R Sound Design インタビュー ボーカロイドと歩むからこそ描ける「生活のリアル」(Soundmain連載)
※2022年2月18日にSoundmainのサイトで公開された記事の転載です。
昨今のデジタル環境の進展は、個人制作のDTMでどこまでも理想のサウンドを追求できるようにした一方で、音楽家としての個人の「ドメイン(領域)」をいかに運用していくかという観点を、すべてのクリエイターにとって必要不可欠なものにしたとも言えます。当ブログを運営するSoundmainはそんな時代に、「音楽をつくり、届ける」プロセス全体をテクノロジーにより支援することを目的として、開発中のプラットフォームでもあります。
そこでSoundmain編集部は、音楽・アートなどについて学べる私塾・美学校にて「実践!自己プロデュースと作品づくり」の講師を担当する、入江陽さんを聞き手として迎えたシリーズを企画。本人名義のシンガーソングライターとしての活動をはじめ、今泉力哉監督『街の上で』などの劇伴制作、ボーカロイド関連のゲームに音楽監修として携わるなどまさに自身の「ドメイン」を多角的に運用されている入江さんと一緒に、様々な音楽クリエイターの皆さんにお話を伺っていきます。
今回お話を伺ったのはR Sound Designさん。代表曲「帝国少女」をはじめ、都市生活のロマンチックでリアルな情景が浮かぶ楽曲の数々は、ボカロシーンでは珍しい実写映像を使ったMVも相まって唯一無二の存在感を放っています。実は、入江さんとは音楽とは異なる意外な接点もあるRさん。その音楽性についてはもちろん、音楽活動と生活のバランスをいかにとっていくかということについても、とても学びのあるお話を伺うことができました。
R Sound Design「帝国少女」MV
ヒット曲「帝国少女」の生まれた背景
入江陽(以下、入江) 本日はありがとうございます。まずは遡ってお聞きしたいのですが、小さい頃から音楽はお好きでしたか?
R Sound Design(以下、R) 最初は普通にテレビで流れている曲を好きになって。2000年代くらいまでって、音楽番組が今より充実してた気がするんですよね。CDも最盛期で……中学生くらいまでは普通に流行りの曲を聴いていました。
入江 たしかにその頃って音楽番組の存在感、大きかったかもしれません。その中でも特に影響を受けたミュージシャンってどなたかいらっしゃいますか?
R 時代ごとにあるんですけど、今でもすごく自分に影響があるなと思うのは、やっぱり宇多田ヒカルさんですかね。あとはいわゆるロキノン系。バンプ(BUMP OF CHICKEN)、アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)とか……中学でギターを始めた時とかは特に聴いていました。
BUMP OF CHICKEN初期の代表曲「天体観測」
ASIAN KUNG-FU GENERATION初期の代表曲「未来の破片」
入江 ギターが初めての楽器ですか?
R 小さい頃に楽器を教えてもらったことなどは一切なくて、いきなり中学でアコースティックギターを弾いたのが最初だったんです。部活はバスケだったんですけど、本当に単純に、ギターかっこいい! みたいな感じで始めて。
入江 楽曲を公開時期の時系列で聴かせていただいたんですけど、作風の変化や多彩さが興味深かったです。ギターが出てくるようになったのは途中からですよね。
R そうですね。ギターはさんざんバンドでやっていたので。バンドが解散したからDTMを始めて、まずは打ち込みでの制作に慣れようってことで、ずっと練習作品をアップしていたんですよ。
入江 どんなバンド活動をされていたんですか?
R 高校は普通にコピーバンドで。大学では、いわゆる大学のパーティ用バンドみたいな感じで……先輩とかも含めてバンドを組んで、そこで初めて曲を作り始めて。僕はギターボーカルで、キーボードを入れた4人編成でしたね。バランスもとりやすいし、キーボードを入れると、ジャンルも幅広くなるので、この編成がベストだと思ってるんです。
入江 確かにキーボードがいない編成だと、曲のアレンジって意外に制限が多くなってしまいますよね。
R その感覚が今でも染みついているから、僕の曲ってキーボードをメインで使うことが多いのかもしれない。エレピのリフとかが大体入ってるんですけど、バンド時代も、キーボードがいたからこそ、そこを中心に構成するようになったというか。
入江 ちなみに、その頃の音源は残ってますか? 聴いてみたいです!
R 古いパソコンが壊れて……ただ「スイセイ2号」という曲は、もともとバンドでやっていた曲ですね。結構、ああいう感じの曲調をやってた感じです。ヒットした「帝国少女」も、自分のやりやすい曲調でヒットしてくれたというのがあって。じゃあ元々自分の好きな路線でいこうと思えたので、そういう意味ではこれも当時と現在をつなぐ曲ですね。
R Sound Design「スイセイ2号」MV
ボーカロイドは「曲そのもの」に目を向けさせてくれる
入江 ボーカロイドには、どのようなきっかけで出会ったんでしょうか?
R 2007年に初音ミクが登場して、それを音楽屋さんの広告で見たのが記憶にありますね。その時は学生で、バンドが楽しかったので「何だかわからないな」ってスルーしていて……その何年後かにニコニコ動画を知って、初めて「“初音ミク”ってこういうことなんだ」って知ったんですよね。だから認知したのは結構早かったけど、曲を聴いたのは何年か後って感じです。
入江 では、実際にボーカロイドを使っての音楽制作をはじめたのは、もっと後でしょうか。
R バンドを解散してからですね。バンドはできないけど、音楽は続けたい気持ちがあったから、個人でできるDTMをやってみようと。その流れで。
入江 最初、ボカロを試してみた時の第一印象はどんな感じでしたか?
R 楽器の一部として、音源の一部として使いやすいという感覚でしたね。歌声の特性もあるけど、楽器としても使える、という両方の特性があるなと。
入江 リスナーとしても、ニコニコ動画などを観られていたんでしょうか?
R 2009~2010年くらいまでが一番聴いていた最初の波というか。2015~2016年くらいに自ら投稿しようかなと思ったのもあって、また聴き始めて……だからその間が(リスナーとしては)スッポリ抜けてるんですよね。
入江 ボカロの曲で、特に印象に残っているものはありますか?
R 僕が最初に聴いたのは御多分にもれず、ryoさんの「メルト」なんですけど。楽曲のクオリティも凄くて、同人音楽というか、個人制作でこんなにすごいのが出来るのか!って驚いた記憶がありますね。
iroha(sasaki)さんの「炉心融解」も。音域の面でもボカロならではで、機械的な音声が曲調にも合っているなと感じました。
あとは亡くなってしまったんですけど、samfreeさんの「Bye-Bye Lover」ですね。ちょっとR&B風の曲で。当時初音ミクの曲ってどんどんテンポが早くなっていく傾向があったんですけど、バラードであんなにぐっときたのは「Bye-Bye Lover」くらいです。もともと、CHEMISTRYとかも好きなんで、その琴線に触れたのもあるかもしれないです。
入江 BPMが速い曲と遅めの曲で歌心の組み立て方も変わってきそうで、興味深いです。ボーカロイドの歌と人が歌う歌、それぞれの音楽的な違いってどこにあると思われますか?
R 人が歌うと「その人のもの」というか、その人が歌ってこその曲になると思うんです。それは良いことでもあると思うんですけど。逆にボーカロイドは、やっぱり僕にとっては「合成音声が歌う」ということで。より曲に注意が向く……曲自体に目が行きやすいのが特徴なのかなと。
入江 たしかに歌手の人格やキャラクター、文脈やキャリアに曲が紐づかない面白さがあるかもしれませんね。
R ああ、こういう「曲」があるんだ、と認知されて、その上でカバーとかが広がっていく。カバーしてみたい、歌ってみたい、誰々の声で歌われているのを聴いてみたいみたいな、二次創作の意欲がすごく刺激されやすい……その曲自体の可能性が活かされるのがボーカロイドなのかな、と。
入江 オリジナルの歌い手にものすごい個性というか力量があると、カバーしようとは少し思いづらくなるというか。
R そうなんですよね。人間は人間に魅力を感じるものだけど、その魅力が大き過ぎるが故に、アーティスト=人が歌うとこれがこの曲の完成形である、イデアであるって考えにもなりがちなのかなと。
入江 ボカロの未来に期待したいことってありますか? 例えば100年後とかでもいいし、10年後とかでもいいんですけど……こうなっていたら面白いだろうな、みたいな。
R それこそ近い将来、人間ともう遜色ない歌声……ブラインドで聴いたらわからないくらいものが出てくると思うんです。実際の歌手をモデリングしたみたいなものが、今でもあるけど、もっと進化して、技術的には「合成音声か人の声かわからない」ってところに到達するとは思うんです。
入江 ボカロに影響を受けた歌い方の人もすでにいたりしますし、音の上だけでの差はどんどん減っていきそうですよね。
R そうですね。ただ、そうなったとしても認識上、「これはボーカロイドが歌っている」ってことに意味があるんじゃないか、と。先ほども言った「自分も二次創作してみよう」だとか、人が歌うものとは別の形で曲を活かしてくれる、そういう役割は変わらないと思っていて。その役割は失われてほしくないし、失われないんじゃないかとも思いますね。
「生活のリアル」と「音楽のリアル」
入江 ちょっと話題が移りますが、医療に関わるお仕事もされているとのことで。音楽のお仕事との両立の大変さとか、逆に相乗効果とかってありますか?
R うーん、やっぱり使ってる脳みその部位が全然違うなっていうのがあるんですね。どちらも好きでやってはいることではあるので、両方やっていることによる疲労感とかはないんですけど。
入江 別腹というか。
R 本業のほうでいくら疲れたとしても――まあ体力的な消耗はあるんですけど――音楽面でのモチベーションだとか、インスピレーションだとか、そういう意味での消耗は感じないんですよね。いい意味で、音楽と医者という仕事は、まったくマッチしてないので。
入江 自分も実は、以前医療の仕事をしていた時期があるのですが……何と言いますか、正確性や安定感が必要というか。
R そうですね、医者って患者さんの前で感情を出してもいけないし。でもアーティストって、感情や価値観を出してなんぼじゃないですか。
入江 逆だったらちょっとイヤですね、感情や独自の価値観を思い切り出してくる医療者(笑)。
R ダメですよね(笑)。患者さんに感情移入して泣いてるとか、かわいそうで手術できないとか。僕としては、お医者さんって命とか痛み、悲しみとかに、ある程度は鈍感じゃないとやっていけないと思うんですよ。ひとつひとつ共感してたいら、自分自身が保たない。逆に言えば、だからこそ(感情的な音楽活動と)両立できるんだと思いますね。
入江 そういった生活のなかで、どういったことが音楽のインスピレーションになることが多いでしょうか?
R 僕のインスピレーションはやっぱり、「Tokyo Nighter」という曲の歌詞のように、僕自身の日々の忙しさとか、仕事の中で生まれる、同僚だとかの、横並びの人間関係の中で生まれるもの……そういう、忙殺される日々の中での疲労感なんですね。
R Sound Design「Tokyo Nighter」MV
入江 なるほど。
R 忙しい中で隙間を縫って、友人関係や恋愛とかに時間を使って、その時に生じる感情ってまた特別というか……仕事が終わって音楽を聴いて、みたいな時が一番インスピレーションの源かも知れないですね。振り返ってみると、忙しい時ほど曲を作っている気がします。
入江 個人的には、仕事や家庭のことで時間やエネルギーをたくさん使っている、忙しい日々を送る人たちが持っている独特の色気(?)に通ずるような魅力を、Rさんの曲からは感じるんです。忙しい日々を肯定してくれるような感じがあって……頑張っている、疲れてる自分に、いい意味で酔えるというか。
R 嬉しいですね。僕の音楽家としての強味はやはり、仕事もしているってことだと思っていて。アーティストさんが、アーティストだけをずっとやっていて、そういう日々の疲れみたいなテーマの曲を作るのと、自分のように、完全にそれと違う仕事をしていて同じテーマの曲を作るのとでは、根本から違う世界観になるはずだから。
入江 ちなみに、MVにご自身で撮られた実写の映像を使っていますよね。これはボカロPさんたちの中でも少し珍しいと思うんですが。
R そうですね、その自覚はあります。
実写映像の活用が印象的な「夜と幽霊」MV
入江 作品を作るときには楽曲が先にあって、その後に映像を作る、という順番ですか?
R そうですね。もちろん、自分の中で曲の世界観は、曲として形になる前からあるわけですけど、どっちかというと、作っていく中で鮮明になっていく感じですかね。曲が先にあって、音から類推される心象風景があって。歌詞はけっこう、浮かんできた言葉に左右されて連想的にできていっちゃいますね。「Tokyo Nigther」みたいに、自分のことを歌おう! と最初から思って作った曲以外の歌詞は、箱庭的になるというか。
入江 うん、うん。
R なので、もともとある曲の心象風景、そして実際にできた歌詞の世界観、それが統合されて明確になったものを、自分が思った映像にしてアウトプットしてMVができるという過程なんです。
入江 言葉に引きずられて次の歌詞が出てくるというのは、面白いですよね。作っている自分にも予測がつかないというか。
R 僕、言葉で自分の感情をメモとかはあまりしなくて。そうされる方も多いと思うんですけど、僕は結構、音楽やメロディーに対して言葉が浮かぶことが多いんです。歌詞だけの書き溜めではなく、メロディーとともに出てきた歌詞を、メロディーごとボイスメモに録音したり、デモを作ったり……そういった形で書き留めておくことが多いですね。
とにかく音楽を「続けていく」ことの意義
入江 最近、特に気になっているアーティストはいますか?
R やっぱり今、YOASOBIは無視できないですよね。実際、Ayaseさんとも何回かお話させていただく機会があったんですけど、努力家ですし、現代のニーズに貪欲に応じて、なおかつ自分のオリジナリティも出しているという状況は、アーティストとして本当にすごいなと。
米津玄師さんという、ボカロPから国民的アーティストになった第一人者としてすごい方がいつつ、そこからネットミュージックが当たり前となる価値観、というのをまざまざと見せつけたという意味で、YOASOBI、Ayaseさんの存在は大きいんじゃないかなと。
入江 道を舗装した、というか。以前はボカロというジャンルへの偏見をふくめ様々な壁があったと思うのですが、今は当たり前の存在になりつつありますよね。
R 認識を変えたという、そういった意味でもすごいなと思いますね。価値観の大変動というか。
入江 しかもその根本に、みんなで歌えるメロディーとか、単純に覚えられるとか口ずさめるとか、生理的なところの気持ちよさがまずあって。
R やっぱりメロディーですよね。メロの強さっていうのは、自分の曲を聴いてもそうだし、他の人のを聴いても、昔の曲を聴いても、やっぱり大事だなと思います。
入江 最後に、今後の展望を教えていただけますか?
R 最終的には僕自身の歌、僕自身の曲で僕自身がアーティストでというところを目指したいんですけど。さっき言ったように、二次創作を生み出していくものとしてのボカロ文化もすごいと思うし、だからずっと並行してやっていくのかなと。
Rさんはセルフカバーアルバム『Replica』も発表している
入江 ご自身の活動と、ボカロPとしての活動と。
R そうですね。あと、僕は「立ち続けたい」というのがあって……本業があって経済的な面では安定してるからこそ、「この人ずっとやってるな」と思われたい。音楽って、若いうちだけやるものだ、若いうちに頑張ろうって考える人も多いと思うんですけど、僕は逆に、ずっとやり続けたい、残り続けたいという気持ちが強いんです。もちろんいい曲を書いて、ヒットは出しつつ、そういったスタイルがあるんだということを見せていきたいなと思っていますね。
構成:Soundmain編集部
R Sound Design プロフィール
バンド活動を経て単身で楽曲制作を行う男性アーティスト。
動画サイトを中心に作品を発表。自身による歌唱、演奏、動画制作、各種デザインにも精力的に取り組んでおり、メジャーレーベルへの楽曲提供や全国各地での音楽イベント出演などの実績を重ねている。代表作に、「帝国少女」「flos」など。
入江 陽 プロフィール
いりえ・よう:1987年うまれ、新大久保うまれ・育ち。シンガーソングライター。映画音楽も制作し、近作は『街の上で』『最低。』『タイトル、拒絶』など。雑誌『装苑』『ミュージック・マガジン』では連載も。