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ミミクロイドル あっしゅんの話10

 

 デビュー告知の生配信のあの日、私たちそれぞれの紹介VTRも配信された。初めてその映像を見たので、私はその内容をメンバーどころか自分自身の分も知らなかった。それはミミクロイドルに至るまでの三人のルーツであった。最初はリーダーのルナについてで、以前所属していたアイドルグループのオーディション映像からスタートした。

——憧れていたアイドルの世界に一歩踏み出した。
  ただ、それは挫折の連続だった——

 ナレーションを当てた映像にはルナの血の滲むような努力の跡が見えた。それなのに、残酷な現実はスポットライトから外されている彼女の姿のみだった。

——このまま、スポットライトを浴びない自分で良いのだろうか?
  自問自答した彼女は、未来のアイドル『ミミクロイドル』に
  答えを見出した——

 ルナは真っすぐそのVTRを見ていた。決して目を背けることなく、まるで自分の業を受け止める為政者のような瞳で、下を絶対に向かないという強い気持ちが、その横顔に映されていた。

 続いて、イブの映像だった。彼女は元モデルで多くの雑誌の表紙を飾る……男性だった。その映像を見るまで彼女の生物学的性が男性とは知らなかったので、驚いて彼女の方を見たら少しだけバツの悪そうな顔をした。数々のモデル業をこなし、多くの表紙を飾っていたが、彼女の本当の性自認が常に黒い核となり心の重しになっていた。

——彼女の心は女性で、本当は女性を着飾りたかった。
  そして、モデルと言う何もモノを言わない象徴では
  物足りないと感じていた。そして本当の自分を表現する為に、
  アイリダの中で理想の性別を取り戻す決心をしたのだった——

 こっそり私たちに「僕、着せ替え人形にはなりたくなかったんだ」と舌を出しながら、彼女は言った。その表情はモデルの頃のような鉄の仮面を被ったものではなく、私から見ても愛らしかった。

——メトロポリタンに突如現れて、街中でパフォーマンスをしている
  彼女の名前はあしゅん。ミミクロイドルになる為に生まれてきたような
  存在で、あのファリル・ルーを完全再現した。
  しかも、これが彼女にとって初めてパフォーマンスだったという——

 初めてメトロポリタンに降り立ったあの日、解放感を感じた私は無我夢中で自分を表現していた。踊る楽しさ、歌う気持ちよさ、バンドと一体感を作り上げる興奮。あのとき分かっていなかったが、こんなにも沢山のギャラリーたちを楽しませていたとは。まるでライブ会場で踊る観客のような映像だった。

 それにしてもどうやってこんな映像をとっていたのだろう。不思議に思っていたら、実はアイリダの中ではどんな情報も電子上に一度は記録されていて、それを簡単に取り出すことはできないが、公共の施設の中については提供してくれるサービスがあるらしく、それを使ったと後で斎藤さんが教えてくれた。
 映像についているナレーションは私を褒めちぎっており、それが素直に嬉しくて目頭が熱くなる。自分の評価がそのようなものだと知って、今までの努力が報われた気がした。そんな涙ぐむ私をルナは肘でつついた。「バカ、今泣くな」すぐそこにいるファンを喜ばせることを先決させろと。そんな風に言った彼女も、鼻をすすりながら笑顔をつくっていた。


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 後日、アーカイブされていた私たちの配信映像は、アイリダ内に放流された。どこの誰かも分からない、しがないミミクロイドルの映像を見てもらえるなんてことは、流石に今の時代はあり得ない。なのに、ある奇跡が起こって私たちの映像がバズった。

『なにこの子達! 可愛い! 推せる! @farrill_roux🔁』

 あのファリル・ルーが『good』と『check it out!』 と推薦リポストをしてくれたのだ。特に私のメトロポリタンの中での路上ライブをかなり気に入ってくれたみたいで、切り抜きして自分のデビューしたてと比べたりして喜んでくれたのだ。また、そのリポストをみて、各方面で界隈の野良のクリエイターたちがここぞとばかりに私とルーちゃんの比較や、オマージュ映像をつくってくれたのだ。さらに、あの時のバンドマンや同じ事務所のカエラ(Caera)まで拡散してくれて、たちまちアイリダ内にMiku×Mikuの名前が広がっていった。

——え? ルーちゃんの生まれ変わり?——
——中の人、同じだったりしてww——
——いや、さすがにオリジナルの方が凄いでしょ?——
 ⏎——で、この子がデビューするって。どうする?——
   ⏎——乗るしかないでしょ? この波に——
 ⏎——まあ、応援はするけども——
——可愛い。これは推せる——
——てか、メンバーのレベルも高すぎる——
——あれ、ルナちゃんじゃん。細道のナツクサにいた子だよ——
——待って、この子イブキじゃない? うそぉ。私、めっちゃ好きだったんだけど——
  ⏎——ショック! リダカマになるなんて——
  ⏎——今更性別なんて……オールド過ぎるよ、それww——
    ⏎——むしろ、推せる♡——
——このMiku×Mikuって来るんじゃない?——
——え? 今のうちにNFT会員になっておいた方が良い?——
 ⏎——その辺りは個人の判断に寄りますよ。でも、私は初期のルーのNFT会員です——
  ⏎——はい、勝ち組きたww——
  ⏎——億りびときたww——

 

 アイリダ内で話題が高騰し、『good』と『check it out!』のおかげで多くの人の認知を勝ち取ったMiku×Mikuは初ライブにも関わらず、ライブ会場のチケットがソールドアウトする状態になった。しかも、立ち見を当日で販売する事態にまで波及した。ただ、こういった情報は斎藤さんがプレッシャーになると良くないと考えて私たちに対してシャットアウトし、ライブが終わってからようやく教えてくれた。

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「ね? ルナ? こんなに会場って埋まるんだっけ?」

「わ……私も見たことないわよ。こんなに埋まっているの」

「ま、大丈夫でしょう? 独りとかより気が楽だよ」

 ルナと私が本番直前に舞台袖でビビり散らかしていたら、横でイブが男前なことを言った。

「関係者含めてたった三人の前で、ファッションショーをこなした私が通るわよ」

 閑古鳥が鳴く会場で独り歩くイブを想像してしまう。誰もいない花道を真っすぐに見つめて歩くイブが想像できて、どうにもこうにも可哀そうな気持ちになった。

「そ、そうね。これぐらいが丁度良いわよ」

震えた声でルナがなんとか返答した。

「でも、チャンスだよね。沢山の人に私たちのパフォーマンスを魅せれるんだもん」

私も気が大きくなってきて、だんだんとワクワクしてきた。私がそう言うと、ルナは手のひらで自分の頬を叩いたあと、ゆっくりと手を空中に差し出す。三人はもう一度手のひらを重ね合わせて円陣を組む。小さな声で「楽しもう。絶対に良いライブにするよ」とルナが目配せをしながら言った。声にならない「オー」を合図に手を天にあげた。さあ、いよいよだ。

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 私たちはまだ照明の灯らない舞台の中心へ歩いて出ていった。ざわざわとしていた空気が入場で静まり込む。私は自分の立ち位置で止まり、始まりのポーズをとる。観客の期待の気持ちが空気を重くしているように思えるほど、場が張り詰めていた。スポットライトが舞台天空から光の筋をつくり、三人を明るい場へと登場させた。その瞬間、沸き立つ観衆がいた。私は前の方に伸ばした自分の指先を見つめる。その指先には、見えていない花を掴んでいるのだ。その花は今日だけしか咲かない。それほど、繊細で、儚いもので、大事な大事な一瞬だと、自分の世界に没頭しようとした。

 青い雫が背景の映像に落ちる。それに合わせて、雨音が響き渡り、会場全体にARで雨が降り落ちた。大きな青いバラが会場の中心に花開いた。雨粒をはじきながらも懸命に立とうとしていた。舞台上の三人の後ろから太陽が昇り始めると雨が止み、空が紫を含む紺色に輝いた。蒼空に夜明けの星が光り輝くと辺り一面が光に包まれ、観客席に新緑の絨毯が伸びていく。さわやかな風が靡いて、空の雲が流れていった。

「聞いてください。Miku×Mikuで『アルビンの青い雫』」

——新芽の葉から、垂れ落ちる、つゆの粒(手で掬う)——

 ルナの伸びるようなアカペラからスタートした。ライブOP曲としては静かな入りの曲だった。ルナの歌声が会場の空気を揺らした。一拍おいて、力強いドラムのリズムと、スイングの気持ちいいサックスとトランペットがメロディに厚みとポップさを点火していく。今日入ってくれているお客さんのバイブスが高いのか、知らない曲にも拘わらずリズムに合わせて飛び跳ね始めてくれた。そうして、舞台上の三人も静から動へと切り替わり、しゃがんでポーズをとっていた三人は弾けるように舞台の中心から広がっていった。

——陽光ひかりを浴び、のびのびと、はぐくんで、生き生きとして

  (風が吹いて) やわい肌が 壊れそうで

  (揺らされてる) それでも 根を はり続けて——

 天頂から光が差し込み、舞台周辺のライトが忙しく同調しながら回転し、一気に華やかになった。歌のリリックが前方だけでなく観客が手を伸ばせば手が届く距離に浮いてグラフィカルに表現されていく。ドラムとベースの音が大きくなり、観客の心臓に直接ビートを刻んでいく。音楽のリズムに合わせてAR演出も様変わりしていく。

——謳え! インスパイア、呼び起こしてる

  ヴィジョン見せて、クリアに未来(さき)を——

 三人は開いた脚を閉じながらポジションを当初の位置から入れ替えてセンターをルナにする。歌うルナに合わせて、あっしゅんとイブはサイドウォークをして舞台の袖へと動き出す。

——謳え! 相当の愛なら、今、花咲かせるわ

  謳え! 見つけてあげるわ

  深海の闇、照らして

  芽吹かせてあげるわ 愛の力で blue lives!(Ah)——

 三人は片足を高く斜め上へ蹴り上げてから、ジャンプして身体の向きを左右、前と八拍で綺麗に往復する。正面に向いたら両手を胸の前から大きく広げて前に投げだし、愛を振りまくと口ずさんだ。

 一曲を歌い切って、ようやく私も周りの景色を見る余裕ができてきた。会場は後ろまで満杯で、ちらほらとサイリウムを持ってくれているお客さんが見えた。舞台から見ると意外と照明を受けて観客の顔が見える。歌って踊って私たちが笑顔を振りまくたびに、彼等の表情が変わっていくのが分かった。ああ、分かる。私には分かるよ。ミミクロイドルがいるってことは、推しを推せるということは、人生でキャンプファイヤーのような拠り所を得たようなもので、その炎の温かさに癒されて、同じ灯りに当たる人々と語らいあい、人生で唯一許される優しい時間と場所を手に入れることなんだよね。だったら、私は——、私たちは本当に光にならないといけない。

「はい! 私たちの初めてのライブ曲を聞いてくださりありがとうございました。私たち——」

「「「Miku×Mikuです」」」

 ルナのセリフに合わせて三人でグループ名を唱えながら、お決まりのポーズをとる。それに合わせて歓声をあげてくれる最前列の人々。

「今日、私たちがこうやってデビューをできたこと、こうして私たちのライブにお越しいただけたこと、応援してくださったこと、本当に本当にありがとうございました」

 絶大な感謝の気持ちを込めて、三人とも長い時間頭を下げた。

「こうして、皆さんの前で無事にパフォーマンスができることを、私たちは本当に嬉しく思っています」

「どうぞ、今という、もう過ぎ去りし時間。この瞬間を私たちと楽しんでください」

イブと私はもともと決まっていたセリフを告げた。

「続いて、二曲目です。『ぼくたち、時ドキ』」

 ルナが曲名を叫び、マイクを高々と上にあげる。私たち二人も放射線状になるように角度をつけてマイクを上にあげた。それが、まるで突き上げた拳のように見える。ギターが低音をかき鳴らして、グルーヴを作り上げ、バスドラの強いリズムが入ってくるイントロが鳴り響いた。

——大都会 檻に入れられた

  オンタイム ハリーアップ (oh, na-na, na, na, na)——

 ステージと観客席の両サイドから、ARで描かれた都会の高層ビルが数本ずつ、凄いスピードで天に伸びていく。あまりのスピードで、真横を高速電車がすり抜けていくような圧迫感があった。しかし、中央のMiku×Mikuはそれに負けず、ロック調のリズムに合わせて楽曲を歌いあげていく。

——遅刻はNon, no-no-non, no-good!

  一切 Cannot be allowed (oh, na-na, na, na, na)——

 両サイドだけでなく、今度は前後とビルが伸びていき、高層ビルの監獄に居るような気持ちにさせられる。しばらくすると、天井にもビルが現れ、そのビルがゆっくりと回転しながら落ちてくる。そんなプレッシャーをものともせずにステージ中央で拳を振り続ける、Miku×Mikuがいた。

——時間と自由はサムゼロになるけど

  そんなの、誰が決めてしまったの?——

 Bメロでメロウな雰囲気になったせいか、ビルの迫ってくるスピードがゆっくりとなっていく。まるでMiku×Mikuが時間系の呪文を唱えたような。そうこうしていると次は目の前のデスクやノートがふわりと浮き始めていく。

——いま 自分で勝ち取れ 魂の Still got time!

  エンジョイ & フリー yeah——

 サビに入ったところで、音楽も大幅に華やかになり、会場を圧迫していたビルは、突然全方位の窓ガラスが割れ、破片が左右から前後、天頂からとスローモーションで観客エリアとステージ上に飛び散っていく。まるでMiku×Mikuの歌が今まで自由を縛り付けていたものを壊していくような爽快感だった。

——超高層! 東京ね

  明かせ虚構 You and me

  僕たちの eternal time!——

 彼女たちの歌声が響き渡るタイミングで、ビルが完全に崩壊していく。天井には渦巻いた粉塵がゆっくりと回転し、最期の一声でその粉塵さえ払ってしまい、青空が突き抜けた。

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「お疲れ様です。斎藤さん、大成功ですね」

 関係者席の後方で、舞台全体を見渡せるポジションに立って見ていた斎藤の横に音楽関係者が挨拶にきた。

「いやぁ、皆さんのおかげですよ」

 斉藤は謙遜気味にそう答える。実際、頭を掻いていたかもしれない。

「しかしデビューライブでこの箱がこんなに埋まるなんて奇跡ですよ。流石、業界ナンバーワンの斎藤さんプロデュースチームですよ」

 太鼓持ちとはいえ、こういった褒め言葉はやはり嬉しいものがある。少しだけはにかみながら、それでも自分がしたことよりも、もっと大事なものがあると思う斉藤であった。

 舞台の上では曲を歌い切ったMiku×Mikuが天に拳を突き上げた時だった。一瞬ポケットのような音の隙間ができたあと、大きなうねりと共に盛大な拍手が巻き起こっていた。赤い赤い熱気が見えた気さえした。

「いや、流石に今回のは私の仕掛けではないですよ。先ほどおっしゃったとおり、奇跡が起きたせいですね」

「ファリル・ルーのリポストのことですよね?」

 斉藤は、そう答えた関係者に目を向けた。それから、また舞台の三人を見つめなおす。それは、飛び立つひな鳥を見送るような眼差しだった。

「私はですね、ほとんど全ての人間の前に『チャンス』は訪れると思っているんです。ただ——」

 先ほどまでボルテージが上がっていた会場が、湖畔の水鳥のように落ち着いた。静まり返った空気が伝わってきて、斎藤は話すのを辞めてステージで飛び立とうとする我が子達を見守った。

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 MCの時間だった。数曲連続で歌い、ルナ、イブと舞台の上で改めて自己紹介をした。二人の一生懸命な挨拶は沸き立つ声援を呼び込み、それが三人をどんどん前向きにしていく。そして、あっしゅんの順番になった時だった。あっしゅんは今までのことを思い出し、感極まってしまい涙でセリフがつかえてしまった。

「あの、すみません。言うことを決めていたのに……なんか、出てこなくて……」

 あしゅんの言葉を待つ為、観客は次第に動きを抑えていく。その無音のベールが彼女をもとのつぼみに圧しすぼめてしまいそうになっていた。そのとき、観客席から大きな声が聞こえた。

「がんばれー! あっしゅん!」

 中列ぐらいにいた、樹里が彼女の背中を押したくて、振り絞った言霊を送った。それが合図だったみたいに、一斉に会場のあらゆる所から同じような声援が沸き上がっていく。ステージの上のあっしゅんはむせび泣きそうになる自分の顔を両腕で隠した。彼女のひたむきさが伝わり、会場の声援はさらにボルテージが高くなった。その波が止んだ頃、あっしゅんは涙を拭いた。

「初めまして! あしゅんと言います。皆さん、泣いちゃってごめんなさい。みんなの声が嬉しくて……本当に、本当に嬉しくて。ありがとうございます」

 深々とお辞儀をしたあっしゅんに、拍手の雨が降り注ぐ。その雨粒を全身に受けながら、あっしゅんの頭には高速で思い出のフィルム映像が流れ込んだ。子供の頃に見たアイドルのライブ。学校で自分を装ってオタクを隠していた日々。アイリダの路上ライブとその時、誘ってくれた斎藤さん。練習を重ねるたびに際立つルナとイブのカッコよさ。口喧嘩明けのルナとの一糸乱れぬダンス。合宿中の三人の笑顔。全部、全部、この日の為に——。この瞬間の為にあったんだ。

「私、アイドルが大好きで、アイリダができてからはミミクロイドルが大好きで、大好きで! 推し活が自分の支えみたいな日々を過ごしてました」

 あっしゅんは、自分がどうしてアイドルに成りたかったか。そうして、アイドルがどう言うものかということを熱く熱く語る。それなのに自分が、いざアイドルになると思ったら、自信が消えてしまったことも。何が自分にはあるのか? メンバーの二人には普通の人には無いものがあるのに、自分にはそんなものは無いと、そういったネガティブに陥っていたと伝えた。

「でも、気づいたんです。自分が一番推したい自分になってしまえって。それで、自分が一番楽しんでしまえって。そうしたら、そうしたら……『ああ楽しかった! 幸せだ』って思えたら……もう、それが優勝ですよね?」

 あっしゅんの晴れやかな笑顔と声が響き渡ると、一拍遅れて歓声が沸きあがった。もうお客さんはあっっしゅんを応援するワンチームになっていて、会場に一体感が生まれ始めていた。それは、ライブ会場にだけ起こる物語のような瞬間だった。

「ARライブに来てくれてありがとう!」

 あっしゅんがそう言った瞬間、熱気が噴きあがる。観衆たちが両手をあげたり、拍手をしたり、指笛が鳴り響いたりした。それから、次の曲のイントロが入った瞬間、あっしゅんは

「私にできる精一杯、聞いてください‼」

と叫んだ。

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「——ただね、——」

 斉藤さんは会場が一つの生き物のようにうねっている場を見て、どこか懐かしむような表情になったまま、先ほどの言葉の続きをはなし始めた。

「——、そのチャンスを掴める人は、それに相応する努力を必ずしている。チャンスの風を掴むのは、ひたむきな努力の帆を張れる。そういう船だけだと思います」

 Miku×Mikuたちはその場が持つ会場の力をもらい、その後も楽曲を歌いあげた。その夜、アイリダのネイチャーワールドではCable Boxの外まで、その歓声と地響きが響き渡っていたという。


 こうしてMiku×Mikuの初ライブは大成功に終わった。ライブ会場の裏手に関係者用の出待ちがあった。楽屋に入ってきたのは学校の友人たちと樹里だった。

「ちょぉぉぉ……」

 入ってきてすぐに泣いて抱きついたのは、ユーリでも茉優でもなく葵だった。ミミクロイドルとして普通に感動したらしく、その感動の涙にもらい泣きしながら葵を抱きしめた。あっしゅんは笑いながらその場にいた五人に感謝を述べた。聞くと学校のみんなは樹里とはライブ会場に入る前から知り合いになっていたらしく、五人で固まってライブに来てくれたらしい。どうやって知り合ったか? それは、ユーリが、学校であっしゅんがミミクロイドルであると分かって直ぐにHey Dude上のアカウントを特定し、樹里との仲の良さを発見し、自分にとって敵かどうかを判別する為DMを送ったらしい。ああ、恐ろしや、ユーリのストーカー気質。

「めっちゃ可愛かった。やったね」

 樹里はあっしゅんとハイタッチをし、「私も推せるかも」と茉優が言い、「あっしゅん&ルナのカプ推しをすると決めました。学校でも見れるし」と相変わらずわけの分からないことを言うユーリがいた。みんなにメンバーを紹介したら、葵とユーリとが変なテンションになって終始和やかな雰囲気だった。やっと初ライブが終わった実感を持っていたら、横にルナが立っていた。

「あっしゅん、ありがとうね」

 急にそんなことを言われたので、びっくりしていたら

「あのね、本当はミミクロイドルになるの嫌だったの。自分の顔を隠してるみたいで、肯定的になれなかったの」

 私には分からない。でもルナがアイドル時代相当悔しい気持ちでいたことは想像できた。

「でも、あなたのおかげで、そんなのどうでも良くなった。本当に、バカみたいに、ミミクロイドルが好きな子がいるんだもん」

 ルナがこっちを見て笑っているのが分かった。目の前が滲む。私はうなずいた。

「だから、私、本当にこのグループに入れて、あなたに会えてよかった」

 ルナがそう言うから、私は何も考えずに彼女の手を握る。すると、背の高いイブも混ざってきた。「私をのけ者にしないの」と笑顔で手を重ねてくれた。硬い硬い絆がそこにあった。

「過去から、未来に向けて、さあ、いくよMiku×Miku」

 誰かがそう言って、私たち三人を写真に収めた。

 

🎤エピローグ

 

 三枚目のEPを世に出して、Miku×Mikuはリリースイベントをこなす日々が続いていた。そして、初の全国ツアーも控えていた。ライブ会場にだけアイリダのシステムを導入しているライブハウスが各地に出来つつあり、日本各所でもアイリダのアバターのままライブが可能になった。まだ会場の数は数えるほどしかないが、それでも直接全国のファンに届けられることが大きなうねりを生み出していた。あの、ファリル・ルーによる衝撃の乗っ取り事件によって、一時はアイリダのサービスが停止するかと言われ、ユーザー離れが起ころうとしていた。しかし、そんな風評被害の中、アイリダの人気を支えたのは、他でもないミミクロイドル達だった。その中でもMiku×Mikuは特別な存在になりつつあった。彼女たちがいたからこそ、ファリル・ルーがいなくなった、ファンたちの心を埋めたのだった。


「唄って、踊って、魅せて。それが私のすること! みんなに届け! 私の唄!」

 

 自分が変わってしまっても良い。そう思う。だって、人生は一度きりじゃない。思っていた自分じゃない自分よりも、なりたい自分に——

 そうでしょ? さあ、あなたもアイリダヘ——

 

 





岸正真宙

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