ねぇ、おはよう屋さん前にメイクはあんまりしないって言ってたけど、爪ならどう?空色のネイル、お揃いにしてみない?』

川 ゚ -゚)「……え?」

自分の汚い姿を見てぼうっとしていた気持ちが一気に引き戻された。

爪。爪を塗る。
以前、爪をピカピカにしていったことがあった。色を塗ったわけでもないのに──

川; ゚ -゚)「だ、駄目です私なんかがそんな……き、規則だって…!」

『え?』

ハッとする。
今の私は「おはよう屋さん」だ。

川; ゚ -゚)「あ、ご、ごめんなさい、大きな声を出してしまって、違くて……せっかく言って頂いたのに…」

『ううん、大丈夫よ。こちらこそごめんなさいね、年甲斐もなくはしゃいじゃったわ。おはよう屋さんの仕事にも規則があるのね』

川; ゚ -゚)「えっと…。……はい…」

うまく言葉を出すことが出来なかった。しばらく見てもいない夢の中にいるかのように、体が動かしづらい。
「おはよう屋さん」に規則のようなものは、無いに等しかった。
だけど、何が違うのか、どう伝えればいいのかが、わからない。
ペニサスさんに失礼なことをしてしまった、それが苦しくて仕方ない。

『ごめんね、おはよう屋さん。気にしないでね。また明日お願い』

川; ゚ -゚)「はい、また、明日…」

川; ゚ -゚)「……」

静かに電話を切る。

思い出して、手のひらの熱が消えて震える。
思い出したくもない記憶がブワッと脳内で再生される。

冷たい声、冷たい目、嘲笑──。

川; ゚ -゚)「……大丈夫。大丈夫…」

川; ゚ -゚)(あれが、……薬が切れそうだから、だから不安定になってるだけ。大丈夫、大丈夫)

川; ゚ -゚)(……)

もう一度爪を見る。不健康な色の爪。

昨日ペニサスさんに聞かれて答えた好きな色。
空色。
あれは嘘じゃなかった、思い出すまでに時間がかかってしまったけど。

川 ゚ -゚)(……きれいな空なんて、もうしばらく見てないな…)

震えを止めるために、自分の手をぎゅっと握った。

.

6:00②

深呼吸をする。
吸って、吐いて、吸って、吐いて。
──少しだけ落ち着いた。
電話をかける。仕事だ。

川 ゚ -゚)(…これくらいしかできない、私の、大事な……)

6時のお客様はモナーさんという男性。
何回かコール音が鳴り、しばらくして声が聞こえてくる。

『おはようモナ、おはよう屋さん』

川 ゚ -゚)「おはようございます、モナーさん」

『今日も肌寒そうモナね、それに少し乾燥している』

川 ゚ -゚)「そう、ですね」

昨日も一昨日も家を出ていないので、気温も天気もどうだったかがわからない。
モナーさんは昨日も「寒くなる」と言っていた。
夏の季節がいつの間にか終わっていたようだ。
朝も昼も夜も関係ない日々を送っていると、季節すらもわからなくなる。

『そういえば…』

モナーさんの声の後ろで、ボーンボーンという音が聞こえた。
初めて聞く音だ。
6時を数分過ぎている。時を伝えるにしては、だいぶ半端な時間。

川 ゚ -゚)「……時計、ですか?」

『聞こえたモナ?大きな掛け時計があるんだ。私と一緒でもう歳だから、たまに時間がずれてしまうんだモナ』

落ち着く音だと思う。何かに似ている気がする。何だろう。

『孫娘が、童謡を歌ってくれるんだモナ。でも最後の一文が悲しくて嫌だ!って言って、まだ動いている おじいちゃんと時計 なんて替え歌にしてくれるんだモナ』

川 ゚ -゚)「可愛いですね」

『可愛いモナ。明後日遊びに来るから、今日はあの子のおやつを買いに行くモナ』

モナーさんは誰か人に起こしてもらいたいという理由で契約をしてくれている。
奥様は数年前に亡くなられていて、息子さんはあまり仲が良くないけれど、たまにお孫さんを連れてきてくれるのだそうだ。
そういったことを、ポツリポツリと、このモーニングコールの時間に話してくれる人。

『そういえば、おはよう屋さんは何か見たい未来があるモナ?』

川 ゚ -゚)「あ……」

モナーさんは少し先の未来が見える、らしい。
未来が見えるというのは、どういうものなのか私には想像もつかない。
自分には嫌な未来しかない気がするからか、もし私が未来を見えることが出来たら怖くて仕方ないと思う。

川; ゚ -゚)「昨日のですよね。すみません、恥ずかしいことを聞いてしまって」

『いいや、家内や孫もね、よく聞いてくれたんだモナ。久しぶりに聞かれたから、何となく嬉しかったよ』

ゆっくり話すトーンが、先程聞いた時計の音に似ている。
そうか、あの時計の優しい音はモナーさんに似ていたんだ。
息を吸って、ゆっくり吐く。

川 ゚ -゚)「……」

川 ゚ -゚)「……私に朝が来るのか、知りたかったんです」

声が少し震えてしまったけれど、モナーさんは揶揄ったりせずに話を聞いてくれた。

『朝、モナ?』

川 ゚ -゚)「私……」

川; ゚ -゚)「私、ずっと朝が…来なくて……待っても待っても…」

私には朝が来なかった。みんなには来る、朝が。
いくら待っても待っても、眠れなかった。

お客様に言うのは初めてだった。
もしかしたら兄者さんは知っているのかもしれないけど、私はもうずっと眠ることが出来なかった。
眠れない人間に、朝は来ない。
ずっと夜のような、重くて暗い気持ちが続いている。

『苦しいモナ?』

川 ゚ -゚)「苦しい、です」

『私も、待ってるものがあるモナ。待っても待っても来ないのは、苦しいモナね。おはよう屋さん、──ケホッ、ゴホ、ケホッ!』

川; ゚ -゚)「だ、大丈夫ですかモナーさん」

モナーさんの優しい声が途切れ、苦しそうな音と声がした。
思わずスマホを落としそうになり、握り締めた。

『ケホッ、ケホッ、大丈、夫……すまないモナ……乾燥してるからかな、ケホッ、』

川; ゚ -゚)「無理しないでください」

『すまないモナね、おはよう屋さん……水を飲んでくるモナ、また明日頼むモナ……』

川; ゚ -゚)「はい、また明日…」

慌ただしく電話を切る。
こんなことは今までなかったので、少し心臓がバクバクした。

川; ゚ -゚)「モナーさん、大丈夫だといいな…」

.

6:30②

川 ゚ -゚)(……次のお客様に電話しなきゃ)

モナーさんとの電話を切ってから、そわそわと落ち着かなかったけれどもうじき6時半になる。
電話に指を滑らせ、相手を確認して通話ボタンを押した。
キュートさんというお客様は、電話に出るまでが他の人より長めだった。

川 ゚ -゚)(…7、8、9……)

心の中でコール音を数える。
10回目で、ようやく彼女の可愛らしい声が聞こえてきた。

『おはよお、おはよう屋さん…』

川 ゚ -゚)「おはようございます、キュートさん」

今日は早い方だ。以前、コール音を35回数えたことがある。

キュートさんは朝が苦手らしい。けれど、恋人のために早く起きている。
会ったことはない。でも彼女の可愛い声と明るい性格から、素敵な女性なのだと思う。

『今日は、ふぁぁ…あっ、アクビごめんね!今日は早く起きれたぁー!』

川 ゚ -゚)「そうですね、今日はいつもよりも早かったです」

んふふ、と耳元で笑い声が聞こえる。
朝が苦手だと言うけど、彼女は朝から機嫌が良い人なので電話をしていて怖い気持ちになったことはなかった。

『おはよう屋さんに話したいことがあったからさ!ワクワクして早く目が覚めたの!』

川 ゚ -゚)「話したいこと、ですか?」

『あのねぇー、今日の話はね、自信あるんだぁ!』

一際楽しそうな声でキュートさんが言う。
鈴のような笑い声が跳ねるので、私も嬉しくなった。
彼女は毎朝面白い話をしてくれる。今日はどんな話なんだろう。

『あのね?ふふ。いざ話すとなると、変な感じ』

川 ゚ -゚)「ふふ」

笑い方がうつる。あのね、を3回ほど続けて言うのを静かに聞いた。

『──あのね、アタシの彼氏、アタシの他に6人も彼女がいるんだぁ!』

川 ゚ -゚)「……」

川 ゚ -゚)「……え?」

『7股してるの。あ、この言い方アタシがしてるみたい?えっと、7股されてる。すごくない?笑えるよね!』

彼女の声は変わることなくずっと明るかった。
これまで、真相はわからないが嘘や冗談を言うことはなかった。
キュートさんは明るくて、まっすぐな女の人で──

──アタシは2番目で良いんだ別に。だって彼が──

川; ゚ -゚)「っ、」

『おはよう屋さん?聞こえてる?』

何かが口から出そうになって、堪らずに手で塞いだ。
言ってはいけない言葉が漏れそうになった。

川; ゚ -゚)(また、繰り返すつもり?)

今の私は「おはよう屋さん」だ。

川; ゚ -゚)(おはよう屋さんなんだからしっかりしないと)

『もしもーし!』

川; ゚ -゚)「痛…」

『どうしたのおはよう屋さん、大丈夫?』

慌てたキュートさんの声が聞こえて、咄嗟に返事をしようとした。
けれどこめかみの辺りが酷く痛んで、言葉らしい言葉が出なかった。

川; ゚ -゚)「……ごめんなさい、大丈夫…大丈夫です」

『どっか痛い?すごく辛そうな声してるよ!?』

川; ゚ -゚)「……大丈夫です、少し頭が痛いだけだから…」

先程のモナーさんとの電話のようだった。
やはり顔が見えない電話は、その分不安が増す。

ごめんなさい、キュートさん。
心配しないで、キュートさん。
これは、多分、薬が切れてるからだと思う。
そんなことすらも口から出せない。

『わー!あっ、ごめん大きな声出しちゃった。大変だよそれ、アタシの電話はいーから、早く切って横になりな!?』

川; ゚ -゚)「ご、ごめんなさい…」

『こういう時はね、ありがとうで良いんだよ!また明日ね、お大事にね!』

川; ゚ -゚)「ありがとうございます…また、明日…」

川; ゚ -゚)「……」

川;- -)「……」

電話を切って大きく息を吐く。ズキズキとした痛みが治まりつつある。

川; ゚ -゚)(ちゃんと返事できなかったけど、6人も他に恋人が…)

私はお客様のことを何も知らない。
声と、話してくれる内容でどんな人かを想像するくらいしか出来ない。
けど、けれど。
キュートさんは明るくて優しい人だと思う、から。

川; ゚ -゚)「……キュートさんはそれで、辛くないのかな……」

こめかみだけでなく胸の辺りも痛んだ。

.

7:00②

キュートさんとの電話を切ってしばらくが経った。
もうすぐ7時になる。
最後のお客様の時間だ。

川 ゚ -゚)(電話、しないと……)

横になったおかげでいくらか頭痛は良くなっていた。
起き上がって、電話を触る。

──こういうことを言うのは良くないけれど、次のお客様が1番電話し辛い相手だった。
怖い人というわけではない。むしろ、気の優しい人だと思う。
ただ彼は──

川 ゚ -゚)、「……」

2コール目でプツ、という音が聞こえた。

『おはようだよぅ、おはよう屋さん』

川 ゚ -゚)「おはようございます、いようさん」

いようさんの声は静かだけど、聞きにくいわけではない。今日はいつもより少しだけ声が明るい気がした。

『今日はね、1位だったよぅ!』

なるほど、明るい声なのは占いの結果が良かったかららしい。
彼は契約の時間より少し前にテレビでやっている、星座占いの結果を教えてくれる。

川 ゚ -゚)「1位、おめでとうございます。というのも違うんですかね……」
『ううん、嬉しいよぅ、ありがとう!おはよう屋さん』

彼は前述の通り、気の優しい人だ。ありがとうが言える人。
今は本当に嬉しい気持ちなのか、力のある声は聞いていて心地良くて、毎日そうであって欲しいと思ってしまう。
いつもの声が嫌だとか、そういう意味ではない。

『昨日はね、昨日もね2位だったからいい日だったんだよぅ。いつもの上司が出張でいなかったから、殴られたり蹴られたりもしなかったし、怒鳴られもしなかったよぅ!渡された書類も終電前には終わったからタクシーで帰らないで済んだんだ!ちょっと感動しちゃったよぅ!』

川; ゚ -゚)

川;-″-)ギュ

『今日も何もないといいなぁ。どんなに行きたくなくても足が会社に向かうの、なんなんだろうね?タイムカードを切って、ああもう逃げられないって気持ちでデスクに向かう時が1番嫌なんだぁ…』

川;-″-)「……そう、なんですね…」

知らない体で相槌を打つ。本当はよくわかる、けど。

こういった話をする時、“わかります″なんて同意が欲しいわけでないこともわかっていた。
自分がどれだけしんどくて辛いかなんて、自分以外がわかるはずがない。わかるだなんて簡単に言われたくない。
いようさんもそんな気持ちかもしれないので、こういう時に″そうなんですよね″と同意したことはない。

聞くのが、きつかった。
いようさんの話を聞くのは、とても苦しくて辛かった。
中でも1番辛いことがある。

『あー……そろそろ行かないとだよぅ。おはよう屋さん、お願いだよぅ』

川; ゚ -゚)「……」

川; ゚ -゚)「はい」

川;- -)

川; ゚ -゚)「……″頑張ってください″」

『…うん。″頑張る″よぅ…』

呪いのような、べったりとしたこの言葉を言わなくてはいけなかった。

いようさんとの契約だ。
彼はモーニングコールの前にもう起きていた。
あまり眠れなくて、7時よりだいぶ前に目が覚めているらしい。

何故おはよう屋さんを頼むのか。
″頑張って″と背中を押して欲しいからだそうだ。

『ありがとうだよぅ、おはよう屋さん。じゃあ、また明日もよろしくね』

川; ゚ -゚)「……はい」

ゴトン

通話を切った電話を、そのまま床に落としてしまった。
手に力が入らない。
泣きそうになってしまう。
あんなに苦しそうで辛そうで、それでもまだ頑張ろうとするいようさん。
話を聞く限り、良くない環境にいるのに、逃げずに毎日毎日毎日毎日働いている。

川 ゚ -゚)(いや…逃げないんじゃなくて、逃げられないんだ…)

″頑張れ″なんて私が言って良いはずがなかった。
何も頑張っていない私に、そんなことを言う資格がない。
何よりいようさんは──

思い出して、辛くなる。

川 ゚ -゚)(いようさんは似てるから……辛い)

頑張れ、だなんて言いたくなかった。

川 -)(もう、たくさん頑張ってるのに…)

頭を抱えて、しばらく動けずにいた。

.


17:00


川 ゚ -゚)(本当にもう秋なんだな……)

半月ぶりに出た外は、すっかり季節が変わってしまっていた。
今年は寒い秋だとお客様達から聞いていたはずなのに、私の季節は初夏で止まっている。何だか変な感じだ。
陽が落ちて、辺りは暗い。
家を出るまでに時間がかかってしまった。
でもこのくらいの方が落ち着く。日が出ている時間は、人の目が気になる。

川 ゚ -゚)「着いた」

目の前の建物は看板もなく、ただの一軒家のように見える。
だから初めてここに来た時は場所を間違えたかと焦ってしまった。
何度か通ううちに、こういった見た目の方が入りやすい人もいるのかもと思うようになった。

( ‘∀‘)「こんにちは、素直さん」

ドアを開くと、中は普通の一軒家とは違う。
受付がある。病院だからだ。
受付の女性はいつも優しく迎えてくれる。
人と対面するのが久しぶりで、毎回目を逸らしてしまうのが心苦しい。

川 ゚ -゚)「こ、こんにちは。あの、予約……」

( ‘∀‘)「大丈夫です。どうぞ、そのままお部屋に入ってくださいね」

川 ゚ -゚)「はい……」

初めてこの病院に来て以降、予約の連絡を直接したことはなかった。
兄者さんが来るかどうかを聞いてくれて、そこから話が通っている、らしい。
というのも、

川 ゚ -゚)コンコン

川 ゚ -゚)「失礼します」

(´<_` )「こんにちは、クーさん」

川 ゚ -゚)「こんにちは、弟者先生」

この病院の先生、流石弟者さんは兄者さんのご兄弟だから。

(´<_` )「座って待っててください、今お茶淹れますね」

川 ゚ -゚)「あ、ありがとうございます」

ソファーに腰掛ける。部屋には大きな机とソファー、それからたくさんの缶が並んだ棚がある。
以前何の缶か聞いたら、紅茶や緑茶などが入っていると教えてくれた。お茶が好きらしく、いつもオススメのものを淹れてくれる。

ゆっくりお茶を淹れる先生を見る。先生は背が高く、がっしりした体格だ。
初めて会った頃に比べるとなんとなく痩せた気がする。半月に一度会う程度だから本当にそうかはわからないけど。
兄者さんも先生に似ているのだろうか。
……兄者さんといえば。

川; ゚ -゚)「あの、いつも予約をお兄さんにお願いしてしまってすみません…」

(´<_` )「大丈夫、兄もモーニングコールをお願いしてるしウィンウィンだから」

川; ゚ -゚)(そうなんだろうか)

目の前に可愛らしいカップを置かれ、お茶を注がれる。
湯気が揺らめく。思考がぼんやりする。

おはよう屋さんという仕事と、兄者さんを紹介してくれたのは弟者先生だった。

5ヶ月前。
私は眠るのが怖くて、ずっと朝がこなれば良いと願っていた。
その願いが叶ってしまったのだ。
目を瞑っても何をしても、眠れなくなってしまった。市販の睡眠薬を飲んでも効かない。
ただただ身体が重くて、瞼も重くて、頭に分厚い靄がかかったかのように身動きができなくなってしまった。
このままじゃ駄目だと病院を探した。
それがここだ。

(´<_` )『素直さん……クーさんはどうしたいですか?』

川 ゚ -゚)『わ、わたし働かなきゃ、私だけ休めない申し訳なさすぎます、私、私のせいで……』

川 ゚ -゚)『眠れるようにして下さい、眠ったらまた働ける、お願い、お願いします先生』

(´<_` )『……ううーん。あのねクーさん。『おはよう屋さん』やってみませんか』

川 ゚ -゚)『……なん、ですか?』

(´<_` )『うちの兄が朝弱いんです。そのくせ朝の早い仕事に就いていて。歳の離れた妹が毎朝起こしてたんですけど、中学生になって部活の朝練があるとかで兄が起きる前に家を出ちゃうんですよ』

(´<_` )『それで、きっとそういう人ってたくさんいるから、お仕事にしてみたら良いかなって。モーニングコールをするお仕事です』

川; ゚ -゚)『え、い、いや、私、私は元の会社の仕事を……』

(´<_` )『ああ、副業禁止かな?』

川; ゚ -゚)『いえ、確か禁止ではない、です、けど…』

(´<_` )『サイトとかは作りますよ。そこでお客さんの依頼があったらクーさんにお願いする。お客様からはとりあえず通話料だけ貰う形にしようか?そしたら変なプレッシャーにはならないと思う』

(´<_` )『本当に、ただ朝起きれない人を起こしてあげるだけ』

(´<_` )『朝起きれない人からしたら、朝起きてる人に起こしてもらうのってすごくありがたい事ですよ』

(´<_` )『今すぐに眠ることも、会社に戻ることも難しいと思います。それなら、それならね。逆手にとって今クーさんにしか出来ない事、してみませんか?』

あの時、先生の強引さに折れてしまったのだ。
私なんかが誰かの役に立つわけがない。そう思いながらも、もし本当なら、という考えがよぎってしまった。
私なんかでも、誰かの役に立てるなら──

そうして始めたおはよう屋さん。最初は兄者さんだけだったお客様も、今は6人もいる。
一度先生から給与という形で報奨が欲しいかと聞かれたけど、貯金もあるし先生が書類を書いてくれて元の会社の休業補償が出ているので、生活は出来るから充分だった。
 
川 ゚ -゚)(もう5ヶ月も経ったのか……)

(´<_` )「おはよう屋さんは、どうですか」

反対側のソファーに先生が座って、問いかけてくる。
差し出されたカップを見つめながら口を開く。

──おはよう屋さん。今の私が唯一、出来る仕事。
ありがたい。6人お客様は皆良い人達だ。

川 ゚ -゚)「皆さん、優しい人達です。優しくて、……良い人達ばかりで、」

(´<_` )「はい」

川 ゚ -゚)「……良い人達だから、……苦しい……」

ポロッと出た言葉をきっかけに、栓が壊れたように気持ちが溢れ出した。

:川 ゚ -゚)「苦しいです先生、苦しい、みんなが寝て起きて一日を過ごしてまた寝て、人間らしい生活を送って良い日も悪い日も寝てリセットしてまた新しい日を過ごしてる、なのに私は、私はずっとずっとずっと同じ日だ、終わらない一日がずっと、ずっと。朝が来ないんです、助けて、助けてください、苦しいんです」

(´<_` )「そうか、ごめんね。苦しくなってしまうのか」

先生は表情も声も変わること無く話を聴いてくれる。
だからなのか、言葉は止まらなかった。

:川∩-∩)「違う、違います、先生の案は何も悪くない、みんなにおはようと言ってみんなからおはようを返してもらえると私も普通の人みたいに一日を始められそうな気になれた、嬉しかった。みんなの話を聞くのは楽しいです、楽しいけど」

川∩ -゚)∩「これで良いのか、わからなくなるんです…」

川 ゚ -゚)「みんなに置いてかれている気がして、声を聞きながら叫びそうになるんです、私だけ夜に置いて行かないで、私も朝に行きたい、助けてって」

(´<_` )うん」

川 ゚ -゚)「私なんかが、みなさんの朝を、1日の始まりを任されていて良いのかって考えてしまうんです……」

胸の奥にあった黒い重たいものを、ごっそり取り出したような気持ちだった。
おはよう屋さんはありがたかった。
けど、けれど、本当に私でいいのか不安だった。

(´<_` )「少なくとも兄はおはよう屋さん……貴女に朝起こしてもらえて助かってますよ。他の人も…このご時世、朝起こす機械なんていくらでもあるのに、わざわざ人に頼んでいるのはきっとその人に朝を連れてきて欲しいという気持ちが大きいんじゃないかな」

川 ゚ -゚)「朝を連れてくる…」

(´<_` )「それに夜がなければ、朝もないです。皆さんに朝が来ているのなら、皆さんにも夜が来てるんじゃないかな」

川 ゚ -゚)「……?」

先生がゆっくりお茶を飲んだので、私も頂いた。
少し熱の冷めたお茶が喉を通って、一口で体が温まった気がする。

(´<_` )「まだ、続けてみる?」

川 ゚ -゚)「続けても良い、でしょうか……」

(´<_` )「もう辞めたいって思ったら遠慮なく言ってください。無理をさせたい訳ではないので」

川 ゚ -゚)「……はい…」

カチャリとカップを置く音が響く。

(´<_` )「あと、ひとつだけ良い?」

(´<_` )「うちの兄になら叫んでも良かったよ。叫んだ方が、相手は目が覚めそうだからね」

それから先生とは体調の事などをぽつりぽつりと話した。
先生は表情が変わらないけど怖い人ではない。話しやすい先生だと思う。
兄者さんとはテンションが違うけど、やはり声は似ている。


( ‘∀‘)「素直さん、お薬出てます。いつもと同じ量です」

川 ゚ -゚)「ありがとうございます……あの」

( ‘∀‘)「どうかしましたか?」

川 ゚ -゚)「あ、の…弟者先生、痩せられた気がして…その、ご病気とかじゃ……」

川; ゚ -゚)「す、すみません立ち入ったこと聞いてしまって」

( ‘∀‘)「ぜーんぜん!良いんですよぉ、何でも聞いてくださいね!先生ね、元気ですよ!痩せましたよねぇ、聞いたらね最近ジョギングを始められたんだそうですよ、若いですよねえ」

川 ゚ -゚)「そ、そうなんですか……教えてくださってありがとうございます」

( ‘∀‘)「ええ、またお話しましょうね!」


川 ゚ -゚)(外、暗…)

そんなに都会でもないのに、星があまり見えない夜空は自分のように暗くて、ずっと夜のままなんじゃないかとすら思ってしまう。
少なくとも、私はずっと夜のまま。

川 ゚ -゚)(薬、もらえたけど……身体が怠くなるだけであまり効かないんだよなぁ…)

家に着いて、薬を飲む前に何かお腹に入れようと思ったけど何もなかった。

川 ゚ -゚)(ネットスーパーは明日届くんだっけ…)

川 ゚ -゚)(先生のところでお茶飲んだからいいか)

薬を飲んで横になってみる。
このままどろりと溶けたらいいのに。
目を瞑る。
今日は久しぶりに外に出た。ああ、シャワー浴びれば良かった。衣替えをしないと、もう流石に肌寒い。受付の人と目を合わせてお話が出来た。そういえば先生の目は見れるな、眼鏡かけてるからかな。ジョギングしてるんだ先生。仕事が終わったら走っているのだろうか。今日のお茶はなんていうお茶だったんだろう。
ああ、今日は大丈夫じゃないか。
このままどろりと溶けるんじゃないか。
どろり、ぐらり、ゆらり。

うつら、うつら、うつら……。





──お前のせいで!!!!!



川 - - )

川 ゚ -)

川 ゚ -゚)

川∩-⊂)"

駄目だった。
今日も眠れなかった。

朝はまだこない。

もう、そろそろ仕事の時間だ。
スマホを握りしめる。

川 ゚ -゚)「……」

川 ゚ -゚)ピッ

川 ゚ -゚)「……おはようございます、兄者さん」

『おはよう、おはよう屋さん』


私に、朝は来るのだろうか。


.

5:00③

暗い暗い、真っ暗な場所にいる。

(,,゚Д゚)「どこ?今何時だろう」

呟いた声がエコーになって、あちらこちらから自分の声が聞こえてきた。

何でこんなに真っ暗なんだろう。
明かりがほしい。
いつまでも終わらない、真っ暗な場所。

(,,゚Д゚)(歩いたら落ちちゃうかもしれない)

落ちる?どこにいるかもわからないのに、どこからどこに落ちるというのだろう。
それすらもわからない。
暗すぎて何も見えない。
どこまで続いているのか、はたまた何もないのか。
ただただ暗いこの場所が、怖い。

嫌だ 怖い

(,,゚Д゚)(誰か)

助けて!
自分の声だけが響く
涙が出そうになる

(,,゚Д゚)「!」

何かが聞こえた瞬間、光が見えた
明るい まるで──


(,,゚Д゚)「はっ!」

『ギコさん?』

握りしめたスマホから声が聞こえる。おはよう屋さんの声。
寝ぼけながらもモーニングコールを取っていたみたいだ。

『ギコさん、もしもし、大丈夫ですか?』

夢だった。現実ではなかった。カーテンから日の光が漏れている。
手汗でスマホが滑りそうだ。

(,,゚Д゚)

(,,;Д;)ダバー

(,,;Д;)「おっおはよううおはよう屋さん…起こしてくれてありがとううう」

『そういう契約ですので…大丈夫ですか、ギコさん』

いつもとは違って、おはよう屋さんの声が焦ってる。
無理もない。電話の相手が泣き出したら、俺もそうなる。
頑張って涙を止めて、ふーーと大きな呼吸をする。

(,,;Д⊂)"「大丈夫…めちゃくちゃ怖い夢見てたんだ、暗くて誰もいなくて、いつ終わるのかわからないような…」

『それは怖いですね……』

話していてふと気づいた。
いつ終わるのかわからない、に既視感があることに。
あれはもう、昔の話。
もう、昔のことだと思える話。

(,,゚Д゚)「……昨日ちょこっと昔の話をしたから夢に出てきたのかなぁ」

『怖い夢が昔と…関係あるんですか?』

うん、あるよ。
頷いてから、声を出さないと電話の向こうのおはよう屋さんにはわからないんだったと気付く。

(,,゚Д゚)「俺ね、一回死んでるんだ」

『……え?』

おはよう屋さんが珍しい声を出した。
俺、説明が下手なんだ。言葉が足りないよね。

(,,゚Д゚)「ごめん、比喩っていうか!寝ぼけてるとかじゃなくて!」

大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。
おはよう屋さんが電話の向こうで心配してるだろう気配が伝わってくる。

(,,゚Д゚)「俺ね、昔めちゃくちゃ忙しい飲食店で働いてたことあってさ、朝も昼も夜もわからなくなるくらいぐちゃぐちゃに働いてて、何年もやってたら流石に倒れちゃったんだ」

(,,゚Д゚)「病院に行って検査して、随分仰々しいなぁって思ってたら、お医者さんがさ、すっごい顔して言ったんだよ」

懐かしい話をする。
懐かしいといってもそこまで月日は経っていないはずなのに。

誰かに話したことはなかった。
だけど、おはよう屋さんは聞いてくれる気がして、おはよう屋さんに聞いてほしい気がして、俺の口は止まらなかった。

(,,゚Д゚)「『貴方の余命はあと半年です』って」

白い天井を見上げる。昔話してる時って、目はどこかを見てるはずなのに、映像が流れてくるの不思議だなぁ。

(,,゚Д゚)「俺家族いないからさ、なんか1人でパニクっちゃって、そのまま仕事辞めて家でずーっと泣いてた。
そんでずっと死んだみたいに生きてた。何で俺なんだろうとか、何で半年なんだろとか考えながら」

その時の感情は何となく思い出せるけど、何をどうしてどうやって生活できていたのかは覚えてなかった。
腹は減らなくて、寝てるんだか起きてるんだかもわからない。さっきまで泣いてたのに今度は苛々してきて、荒れに荒れて。

(,,゚Д゚)「でね、気が付いたら1年経ってたんだよ。余命半年って言われてから1年経ってて、あれ?って。俺死んでないけど大丈夫?って思って」

(,,゚Д゚)「診断された病院行ってみたら潰れてて、他の病院行ってみたら『栄養失調気味だけど、大きな病気はありませんよ』って言われた」

『そんな、それは…』

(,,゚Д゚)「何だったんだろうなあ」

あの時の、頭の中が真っ白になる感覚を今でも覚えてる。
真っ暗だった世界が真っ白になって、そのまま『何で?』『どうして?』『何だったんだ?』がぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、鉛筆で塗り潰していくように線がこんがらがる、目の回るような感覚も。

(,,゚Д゚)「元の診断が嘘だったとか、病気が治ったのかとか、そういうのはもう今となってはわからないんだけどね、俺は一回死んだんだって思うようにした。一回死んで、生まれ変わった」

『生まれ変わった…』

(,,゚Д゚)「そう。せっかく生まれ変わったなら、何をしようかって考えた時にさ、久しぶりに腹が減ったんだよ。それで、美味しい朝ごはんを食べたいって思ったんだ」

(,,゚Д゚)「朝が来るのって、すごいよね。沈んでた時はずーっと夜みたいで、いつ終わりがくるのかわからなくてただただ怖かったけど、生まれ変わって朝が来た時、ほっとしたんだ」

『………』

(,,゚Д゚)「美味しいものを作って食べて、1日を始めるんだ。そのために俺はおはよう屋さんにお願いしてる」

『そう、だったんですね』

(,,゚Д゚)「あのさ、おはよう屋さんはさ、ただ『おはよう』って言うだけの仕事って思ってるかもだけどね」

(,,゚Д゚)「俺にはすっごいありがたい一言なんだ」

朝起きるのは元々苦手だった。
前働いていたとこは寝てたら殴られるような場所だった。
スマホのアラーム機能じゃなくて『誰か』に起こしてもらいたかった。
俺にはその『誰か』がいなかった、もう随分長い間。
朝を始めるのに大事な言葉を、人と交換してみたかった。

(,,゚Д゚)「昨日は鯛茶漬け、一昨日はスプーンコロッケ、その前はガリバタ卵かけご飯」

(,,゚Д゚)「朝、おはよう屋さんにおはようって言って、おはようって返されて、よっしゃ朝ご飯食うぞって用意して、美味しいご飯食べるでしょ、そうするとさ、めっちゃ良い朝だなぁって思うんだよね」

(,,゚Д゚)「だから、ありがとう」

(,,゚Д゚)「いつも俺に良い朝をくれて、ありがとうね」

(,,゚Д゚)「さっきの夢もね、沈んでた時の夜に似てたから怖かったんだけど」

(,.^Д^)「おはよう屋さんが朝を連れてきてくれたから助かったんだ!改めてありがとう!」

『………っ、こ、こちらこそ…ありがとうございます』

長々と話してしまった。おはよう屋さんは引いてやしないだろうか。
ちらっと時計を見ると結構な時間が経っていた。俺は良いけどおはよう屋さんは次のお客さんがいるんだった。

(,,゚Д゚)「ごめんおはよう屋さん!なんかいっぱい話しちゃったね!」

『いえ、ギコさんのお話聞けて良かったです。話してくれて、それから、いつも嬉しい言葉を言ってくれて、ありがとうございます』

(,,゚Д゚)「…??ううん良いよ」

(,,゚Д゚)「あ、じゃあまた明日もよろしくね!」

『はい、また明日』

(,,゚Д゚)「……」

(,,゚Д゚)(俺なんか言ったっけ)

恥ずかしいことならいっぱい言った気がするけど、おはよう屋さんに礼を言われるようなことを言ったかはわからなかった。

(,,゚Д゚)「お腹空いたな、今日は何作ろうかな」

自己満足も甚だしいが、誰かに話したかったのか、おはよう屋さんに話せてスッキリ清々しい気持ちだった。

(,,゚Д゚)「おはよう屋さんにもいつか、朝ごはんご馳走したいなぁ」

もし作れるなら何を作ろう。
考え出したらわくわくしてきた。まず自分の朝ごはん考えなきゃだ。

.


5:30③

いつもは着信音で目が覚めるけど、今日はなんだかソワソワして早く目が覚めてしまった。

('、`*川(……電話が来るまでストレッチでもしてようかな)

ソワソワの理由はわかっていた。
今日は、というか昨日から、が正しい。
身体を動かして数分後、スマホが鳴り出す。
5時30分ぴったりだ。

('、`*川「その時間に契約してるから当たり前といえば当たり前かぁ」

いつも寝ていたから確認したことはなかったけど、時間通りなのが何となく彼女らしいと思う。
──何も、知らないけど。

('、`;川「ってボーっとしてないで電話取らないとよね」

スマホに手を伸ばして応答ボタンを押す。

('、`;川「おはよう、おはよう屋さん。出るの遅れちゃってごめんなさいね」

『おはようございます、ペニサスさん。全然、大丈夫ですよ。でも珍しいですね』

いつだっておはよう屋さんは優しい声をしている。
それが昨日はちょっとだけ、揺れた。それがずっと引っかかっている。

──今日は、早くに目が覚めたの。
というかモヤモヤして眠れなくて。
というかというか、ねぇ、おはよう屋さん、あのね。

('、`;川「、……」

『ペニサスさん?』

言いたいことはたくさんあった。でもそれを言って良いのか、聞いて良いのかがわからず閉口してしまう。

('、`*川「……あーだめ。ダメダメ。我慢はね、美容に良くないのよ」

『はい?』

おはよう屋さんにというよりは自分に言い聞かせるように、呟いてみた。うん、そう、良くないの。

('、`;川「ごめんねおはよう屋さん。誰だって聞かれたくない事情はあると思うんだけど、でもどうしても気になって…答えたくなかったら答えなくて全然良いんだけど、モヤモヤするから言いたいの」

『なん、でしょうか』

もしそうだったらと、昨日一日中考えていたこと。
何ができるわけでもない。だけど、もし、そうだとしたら。
それがずっと頭の中でぐるぐるしていた。

('、`*;川「おはよう屋さん、親が厳しい人なの!?」

『えっ』

('、`*;川「昨日、ネイルの話の時に会社の規則だって言ってたけど、なんだか様子がおかしかったから気になっちゃって…そのあともずーっとそのことを考えて…」

('、`*川「昨日は眉毛を忘れて出勤しちゃったわ」

『それはすみません…』

('ー`*川「……笑うとこよ、今の」

真面目に答える彼女は、やっぱり優しい人なのだろう。
電話越しに困った顔をしている彼女を想像する。
会ったことはないけど、なんとなくはわかる。

えっとですね、と彼女が一拍置いて話し出すのを静かに聞く。

『あの…私、私の親は厳しくはなかったです…高校の時に両親とも事故で亡くなって、もういないんですけど…』

意外な答えが返ってきて驚いてしまった。

('、`*川「そう、なの…ごめんなさい…思い出させてしまった上に変な風に言ってしまって」

『いえっ、心配してくれたんですよね、ペニサスさん…ありがとうございます』

電話越しでもお辞儀をしていそうなおはよう屋さんの声に少しだけほっとした。
思っていたような事じゃないなら良かった。

『私、がその……爪を塗ることに、…なんていうか…えっと…』

('、`*川(ああ、おはよう屋さん困らせちゃってる)

心配。先程彼女が言ったことが頭の中でこだまする。
心配なのだろうか。これはただの私のエゴなんじゃないだろうか。

そうだったらどうしようと、思い立った理由がある。
誰かに話したことはない、理由が。

('、`*川「……」

('、`*川「……私」

『はい』

('、`*川「私のすっぴんね、ものっすごいのぺーーーとしてるの」

『え、』

('ー`*川「ふふ」

電話から聞こえる彼女の声があまりに間の抜けたものだったのでつい笑ってしまった。
いきなりそんなこと言われても、よね。

('、`*川「女の子は父親に似るって言うけど、実父の顔は見たことないの。生まれる前に亡くなったんだって。でも、母親はすっごい美人だった、すれ違った人が絶対振り向く美女」

('、`*川「私、母の顔が大好きだった。大人になったら母みたいに色んなオシャレをしてキラキラしたいなって、メイクを楽しむんだって夢見てたのよ」

『それで、お化粧をする為に早起きをしてるんですか?』

('、`*川「うーん……まぁ結果的に言えばそう、ね」

自分の指先を見る。
綺麗な空色がそこにはあって、胸が温かくなる。
おはよう屋さんの好きな色。

('、`*川「私が小学校に入る前に母は再婚したの。でも小学校に入ったら他の男の人のとこに行っちゃった。養父は…悪い人じゃなかったから、血が繋がってるわけじゃないのに私を置いてくれて育ててくれたの」

悪い人ではない。けれど良い人だったかは……わからない。

('、`*川「養父は『母親みたいになっちゃダメだよ』って髪を伸ばすこと、スカートを履くこと、オシャレに興味を持つことを私に禁じたわ」

写真に写るのが嫌いな子どもだった。
卒業アルバムで私を探すのは、ウォーリーより難しいと思う。
写りたくなかった。あんな姿でいたことの記録を残すのに抵抗があった。

('、`*川「中高は私服の学校を選ばれた。育ててもらってる身だから文句を言う気はなかったわ。でもね、ずっと母みたいにキラキラすることが夢だったから、周りの子たちがオシャレしてるのを見るのが辛かった」

同級生が走るとヒラヒラ動くスカートが、サラサラと流れる長い髪が、キラキラ光る爪先や目が羨ましくて仕方なかった。
でも自分自身、母のようになるのも怖くて養父の希望通りにしてた。

('、`*川「でも高校の時に変わるきっかけがあったの。オレンジ色のネイルポリッシュ」

『マニキュア、ですか?』

('、`*川「お店に並んでるのを見て、どうしても欲しいって思ってね。こっそりバイトして買ったわ」

その頃は黒か紺か灰色のものしか身につけることを許されなかった。自分の世界だけ色が足りない。
新商品と並べられたオレンジ色のマニキュアが、欲しくて欲しくてたまらなかった。

('、`*川「父親にバレないように、家だとまずいから駅のトイレで爪を塗ったのよ。初めてだし場所も場所だから震える手で、はみ出すしムラは出来るしよれて手のひらにつくしで散々」

('、`*川「…なのに、すっごく綺麗だったの」

('、`*川「自分の指先が宝石みたいにキラキラ輝いてるように見えた」

('、`*川「私、キラキラして良いんだ、私はキラキラしたいんだって思ったのよ」

('、`*川「それからバイト代貯めて、高校卒業と同時に家を出たの。育ててもらったのは感謝してる。でも、私がやりたいことを出来ない場所に私はずっといる必要はない」

『そう、だったんですね』

静かで落ち着く彼女の声にハッとする。
長々と話し込んでしまった。

ミ('、`*川「……ってごめん、急にこんな話」

('、`*;川「……だから、えーっと…おはよう屋さんの家の人が厳しくてネイルも出来ないんならね、私に何かできることないかなって…思ったんだけど…」

('、`;川「早とちりしてごめんなさいね」

『…いえ、あの』

『…前の、とこで』

ゆっくりゆっくり、おはよう屋さんが言葉を繋いでくれているのを聞く。

('、`*川「うん」

『爪を磨いて、会社に行ったんです。その時、に 仕事も出来ないくせにオシャレなんかしやが って、って…言わ、れて……笑われたことがあって。それがすっごく、怖かった から……ごめんなさい』

('、`*川「なにそれ」

『あっ、お、おはよう屋さんじゃないです、ごめんなさい昨日は嘘を…嘘つきました…別の会社で…』

('、`#川「オシャレ なんか しやがって?はー!そういうこと言うやつほど仕事できないのよね!」

『そん……なことは…あったの、かな』

少しだけおはよう屋さんの声に明るさが出てホッとした。

『…ペニサスさんは、優しいですね』

('、`*川「……違うわ。3時間かけてメイクするのは母そっくりになれるからなの、すごいのメイクって。惚れ惚れしちゃう」

('、`*川「これはね、私の戦いなの。母みたいな美しい顔になりたい。でも母みたいにはならない。大好きなメイクをして、好きに生きるために必要な戦い」

('、`*川「おはよう屋さんは私の戦友。おはよう屋さんがくれる朝に感謝してるのよ、だから貴女を困らせる奴がいるなら暴力沙汰も辞さないってだけ。優しさとはまた違うのよ」

優しいというよりはお節介だと自分でも思う。

『暴力は駄目です…でも、ありがとうございます』

('ー`*川「…どういたしまして」

長々話してごめん、また明日ねと無理矢理通話を切った。
顔が熱い気がする。

('、`*川「……」

(∩、∩川「年甲斐もなく自語りしちゃっ、た…うぁぁ」

('、`*川「……でも、まぁいいか」

('ー`*川

もう一度爪を見て笑う。
今日は描き忘れないように、1番はじめに眉に取り掛かった。

.




6:00③

電話が鳴っている。
これは夢だろうか。それとも、先の話だろうか。

夢を見た。
とても良い夢だ。
悪い時もあったが、総括すれば良い夢だった。

手紙を書いた。
息子と孫と、おはよう屋さんに。
顔も見たことのないおはよう屋さんが夢に出てきた。
不安そうな顔をした子だった。
泣かないで、大丈夫、もう、大丈夫。
声をかける。


大丈夫、大丈夫モナ。

ほら、と指を指す。
その先に明るい光が差していて、おはよう屋さんは眩しそうな顔をして、その後笑った。

大丈夫、大丈夫モナ。

電話が鳴っている。
時計の音がして、孫娘のあの歌を思い出す。

──今もまだ──

ごめんモナ、その歌詞ではもう歌えないモナね。

電話が鳴っている。
夢を見ている。

これは、先の話だろうか?



.

6:30③


また嫌いな曲が鳴ってる。
でも好きな音楽だったらずっと聞いちゃうから、やっぱり嫌いなやつのが良いのかも。

o川*-〜-)o「ん〜…」

o川*=ー=)o「何だっけ……」

o川*゚ー゚)o「あ、おはよう屋さんだあ」

意識がはっきりしてくると、モーニングコールの音楽だってわかってくる。
ぼうっとした頭を振って、スマホに手を伸ばす。
あくびを我慢しながら電話に出た。

o川*゚ー゚)o「おはよー!おはよう屋さん!」

o川; ゚ー゚)o「あっごめん、大きな声出しちゃった」

つい電話が嬉しくて声を大きくしてしまう。
昨日あたしの声うるさいって彼氏に言われたばっかだった。
声が高いからキンキン響くんだって。反省して、そのあとおはよう屋さんとの電話でも気をつけようっていまし…いましめ?戒めたんだった。

『お、おはよう…ございます……ズズ…』

背筋がビッ!ってなった。電話から聞こえるおはよう屋さんの声は震えていて、鼻を啜る音も聞こえた。

o川;*゚ー゚)o(え?泣いてる?泣いてるの?そんなにうるさかったかな?!)

変に心臓がバクバクしてる。これが電話じゃなかったら思いっきりぎゅーってするんだけど電話だから出来ないし、あたしが出来るのはお話しすることだけ。

o川;*゚ー゚)o「ど、どうしたのおはよう屋さん!?何で泣いてるの??もしかしてまだ具合悪かった?」

『い、いえ、キュートさんも……出なかったらどうしようって思ってしまって…ごめんなさい、泣いてはないですまだ…』

o川;*゚ー゚)o「あっ電話?ごめんね出るの遅くて!相手が出ないと不安になるよねぇ、あたしも彼氏が出てくれないとソワソワしちゃうもん」

『いえ、違うんですキュートさんは何も悪くなくて……びっくりさせてごめんなさい」

おはよう屋さんの声はまだ震えているような気がしたけど、それでも綺麗で、あたしこの声好きだなぁなんて思った。
聞いてて安心する。泣きそうな人に言うのもおかしいか。

o川*゚ー゚)o「んーん!目ぇバッチリ覚めたから結果オーライだよ!」

『……キュートさんは優しいですね』

o川;*゚ー゚)o「えっ!初めて言われたそんなこと!」

それこそびっくりしちゃってまた大きな声出しちゃった。
反省が長続きしないの良くないよ。
でもそれだけ驚いたから、仕方ない気がする。

『初めて…ですか?その、彼氏さん…とかには言われたことないです?』

o川*゚ー゚)o「んあー、彼氏にはよくキュートはバカだなって言われるよ〜実際そうなんだけどね」

『そう、ですか……あの、彼氏さんは一夫多妻制の国とかの人、ですか?』

o川;*゚ー゚)o「いっぷ…?なぁにそれ…あっ、ちょっと待って調べるね!いっ、いっぷ?」

『いっぷたさいせい』

o川*゚ー゚)o「ありがと!いっぷたさいせー………こんなせーあるんだね!?」

スマホは便利で、わからない言葉をすぐ調べられる。
あたしは知らない事だらけだから、わからない言葉があったらすぐ調べるようにしてる。
出てきたいっぷたさいせーは、つまりハーレム??ちょっと違う?

o川*゚ー゚)o「でも違うよ、こんなちゃんとしたのじゃないの…他の子には、言ってないみたいだし……」

o川*゚ー゚)o「あたしはね、…キュートはバカだから言ってもいーかって他に6人いるって教えてくれたんだけど、他の子はバカじゃないから本当のこと知ったら傷つくから言ったりするなよって言われて、て」

話しながら自分でも思う。バカだなあ、本当。

o川*゚ー゚)o「……やっぱバカだよね、おはよう屋さんも引いちゃったかな。でもあたしこんなんだから、何かで1番になれたことないんだあ」

o川*゚ー゚)o「おねーちゃん達も弟も優秀なの、頭良くてピアノも上手くてね。友達もみんな賞取ったり何かしら学年一位だったりする子達ですごいの!あたし、周りの人達がすごいって事だけが自慢なの」

o川*゚ー゚)o「…自分の自慢出来ることなーーんにもなくて」

o川*゚ー゚)o「でも彼氏は、そんなキュートでも良いよって言ってくれたんだ」

──キュートはバカだから言ってもいいか。えー?違う違う、キュートだから言うんだよ、俺他にも女の子6人いるんだ。キュートは今7番目だけど、頑張ったら1番にしてあげるかも。

嬉しかった。
勉強もピアノも運動もたくさんたくさん頑張ったけど1番になれたことはなくて、誰からも選んでもらえないと思ってた。
でもこれは、これくらいは、頑張ったら1番にしてもらえる。
じゃあ。

──あたし、がんばるね!

最初にふわふわした気持ちになった時のことを思い出す。嬉しいとか、楽しい気持ちが強かった。強かった、のに。何で今はこんなに……。

o川*゚ー゚)o「……」

『キュートさんは、辛くないですか』

o川;*゚ー゚)o「えっ?」

おはよう屋さんの声が、さっきまでと違くなった気がした。
聞かれた内容が一回で理解できなくて、もう一度頭の中で繰り返してみる。
辛い?辛いって、何が?

『好きな人に順位をつけられて』

なんとなくだけどおはよう屋さんが言いたいこと、わかった気がする。
でも他の人にはわからない事なのかも。1番になることが大事だっていっぱい言われてきたあたしが、1番が欲しいって思う気持ち。

o川*゚ー゚)o「……辛くは、ないよ。順位がなかったらあたし1番になれないもん」

『…1番になったらどうするんですか?』

o川*゚ー゚)o「え……」

1番に、なったら。
わかんない、だって1番になったことないもん。
1番になることだけ頑張ったらいいんだって思ってた。……違うの?

『1番になった後、彼氏さんは他の女の子と別れるんでしょうか。今1番の人がいても6人彼女がいるわけですから、……。そしたら次は他の子たちに1番の座を取られないよう頑張らなきゃいけなくなりませんか』

o川*゚ー゚)o「そん、なそんなこと……」

『……私の、…知り合いに2番でいいって言ってた人がいました。お付き合いしてる人に他の方がいて、自分は2番でもいい、一緒にいられるならって』

『でも、段々1番になりたい気持ちが大きくなって、1番の人を蹴落とそうと頑張って、辛そうだった……キュートさんは、キュートさんにはそんな風になって欲しくない、です…』

o川*゚ー゚)o「わ…」

o川*゚ー゚)o「わか んない、よ…あたしバカだからそんな難しい話…」

考えたことなかった。
考えなかった?
1番になりたかったくせに、1番になったあとのこと。

『…ごめんなさいキュートさんの気持ち考えずに喋ってしまって…でも……ごめんなさい、もう一つだけ言わせてください』

o川*゚ー゚)o「…なぁに?」

『キュートさんは、馬鹿なんかじゃ決してないです。…会った事はないけど 人の心配が出来て、わからないことはわからないと言えて、いつも明るくて優しい、素敵な女性です。馬鹿なんて、言わないで…』

o川*゚ー゚)o「……………」

o川- -)o「…また明日ね」

『……はい、また 明日』

電話を切って、そのままベッドに倒れ込む。
胸とお腹がキリキリ痛い。

o川*゚ー゚)o「……」

あんな事言われたのは初めてだった。

1番になれる、それだけしか頭になくて。
友達にはバラすなって言われて、あたしもどこかで「誰かに言ったらまたバカにされちゃうかな」って思って言わなかった。
おはよう屋さんには言えたの。おはよう屋さんはバカになんてしない気がしたから。
その通りバカになんてしなかった。
でも最初に泣いてた時のとは違う、悲しい声してた。
おはよう屋さんには関係ないじゃん。あたしが辛かったとしても。

(優しいですね)

(素敵な女性です。馬鹿なんて言わないで)

おはよう屋さんに言われた言葉が、なんだかすごい宝物みたいな気がして胸の辺りにズシンとのしかかっている。

o川*゚ー゚)o「………あたし本当に素敵なのかな」

o川*;-;)o「……なりたい、な……素敵な人に」

何も考えられなくて、そのまま寝そべって天井を見つめた。

.


7:00③

──気が く る いそ う──

(=゚ω゚)ノ「……」

着信音が鳴っている。
何で、この曲にしたんだっけ。
多分、好きな曲だったからだ。
そんなことすら忘れてしまっている。
今はむしろ好きな曲にしなければよかったと思う。
この曲が流れるたび、ああもう会社に行かないといけない時間なんだと身体が重くてしんどくて、お腹が痛くなってしまう。

(=゚ω゚)ノ「…出なきゃ」

電話に出なきゃいけない気持ちが強いのか、着信音を止めたい気持ちが強いのか、それだってもう、わからなかった。

(=゚ω゚)ノ「おはようだよぅ、おはよう屋さん」

『おはようございます、いようさん』

(=゚ω゚)ノ「今日は…てて、ごめん口切ってるから喋りにくくて、聞き取りづらいかもだよぅ」

『どうか、されたんですか?』

(=゚ω゚)ノ「……ふふ。昨日、上司に殴られちゃった」

何も面白いことはないのに、思わず笑ってしまいそうになる。
自分でも感情がよくわかっていない。ピリピリと痛む口の端を親指で触る。
親にも殴られたことないのに?あはは、何も面白くない。

(=゚ω゚)ノ「おはよう屋さんはさ、言わなきゃよかったなぁって思うこと、ある?」

開けてないカーテンの隙間から漏れる光が天井に形を作っている。
僕はそれを見つめながら、独り言を吐き出す気持ちで話した。

『ついさっき、ありました』

(=゚ω゚)ノ「おはよう屋さんにもあるんだね、前のお客さんかな?あのね、僕はね、毎日、毎時間思ってるよぅ」

(=゚ω゚)ノ「挨拶をしたら、良い日は無視で、良くない日は舌打ちで、悪い日は怒鳴られる。電話をかけて、切ったら馬鹿にされる。聞かれたことに答えたら、人格から否定される」

(=゚ω゚)ノ「それが続くとね、何にも話せなくなるんだよぅ。でも話さないとそれはそれで怒られるから、話そうとするでしょう。そうするとね、身体が震えるんだよう」

(=゚ω゚)ノ「手が冷たくなるのがわかるんだ。それで、熱いのか寒いのかわからないようなじっとりとした汗をかいて、お腹と頭が痛くなる」

(=゚ω゚)ノ「何か喋るたびに言わなきゃ良かったなぁって思ってるよう」

止まらなかった。誰かに聞いて欲しかったのかな。わからない。
誰も僕の話なんて聞いてないし、僕にそんな価値はない。
笑われる。指をさされてヒソヒソクスクス。わざと他の人がいる所で大きな声で怒られる。怒られてる内容は僕の人生について、親について、会社がいくら僕に金を出していて、それがどれだけ無駄で、僕はどれくらい上司や同僚や会社に迷惑をかけているのかってことを、こんこんと。
恥ずかしいなんて気持ちはとっくに無いに等しいけど、息がうまく出来なくなって、視界の端っこが暗くなる。重たいものを上に置かれてるみたいに頭を下げて聴くのは辛い。
辛いんだ。
誰かが助けてくれるわけはない。誰も僕みたいになりたくないし、僕も僕じゃなかったら僕を助けたりはしないと思う。
価値がない。だから仕方ない。
頑張るしかない。頑張らなきゃいけない。
それしか、できないから。

他の部署の人たちは楽しそうに話しながら仕事をしていて、電車内で見た他所の会社の人達は今日キツかったななんて励まし合ってて。

なんて羨ましいんだろうと、全く知らない世界を見るような目で見てしまった。
僕は、何かすれば話せばそこにいれば、嫌なことがあるオフィスしか知らないのだ。

(=゚ω゚)ノ「昨日は占い、1位だったのに、会社についた瞬間に上司に怒鳴られた。僕がやってないことを僕がやったって怒鳴って、僕の人生を否定して僕が傷付いてるのを見て楽しんでた。僕はやってないって説明したら、言い訳するなって殴られた」

(=゚ω゚)ノ「…今日は占い12位だった」

(=゚ω゚)ノ「行きたく、ないなぁ会社」

(=゚ω゚)ノ「行きたくない…1位であれだよ、12位なんて、さ…」

(=゚ω゚)ノ「僕は何にも出来ないゴミ屑で、いさせてもらってる身分だから、会社を辞めるなんてとんでもないんだけど」

(=⊃ω;)ノ

(=; ω;)ノ「怖いよぅ、怖い、また殴られるんじゃないかって笑われるんじゃないかって、思い出す度に胸が苦しくなるんだよぅ…痛いことより人に馬鹿にされる方がきつい」

(=⊃ω;)ノ「嫌だ、嫌だなぁ行きたくない、行きたくない……駄目だ、駄目なんだよぅそれじゃ……社会人失格だ…」

(=; ω;)ノ「お願いだよぅ、おはよう屋さん。言ってほしいんだよぅ、誰かに押してもらわないと、僕はもう…」

『……いようさん………ごめんなさい、ごめんなさい…』

(=⊃ω;)ノ「おはよう屋さん…どうしたの」

『が、…頑張らないでください……頑張らないで、お願いだからもう』

(=; ω;)ノ「……注文と違うよぅおはよう屋さん、僕はあなたに背中を押して欲しいんだよぅ」

『頑張らなくて、いいです』

(=; ω;)ノ「やめてよぅ…」

『だってもう、たくさん頑張ったじゃないですか…いようさんずっとずっと頑張って頑張って、もう、頑張れないとこまできてるじゃないですか…』

(=; ω;)ノ「あ、あんたに何がわかるんだよぅ…会ったこともないじゃないかよぅ!」

『わかり、ます』

『絶対退職届を出す方が良いのに、死んだ方が早くて楽だと思ってしまう』

『何もかも全部が嫌だから、逃げたくて、楽になりたくて、そっちのことばかり考えてしまう』

『わかるんです、わかります、だってそれは少し前の私だ』
『お願いだから、それ以上頑張らないで……』

(=; ω;)ノ「そ、それでも僕、僕は、頑張らないと…」


『そ、そんなに頑張りたいのなら!』
『「うるさいヒポポタマス!」って言うの頑張れば良いんです!!』


(=; ω;)ノ「……」

『………』

ほんの少し沈黙が続いた。いつのまにか溢れ出ていた涙がスッと引いた。
おはよう屋さんの息を飲む音が聞こえる。変だな、顔は見えないのに青白くなったおはよう屋さんがありありと想像出来る。

『すみません、あの、違うんです、あの、えっと、ちょっと頭に血が昇ってしまって…』

(=゚ω゚)ノ「……」

(=゚ω゚)ノ「…ふ」

(=゚ω゚)ノ「は、何…ピポなんだよぅ?」

『ヒポポタマス…じゃなくて、ごめんなさい、あの…喧嘩の必勝法だって教えてもらって…』

(=゚ω゚)ノ「ふっふ…はは、あはは、あはは!」

(=゚ω゚)ノ「そん、そんなこと、言えたら、言わなきゃ良かったなんてむしろ後悔しないくらい、清々しいかもだよぅ」

(=゚ω゚)ノ「……はは、頑張りたいなら、か……」

『あの、いようさん、言い過ぎてごめんなさい…でも、でも…』

おはよう屋さんはこれでもかってくらい申し訳なさそうな声だった。さっきの勢いとのギャップに、つい口の端が上がって滲みた。

(=゚ω゚)ノ「うん……うん、少し頭冷えたよぅ、ありがとうおはよう屋さん。ちょっと色々考えたい、かな」

『………はい』

じゃあ、またね。
そんな言葉を自分から言うくらいには身体に体温が戻っていた。
さっきまでの嫌な気持ちが晴れたような、頭の靄が消えたような。
切ったスマホを置く。

(=゚ω゚)ノ「久しぶりに本当に笑ったよぅ」

(=゚ω゚)ノ「どうせ頑張るなら……」

何だっけ、ヒポポ…って何だっけ。
そんなことを上司に言う?ふざけてる。
でも、どうせ何を言ってもふざけんなって言われるんだよなぁ。

じゃあ、良いかな。良いんじゃないかな。

(=゚ω゚)ノ「あ」

(=゚ω゚)ノ「会社、行かなくていーかもう」

急に視界がクリアになった気がした。投げやりな気持ちではない。
社会人失格、カス、ゴミ屑、あとそれから、何だっけ。
頑張って、自分を殺して行っても自分はゴミ屑のカスの社会人失格なんだ。
じゃあ、良いさ。良いんだ。良いよ。

(頑張らないで)

(=゚ω゚)ノ「そっか」

(=゚ω゚)ノ「良いのか、そういうのも」

(=゚ω゚)ノ「気でも狂ったかって言われそうだよぅ。ああ、はは。気が狂いそう、か」

(=゚ω゚)ノ「気 がくる いそ、おー」

口に出して歌ってみる。怪我していることも気にしないで。

さっきまでとはもう、全く違う気持ちだった。

.


川; ゚ -゚)「……」

私は何をしてるんだろう。

いようさんの注文を無視してしまった。
それどころか、余計なことを言った。
キュートさんにもそうだ。
言わなくていいことを言ってしまった。
モナーさんは電話に出てくれなかった。
何かあったのだろうか、それとも私が何かしてしまったのだろうか。
ペニサスさんは私を戦友だと言ってくれた。
でも、私がダメな人間だと知ったらガッカリするかもしれない。
ギコさんも、兄者さんも、お客様は皆良い人たちなのに、ちゃんとした人たちなのに、私はどうしてこんなにもダメなくせに余計なことを言ってしまったのだろう。


──お前はいつもいつもいつも余計なことばかりだ
人に迷惑をかけて楽しいか?誰が尻拭いしてると思ってる大体お前みたいな人間は存在してるだけで迷惑なのにここ以外行ける場所なんてないんだよ役立たずのカス

川; ゚ -゚)


───アンタの
アンタのせいアンタが
絶対許さない絶対絶対許さないから

川; ゚ -゚)「……」

川∩ ゚ -゚)「やめて」

川∩;- -)「ききたくない」

もう嫌だもう嫌だもう嫌だ
ここは家なのに他に誰もいないのに行く場所なんて無いのに逃げ出したくてたまらない
逃げ出したい逃げ出したい
嫌だ、嫌だ逃げたい逃げたい逃げたい

川∩;- -)(……何から?)

お腹は空かない、何も食べる気になれない
眠れない、眠りたい、寝られない
私は、人間として生活出来てる?

川∩- -)(─── 疲れた)

疲れて、しまった

川;-;)

川;-;)「っく、…ぅ…」

川;-;)「ぁ…ああ…っ、うぁあ…!」

涙が止まらなかった。
目が痛い。目頭が熱くて鼻もだらしなく流れた。両手で拭っても拭っても壊れたように涙が出る。

川;-;)「もう嫌だ…もう…」

沈む。沈んでいく。
溺れてしまいそうなくらい、涙が流れている。
誰の役にも立てない。私なんかが余計なことばかりしている。
せっかく弟者先生が任せてくれた『おはよう屋さん』でも。

そんな人間に朝が来るはずが、ないんだ。

"川∩ -⊂)"「っ…く、うう…」

川;-;)

:川∩-∩):

泣いて泣いて、ずうっと泣いた。
私は、
私には、私なんかに──


+++

私が入社したのは大き過ぎず小さくもない、中小企業だった。
人数が少ない部署で、先輩は10以上歳が離れていた。1、2才上の人たちは皆辞めてしまったらしい。3年も我慢せずに辞めることは大罪で、非常識で迷惑な行為で恥ずべき事だから絶対にするなと毎日のように言われた。

最初にあれ?と思ったのはいつだったか。そう、多分1週間くらい経った頃だ。
定時で帰れなくなった。要領が悪いとか、そういうことでは、ない筈。

定時の少し前に大量の仕事を渡される。
急に入った仕事ではなく、朝からあった仕事をもうすぐ終わるという時間に渡され、明日やりますだなんて言えないような状況で取り掛かる。
幸いなのか、私には遅い帰宅になっても心配するような人がいなかった。それでも段々と帰る時間が遅くなり、遂には終電も間に合わなくなった。
タクシーで帰る余裕なんてない。
ヘトヘトになりながら家に帰って、気絶するように寝て、すぐ起きて会社に行って、そんな日が続いていたのに、初任給に残業代はいくらもついていなかった。
いつも定時間際に仕事を渡す上司は「新人なんだから残業代なんか付くわけない」と言った。そんなものなのだろうか。疲れていた私はきちんと調べなかった。調べる暇がなかった。

( `ー´)「昼飯食いにいくか!」

(’e’)「わー!もちろん課長の奢りですよね?」

リ´-´ル「きゃー!新しく出来たお店行きましょう!」

(゚A゚* )「めっちゃ楽しみ!」

( `ー´)「おいおい誰が奢りだよw調子乗んなw」

(’e’)「へへっさーせんw」

うちの部署で一番偉いのは根野課長だ。部下とよく食事に行ったり悩みを聞いて業務の円滑を図っている。

川 ゚ -゚)「……」

( `ー´)「おい素直」

川; ゚ -゚)「は、はい」

( `ー´)「お前は電話番な」

川; ゚ -゚)「…はい」

リ´-´ル「プ」

(’e’)「おいw笑うなよw」

(゚A゚* )「めっちゃ聞こえるw」

リ´-´ル「だぁってw」

( `ー´)「おら、行くぞ〜」

……私を除いての話。
昼はみんなで外食に行く。
新人は電話番をする。電話番は大事だ。だから、私だけが呼ばれないランチ会が毎日あっても仕方がない。気にしないようにしていた。そういうものなんだと。

从´ヮ`从ト「素直っち!」

川 ゚ -゚)「あ、お、お疲れ」

5人ほどいた同期の1人が彼女だった。
他の同期に中々会わないのは部署が関わりないからだと思っていたが、いつの間にか辞めていたらしい。
彼女は別の部署だったが、よくうちの部署に顔を出しては話しかけてくれた。
最近は可愛らしいランチバックを抱えてわざわざ私のデスクで一緒にお昼を食べている。

从´ヮ`从ト「素直っちの部署、忙しいんだってね」

川 ゚ -゚)「そう、なのかな」

私以外の人は残業をしていないので普通なのでは、と思う。
でも彼女は自信たっぷりにそう言うので何も言えなかった。私と違っていろんな社員と仲が良い彼女は沢山の情報を持っているので、誰かから何かを聞いたのかもしれない。

从´ヮ`从ト「根野課長ってさぁ、可愛いよねぇ」

川; ゚ -゚)「え?」

从´ヮ`从ト「うちの部署の上司はつまんない人なんだけど、根野課長は必ず挨拶してくれるしぃ〜素直っちは良いなぁあんな人が上司で!」

川; ゚ -゚)「う、うん…」

他がどんな環境でどういう人達がいるのか知らなかった。なので自分だけではなくどこでも不満はあって、他のところが良く見えるのだと思った。
ふいに、彼女のワイシャツからキラッと光るものがあり思わず見てしまう。

从´ヮ`从ト「あ、気付いた?ネックレス!可愛いでしょ?」

川 ゚ -゚)「うん、可愛いね」

从´ヮ`*从ト「彼氏が買ってくれたの!も〜本当大好き!昨日もね、ネイル褒めてくれたんだあ」

川 ゚ -゚)「へえー」

彼女は付き合って2ヶ月ほどの彼氏がいるらしく、話題のほとんどがその相手についてだった。幸せそうに話す彼女を見るのは嫌いではなかった。キラキラとしていて私とは大違いだ。

从´ヮ`从ト「クーもさ、社会人なんだから身なり気をつけたら?ほら、爪をピカピカにみがくだけでもちがうとおもうよ」

川 ゚ -゚)「う、うん」

そういうものかと何も疑う事はなかった。確かにパステルカラーの彼女の爪は可愛らしい。自分の何も整っていない爪を見て、ほんの少し恥ずかしい気持ちになる。

川 ゚ -゚)(磨くだけなら……)

その日も残業だったがヘトヘトになりながらコンビニで爪磨きの用具を買って帰った。
風呂に浸かりながら磨く。出てからだときっと疲れて寝てしまうので。

川 ゚ -゚)「……」

川 ゚ー゚)「よし」

手をパーの状態にして突き出す。なるほど確かにツルツルになった爪は綺麗でじっと見てしまう。磨くだけでこれなのだから色やパーツが付いていたらもっと違うだろう。

川 ゚ー゚)「……ふふ」

のぼせてしまう前に風呂を出たが、身体を拭いてからも爪を見るたびに嬉しくなった。
誰も気付かないだろうが、明日の出社が少しだけ楽しみになった。

川 ゚ -゚)「おはようございます…」

(’e’)「……」

リ´-´ル「…」

(゚A゚* )「…」

( `ー´)「素直、お前さぁ」

川; ゚ -゚)「はっ、はい」

いつも挨拶をしてもほとんど返って来ることはないのに、その日は名前を呼ばれた。低い声だった。

( `ー´)「何だその爪、ふざけてんのか」

川; ゚ -゚)「、え」

( `ー´)「爪だよ爪!」

( `ー´)「お前仕事もろくに出来ない癖にオシャレなんかしやがって」

川; ゚ -゚)「え、あ、あの」

リ´-´ル「プッ」

(゚A゚* )「クスクス」

(’e’)「やばw」

頭が真っ白になった。言葉が出なくて、指先が震えた。後ろで笑われている声が聞こえて身体が動かなくなってしまった。逃げたい、隠れたい気持ちでいっぱいなのに。

( `ー´)「なぁ!こいつ調子乗ってるよな?」

(’e’)「マジうけるw」

リ´-´ル「えーどうしたの素直さん、そういう事する子だっけ?」

(゚A゚* )「オシャレしたい気持ちはさぁ…フッ、仕事一人前に出来るようになってからにしよ?」

川; ゚ -゚)「……す、…すみません…」

( `ー´)「親は教えてくれなかったのかねえ!」

川; ゚ -゚)

磨いただけ。他部署のあの子も先輩達も、キラキラしたネイルで、私のは磨いただけだった。でもダメだった。当たり前の事なんだ。
だけど、指先が冷たくなって顔を上げられなかった。耳にクスクス笑う声がこびり付いて、視線が痛い。
絆創膏でも貼って隠そうか。いやそれもきっとみっともないと言われるだろう。爪を隠すようにペンを持ったりした。
あんなに嬉しくなった爪だったのに。

川 ゚ -゚)(……なんだろう、な…)

川 ゚ -゚)(私が仕事出来ないからいけない…)

川 ゚ -゚)(………んだよ、ね…)

川 ゚ -゚)(私そんなに仕事出来てない…のかな…)

他の人の仕事を押し付けられていたのは、不出来だからだったのだろうか。

从´ヮ`从ト「ねえっ素直っちってば!」

川; ゚ -゚)「え、あ、ご、ごめん」

从´ヮ`从ト「もー、何ボーっとしてんのぉ」

ぼうっとしてしまっていた。今日もまた部署の人たちは外にランチへ行った。
彼女の爪を見てまた気持ちが重くなる。
そうだ、彼女に話してみようか。爪、磨いたけど怒られちゃったって。案外慰めてくれるかもしれない、そんな事ないと言ってくれるかもしれない──

川; ゚ -゚)「きょ、今日さ…爪磨いてきたんだけど、課長に仕事出来ないのにオシャレするなって言われちゃった」

从´ヮ`从ト「えー?」

从´ヮ`从ト「根野課長が言ったんならそーなんでしょ。素直っちさぁオシャレしてる場合じゃなくない?」

川; ゚ -゚)「え」

从´ヮ`从ト「昨日もさぁ、素直っち残業したんでしょー?それで根野課長帰れなかったらしいじゃん。社会人としてどーなの?」

課長はいち早く帰宅したはずだ。奥さんが妊娠したとかで残業なんてやってられないからと大量の仕事を私に渡していった。他の人達もそそくさと課長に続いてタイムカードを切っていったので残業をしたのは私1人だった、いつも。

川; ゚ -゚)「あの、課長は从´ヮ`从ト「ねっ、ていうか素直っちって親いないんでしょ?」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「何で知ってるの」

从´ヮ`从ト「うーわマジなんだ?事故で死んだって!」

ざわざわと全身の血が引いていく感覚がした。
何で目の前の人がそれを知っているのか、何でそれを嬉しそうに話しているのか何も分からなくて眩暈がする。

从´ヮ`从ト「素直っちのせいなんでしょ?」

ガツンと、何か重い物で殴られた、気がした。

川 ゚ -゚)「……、私が信号渡ろうとしたら飲酒運転の車が来て両親が助けてくれた」

从´ヮ`从ト「やっぱりー!マジの話だったんだ、絶対嘘だと思ってたぁ」

川 ゚ -゚)「ねえ、何で知ってるの?」

从´ヮ`从ト「ちょw素直っち顔怖〜い!みんな知ってるんじゃない?私も人に聞いただけだよぉ」

個人面接の時にしつこく聞かれて話した。面接官は根野課長だった。本当に、みんな知っているのだろうか。

川; ゚ -゚)「…」

嫌だ。
両親のことで後ろ指差されるのはもう慣れてきたが、会社でさえそんな事されるのは嫌だった。

川 ゚ -゚)(別の話題…)

川 ゚ -゚)「……そう、いえば彼氏さん、元気?」

从´ヮ`从ト「ふふっ、話題逸らし露骨過ぎじゃない?もぉごめんって、この話はしないようにするねっ」

川 ゚ -゚)「…彼氏さんとはどうやって出会ったの?」

从´ヮ`从ト「え?wまじか。わざと?」

川 ゚ -゚)「……?」

从´ヮ`从ト「私さー…根野課長と付き合ってるんだあ」

耳を疑った。同じ名字の人、いたっけ?
いや『根野課長』は1人だけだ。私の上司の課長だ。

川; ゚ -゚)「えっ?で、でも課長って奥さんいるよね?」

从´ヮ`从ト「そーだけど、関係なくない?アタシは2番目でいーんだ別に。だって彼が好きだし…」

川; ゚ -゚)「でも、不倫なんてやめなよ……」

从´ヮ`从ト「幸せだもん!」

川; ゚ -゚)「……」

从´ヮ`从ト「アタシめちゃくちゃ愛されてて幸せだから!」

お前如きがとやかく言うなと、言われた気がした。全部わかっててやっているのだからと。そうなんだとしか言えず、昼休憩の時間が終わったので彼女は帰って行った。

川 ゚ -゚)(あ、そうか……)

よくよく考えてみれば彼女は『根野課長』について言及する事が多かった。うちの部署について詳しかった。昼にわざわざうちの部署に来るのは、私というよりは課長の姿を追っていたからかもしれない。

川 ゚ -゚)(……本当に2番目で幸せ、なんだ…)

その後も普通に彼女は一緒に昼食を取り、その度に課長との話を私に聞かせた。私は何度か辞めた方がいいと言ったが、笑って流された。
課長の奥さんが出産されたと、部署で話しているのを聞いてどうしようもない気持ちになった。

リ´-´ル「おめでとうございます〜」

(゚A゚* )「えー写真見せてくださいよ〜」

(’e’)「課長似じゃないっすか!」

( `ー´)「まぁな〜!もうめちゃくちゃ可愛いんだわこれが」

(’e’)「じゃあお祝いに飲みいきましょ!」

リ´-´ル「もーっあんたが飲みたいだけでしょー!」

(゚A゚* )「うけるw」

( `ー´)「ま、祝い事だしな!行くか!素直!」

川; ゚ -゚)「え、あ、はいっ」

( `ー´)「これ、明日までに終わらせておけよ」

川; ゚ -゚)「……はい」

定時は過ぎていた。今日も帰るなということだろう。最近は夜中に会社の近くの漫画喫茶でシャワーを浴びて会社に帰る生活をしている。仕事がいつまでも終わらない。終わらないように、任されるから。
楽しいことなんてなかった。ただ一刻も早く仕事を終わらせたい、解放されたい。そればかり考えて、3年経てば辞めても良いんだと思っていた。

川 ゚ -゚)(なんか……何なんだろうな…私は…)

从´ヮ`从ト「昨日課長にデートすっぽかされた」

川 ゚ -゚)、「あ、ああ…」

昨日の様子を思い出す。課長は飲みに行ったが先約があったのか。
彼女は可愛らしい小指の爪を齧りながら舌打ちをした。

从´ヮ`从ト「マジでさぁ嫁と別れさせたいんだよね。課長、嫁のこと嫌いみたいだし見てて可哀想だもん」

从´ヮ`从ト「アタシの方が課長と相性イイしさぁ絶対1番になれるよ」

从´ヮ`从ト「素直っちがさぁ残業しなけりゃアタシ課長とデート出来るんだよー?もうちょっと頑張ってよ」

川 ゚ -゚)

何を。
何を頑張れば良いのだろう。
まだ頑張りが足りていないのか。
私が頑張っても仕事は全部渡されるし、そもそも残業しているのは私1人だ。

川 ゚ -゚)(課長、彼女と会えない理由を私のせいにしてるんだ)

川 ゚ -゚)(それって、愛されてるの……こんなに1番になりたいくらい好きな相手なのに…?)

川 ゚ -゚)「も、」

川 ゚ -゚)「もう、やめたら…」

从´ヮ`从ト「は?」

彼女に睨まれても口は止まらなかった。
彼女がこのまま辛い思いをすることになるのなら、それよりはマシだと思ったからだ。

川; ゚ -゚)「か、課長のとこ、お子さん産まれたんでしょ…?それなのに不倫がバレたりしたら」

从´ヮ`从ト「なにそれ」

川; ゚ -゚)「え」

从´ヮ`从ト「なにそれなにそれなにそれなにそれ?」

从´ヮ`从ト「何それ聞いてないだって課長子ども嫌いだからってアタシにピル飲ませてゴムだって絶対着けてたんだよ。え?何?嫁ともやってたってこと?レスだって言ってたくせに?何で……えっ、何で?ねえ子ども産まれてんじゃんその間に何ヶ月あったと思ってんの何で早く教えてくれなかったの?」

川; ゚ -゚)「あ、の」

从´ヮ`从ト「ねえ!!何でだよ!」

川; ゚ -゚)「っ」

从´ヮ`从ト「ねえ何で?アタシが不幸になるの見たかったの?そうでしょ本当はアタシの話聞きながら笑ってバカにしてたんだ」

从´ヮ`从ト「アタシの幸せぶち壊しやがって」

川; ゚ -゚)「ご、ごめ……」

从´ヮ`从ト「絶対許さない」

从´ヮ`从ト「アンタのせい」

从´ヮ`从ト「アンタのせいで幸せになれなかった」

从´ヮ`从ト「絶対許さない絶対絶対許さないから」

彼女はその日、早退したらしい。私は追いかけることも出来ずにただひたすらに積み上げられた書類を片付けて、日付を跨いでから会社を出た。タイムカードがなかったけどどのみち残業代なんてつかないのだから気にしない。それより酷く疲れていたから流石に家に帰りたかったのだ。

そのあと私は熱が出て休みを貰った。数時間寝たら下がった。

川 ゚ -゚)(……彼女は大丈夫、かな…)

ぼうっとした頭で考えた。今更ながら私は彼女の連絡先も知らない。

1日ぶりに出社する身体が重いのは病み上がりだからだろうか。このまま家にいれたらいいのに、なんて思考を投げ捨てて来た。入社2年目で有休を使うことは最低だと課長が言っていたから。

川; ゚ -゚)「お、おはようございます昨日はお休みして申し訳ありません…」

(゚A゚* )「うわ」

リ´-´ル「……」

(’e’)「やっば」

挨拶を返されないのはいつものことだけれど、この日は指をさされヒソヒソと話されていた。足が震えないよう、ぎゅっと制服を掴む。

( `ー´)「……おい素直」

川; ゚ -゚)「は、い」

( `ー´)「お前…やってくれたなぁ」

川; ゚ -゚)「えと、お休みの件ですか…?」

(#`ー´)「労基にチクったことだよ!お前が勝手に残業してたくせに残業代も出ないブラックだって言ったらしいなぁ!?」

川; ゚ -゚)「…!?そん、なこと私、してな…」

労基にピンと来ず、何回も頭の中で反芻した。その意味がわかった瞬間、手や顔やあらゆる場所から血が引いていった。

(#`ー´)「お前はいつもいつもいつも余計なことばかりだなぁ、人に迷惑をかけて楽しいか?誰が尻拭いしてると思ってる大体お前みたいな人間は存在してるだけで迷惑なのにここ以外行ける場所なんてないんだよ役立たずのカス!」

川; ゚ -゚)「……、」

(#`ー´)「素直空だって名乗っておいて言い訳しやがって」

リ´-´ル「どーすんの?正式に残業禁止になったんだけど」

(゚A゚* )「これから繁忙期だし至急の仕事終わんないんだけど?」

(’e’)「……ッチ」

川; ゚ -゚)「……っ」

彼女だった。証拠も何もないけれど、あの日あの後私のタイムカードなどを持って行ったんだ。何のためにこんなこと。

『許さない絶対絶対許さない』

川; ゚ -゚)(……私、私の、せいなの……?)

皆んなの視線が痛い。
心臓が耳のそばにあるかのように、だくんだくんとうるさくて仕方なかった。
どうしようどうしようどうすればどうすれば何で何で何で何で何で何で何で。
言葉が出せない。口がひどく重くて開かない。
何か、何か言わなきゃ。ずっとこのままだ。どうにかしなきゃ。

川; ゚ -゚)「、わ」

川; ゚ -゚)「私が残って終わらせ、ます」

( `ー´)「残業すんなって言われてるからよぉ、電気つけんなよ。あとエアコンも」

川; ゚ -゚)「は、い…」

リ´-´ル「プッ…パソコン付けていいのにエアコンつけるなとか…」

(゚A゚* )「めっちゃ鬼w」

(’e’)「じゃーあ俺たちはちゃんと会社の方針に従って定時に帰りましょーね!」

地獄だった。
終わらない仕事を1人でずっとずっとずっとずっとやって。
暗い、春先といえども寒い部屋の中で悴む指でキーボードを叩く。
誰も助けてくれない。
当たり前だ、私みたいなやつ、私が悪いのだから。

川 ゚ -゚)「……何してるんだろう私」

川 ゚ -゚)「もう外、真っ暗だ」

川 ゚ -゚)「朝になったらみんなが出社してきちゃう」

川 ゚ -゚)「………朝なんて、来なきゃいいのに」

ずっと夜ならいい。惨めな顔を見られずに済む。
ずっと夜ならいい。怒鳴られないで、無視されないで、笑われないで済む。

川 、)「しにたい」

川 、)「うそ、うそです、ごめんなさい違います、お父さんとお母さんが守ってくれた命を無駄になんか」

川 、)「でもだめだもうなんで、わたしは、もう、いやだ、だめだ…なんか、もう……」

川 、)「つかれ、た…」

仕事は8割しか終わっていなかったが、そのままにして家に帰った。どうやって帰ったかは覚えていない。線路を前にしちゃいけない気がして、なんとなく歩いて帰った気がする。倒れ込むようにベッドに顔を埋めると不思議なことに顔を離せなくなった。立ち上がれなくて、かと言って眠ることも出来ず、重たい頭で朝日が昇って来るのを見た。
会社に行かなきゃ。
そう思うのに身体が動かない。
立たなきゃ
着替えなきゃ
ちゃんと、しなきゃ

川; ゚ -゚)「……」

会社に電話をした。相手に姿は見えないのに土下座している気持ちで、吐きそうな気持ちで声を捻り出す。

川; 、)「会社、しばらく休ませてください」

『辞めます』と言えていれば何か変わったのかもしれない。それでも最初に言われた言葉が呪いのように髪を引っ張り私にそれを言わさないようにした。

『……チッ』

舌打ちとガチャ切りが耳に残ったので両手で塞いだ。そのまま座り込んで、静かに息を殺す。しばらくして目から涙が出ていることに気付いたが、何も出来なくてそのままにした。
数日、眠れなかった。
どうしようもなくなり病院を探した。
そうして私は、『おはよう屋さん』になったのだ。

++

どうして
どうして
いつも余計なことをしてしまうんだろう

朝が来なければいい
そう言ったのは私だ

仕事が出来ない私に、私なんかに、朝は来ないんだ──

川;-;)「っくぁ、……ふ、」

川;c;)「ぅあ…ぁあああああ…ひっ、…うわぁぁああん……」

:川∩-∩):「いやだ、もう……ひっぐ、いや、だ……」

寒い、暗い、冷たい
ひとりだ、わたしは

助けて
助けて
誰か、助けて───




──大丈夫、大丈夫モナ



声が、聞こえた。




.

7:15


川÷-÷)

川÷ -÷)「ん…

川÷ -#)「目、痛……」

顔が硬かった。
目が開かない。
洗面台まで、壁伝いにどうにかして向かって、お湯で目の辺りを拭う。

川# -#)「は、はは…何だこのひどい顔…」

目の周りが赤く腫れていた。まつ毛にべったり目脂がついて固まっている。
カピカピになった髪の毛は頬に貼り付いて、笑えるくらいのひどい顔だ。
顔を念入りに洗う。なんとか目脂などは落とせた。

川 ゚ -゚)「……」

川; ゚ -゚)「ね……てた?」

川; ゚ -゚)「そうだ、泣き疲れて……眠れた!!」

泥のようにとはよく言うが、屍のように眠っていたようだった。
どれくらい眠れたのだろう、頭が軽いような、フラッとしているような…

川 ゚ -゚)「え?」

スマホを見てみる。
着信数が何件かあることよりも──日にちと時間が気になった。

川 ゚ -゚)「………あれ?1日、経ってない…?」

川 ゚ -゚)「7時?7時って朝と夜どっちの…」

川; ゚ -゚)「………朝!!」

7時16分。誰の時間にも間に合わない。
何件かきていた着信はみんなからだ。いつもの時間に電話が来なかったからかけてきてくれたのだろう。

川; ゚ -゚)「どど、どうしよう…!とりあえず電話!」

手が震えて上手く画面をタッチ出来ない。
とりあえず1番早い時間の兄者さんにかけなきゃ。

川; ゚ -゚)(どうしようどうしよう。みんなを起こせなかった)

怒られることより失望されることの方が遥かに怖かった。
また迷惑をかけてしまった。どうしようどうしよう。

川; ゚ -゚)(謝っても何にもならない……)

『もしもし!?クーさん大丈夫!??』

コール音が鳴るか鳴らないかのタイミングで兄者さんが電話に出た。
その速さに驚きながらも、見えない相手に頭を下げる。

川; ゚ -゚)「ご、ごめんなさい兄者さんこんな時間になってしまって!その、ね、寝過ごしてしまって…」

『えっ!!!』

川;> -<)「!」

『眠れたの!???』

大きな声が耳に響いた。びっくりした。
元気な人だけれど、大きな声を聞いた事はない。
怒ったりしているわけでもなく、兄者さんはただ驚いているようだった。

川; ゚ -゚)「はい、気付いたら…眠れてて…」

『よ』

川; ゚ -゚)「よ?」

『良かったーー!!良かったね、本当に良かった!眠れたんだね、そっか……ってもしかして他のお客さんにも電話できてない!?ごめん、いいよ、他の人も心配してるだろうから電話してあげて!』

そう、そうだった。他のお客さんのことも起こせていない。兄者さんの機転の速さに驚きながらも返事をする。

川; ゚ -゚)「は、はい!!ありがとうございます!」

濁流のように、怒涛のスピードだった。まだ頭がチカチカしている。
そして勢いに押された。
通話を切ってまた別の番号を探す。

その時、何かが引っかかった。

川; ゚ -゚)(あれ、兄者さん……私の名前呼んだ?)

弟者先生経由で知っていても不思議ではないけど、呼ばれたのは初めてだった。
いつもはみんなと同じく『おはよう屋さん』と呼んでくれていたので、電話で名前を呼ばれるのは何だか変な気分だった。

川; ゚ -゚)「そ、それより今はギコさんに連絡しないと…」

深呼吸をして、震える指に力を入れてタップした。

.

7:25

ギコさんは暖かいひと。話していてそれを感じる。
着信履歴には彼もいた。
もう起きていて、連絡が無いことを不思議に思ってかけてくれたのかもしれない。

川; ゚ -゚)(申し訳ないな…)

いつもは何回か鳴らすコールも、今日は2回目で相手の声が聞こえてきて、事の重大さにぶわりと鳥肌が立つ。

(;,,゚Д゚)『おはよう屋さん!!良かったぁ、心配したよ〜』

川; ゚ -゚)「本当にごめんなさい!!」

電話先で頭を下げたところで何にもならないが、そうでもしないと気持ちが済まなかった。
ギコさんの声はいつもよりクリアで、起きたばかりでないことが伝わってくる。当たり前だ、もう彼の依頼する時間から2時間以上経っている。

(,,゚Д゚)『ううん、大丈夫だよ。俺はほら、仕事してるわけじゃないし、おはよう屋さんなら連絡くれるだろうなって思ってご飯作って待ってたんだ』

川; ゚ -゚)「そう、だとしても依頼の時間に起こせなくて申し訳ありません」

(,,゚Д゚)『まぁあるよね、そういう時もさ』

ゆったりとしたいつも通りのギコさんの喋り方に、焦る気持ちが少しだけ落ち着く。
謝る事しか出来ないのがもどかしい。

(,,゚Д゚)『あっ』

川; ゚ -゚)「ど、どうかしましたか」

(,,゚Д゚)『そっかぁ。なんか、足らないと思ったんだよね』

川;゚ -゚)「……?」

(,,゚Д゚)『おはよう屋さん、おはよー!』

川 ゚ -゚)「お、……おはようございます」

とても朗らかな挨拶が耳に響く。一瞬気を取られ、同じ言葉を返した。

(,,゚Д゚)『ご飯作ったんだけど、もう一口食べてたんだけど、なんか足らない気がして。でもわかった』

(,,゚Д゚)『挨拶だね!』

(,,゚Д゚)『ご飯を作るのに、工程っていうのがあるんだ。卵の殻を割るとか、野菜の皮を剥くとか、そういうの』

川 ゚ -゚)「はい」

(,,゚Д゚)『俺にとって、おはよう屋さんにおはようって言うのが美味しい朝ごはん作るために必要な工程なんだ。大事な大事な、工程になってるんだ』

(,,^Д^)『おはよう屋さんのおかげで、それに気付けたよ』

顔も知らない、どんな人かもわからない。
けれど、いつだってギコさんの言葉に自分は救われていると思う。
お日様みたいな暖かさと眩しさが、胸をじんと熱くさせた。

川 ゚ -゚)「ギコさんはいつも眩しいですね」

(,,゚Д゚)『えっ俺、光ってる?』

川 ゚ー゚)「…はい」

(,,゚Д゚)『気付かなかった……あ、でも光って熱を発してるんだったら今朝のご飯とか作るの楽だったかも。熱出せたら料理人としては最強だよね』

本気で話しているギコさんに思わず笑ってしまう。

川 ゚ -゚)「今日の朝ごはんは、」

何ですか?と聞こうとした時だ。

──ぐうぅぅ、と音が、した。

周りを見渡しても音の発生源はない。他に誰もいない。
どう考えても自分の、腹から発せられた音。
腹の音が鳴ったのだ。

川;* ゚ -゚)「……!あ、あのギコさ…」

まさか聴こえてやしないだろうと恐る恐るギコさんの名前を呼ぼうとして、

(,,゚Д゚)『おはよう屋さん!!』

川; ゚ -゚)「はいっ」

(*,,゚Д゚)『今、お腹鳴ったよね!??お腹すいたの??良かったねえ!!!』

過去一大きな声で応対され、顔面に熱が集まるのがわかった。
穴があったら入りたいというが賃貸に穴はない。布団に包まりたかった。

(,,^Д^)『お腹の音、電話越しでも聴こえるんだね!っははは、すっごい聴こえた!』

川;*-"-)

気恥ずかしさが電話越しの嬉しそうな声に絆されてしまう。
人のお腹が鳴ってこんなに喜ぶ人間は初めてだ。

川;*-"-)「……ギコさんすみません、他のお客様にも謝罪をするので…」

(,,゚Д゚)『ああ、そうだよね!ごめんね!でも本当に良かったね!美味しいもの、食べてね!』

川 ゚ -゚)「あの…」

(,,゚Д゚)『うん?』

川 ゚ -゚)「明日、美味しい朝ごはんのレシピ、教えてください」

(,,゚Д゚)『!』

(,,^Д^)『いつでも、頼りにして』

川 ゚ー゚)「ありがとうございます」

力強い返事に元気が出た。
結局彼の朝ごはんを聞きそびれてしまったけれど、明日また聞けばいい。
大きく深呼吸をして電話を終えた。

.

7:35

何か口に入れないとまた、お腹が鳴りそうだった。
それでも、そんなことよりも大事な連絡をする為に、素早く通話ボタンを押した。

ワンコール目が鳴るか鳴らないか位のタイミングで、声が聞こえる。

('、`*;川『やっと出た!良かった!もう、心配した!』

ペニサスさんは、強くて──強くなるために武装をしているかっこいいひと。
いつもこちらのことを考えて言葉を紡いでくれる人だった。
今だって電話に出た声が心配してくれていたのを物語っている。

川; ゚ -゚)「ごめんなさいペニサスさん、遅くなってしまって」

('、`*;川『ごめん、じゃないでしょ?』

川; ゚ -゚)「す、すみません…」

申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
履歴には彼女からの着信が1番多かった。私に何かあったのではとヤキモキさせてしまったのだろう。
こちらが何も喋れずにいると、もう、とペニサスさんが溜息混じりの声を上げた。

('ー`*川『『ごめん』じゃなくて、『おはよう』でしょう、おはよう屋さん』

川; ゚ -゚)「……お、おはようございます、ペニサスさん」

('ー`*川『おはよう』

いつもの優しい声だ。
胸が痛くなる。
お客様たちは優しい人ばかりで自分の不甲斐なさに心苦しい。

('、`*川『私は大丈夫よ、昨日の夜になんかすごい人身事故があったらしくて、今朝もまだ復旧してなくて電車遅れに遅れてるから、有休取っちゃった』

川 ゚ -゚)「そう、なんですね」

ホッとしてしまった。
心配をかけて、迷惑をかけてしまったことには違いがないというのに。

川; ゚ -゚)「あの、」

('、`*川『申し訳ない、って思ってる?』

川; ゚ -゚)「はい、申し訳ありませんでした」

('、`*川『そうよね、初めての失態、失敗かな?責任感じるしどうにかしたいって思うわよねぇ……んー、それじゃあねおはよう屋さん』

川; ゚ -゚)「はい」

('、`*川『私がなんか喜びそうなこと言って。そしたらチャラってことで』

ペニサスさんは思いやりのある人だった。
私を、私なんかを戦友と言ってくれた。
今だってこうして私が気にしないように言ってくれている。

川; ゚ -゚)「……喜びそうな…」

何を喜んでくれるのかなんて、知り得るような関係ではない。
モーニングコールを依頼する側とされる側なのだから。

でも、ペニサスさんは思いやりに溢れていて、相手のことを考えてくれる人。
それだけは知っている。それだけ知っていれば十分な気がする。
彼女が以前、声を弾ませて提案してくれたことが頭をよぎった。

川 ゚ -゚)「……ペニサスさん」

川 ゚ -゚)「私今日、空色のマニュキュア買ってきます」

('、`*川『……』

('ー`*川『お揃いじゃない』

川 ゚ー゚)「はい」

('ー`*川「ふふ、それは嬉しいわ」

戦友のお揃いを喜んでくれるような人。そういう人。
電話の向こうでふわりと明るい声が聞こえて、なるほどお揃いというのはどこか照れ臭くてけれど嬉しい気分になるものなんだと知った。

川 ゚ -゚)「ありがとうございます、ペニサスさん」

('ー`*川『何が?ほら他の人にも電話しなきゃじゃない?明日はよろしく頼むわね』

川 ゚ -゚)「はい!」

さっぱりとした空気が心地よかった。
通話を切る。
握手を交わす時みたいに、ぎゅっと、手を握りしめた。

.

7:45

何度も、何度も通話ボタンを押す。キャンセルを押して、また通話ボタンを繰り返し押す。

繋がらない。

いつまでもモナーさんに繋がってくれない電話に胸が痛くなる。
私が何かしてしまったのなら、嫌われてしまったのなら、良い。

川; ゚ -゚)(モナーさんに何かあったのかな)

そちらの方が怖かった。
きっと、私から連絡が来なかったみんなも似たような不安を持たせてしまったかもしれない。

川; ゚ -゚)(後で、後でまた電話掛けよう…)

今はきっと出られないだけだ。
きっとそうだ。
震える指先を無視して、次の番号を押した。

.


7:50

彼女もいつも沢山のコールを鳴らして、それから起きる人だった。
けれど今朝は一回、着信履歴があった。
時間通りに電話が来なくて怒っている──いや、自意識過剰かもしれないけれど怒るよりかは心配をしてくれている、と思う。彼女も優しい人だから。

o川;*゚ー゚)o『おはよー屋さん!大丈夫?』

川; ゚ -゚)「すみませんキュートさん!電話出来なくて…」

2コール目で出てくれたキュートさんの声はいつもよりハッキリしていて、少しだけ焦っているようだった。
二言目で『大丈夫』が出てくる所に彼女の暖かさを感じ、胸が痛む。

o川*゚ー゚)o『体調悪いのかと思ってね、一回電話したけど寝てるの邪魔しちゃだめかなって切っちゃったんだ、起こしちゃったならごめんね』

川; ゚ -゚)「いえ、…こちらが悪いのであってキュートさんが謝ることはないです。本当にすみませんでした」

o川*゚ー゚)o『あー、あのね大丈夫だよお、わたしもう早起きする必要ないんだあ』

川 ゚ -゚)「え」

あっけらかんと、彼女が答える。
その声に清々しささえ感じて一瞬戸惑ってしまった。

o川*゚ー゚)o『昨日、おはよう屋さんと話した後、色々考えてみたの。考えて、考えてたらね、いつのまにかお昼になってて、彼氏に電話し忘れちゃってて。そしたらさ、起こせよ!って電話が来てね』

o川*゚ー゚)o『彼氏から電話来たの、それが初めてだったんだ』

ぽつりぽつり、キュートさんが話す声は少し小さいけど、確かに聞こえる。 
可愛らしくて鈴みたいで、いつも明るい私の好きな声。
昨日彼女に話したことを思い出して、スマホを持つ手に力が入ってしまう。

o川*゚ー゚)o『それってさ、もう1番にはなれないんだってわかるにはじゅーぶんだよね』

あははと彼女が小さく笑った。

o川*゚ー゚)o『わたし1番になれないよね?って彼に言ったら、バカがものを考えるなって言われたんだ
彼氏はバカって言う、だけど顔も知らないおはよう屋さんはバカじゃないって言ってくれる』

川; ゚ -゚)「……」

o川*゚ー゚)o『どっちが正しいんだろう?どっちかわからない時は、信じたい方を信じれば良いっておばあちゃんが言ってたから』

o川*゚ー゚)o『わたし、おはよう屋さんの言葉を信じたいって思ったんだ』

川 ゚ -゚)

o川*゚ー゚)o『だからさ、人にモーニングコールさせてまで早く起きて何してるのって聞いてやったの。そしたらね、本命の彼女にモーニングコールしてるんだって』

o川*゚ー゚)o『笑っちゃった。彼氏が言った言葉で笑ったの久しぶりだよ』

o川*゚ー゚)o『リレーみたいにさ、おはよう屋さんに起こしてもらったわたしが彼氏を起こして、彼氏は1番の彼女起こして、もしかしたら本命も誰かを起こしてるかもしれない、めちゃくちゃウケるよね』

はーあ、と一際大きなため息が聞こえた。
ため息だけどどこか吹っ切れたような、背負っていた荷物が軽くなったみたいな、そんな風に聞こえた。

o川*゚ー゚)o『わたしは彼の1番にはなれない……ううん、なりたくないなって思って、フッちゃった!!へへっ、だからね、もう別に早く起きる必要がないの。バカだよねぇ本当さ』

良かったと思って良いのかわからない。
でもキュートさんは笑っている。
彼女の笑っている声が何より良いなと感じたのだ。
素敵な人だから、笑っていて欲しい。

川 ゚ -゚)「……キュートさんは、馬鹿なんかじゃないです。元彼さんがクズなだけだったんですよ」

o川*゚ー゚)o『………』

川; ゚ -゚)「あっ、す、すみません」

電話が切れたかと思うくらい、キュートさんが無言になってしまい、言い過ぎたことを詫びる。けれどキュートさんは馬鹿ではない。これだけは伝えたかった。

o川*゚3)o『ぷっ』

川; ゚ -゚)「ぷ?」

o川*>ヮ<)o『あっははははははははははははは!!!』

o川*゚ー゚)o『い、言うじゃんおはよう屋さん…あーお腹いた…』

川 ゚ -゚)「…」

川*゚ -゚)「へ、へへ」

o川*゚ー゚)o『あっ、朝から沢山笑って健康になっちゃったよお』

川 ゚ -゚)「良いことです」

o川*゚ー゚)o『あ〜あ!絶対いい人見つけよ!その人が1番だとか、順位なんてどうでも良いくらい好きになるんだ絶対!』

川 ゚ー゚)「……応援、してます」

o川*゚ー゚)o『ありがと!あ、大変!おはよう屋さん!』

川 ゚ -゚)「はい」

o川*゚ー゚)o『おはよー!!って言ってなかった!』

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「おはようございます、キュートさん」

o川*゚ー゚)o『早起きする必要なくなったけど明日もお願いしていーい?ずっと起きてた時間に起きなくなるのも、おはよう屋さんに挨拶できないのも寂しいからさ』

川 ゚ -゚)「もちろんです。また明日、電話しますね」

彼女らしい理由に胸の辺りが温かくなった気がした。
キュートさんはもう吹っ切れたようだった。
なるほど、朝から笑うのは健康に良いというのは本当かもしれない。

川 ゚ -゚)(……彼女も、こうなれてた可能性、あるのかな…)

川 ゚ -゚)(…ううん、考えても仕方ないんだ、きっと)

頭を振る。次の番号を押した。


.

8:00

深呼吸をする。

モナーさんと同じく着信履歴が無かった。
でも彼はいつも私の着信で起きているわけではなく、その前から起きていた筈。
今日もそうだとしたら連絡がない事を不思議に思ってもおかしくはないのに、何もない。

川; ゚ -゚)(………)

昨日の会話で、いようさんが限界まで来ている事はわかった。注文を無視しただけではなく余計なことまで言ってしまった。

川; ゚ -゚)「出てくれるかな…」

コール音が鳴る。何回も鳴っている。いつもなら3コール辺りで取ってくれる。
嫌な予感で胸がじくじくしてきた。

(── 昨日の夜になんかすごい人身事故があったらしくて──)

急にペニサスさんが言っていたことが頭をよぎった。
違う。
そんな事はない。
違う。
だってみんなが住んでるとこ知らない。
違う、はず。
大丈夫。
何が大丈夫?

川; ゚ -゚)(お願い……出て)

10コール鳴った、時だった。

(=゚ω゚)ノ『うぅ…おはようだよぅ、おはよう屋さん』

川; ゚ -゚)「いようさん…!」

良かった。
出てくれた。
本当に良かった。無意識に噛んでいた下唇をゆっくり離して安堵する。

(=゚ω゚)ノ『ごめん、ごめんよう寝てたよぅ』

(=゚ω゚)ノ『あのね、昨日おはよう屋さんに言われて、頑張らないでみたんだよぅ。でもある意味、頑張ったのかなぁ?』

川; ゚ -゚)「頑張っ、た…?」

(=゚ω゚)ノ『うん、入社して初めて、会社サボったんだ』

川; ゚ -゚)「え」

(=゚ω゚)ノ『始業時間が近づくにつれ心臓がおかしくなりそうなくらいバクバクして、胃もぺちゃんこになるんじゃないかってくらいきゅーーってなったんだけど、会社に行ってもそうだったって気付いてからちょっと気楽になってさ』

(=゚ω゚)ノ『上司から鬼電すごかったよぅ、着信履歴上司で埋まってた。スクショ取れば良かったよぅ。でもね、ずーーっと鳴っててムカついたから出て、言ってやったんだ。……なんて言ったと思う?」

今までに無いいようさんの楽しそうな声に面を食らう。
あまりにも子どものような、悪戯っぽい声でいようさんが聞いてくるので一瞬固まってしまい、答えを考えたがわからない。

川 ゚ -゚)「なんて、言ったんですか?」

ふふっと彼が笑う。

(=゚ω゚)ノ『うるせー馬鹿野郎!!こんな会社辞めてやる!って言ってやったよぅ!』

(=゚ω゚)ノ『おはよう屋さんに教えてもらったヒポポタマスは言い損ねちゃったけど、スッキリしたよぅ!』

川 ゚ -゚)「は 」

川 ゚ー゚)「はははっ」

(=゚ω゚)ノ『それでそのまま寝てたよぅ』

(=゚ω゚)ノ『ずっと会社から電話来てたけど無視して、それで今、また電話かって思ったんだけど、僕おはよう屋さんは着信音設定してて』

(=゚ω゚)ノ『知ってる?この曲。これが流れてきたから、あっおはよう屋さんだ!って飛び起きたんだよぅ!』

いようさんが歌詞の一節を歌ってくれた。
父が好きだったバンドだ。昔よく歌っていたから知っている。

川 ゚ -゚)「知ってます、……そう…よか…よかった…」

色んな情報が怒涛に来て少しだけ混乱してしまった。とりあえず良かったのだと、いようさんが電話に出てくれて笑っているから、良かったのだと思う。
一つ、気付く。

川 ゚ -゚)「あれ、その曲……最初の歌詞って確か…」

川 ゚ -゚)「『気が狂いそう』」(=゚ω゚)ノ

川 ゚ -゚)「……って歌い出しで電話に出てたんですか」

(=゚ω゚)ノ「うん、気が狂いそうだった」

川 ゚ -゚)「はは、ははは…」

涙が出るまで笑ってしまった。電話の向こうのいようさんも笑っている。

大丈夫だと、思った。何がかはわからない。
電話越しで顔も見えていないけど、いようさんが眩しいくらいに笑っているから、大丈夫だって思えたのだ。

(=゚ω゚)ノ『明日は流石に会社に行って決着つけなきゃだから起こしてもらえるかな?』

川 ゚ -゚)(決着……)

川 ゚ -゚)「はい」

(=゚ω゚)ノ『それじゃあまた明日』

川 ゚ -゚)「はい、また明日」

頑張れとも言わず、頑張れと言ってくれとも言われずに電話を切る。
まだお腹が痛い。

川 ゚ -゚)(決着、か……)

いようさんはずっと戦っている。
ペニサスさんが私に言ってくれたように、私も彼の戦友になりたい。

そのために出来ることを、しなきゃいけない。

.

8:20

皆電話に出てくれた。モナーさんを除いて。
モナーさんは昨日から連絡が取れていない。

川; ゚ -゚)「もう一度かけてみよう…」

スマホを握りしめてボタンを押そうとした瞬間、電話が鳴った。

川; ゚ -゚)「!」

ディスプレイに表示された名前を見て身体がぴょんと跳ねてしまう。
誤ってスマホを落とさないよう努めて、急いで出た。

川; ゚ -゚)「モナーさん!!!」

『しぃだよ!』

川; ゚ -゚)「……?!」

電話はモナーさんからかかってきた筈だった。表示は間違いない。
けれど聞こえてきたのは元気な幼い女の子の声だった。思わず耳からスマホを離して凝視してしまう。

『あのねーおじいちゃんに、ごでんわしてくれたよね?さっきずっとごでんわなってて、しぃ、いーっぱい探してシュマホ見つけたの!それで、大事なおはなしだっておもったから、ごでんわしたんだあ!』

川; ゚ -゚)「…えっと、はい…しぃちゃん、ありがとうございます。あの……おじいちゃんに代わってくれますか?」

多分恐らく電話の相手はモナーさんの孫娘さんで間違いない。
電話を探したという事は、どこかに無くしてしまっていて出られなかったのかもしれない。
良かった。それなら、良かった。

『おじーちゃんはー、まだねんねしてますっ』

川 ゚ -゚)「え?」

『全然起きないんだよ、しぃも早くあそびたいんだぁ…』

『コラ、電話で悪戯したらダメだろう…繋がってるのか?もしもし?……どなた、ですか?』

川 ゚ -゚)「あ、あの私……」

『………っあ、えっと…もしかして『おはよう屋さん』?』

女の子がきゃーと軽い声を出して遠ざかっていくのが聞こえ、代わりに男性の声になった。モナーさんの息子さんだろうか。
お客様以外におはよう屋さんと呼ばれるのは少し照れ臭かったが、モナーさんから説明がいっていたなら怪しまれるより良かったかもしれない。

川; ゚ -゚)「あ、は、はい……あの…」

『……父は亡くなりました』

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「え?」

『今は式の手続きなどがあって、きっとしばらく連絡出来なくなると思うので先に伝えても良いですか。父が貴方宛の手紙を書いていたんです、彼女に伝えて欲しいって……関係ない私が読んでしまうのは申し訳ないのですが読んでお伝えしても?』

川; ゚ -゚)「いえ……、いえ、お願い、します」

口の中が一瞬で乾いて声が上手く出せなかった。
絞り出すように、返事をする。
モナーさん。
モナーさん。
亡くなった。
亡くなった?

『ねー!しぃのお手紙もよんで!』

『うん、しぃのお手紙は後でゆっくり読むよ。先に、お姉さんへのお手紙読むね。これはきっとおじいちゃんにとって大事なお手紙なんだ』

『いいよ!しぃ、静かにしてるね!』

『ありがとう。……すみません、えっと、読みますね。おはよう屋さん、おはよう』

川; ゚ -゚)「……」

『パパ!ちがうよ!おじいちゃんみたいに言って!』

『ええ……わかった。すみません、……』

( ´∀`)『……おはよう屋さん、おはようモナ。貴女と最後に電話で話した後、私はまた未来を見たんだモナ。二つ。一つはまるで夢の中みたいな場所で、顔を見たことが無いけれどおはよう屋さん、貴女が出て来たモナ』

川; ゚ -゚)「……っ」

( ´∀`)『まるで真っ暗な夜を怖がっているかのように、孫娘みたいに、沢山泣いていた。おはよう屋さんは朝が来るか知りたいと言っていたモナね。──大丈夫』


(──大丈夫、大丈夫モナ──)

川; ゚ -゚)(……あ)

( ´∀`)『あれは貴女に朝が来る未来だった。怖くても、いつだって夜は眠って、眩しい朝が必ず来るから 私に連れて来てくれていた朝のように、美しい朝が来るから、大丈夫、大丈夫モナ』

( ´∀`)『もう一つは私にお迎えが来る未来だった。だから、今こうやって手紙を書いているモナ。電話に出られなくて、不安な気持ちにさせてしまって申し訳ないモナ。短い間だったけれどとても大事な時間だった。良い朝をどうもありがとうね』

( ´∀`)『おはよう屋さんに来る朝が どうぞ、良い朝になりますように』

川; -゚)(声が)

川⊃-;)(──声が、聞こえたんだ。あの時)

暗くて寒くて怖くて何もかもが嫌で、どうしようもない場所にいた私を助けるように、声が聞こえて、そうして私は──。

あの時の、あの声はそうか、モナーさんだったのか。

:川∩-∩):「……っ」

『以上です……あの、貴方にこんなことを聞くのはおかしな事だと思う、んですがその…私はずっと父の、あの話が苦手で信じてこなかった……母が亡くなる時だってわからなかったくせに、と…』

『こんな手紙を残してたくらいだから、……未来が見えていたのは、本当だったんでしょうか』

ズッ川⊃-;)「…、」

川∩-∩)"

'川 ゚ -゚)'

川 ゚ -゚)「モ、モナーさんは……お父様は未来が見えていました」

川 ゚ -゚)「見えて、私の、私の未来も見てくれたんです、朝が来る未来を。…ありがとうございました」

『そうです、か…』

『お話終わったあ?次しぃの番だよっ!』

『うん、うん……あの、落ち着いたらまた連絡させてください』

川; ゚ -゚)「あ、は、はい、お願いします」

通話を切って、大きく深呼吸をする。

ずっと開けていなかったカーテンを力強く開けた。
窓ガラスに酷い顔をした自分の顔が映って小さく笑う。

川 ゚ -゚)「……おはよう、私」

外は良い天気だった。
晴れている日なんて珍しく無いのに、明るく綺麗な空に感じる。

見てくれたんだ、モナーさんは。朝が来る、未来を。

川 ゚ -゚)「私にも、朝は来るんだ」


夜は眠った。

朝を迎える準備を、しよう。

.





深呼吸を5回して、震える手を隠すように握りしめる。
久々に見た会社の外観は何だか小さく古く見えた。
始業時間が過ぎてから会社のドアを開けるのは初めてで、血が末端に行き渡っていない冷たい手に変に力が入ってしまう。
部署のドアを開こうとして、誰かの笑い声が聞こえる。
足が竦む。怖い。
されて来たこと言われて来たことを思い出して、息がヒュッと詰まった。

川; ゚ -゚)(でも)

これを越えないといけない。
決着をつけないと。

ギッと嫌な音を立ててドアを開く。
中にいた、多くない人数の目が一斉にこちらを向いた。

痛い。

川; ゚ -゚)(怖い)

視線に重くて濃い毒でも塗られているかのように、突き刺さって離れない。
目を瞑って耳を塞いでしまいたい。
それじゃあ、終わらない。
なるべく周りを見ないように、一直線で一番行かなくてはいけない場所に足を動かした。

川; ゚ -゚)「おひ、…っ、お久しぶりです」

急に酸素が薄くなった気がした。
息を頑張って吸う。頑張って吐く。過呼吸にならないように、そっと。
ばくばくと心臓の音が響くくらい、部署内は静まり返っていた。
先程まで談笑していただろうに、今は不自然な程誰も言葉を発していない。

( ^Д^)「うわぁ久しぶりに顔を見たけど相変わらず辛気臭い顔してるよね!」

川; ゚ -゚)「っ」

(’e’)「ぷ」

(゚A゚* )「ちょw」

リ´-´ル「www」

課長が、根野課長が口を開く。
それが合図とばかりに周りも口を開いて嘲る。
そう、そうだった。こういうところだったのだ。

( `ー´)「ははっ、冗談冗談!それで?誰かさんが労基にチクッたせいでみんなが迷惑を被ってるわけだけど、その間たっくさん休んで少しは頭冷えた?」

川; ゚ -゚)「……ろ、労基に、連絡したのは私じゃ、ないです…休んでたのは…申し訳ありません」

( ^Д^)「はっはっは!!そのゴニョゴニョ喋るの全然変わってないね休んだ意味ないじゃん何してたの?何しに来たのねぇ、働く?机ないから立ってしろよ」

川; ゚ -゚)「わた、私は…」

言いに来た。
言う為に来たんだ。
爪の跡がついてしまうほど力強く拳を握る。

言わなきゃ。

川; ゚ -゚)「っ」

川; ゚ -゚)「や、……やめ、ます」

顔を見れなかった。
ずっと見て来た部署の床がそこにはあって、目がチカチカした。
顔を見るのが、目を合わせるのが怖かった。
失望してる表情も理不尽に怒る表情もどれも見たくなくて、ずっと頭を下げていた。
靴の先端が情けなく見えた。

( ^Д^)「はぁ?」

( ^Д^)「は!あ!?」

川; ゚ -゚)「、」

大きな声が怖い。
肩が揺れ、胃の辺りがきゅうっと痛くなる。

( ^Д^)「ねーえみんな聞いて〜?みんなが残業したり休日出勤しても残業代出なくなったのは誰かが労基にチクって残業させないようにしたからなんだけどお!その原因がなんかぁ、辞めたいって!!」

( ^Д^)「散々みんなに迷惑かけたくせにぃ!!まだ迷惑かけるってさぁ!!どう思う!??」

川; ゚ -゚)「……」

人の視線が、痛い。
小さく笑う声が耳に入って、指を差されてるのが目に映って、自分の呼吸と早い鼓動がうるさく感じる。

(’e’)「仕事しないで休んでたくせに?」

リ´-´ル「退職って…やば」

(゚A゚* )「気狂ってんじゃね?」

(’e’)「w」

リ´-´ル「ははっ」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)(──気が狂う?)

最近どこかで耳にしたフレーズに体が止まる。

川 ゚ -゚)(…気が 狂いそう …)

川 ゚ -゚)「……」

そうだ、いようさんの着信音──…

周りの目や声に吐き気がして、口から何かが出そうだと思ってから気付く。

そうだ、今日は随分久しぶりに朝ごはんを食べたんだ。
ギコさんに教えてもらって作った、美味しい卵かけご飯。

震える指先を抑えるために手を見ると、色が塗られた爪が目に映った。
自分の好きな空色と、ペニサスさんが好きなオレンジ色。二色買ったんだ、綺麗だったから。

まるで今朝見た朝焼けのような、綺麗な色。
昨日も少し眠れた。今日はみんなを起こす事が出来た。
仕事が出来たんだ、私の、私が出来る仕事。

川 ゚ -゚)( 夜は眠った。後は── )


(´<_` )『夜がなければ、朝もないんです』

(=゚ω゚)ノ『言ってやったんだよぅ!』

('、`*川『好きな色とかを塗ってるとね、元気になれるの』

(,,゚Д゚)『美味しいものを作って食べて、1日を始めるんだ』

o川*゚ー゚)o『言葉の暴力が1番痛いの』

( ´∀`)『どうぞ、良い朝になりますように』


私は、おはよう屋さん。
私は、私には、私にも。

川 ゚ -゚)( 朝は、来る )

深呼吸をする。
キュートさんに聞いた。いようさんに教えた、必勝法。

ムカつく奴には──

川 ゚ -゚)「う、」

川# ゚ -゚)「うるせーヒポポタマス!!こんな会社辞めてやる!!」




+×+×+


川 ゚ -゚)「おはようございます、いようさん」

(=゚ω゚)ノ『おはよう、おはよう屋さん。今日面接だよぅ〜緊張するなぁ、決まると良いんだけど』

川 ゚ -゚)「もし良ければなんですけどおはよう屋さんとか、いかがですか?面接要りませんよ」

(=゚ω゚)ノ『んー、僕は起こしてもらう方が好きだなぁ』

川 ゚ -゚)「気が狂いそう、の一節で?」

(=゚ω゚)ノ『そうだよぅ』

川 ゚ -゚)「ふふ、面接頑張ってください」

(=゚ω゚)ノ『うん、ふふ、依頼してた時より全然明るい声で応援してくれるね』

川 ゚ -゚)「私も自然に口から出てました」

会社に退職宣言をしてからひと月が経った。
私に朝が来ていない時もそうだったように、世界は何事も無かったかのように緩やかに回って動いている。

いようさんは無事に離職出来、今は新しい就職先を探すのに忙しいらしい。

(=゚ω゚)ノ「前のところで働くのに比べたら面接も怖くないんだよぅ」

そう言って今も規則正しく生活を送るためにモーニングコールは続けてくれている。
ただもう占いは見てないのだそう。

ギコさんはモーニング専門の喫茶店を開きたいんだと教えてくれた。

(,,゚Д゚)「おはよう屋さんに食べてもらいたいなって前に思った事あったんだけど、おはよう屋さんだけじゃなくて色んな人に食べてもらえたら嬉しいよね」

(,,゚Д゚)「お店開くのにお金も勉強も必要だからすぐには難しくても、いつか絶対開くからさ。食べにきてよ」

私は以前より食欲が増した。多分ギコさんの朝ご飯の話や夢の話を聞いているからだと思う。

ペニサスさんは私がポロッとお化粧の仕方教えて欲しいと言ったのを聞いて、メイク動画の配信を始めてみようかと言っていた。

('、`*川「3時間もかけてるし誰かの役に立てたら本望っていうのかしらね」

('ー`*川「スッピン晒すの勇気いるけど、ま、それくらいビフォーアフターあった方が映えて楽しいでしょ」

今でもあの時買った空色とオレンジ色のマニュキュアは宝物だ。

キュートさんはあれから恋人募集で、俄然燃えている。

o川*゚ー゚)o「ぜーったい良い人見つけるよ!」

o川*゚ー゚)o「そのために自分磨きをがんばるの!中身も頑張るし、お化粧とかもキラビヤカー!に出来るようにするんだ!」

ペニサスさんが配信を始めたら紹介しようと思っている。

それから、モナーさんの息子さんがあれからお客様になってくれた。
落ち着いてから改めて連絡をくれ、おはよう屋さんとは何か、どういうシステムなのか聞かれたので冷静になって怪しまれたのかと冷や汗をかいたけれど違った。
奥様が2人目ご懐妊で里帰りをしている間、起きるのが難しいのだそう。
たまにしぃちゃんが出てお話してくれる。

川 ゚ -゚)「さて、と」

今日はもう1人大事な人に連絡を入れる。お客様ではない。
軽く深呼吸をして、通話ボタンを押した。

.

川 ゚ -゚)「こんにちは弟者先生」

ドアを開くとパチクリとした先生が驚きながらも出迎えてくれた。

(´<_` )「…あ、れ?予約…」

川 ゚ -゚)「受付の方に直接したんです」

いつもは弟者先生のご兄弟である兄者先生に予約のお願いをしていた。
今日は兄者さんを通さず、正規の方法で予約をしたのだ。
何となくそちらの方がいいと思ったから。

(´<_` )「そっか。こんにちは、よりおはようのが良いかな?顔色が良くなってきましたねクーさん」

川 ゚ -゚)「はい。今日丁度、退職の手続きが済みました。しばらく貯金とかもあるからおはよう屋さんを続けようと思っています、お客様もいらっしゃいますし、また新規の方も依頼があって」

(´<_` )「それはそれは……わからない事があったら言ってくださいね」

どうぞ掛けて、とソファーに通されたので腰掛ける。 
弟者先生はどれにしようかなとお茶の缶を選んでいる。
やはり最初に会った頃より先生は痩せていた。
初めて来た時のことを思い出そうとして少しぼんやりしてから気がつく。
今日は用があって来たのだった。

川 ゚ -゚)「……わからない事というか、言いたい事言っても良いですか?」

(´<_` )「言いたいこと、ですか?」

先生がわざわざこちらを向いてくれた。
律儀な人だと思う。
そこまで会話をしていないはずなのに、その確信が私には、ある。

川 ゚ -゚)「私、絶対にずっと夜のままで、朝なんて来ないって思ってました。ずっとずっと、1人だって……でも朝が来たんです。1人じゃなかった、おはよう屋さんだったから」

言いたかった。
順番をつける必要は無いので付けないけれど、恐らくきっと言った方がいい人の1人だから。

川 ゚ -゚)「私をおはよう屋さんにしてくれて……朝を連れてきてくれてありがとう兄者さん」

(´<_` )「いやっ!そんなんクーさんが頑張ったんだよ!俺は何もしてないって!」

(´<_` )

川 ゚ -゚)

(´<_` )「……………って兄者なら言うと思いますよきっと伝えておきますねはははははは」

(´<_` )「は、は」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「いいえ、先生に言いたかったので」

弟者先生は持っていた缶を落としかけ、すんでのところで掴んだ。けれどその手が震えてカタカタ音がしている。

(´<_`;)「……ごめんなさいすみません申し訳ないです騙すつもりはなかった…って言っても意味ないかもしれないですけど本当にすみません、申し訳ありませんでした訴えるなら院ではなく私個人でお願いします」

川; ゚ -゚)「いいえ、いえ、違います、責めたいわけではなくて、本当にお礼が言いたかったんです。私の、おはよう屋さんの最初のお客様に」

おはよう屋さんを勧めてくれたのは弟者先生だった。
おはよう屋さんの初めてのお客様は兄者さんだった。
彼が、彼らが居なかったら私に朝が来ていなかったと思うから、その礼を言いたかった。
カマをかけたのは……ほんの少しの悪戯心だったかもしれない。

(´<_` )「俺にはね、兄者…7つ歳が離れた兄がいたんです。クーさんは兄に似ていたんですよ」

川 ゚ -゚)「お兄さんに、ですか?」

お互いコメツキバッタのように頭を下げ合ってしばらくして、先生が先に落ち着きを取り戻した。
改めて先生が淹れてくれたお茶の香りが鼻を擽る。
湯気が揺らめく。

(´<_` )「日記を読みました、兄の。そこに書いてあったことと貴方が言っていたことが似ていて、どうしても……朝が来るようにしたかった」

(´<_` )「最後に会話をしたのは俺でした。なぜ俺に電話をかけたのかはわかりません。ただ思い出して話したかったのかもしれない」

………
……

( ´_ゝ`)『弟者、おはよう屋さんって覚えてる?』

急に電話してきてそんな内容を話すもんだから、何だよと思いました。
毎年祝ってくれていた誕生日にお祝いの連絡もくれなかったくせにと、少し恨んでいたんです。……そう、子供だったんですよ俺は。

(´<_` )「…なんだっけ」

兄の質問の答えを、本当は覚えていました。
けれど深夜0時を越えて呑気に連絡してきた兄に苛立ち、すっとぼけたんです。

( ´_ゝ`)『忘れちゃったか。俺がさ、高校の時に朝起きれなくてさ、妹者と弟者が「おはよう屋さんだー!」って起こしてくれたんだよ』

( ´_ゝ`)『あれをさ、思い出したんだ。あの、2人におはよー!って起こしてもらえたの、すごく嬉しくて。本当は少し前に起きてたのに、寝てるふりしてたこと、何回かあったんだ』

(´<_` )「……」

( ´_ゝ`)『いい朝来たなぁって、すっごい嬉しかったんだよ』

( ´_ゝ`)『……ありがとな。それで、それで…ごめん。ごめんな』

完全に酔っ払ってるんだと思いました。
声が何となく震えていたから、ああ酒飲んで酔っ払って電話をしてきたんだろうと。

(´<_` )「…別にいいよそんな昔のこと。用件、それだけ?」

( ´_ゝ`)『うん、そうだな…それが言いたかったんだ』

( ´_ゝ`)『俺、しばらく朝が来てないんだけどさ、今ならいい朝が来そうだ』

(´<_` )「……そう、良かったな」

眠くて。その日の俺は本当に疲れていて、身体もベッドに溶ける勢いで、眠たかったんです。
だからそんな、返ししか出来なかった。

( ´_ゝ`)『おやすみ、弟者。良い朝を』

それをいうなら良い夢をじゃないのかよ、という言葉すら出ずに電話を切って、俺は深い深い眠りについたんです。

──兄者ほどでは、ないけど。

何日かが経った朝、リビングが酷く騒がしくて目が覚めました。
父が泣いて母がすごい顔をしてて、妹は今にも泣き出しそうな顔でオロオロしていました。

(´<_` )「どうしたんだ一体」

l从;・∀・ノ!リ人「兄者…が……」

そこからはあまり覚えていないんですけどね。
気がついたら葬式の最中で、俺は制服を着崩さず着て、何だか窮屈そうな箱に入った兄者の顔を見ていました。

(´<_` )「おはよう」

(´<_` )「おはよう兄者、朝だぞ」

(´<_` )「…おはよう、ってば…」

何回も何回もバカみたいにおはようと言いましたが、兄者は返事をすることもなかったし起き上がることもなかった。

兄者が一人暮らししていた家を片付けてる時に日記を見つけました。
俺が高校でバカやっているとき、兄は会社でいじめられていた。
自分の小さな世界しか知らなかったから、大人の世界でもいじめがあるなんて知らなかったんです。

兄がされてきたことの断片を聞いてそれだけで吐き気がしましたね。
いい大人なのに、いい大人が、なんで。
あれだけ優しくて明るかった兄の顔が、やつれて、ボロボロで、目を開けていなくても酷く変わっているのがわかったんです。

『──朝4時半頃が1番辛い。みんなが段々と活動を始めていく。朝が始まっていく。俺には朝は来ない。でも働かなきゃ。どうして眠れないのか、どうして朝が来ないんだ。
わかった、迎えに行けばいいんだ、朝を』

救えなかったことの贖罪だとか、そんな立派なものでは、ないんです。
この職をやっていても救えないことだってままある。

それでも。

川 ゚ -゚)「眠れるようになりたいんです、朝が…来ないのが辛くて」

『─俺、しばらく朝が来てないんだけどさ、』

(´<_` )「……」

(´<_` )「…おはよう屋さん、やってみない?」


……
………

(´<_` )「どうにかしたかったんです」

(´<_` )「俺に直接っていうよりは顔も知らない相手の方が良いかと思って兄のフリを」

(´<_` )「……いや、違うか。兄にも朝が来て欲しかったのかも」

弟者先生の声をこんなに落ち着いて聞いたのは初めてかもしれない。
兄者さんの声に似ているなとは思っていたけれど、テンションが違くて気付かなかった。
あの時、私の名前を呼ばなかったら気付かないままだったかもしれない。
でも気付いた時、兄者さんも弟者先生も悪い感情でこんな事をする人たちには思えなかった。何かしら理由があるのだと。

(´<_` )「個人のエゴに付き合わせてしまった。職権濫用もいいところです。本当に申し訳ありませんでした」

弟者先生はすっかり顔色が悪くなってしまったので申し訳なくなる。土下座でもしかねそうな勢いだ。
失敗は流されるより受け止めてもらう方が失敗した側は軽くなる事もある、それを私は知っている。

川 ゚ -゚)「……申し訳ないと、思ってるんですよね」

(´<_` )「勿論」

川 ゚ -゚)「……そう、ですね」

川 ゚ -゚)「わかりました。そしたら、私が喜びそうな事言ってください。そしたらチャ、チャラにしますよ」

(´<_`;)「ええ。ええー……」

私は今弟者先生より強い立場にいるらしかった。何も悪いことはないと思うけれど、相手が謝罪したいと申し出てる時に良いよと断らない優しさがあることを今は知っている。なので戦友の真似をして言ってみる。弟者先生は困った!という顔をしてしばらく黙った。
そうして、一言

(´<_` )「……爪、綺麗ですね」

川 ゚ -゚)

川 ゚ー゚)「そうでしょう。自慢のネイルなんです」


先生と話をした。
出してくれたお茶は何ていうのかとか、そういった他愛もない話。
今までで一番長く話をしてみて気付いたのは、大人しめのイメージがあった弟者先生が実は明るい人だったこと。

川 ゚ -゚)(電話で話していた兄者さんの性格は弟者先生の素だったのかもしれないな)

徹底してくれていたんだなとじんわり思う。
話して、話せて良かった。
お茶のおかわりを注ごうとしている先生に、そろそろお暇しますと伝えて浮かんできた疑問をそのまま投げてみる。

川 ゚ -゚)「もうひとついいですか?」

川 ゚ -゚)「先生は、4時台に起きて眠くなかったんですか?」

(´<_` )「せっかくだからジョギングしてたよ。おかげさまでだいぶ痩せました。ありがとうございます」

初めて先生の笑顔を見た。
優しい顔だった。

受付の人にもお礼を言って、それから目を見て挨拶をし、病院を後にした。

川 ゚ -゚)(もう夜になってる)

辺りがあっという間に暗くなっている。
夜から抜け出せなくなったあの日から、随分と月日が流れて季節も変わった。
私以外には当たり前に朝が来て、また夜が来てそれの繰り返しだったのだから当然だ。

私はあれから少しずつ眠れる時間が増えている。
たまにひどい夢を見て飛び起きてしまう時もあるけれど、それでも、朝を迎えることができていた。

川 ゚ -゚)(……また突然眠れなくなるかもしれない)

朝が来なくて、夜に取り残されてしまうかもしれない。

川 ゚ -゚)(…でも)

私はもう、1人ではないことを知っている。

帰宅して買ったものを冷蔵庫に詰め込む。
昨日ギコさんから教えてもらったメニューを作ってみたくて、久しぶりにスーパーに長居してしまった。

川 ゚ -゚)「明日の朝ご飯の材料、買い過ぎちゃったかな…」

川 ゚ -゚)「…いやお昼も夜も食べるからいいか」

パソコンの電源を入れるとメールが届いていた。
おはよう屋さんの、依頼のメール。

川 ゚ -゚)「……依頼理由、『夜が好きでずっと遊んでしまう。でもどうしても起きたいからお願いします』…か…」

川 ゚ -゚)「……」

カタカタとキーボードをゆっくり打つ。

川 ゚ -゚)「どんな夜であってもきっと誰にでも朝は来ます」

川 ゚ -゚)「あなたにとって良い朝が来るお手伝いが出来たら、幸いです」

川 ゚ -゚)「おはよう屋さんとお呼びください。よろしくお願いします」

川 ゚ -゚)「……っと。」

眠る準備をしなくては。
なぜなら明日も早い。
私の仕事がある。私が出来る、大事な仕事だ。

川 ゚ー゚)「…おやすみなさい」




朝は来る
誰しもが夜を迎えて、そして朝が来る

眠れなかった 眠らなかった わたしにも来た

朝が
貴方にとっての 新しい一日を始める朝が来ないのなら
わたしが朝を連れて行くから

どうぞ、皆様どうか良い朝を。






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