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お互いに 「超〜ほったらかし〜」な。自由な私と幼馴染のお話



えー今日は

超ほったらかしな 

自由な私と 友達のお話です。

☁️☁️




「私達、親友だよね!」


って、あんまり好きじゃなかった

しっくりこなかった




なんていうか、



整理整頓されて

あなたはコレね。って

ラベル貼られて

カテゴライズされてる氣分になったのかもしれない。




あーーそうか。

私は小さい頃から
どこまでも自由が好きなんだな。と




だから、


私達の関係はこれなのよ!って
言わなくても良い氣がしてる。




むしろ言わない方が、

自由?

というか気楽?


ありのままの関係でいられるのかもしれない



「え、別に何でもよくね?」

これなのかなって。

(どうでもよくない?=どう在ってもよくない?=自由でよくない?=それって究極の愛じゃない?みたいな。 知らんけどさ)




だって、結局

魂が知ってるから。




だから、私も最近

ツインレイって
自分で書いてて 何なんだけどね。


まぁそれはしょうがないよね、だって私だって恋愛ドラマとか憧れたことくらいあるしさ。

運命✨ってなんかキラキラして思えちゃうしさ

そんな私がいたって、可愛いもんじゃんか。




でも

もっとなんていうか

もう1人の

俯瞰した自分がいてね、




「いやいやAlice、
AliceがAliceでいられたら 何でもよくない?」

相手が何で 誰であろうと。

ってなったんだよね。




そして

それと同時に
こんなことを思ったの。




私は、

小さい頃からの幼馴染 の友達が

今では3本指にも満たない。


というか、有難いことに。 1人だけいる。




久しぶりに 幼馴染から連絡が来た。




それは

「 Alice〜元気? 2年ぶり〜 」

とか当たり前で。



その理由が、

「なんかこの空見て、Alice思い出したんだよね。」

とかね。 


え、冷静に考えて2年ぶりだよ? 

でもそういう感じの関係なの



それでも変わらず、

ありのままの私でいられる。
友は友でいられる。



好きとか
嫌いとか

もう無いのかもしれない



それは

「ウチら親友だよね!」

とかもないし



「誕生日、祝ってくれないのなんで!??」

もなければ


「連絡しなかったらウチら絶交!」

なんてこともない。全く。




今何してるかも知らなければ、


母が離婚後の 私の新しい苗字も
何年も知らなかったし、

(彼女のお母さんと電話したときに、通知見てその時に苗字初めて知ったりとかさ。笑)

この前なんて、彼女が結婚したときも
彼女のお母さんから聞くし

そんな、大切なことでさえ もそう。




それでも、

お互いが大切な存在 

として繋がってるのね。



だからなんかさ、


元氣に。
なるだけ楽しく

笑って生きてくれてたら
まぁそれでいいかなって。


「何をして欲しい」とか
望みはなくて ただそれだけ。



別に、そう思おう!!としなくても
自然と、そう思うわけさ。



だって貴女はあなたで
私はわたしで何も変わらないし。



今までも

私の大っっ嫌いなタバコを吸おうが、

世間体では不良と呼ばれようが、



別に、何してようが、何になろうが


大事な根っこの部分は
"絶対変わらない"

と知ってる

愛ある 私の大好きな友人 だから。



「だって、〇〇は 〇〇じゃん。」

って感じ。



この関係を

"何か" に当てはめなくても

別に不安でもなんでもない。



信頼してるんだよね。

むしろ楽なんだよね。



それってなんだか 

どっこまでも。
自由な関係だなー 
って思う。





有難い、お互いに超〜ほったらかし

の 友のお陰で


そんなことに氣付けたのでした。





これを書きながら、

まぁ有難い存在だなぁ。と 

なかなか、胸熱です。



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Alice
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