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ミミクロイドル あっしゅんの話 4

 斉藤さんは、昔は大手芸能事務所でアイドルのマネジメントをしていて、その後そこを辞めて、ミミクロイドルの可能性を感じたので今の事務所を起ち上げたという経歴を持つ。その為、多くのプロモーター達とも信頼関係を構築していて、アイドルのマネジメントにも長けていた。それに、とても優しくて気配りの出来る人だった。声をかけられたあの日、そのまま渋谷のオフィスに連れていってもらった。華やかな場所かと想像していたが、小さなマンションの二部屋を借りただけの事務所だった。ただ、部屋に入ると私でも知っている有名なミミクロイドルのポスターが貼ってあった。ついつい、私は早口でこのミミクロイドルの良さを当の斎藤さんに語ってしまった。柔らかい笑顔で話を聞いてくれた斎藤さんが言うには、彼女は斉藤さんが手掛けた一人目のミミクロイドルで、可能性を信じさせてくれた存在だったという。少し落ち着いた後で、斎藤さんから簡単な契約内容の説明を受けた。私が未成年ということもあり、必ず保護者に見せて捺印をもらってきて欲しいと言われた。

 ママは、私が小さなころからアイドルに憧れていることを知っていて、パパと別れてからは私がそう言った素振りが無かったことを気にかけてくれていたみたいで、今回のミミクロイドル事務所に所属する話を聞いたら手放しで喜んでくれた。すぐに斎藤さんに電話して、私に聞こえない所で十分ほど話し込んでいた。ママの印象でも斎藤さんが良い人そうだと、それにすごく仕事ができそうだとも言っていた。私はますます斎藤さんに信頼感を抱いた。


 メトロポリタンのMIYASITA PLACEを通り抜けて外に出るとネイチャーワールドが広がっている。通り抜けた瞬間、渋谷駅前のあの近未来の景色は消え、自然あふれる森林都市の探訪が始まる。街並みの様相は急に変わり、木々のうろや根の合間からショップが顔を出しており、頭上は深遠な木々の葉で覆われている。たまに、足元を森林特有の動物たちが駆け抜け、周囲のアバターもドワーフやエルフにデジタルコスプレした人々で賑わっている。まるで、異世界転生をした主人公の気分になれる。今日、私はネイチャーワールドにある、エーシシャ・ポリジモ―という貸しスタジオに向っている。そこで初レッスンを受けるのだ。何やら基本的なダンスのレッスンを受けながら、メンバー紹介をしてくれるとのことで、ちょっと緊張していたりする。

 ただ、初めてのレッスンはかなりきつかった。運動はしているので、体力には自信があったのにダンスで使う筋力はいつもと違う箇所で、痙攣が治まらないことも多かった。体幹トレーニングや、ダンスの基礎的なステップ、笑顔やポージングの練習と初めて尽くしで、私はいっぱいいっぱいだった。その後、簡単なARエフェクトの作り方や、衣装の選び方などについても講義を受けた。たった一日で覚えるにしては多過ぎる。ゆで過ぎたタコみたいになっていた私は、完全に充電切れしてレッスンルームのフロアーに寝ころんでいた。呼吸をするたびに天井が上下するぐらいに息が上がっていた。すると、ふわふわとした感触が頭上を横切ったのを感じた。顔だけ上げて見ると、天地がひっくり返った地面の上を逆さの猫が優雅に通り過ぎたところだった。尖った耳をピンと立てて、車の毛ばたきみたいな尻尾を振る白くて毛の長い猫だった。

「たまみー、勝手に歩いちゃダメって言ってるのに~」

 その白い猫の雰囲気とはミスマッチな名前が呼ばれた。その声の主は同年代に見える女の子だった。慣れた感じでレッスンルームを横切ってたまみを抱きかかえて、講師のダンサーに謝りながら控えルームに戻っていった。近くにいたトレーナーが彼女はメンバーの一人だと教えてくれた。今度は、私以上の高身長の女性が入ってきた。モデルのように手足が長く、細身で大人の魅力を感じる女性だった。切れ長な瞳が印象的で、スタイリッシュで洗練されたアバターを着こなしていた。この子もメンバーということだそうだ。さっきの子はザ・アイドルみたいな子だったが、この子はK-POPアイドルのようだった。

 斉藤さんが到着し、三人が整列した形で集められた。この三人組でミミクロイドルを結成するとのことだ。左から私、猫の子、モデル風の子という並びで、それぞれ自己紹介をすることになった。

「僕はイブと言います。十七歳で、ダンスが得意です。このチームに入れてワクワクしています。よろしく」

 クールな印象のまま、一番右のモデル風の子が自己紹介をした。私がイメージしているアイドル像とは違うけれど、こういう子がメンバーにいると凄く締まるんだよなぁって、ドルオタみたいな感想を抱く。それにしても、とても綺麗だし、僕っ娘ってところがまた擽る。これはコアなファンがつくな。

「私はルナって言います。ここの前は別のグループでアイドルをやってました。今回、斎藤さんが新たなプロジェクトを起ち上げるということで、私を誘ってくれて、私もチャンスと思って飛び込みました。せっかくなので、このチームでミミクロイドルのトップを狙いたいです」

 甲高い声で、でもハキハキとしゃべる子だった。ルナは、アイドルらしく笑顔を振りまきながらも、野心が見える、まさにグループに必ず一人はいるアイドルだった。うん、凄いよこの子。野心が見えるってことはあざとさを隠す気が無いってことだ。清純であることよりも、自分の夢を開示して応援を募るタイプだ。センターのライバルって感じの子だ。うん、私も応援したい! などと、またまたドルオタっぽい感覚でいたら、「はい、じゃあ次はあっしゅんね」と言われて現実に引き戻された。そうだった。私、このチームに入るんだった。

「あ、あの、あっしゅんと言います。アイドルが好きで……憧れだったので、今、夢みたいな気持ちです……」

 特に用意していた言葉が無かったせいで、本当に細い声で話してしまった。これじゃあ、まるで私はまだ子猫のようなもので、前の二人は個性あふれる大人の猫のような差だった。それに自分の「かわいい」が本当に出せるのか、やっていけるのかその自信が持てなかったという事実もある。そんな私の自己評価を見透かすように隣のルナは鼻で笑うように聞き流した。

「はい、みんなありがとう。この三人でミミクロイドルチームを起ち上げていく。リーダーはルナにするね。経験値って意味でも君がベストだと思う。メンバーの足りない部分を引き上げて欲しい。さて、僕としてもこのチームが事務所を新たに盛り上げる起爆剤になると思っている。それぞれの個性が非常に魅力的だから確信に近い期待を抱いている。って言うとさ、プレッシャーになるといけないね。自分たちのやりたいこと、好きなこと、それらに真っ向からぶつかる楽しさを感じて欲しい。以上」

 真面目な話をしていて、すこし大げさな言い方をしたと思ったら、すぐに笑顔で空気を軽くする。斎藤さんはなんだか大きな木の下にそそぐ木漏れ日みたいな人だなって、なんとなくそう思った。おかげで、緊張の糸が少しほぐれた気がした。その後も斎藤さんが説明を続けた。すでにデビューの日取りを調整中とのことで、これから急ピッチで楽曲提供、歌入れ、ダンス振り付け、AR衣装の準備、プロモーションが始まっていくそうだ。なんだか、忙しくなりそう。でも、私には想像ができない。今のところは何かを準備することがあるわけではないので、とりあえず三人で息を合わせていくための時期として練習や講義などを一緒にしていって欲しいとのことだった。その後、みっちり二時間は基本トレーニングをすることとなった。私だけ……一日に二セットなんですけど。死んじゃうんですけど。筋肉と肺が悲鳴をあげていたけれど、自分がミミクロイドルになっていくんだという高ぶりに任せて、私はその日を乗り越えた。

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 ミミクロイドルとして事務所に所属するようになってから一週間は忙しくて、推し活であるファリル・ルーを追いかけることが出来てなかった。ルー関連の投稿に久々にコメントを付けていく。

〝ファリル・ルー様。何時みても綺麗で神々しい存在。#FRuxe〟
〝フラッときてこの笑顔で人々を魅了するルーちゃんのアイドル力やばいわ…まじで天才 #FRuxe〟
〝司会者さん二人に挟まれてAR表示がブレれちゃったときのルーちゃんの反応が可愛すぎた……#FRuxe〟

 はあ、眼福。私がいくつかコメントするとすぐにイイネの反応が入る。界隈では私も少し名が知れていたりする。さっそくコメントにリプライが届いた。

〝あっしゅんじゃん! 待ってたよ。いつの間にか、Du廃から一抜けしたのかと思ったよ〟

 と@Julie(樹里)からだった。樹里は小学生まで日本にいて、中学と同時に家族の都合で渡米したとのことで、在米歴も五年になるそうだ。私と年齢が一緒だったことと、ファリル・ルーの推し活仲間だったこと、いろんな場所で蜂合うことで、次第に意気投合していった仲だった。

〝ま、ちょっとね(意味深)。ていうかさ、クローズなところでちょっと話があるのよ。それよりも、ルーちゃんの補給が足りない。黙ってて(笑)〟
〝ひっどww。Feel free to〟
〝うそうそ。Julieは元気だった?〟

 他愛のないリプライが続く。なんとなく学校の友達にはミミクロイドルになったって言えないけど、樹里になら言いたくなるの変だなぁって私も思う。やっぱり自分の好きを隠すことなく言い合えるからなのかなぁ。後でDMでミミクロイドルとして活動することになるって言ったら、とんでもなく喜んでくれた。アイリダでのライブなら配信が絶対にあるだろうから、きっとXRで参加してくれると思う。なんか心強い。私、頑張る。ぜったいに「かわいい」を自分のものにしてみせる。そう意気込んだ私を樹里は手放しで応援してくれた。


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 何度か通ったレッスンを経て、改めて二人の実力を垣間見た。イブはダンスの切れが良く、長身痩躯な特長を活かして大きく迫力のある振り付けがうまい。ルナについてはダンスの基本が徹底されていて、正確無比なダンスができる。でもそれ以上に表情とポージングが可愛い。アドリブになればなるほど、彼女の良さが出てくる。どのポージングも表情も自分の特長を理解していて、私も推したいぐらいだ。そんな二人に比べて私は一つ一つのレッスンについていくのに必死で、自分の演出などに気が回る状況では無かった。明らかに二人の足を引っ張っている気がした。

「ね、イブこの後ってなんか予定ある? 今日ってさ、EDO TOKYOで、夏祭りじゃない? ちょっと見に行こうよ」

 チーム結成から三週間が経とうとしたときに、レッスン後にルナが誘ってきた。ま、なんか私はついでみたいな感じだったけど。でも、EDO TOKYOの夏祭り行ってみたいかもと独りではしゃいでいた。いそいそと練習着を着替える為、控え室へ向かった。私はEDO TOKYOに行くという事で、デジタルコスプレのデザインを変更していった。髪飾りを和物モダンに変えて、メイクも目の周辺に朱を入れて、唇もいつもより赤くしておいた。それと、ちょっと恥ずかしいけれど衣装は透ける白いのに変えちゃえ。赤いラインが入り、巫女風に見える。ちょっと艶めかしいかな……。

「ふーん、ま、センスあるじゃん」

 私が鏡の前で和物風にアレンジをしていたら、ルナがあの猫を可愛がりながら言った。ようやく私の小さな美点を発見したみたいな言い方だった。ありがとうって口にはしたものの、もやもやする気持ちが胸に込み上げた。そのあとは満遍なくイブと私に話しかけていた。隙が無いというか、なんというか……。

 アイリダにある三エリアのうち道玄坂の方はEDO TOKYOと言われるエリアで、江戸時代の風景をデジタルリバイバルしたような造形となっている。アクセスポイントと言われるエリア切り替えのポイントには常世黄蝶群飛とこよのきちょうのぐんひと言われる高層ビルぐらいありそうな鳥居がある。そこを潜り抜ければEDO TOKYOに入れる。潜り抜けると周囲の人の衣装も江戸時代っぽくなっていて、舞妓や忍者、侍などの様相で出歩いているのが面白い。建物も昔のお店風にアレンジされていて、湯屋や小芝居処などがあり、ちょっとした小京都のようだった。夏祭りの開催場所は、渋谷マークシティのルーフトップで、西口から入ってエレベーターで最上階を目指した。ちなみに、渋谷駅方面からマークシティに入るとメトロポリタン風のルーフトップになるので、このイベントのAR映像は見ることが出来ないらしい。わざわざEDO TOKYOの方面の入り口から入らないといけないらしく、結構手間がかかると不満がHey Dudeで騒がれていた。が、これが狙いだったらしく、おかげで多くの人が投稿をしたので宣伝になっているらしい。

 エレベーターが開いて、ルーフトップに到着したら、盆踊りのリズムが……あれ?

「曲調……シティポップじゃない? うっそ。僕、すっごく上がってきちゃった。めっちゃ好きなんだよね」

 そう、所謂盆踊りを想像していた私も虚をつかれた。ルーフトップの真ん中には盆踊りらしく櫓が立っていて、四方の角にARデジタル提灯が等間隔で運動会の国旗のように飾られていて、全体の色彩も赤みが中心のいかにもザ・日本の夏のビジュアルなのに、流れている楽曲や光・ARの演出が完全に洗練された都会をイメージされたものなのだ。カッティングギター、打ち込みのリズム、天にはモニターが写っており、ドローン撮影によるアイリダの夜の街並みが投影されていて、空中には時たまルージュで描いたようなCity Pop Bon Odoriが表示され、櫓の上にいるアーティストはシルエットで表現されていたりと、まるで終わりの無いバケーションのような感覚に陥った。

「やっば。Awesome City Club出てるよ。ねっ。みんな、ちょっと前行こうよ」

 全体的にもイブの好みの雰囲気だったらしく、普段クールな印象とは違う一面を見せて、イブは笑顔で私たちを前へと誘った。どうやら、櫓の上に立ったアーティストが有名な人らしく、もっと近くで聴きたいとのことだ。この時のイブの表情はすっごく素直だと感じた。時折見せる少女のような笑顔がヤバイ。イブってこんなに可愛いんだ。前の方に行くと彼女はリズムに合わせて、腰から胸までをうねるように動かしながら、髪をかき上げたり、急に回転したりと自由に表現していて、かっこいいし、綺麗だしで、私が男性なら目を離すことができない。現に私たちの周りの人々もイブを見ては指を差したり、一緒に踊ったりしてテンションが上がっていた。

「ごめんね。僕、めっちゃ楽しんじゃったや」

 ほんのり上気した顔で、溶けたような瞳のイブがそう言った。

「いいよ。それより、イブがすっごい可愛かった。表情もダンスも表現力が
豊かだったよ。かっこいいのと可愛いのが同居してたよ。私びっくりした」

 私が興奮気味に伝えたら、イブが小さくありがとうと答えた。くぅ~かわいい。推せる。心の奥でオタクの私が悶え死ぬ。先ほどのアーティストが櫓から降りて、次のアーティストが昇ってきた。「みんなぁ、アイリダを楽しんでる?」今度はIRIだった。Sparkleという、メロウな曲を一曲目に選択した。櫓の周りにいる全員が前奏に合わせて身体を揺らす。すると、足元からゆっくりと色とりどりの提灯が上がってきた。まるでタイのロイクラトン祭りのようだった。手や足をその浮き上がる提灯に当てると、楽曲に合うようにリズム音が入りこみ、空中の映像の演出が変わる仕組みになっていた。このインタラクティブな盆踊りに、壇上のアーティストもテンションが上がっていった。近くでルナも切れのあるダンスを披露し始める。会場の雰囲気とイブに当てられたみたいで、彼女もテンションが上がっていったのかもしれない。イブのチルいダンスと違い、ルナはダンスこそ周りの雰囲気にあわせているものの、表情とポージングがいちいちアイドルなのだ。それに合わせて周りの提灯をリズムに合わせて上手に叩いていく。器用極まりない。この、二人の異質で可愛いとかっこいいが綯い交ぜになった雰囲気は周囲の注目を集めていき、二人を中心にしたちょっとした輪が出来上がりつつあった。

「段違いで、可愛くね? あの二人ヤバイね」

 すぐそこで、そんな風に耳打ちしているのが聞こえた。たしかに全然違う。二人を中心にしていた輪が大きくなっていった。私は二人から段々と遠のいていく。キラキラと輝く二人が中心にいた。人垣の影が私と二人の間を阻んでいった。



岸正真宙


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