一昨日の記事に書いた通り、
国立国際美術館で開催中の
「古代メキシコ展」へ行ってきました。
GW中まで開催しているので、
まだあと2週間ある!ということで
興味のある方には是非是非行っていただきたい!
という気持ちを込めて、
写真も色々と撮ってきましたので
(やや混雑していた場所の写真を後回しにして
撮り忘れがあって無念…笑)
レポと言えるものになるかはわかりませんが笑
紹介したいと思います。
せっかくなので、
少しでも自分の理解も深めたいことと
見てくださる方にも知っていただけたらと思うので
間違えないように調べながら書いてみます。笑
かなり長くなると思いますが、
よろしければお付き合いくださいね。
美術館まで
古代メキシコって?
まず、古代メキシコってなんぞや?
という方ももちろんおられると思うので
軽く説明を。
公式からの説明を記載しましたが、
上記記載の3つ以外にも、
オルメカやトルテカという文明もあります。
マヤ地域では2000年以上(2500年くらい?)
日本で言う縄文時代から江戸時代までの間
ずっとマヤ文明なのですが、
マヤ文明は政治的に統一されていたのではなく
文明として続いていたということのようです。
今回の古代メキシコ展では、
マヤ、テオティワカン、アステカに
スポットが当てられていますが、
オルメカやトルテカ文明時代の展示品も
少しありましたので、今回はひとつずつ
載せようと思っています。
ではでは、スタート!
オルメカ
「オルメカ文明は、マヤ文明よりも1000年も前、
紀元前1500年頃メキシコ湾岸の密林に誕生した
北中米でもっとも初期の古代文明」です。
人身供犠(じんしんくぎ)
古代メキシコは、3000年以上もの間
人身供犠(じんしんくぎ)と言われる
生贄の儀式を行っていました。
「万物は神々の犠牲により存続しており
自らも他者のために犠牲を払うべき」
という考えのもと、生きたまま石のナイフで
心臓を取り出して生贄として捧げる、
というようなことが行われていました。
熱帯低地のマヤの都市では食物の長期保存が出来ず
権力による経済の統制や、強力な軍隊の保有は
困難だったこともあり、信仰や集団祭祀により
統治されていた、ということのようです。
展示品の写真をどんなふうに載せるか
少し迷ったのですが、文明別時代別に
載せようと思います。
テオティワカン
アステカ
マヤ
赤の女王(レイナ・ロハ)
今回の目玉と言うべき赤の女王。
今回の展示会でアジア初公開となった
マヤ文明の都市国家パレンケの最盛期の王、
パカル王の妃とされる人物。
トルテカ
最初に載せた年表を見ていただくと分かりますが
テオティワカンとアステカの間に
トルテカという文明があります。
ということです。
その時期の出土品が大人気でして笑
確かに可愛いので載せたいと思います。
おまけ
自分で撮り忘れた数枚の写真のひとつを、
(一昨日の記事で書いた、数年前から
いつかお会いしたいなーと思っていた方に
なんとびっくり偶然お会いできまして。)
ここでは一旦Cさんとさせていただきますが、
Cさんからお写真と許可をいただいたので
載せたいと思います。
同じく大人気モチーフになっていた
儀式用のナイフ。
わたしは可愛いなーと思うものは色々ありつつも
自分用に無難にしおりを2種類購入。
というわけでもうすでに3500文字超えていて
写真も絞った割には多かった気がしますが、
久しぶりの美術館、大好きな古代文明、
とっても楽しくて最高でした。
これまでこういうものに興味がなかったなー
という方も、少しでも興味を持ったり
楽しんでもらえていたらとっても嬉しいです。
と、ここまで書いて公開もして気づきました。
書き残しがありまして、下書きに戻して
大急ぎで今書いています。笑
コラボカフェ
美術館内のレストランにて、
コラボメニューがあります。
今回わたしはケーキとジュースを試したので
それだけ載せて終わりたいと思います。
追加で書いていたらあっという間の
4000字越えになってしまいましたが、
ここまでお付き合いくださったみなさん、
ありがとうございます。
では、いつもので締めたいと思います。
それでは今日はこの辺で。
最後まで読んでくださってありがとう。
また気が向いたら、来てくださいね。