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子育ては修行では?と思う瞬間

 風邪で家族が全滅している。
 さらに娘は胃腸炎による下痢でおしりがかぶれ、排泄のたびに泣き叫ぶ事態である。

 GWからの風邪なので、かれこれ1ヶ月ほど風邪が続いていることになる。
 正直さっさと治したいし、治って欲しい。体調はもとよりメンタルが削れていく。

 夫はよくやってくれているどころか、時には私よりも子どもの面倒をみてくれているのでは?と感じるレベルで動いてくれている。
 だが、それでも「そのくらいやってよ!」「言わなくてもわかってほしいんだけど」と思ってしまう。二人だけで生活していた頃には全くなかった、わかれ察しろ精神が顔を出す。

 ついそう思ってしまうのは、やはり余裕がないからだと私は思う。あくまでこれは、わがやのパターンだ。
 相手の立場で考えた時に、「今帰ってきて買ってきた物を冷蔵庫に入れていた」とか、「子どもの病院はいつもママが付き添っていてわからないから説明してほしい」とか、色々言い分がある。

 これは…修行では?

 健やかなる時も、病める時も。
 自分の感情を解き放つ前に、相手の立場を考え、言うべきか否かを検討し、言葉を選ぶ。
 どんなに余裕がなくてもまずは相手を責めず、落ち着いて必要なことを伝える。
 夫とぶつかっている場合ではない。そんな時間はない。まずは娘のことである。

 修行では……?

 育児、とひと言で言っても、あまりに未知なことが多い。これは、自分の年齢ではなく子どもの年齢で経験していくものだ。
 日々をこなしていくために、絶えず人間性のレベルアップが要求される。
 例え寝不足で頭がおかしくなっていても、である。親として要求されるのは、恐るべき忍耐力と海よりも広い心である。子育て、ヤバイ。

 娘は親がそんなことを考えているとはつゆ知らず、今日も鼻水をたらしながら立派に家中を歩き回り、あらゆるものを引き出して楽しげに遊んでいる。
 ひとまずあなたの笑顔が平和に見られるのなら、母はそれがいいよ。

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