2.人類の大脳の発達が分娩を激痛にした?@無痛分娩
TwitterなどのSNSで盛り上がっている無痛分娩ネタを、専門家の入駒慎吾が考察していくシリーズです。本当にすばらしい“つぶやき”に私が学ばせていただきました。そのお礼もあって、少し考察(解説)していきたいと思います。
無痛分娩という名前の由来は?
無痛分娩という名前(ネーミング)に関しては、実は専門家の間でも名称変更の議論がされています。そもそも、麻酔を用いて陣痛を緩和する方法は、わが国にその概念すらありませんでした。欧米で“Labor Analgesia”(直訳で、鎮痛分娩)を見た先輩産婦人科医が、「無痛分娩」と名付けたのが由来と考えられています。当時は、全身麻酔だったので、全く痛くない分娩に見えたため、このようなネーミングになったと思われます。
ここで、無痛分娩の俗語についても触れておきたいと思います。みなさんは、和痛分娩という言葉を聞いたことはないでしょうか?この和痛分娩という言葉。ニュアンスとしては、“痛みを和らげる”という日本人的には馴染みやすい言葉です。しかし、医療現場では、痛みを取り切れないことの言い訳に用いられている場合があります。そのため、業界でもいかがわしいネーミングとされています。(しかし、何故か東京大学附属病院ではこの和痛分娩を使いっています。)
正に、“目から鱗が落ちた”体験
そんな専門家の考え方を根本から覆してくれたのが、今回のTwitterのつぶやきです。無痛分娩のネーミング云々という議論ではなく、無痛分娩ではない分娩のネーミングに関する話。
「自然分娩ではなく激痛分娩という名前の方が真実を言い表している。経産婦の私の感想。」
を読んで私はハッとさせられました。さらに、このツイートに対する多くのコメントも拝見し、自分が専門バカだったんだと改めて気づかされました。
現在、医療が全く介入しないお産はほとんどありません。それにもかかわらず、麻酔をしない分娩(非無痛分娩)、吸引分娩・鉗子分娩じゃない分娩、帝王切開じゃない分娩、これらの総称に「自然分娩」と名付けることの方が根本的な問題だと感じます。また、この“自然”という言葉には、潜在的に正しさが含まれています。これは、そうでない側を“非自然”と表現してみるとわかりやすいでしょう。何だか正しくない感じを受けますよね?そうなんです。オーガニックが人気なように、“自然”はとても魅力的な言葉なのです。
話はそれましたが、今回のツイートには「無痛分娩」というネーミングとは別に、「自然分娩」というネーミングに関しても議論すべきではないかという論点が含まれていたことが素晴らしいと思いました。私にとっては、正に“目から鱗”な体験でした。
人類の脳が大き過ぎることがわかる⁉
そして、ここからは少し専門的なお話をしていきます。人類の脳の発達に関してのお話です。人類の脳、特に大脳が、他の動物に比べ大きいということはみなさんご存知だと思います。ただ、どれくらい普通では考えられない発達をしたかについてはわからないと思います。これを端的に表しているのが、脳の中の血管の走行です。大脳に酸素とエネルギーを送る血管(動脈と言います)の1つに、中大脳動脈というものがあります。下図に、その走行を示します。
図の中で赤色の血管が中大脳動脈③です。前述の大脳に酸素とエネルギーを送る動脈には、大きく前大脳動脈・中大脳動脈・後大脳動脈の3つがあります。これらは、読んで字のごとく、前・真ん中・後ろの大脳に酸素とエネルギーを送っていたんです。そう、人類の大脳が急速に発達するまでは。
もう、おわかりですね。中大脳動脈が前の方から後ろに向けて、ぐーんと伸びています。⑤の部分ですね。つまり、人類は大脳の急速な発達によって、真ん中の部分の大脳が後ろの方まで伸びていったということになります。あれよ、あれよという間に、大脳が後ろに発達したんです。もちろん、数億年という単位の話ですが。確かに、後頭部が飛び出した動物はいませんね。この大脳の急速な発達により赤ちゃんの頭が大きくなり過ぎて、産道を通過するときに激痛を伴うようになったと考えられます。
二足歩行と分娩
また、今回は大きく触れてはいませんが、二足歩行という因子が根本にあると言われています。二足歩行によって、大脳が発達しただけでなく、骨盤も狭くなったと考えられています。頭はデカくなるわ、産道は狭くなるわ。そりゃあ、「激痛分娩」にもなりますよね。
私は無痛分娩の安全性向上に奔走している産婦人科・麻酔科ダブル専門医の医師で、無痛分娩の普及を推進しているものではありません。しかし、この激痛分娩という言葉を見てからは、少なくとも無痛分娩を選択する妊婦さんが嫌な気持ちを持たなくていい社会を作ることに貢献したくなりました。