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ミミクロイドル あっしゅんの話 5

 十二月二十日、デビュー。その日取りが決まった。そしてグループ名「Miku Miku」に決まる。これは未来×未来を名前呼びにしたものだそうだ。可愛くて、ポップで呼びやすいのに、ちゃんと現代感がある。さすが斎藤さんだ。こうして、決めるべき二つが決まった感じだ。まだ公表はできないが、そこを目指してあらゆるイベントが入った新しいスケジュール表をもらった。来月からはほとんど毎日何かスケジュールが入るようになっていた。その裏で、歌詞やダンスはもちろん、発声練習、筋トレと自主トレメニューも盛りだくさんである。


「Miku Miku」@るき


 私は正直なところ嬉しい気持ちよりも、これをやり切れるだろうかという不安の方が勝った。それに比べ、私以外の二人の仲はあの日以来かなり距離が縮まったみたいで、よくレッスン後に表情やポージングについて話し合っている。傍から見ればお互いに認め合い、高め合っているように見える。私なんかは逆に与えられた課題をこなすのに精一杯で、二人の間に入っていく余裕がなかった。

 発声の練習量は増えていき、筋トレの量や質はアップして、衣装のデザイン案のセレクト等が始まっていき、どんどんと「Miku Miku」が形になっていこうとしていた。なのに、私の心は繊細な飴細工のようになっていき、憧れていた舞台が出来上がっていくことが怖くなった。何かの重みで簡単に崩れてしまいそうだった。かと言って、不安を吐露したところで、誰かがこの状況を変えてくれるわけじゃない。自分でなんとかするしかない。とにかく、自分の課題に向き合わなきゃ。それぐらいしか私にはできない。あの二人に比べたら。



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 学校のクラスの後ろの窓際の席に座る私は授業なんか気もそぞろで、校庭を眺めていた。いつの間にか夏が終わっていた。去年はプールで茉優たちと楽しく過ごしていたのに、今年は記憶がない。

「明日香、大丈夫? なんか最近疲れてない?」

 既に授業が終わっていたみたいで、茉優が私を心配して声をかけてくれた。

「大丈夫だよ」

 顎を手に載せたまま返す。茉優の顔を見ていると泣きそうになりそうだった。眼が潤みそうだったので、私はバレないようにゆっくりと首を振って校庭を見直した。すると、いきなり両手で頭を掴まれた。で、そのまま無理やり首を元に戻された。私はバスケットボールか何かか?

「大丈夫が、大丈夫じゃない大丈夫だよ」

 怒った茉優の顔が目の前にあった。ああ、もう、可愛い私の親友。そのまま茉優のちょっと膨らんだ胸におでこを載せた。

「大丈夫じゃない、けど大丈夫になりそう」

 って答えたら頭を撫でてくれる茉優がいる。

「理由が言えないなら、良いけど、強がるのは無しね」

 と言ってくれた。うんと小さく答える。

「え、ちょっと、ちょっと、茉優君は何してるんですか!」

 ユーリが私たちを見て、”明日香様と勝手にいちゃつき禁止警察”を発動させた。頭にパトランプをつけていたら今頃サイレンを鳴らして回転しているに違いない。凄い剣幕だったが、その必死さが面白かった。茉優はユーリをからかうつもりで、私の身体を起こして、首に腕を回して絡みつく。ヘビのような表情でユーリを見返す。ユーリの白い肌に朱が入った。私はそれを見て大笑いをした。もう、面白い奴。ありがとう。

「もしかしたら、学校に来る日が減るかもしれない」

 一瞬自分が言ってしまったのかと思ったほどだったが、自分の声ではなく笹山さんの声だと気付く。耳に髪を掛けながら私同様に周りに心配した友達が集まっていた。彼女も何かあるのかな? と思いの他じっくりと笹山さんを見つめてしまった。

「明日香様? まさか、あの子が悩みのタネなんですか? もしかして、おふたりはそういう仲なんですか? 私は? 私の献身性は、私のことも見てくださいよ」

 ほんのり青い瞳が目の前で揺れていた。なんてハッキリと欲望を表す子なんだと、逆に感心した。日本文化に憧れは持っていても、この辺の感じはちょっと違うのかもな。私は、ユーリの頭を抱き寄せた。彼女ぐらい自分を剥きだしにできればいいのにと思って、それが少し愛おしい気がしたからだ。でも、ちょっと彼女の反応が見たくなって、いつも以上に急に距離を詰めたかもしれない。ユーリはしゃっくり見たいな小さな悲鳴をあげて驚いた。それから、私はさらに「いつもありがとう」と耳元で言ってみた。およそ、恋愛漫画に出てくる主人公のような反応を示してくれた。面白い。って思っていたら急に耳に激痛が走る。

「はい、今のはダメ。ユーリ、こういうタラシに騙されるんじゃないよ。本気じゃない言葉は軽くて、形だけなのよ。明日香も明日香だよ。そういうのは選んで言いな」

 茉優が私の耳をひねってユーリから引き離した。

「痛い、痛い。ごめん、茉優ごめんって」

「ちーがーう! 謝るのはユーリに!」

 もう、お母さんみたいじゃん。って涙目になりながら私はユーリにも謝った。それを見てた葵まで笑い出した。ユーリはユーリで惚けていた。まあ、ちょっとやりすぎたか、と反省をした。ああ、でも久々に笑ったかも。心もどこか軽くなった気がした。表情筋って使わないと固くなるんだなぁって思った。ありがとう、みんな。

 

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 私たちのデビュー曲のDemoが上がってきた。シンセの打ち込みによる軽快なリズム音に合わせて、木琴のような軽い音によるメロディーラインと、バックラインに電子的な音楽の繰り返し音が入る。歌も、少しボーカロイドのように声が揺れるような電子的な加工が入っている。

「とまあ、まだ一曲だけど君たちの曲だ。どうだ?」

 タイミングよく楽曲のタイトルが繰り返し入っているので、ポップなイメージとオーディエンスが反応を取りやすい雰囲気になっていた。それに、90年代のディスコミュージックっぽいリズム感があり、それに合わせてジャンプしている観客の姿が目にうかんだ。それでいて、歌詞はアイドルらしく、それぞれのソロも華やかでデビューに相応しい曲だった。君たちの曲。手触りを感じられるほどの現実感のある言葉に感じられた。私たちはデビューをするのだ。

「なんだ、それほど嬉しくないか。まあ、君たちの声を入れれば完璧になるだろう。歌入れは1週間後の予定で、その間は振り付けを覚えてもらう。どのパートを唄うとかはこれから考えていくので振り付けを覚えながら歌詞はフルで頭に入れてくれ。この曲にプラス五~六曲をめどにデビューライブを敢行するからな。さぁ、いよいよだな」

 メンバー三人は歓声こそ上げなかったものの、楽曲という具体的な自分たちのモノが出来上がった嬉しさを噛みしめていた。何より曲に凄く現代性を感じられた。それぞれ反応は違うが、喜んでいた。ルナは背筋を伸ばし、顔を天に向け天井を見つめていた。イブは口を両手で包み、口からこぼれそうな気持ちを抑え込んでいた。

「すごっく良いです! これは往年の有名なあのアイドルの曲調を今のミミクロイドルの風潮に合わせた感じがします! それに……」

 と私は、ドルオタの習性でうんちくを垂れ流しそうになったところを、斎藤さんに手で制された。

「喜んでくれてありがとう、あっしゅん。じゃあ、スケジュールを更新したものを配るね」

 そのまま簡単な説明を加えてくれて、残りはトレーナーの人たちに任せて、斎藤さんは部屋を出ていった。その後、三人は顔を見合わせて手を取り合った。

「めっちゃ良いくない? タイトルも、リズムも、サビも特に可愛い。めっちゃ良い。これが私たちの曲になるなんて、嬉しすぎるよ」

「ほんとに、ワクワクする曲調だよね。僕たちデビューするんだね……」

「みんな、まだ一曲目。これから本当にミミクロイドルとしてやっていくんだよ。スポットライトに当たる側に周るんだよ。主人公になるんだよ。絶対に!」

 ルナが並々ならぬ気持ちでそう言った。三人で円陣を組んで掛け声をかけあった。

 

 それからの振り付けの練習量は鬼のようで、さらに覚えるための期間の短さは異常だった。一曲できたらすぐに新しい曲もできてくるものらしく、歌入れまでの間に絶対に覚えて次の曲に備えないといけないらしい。振り付けはめちゃくちゃ可愛いのだけど、難しいところがたくさんあった。ルナをセンターにして、三人のコンビネーション、自分のソロパートの動きと表情。やるたびにトレーナーにダメ出しを受ける。
 私だけ二人の倍は言われている気がする。「君はバックダンサーにでもなりたいの?」とか「は? 昨日やったところ復習しないで来るとか、やる気あるの?」とか、「ちゃんと腹筋つかう! 違う! 違う! ちょっと、それじゃ見てられないよ!」トレーナーの人格が変わったかと思ったほどだ。
 裏で発声のボイトレにと、歌詞も音楽もと覚えなければならないことはまだまだある。毎日、夜の二十三時までスタジオでトレーニングを行った。家に着くのが深夜を過ぎる毎日で、ベッドに入る頃には泥のように眠るばかりだった。

 夢を見た。小さな頃にママといった細道シリーズのライブだった。楽しかった思い出だったのに、どうしてか自分の身体には黒いゴムが巻き付いていて、身動きがとれなくなっていた。舞台の上に立つアイドルたちが光り輝く。やけに明るくて、表情は見えない。まるでのっぺらぼうみたいに顔が白くなっていた。私の周りの観客たちは黒く塗りつぶされ、影になり。個体性がなくなっていき群像となり、次第に一つの大きな生き物みたいになった。その影の一部が伸びて紐のようになったかと思うと、私の身体に巻き付いてきた。また一本、一本と私の身体を縛り上げていく。そのうちの一本は喉を絞めた。息ができない。助けてもらいたくて、いやそこから抜け出したくて、光る方へ両手を伸ばして、海でおぼれた人のようにあがいていた。


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「あっしゅんさ、大丈夫? また間違えてるじゃん」

 連続して振り付けをミスってしまい、ルナが私に詰め寄ってきた。トレーナーが出た後の自主練中だった。昨日までは普通にできていた場所だったのに、急に何度も足がよろめいてしまった。どうしてなんだろう。膝をついて下を向いている私の反応にルナは呆れたと言わんばかりのため息をつく。

「あのさ、あっしゅんがスカウトだって分かってるから、きつくは言えなかったけどアイドルのこと舐めてない? あのね、可愛いっていうのはね、他者との比較で出てくる評価なの。絶対評価じゃないの。だからね、アイドルがたくさんいる業界に入れば、私たちはみんな普通なの。一般人なの、モブなの」

 ルナの言わんとすることは分かる。正論が過ぎて、言い返すことも無い。

「全てのクオリティが高くないといけないの。振り付け、歌入れ、衣装、挨拶、ファン対応。これでやっと普通を抜け出せるの。そうじゃなきゃ特別な存在になんかなれない。私たちがその意気を持たなきゃ、この業界の熱気で一瞬にしてMiku Mikuは蒸発するわよ」

 胸を押されながらそう言われた。私は勢いに負けて尻餅をついた。ルナを睨むでもなくその場でうな垂れた。どうしてか立ち上がることができない。

「言い返すぐらいしたらどうなの? もういいよ。そこにいられると目障りだから帰ってよ」

「ルナ、ちょっと」

 イブがすぐに間に入ってくれた。言い放ったルナは私を睨んだ後にトレーニングルームから出ていってしまった。イブがタオルとスポドリを持ってきてくれて、「少し端っこで休みな」と優しく言った。私の目から水が滴っていたから。ルナに言われたことが嫌だったわけじゃない。自分ができないことが悔しくて、悔しくて。声を殺して、肩を震わせるしかなかった。イブは私の頭にタオルを掛けながら、横に座った。

「あのね、ルナって前のグループで端っこの端っこだったんだって。大きなグループだったみたい。自分が前に出ることもなく、映像に映ることもなく、ただひたすら踊っていたんだって。Miku Mikuでミミクロイドルになるって、きっとそういう過去があったからこそなんだろうなって私は思ってるんだ。だからね、言い方がきつかったけど許してあげて欲しいんだ」

 イブは背中をさすりながらそう言った。私はさっきのルナの言葉を反芻した。彼女の声がもう一度頭に響く。今度こそ声を抑えることができなくて、その場でむせび泣いた。分かってる。分かってる。あの子が一番、責任を持って、覚悟を持ってやってるって。なのに、不甲斐ない自分しかいない。できない。私は自分に自信がない。私の「かわいい」を信じられない。どうしても二人みたいな個性が私にあると思えない。スタジオのフローリングに爪を立てた。それから、硬く硬く結んだ手で地面を何度もたたいた。イブが私の手を止めた。



岸正真宙

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