見出し画像

ミミクロイドル あっしゅんの話 7

 踊り終えて私とルナは目が合い、ハイタッチをした。その瞬間、私たちは同じ景色を見ていた。スポットライトが輝き、割れるような歓声が響き、舞台の上にたつMiku×Mikuの姿を。

 私が飲み物をとりに鏡の傍へ行こうとしたら、レッスンルームに拍手が鳴り響く。力強いかしわ手は、丁度いい音程になって人の心に染みわたる気がする。斎藤さんとイブがレッスンルームの入り口で称賛していた。イブは私と目が合うと、満面の笑みを浮かべて駆け寄って私とルナに抱きついた。

「凄い、凄い、凄いよ。めっちゃドンピシャ、息ピッタリだったよ。もう、昨日の今日だったから、僕もどうしようって心配だったのに。いつの間に二人でこんなことすることになってたの?」

 少し上ずった声が漏れ出てた。表情が見えないけれど、彼女の温かい気持ちが流れ込む。イブにルナと示し合わせたわけじゃなかったんだと伝えたら、嬉しそうにさっきよりもきつく抱きしめた。

「練習が進んでるみたいだね。二人のダンスの完成度が高くてびっくりしたよ。ちょっといつもより早く打合せが終わったから、見に来てみたけど、いいものが見れたよ」

 斉藤さんが、手を広げてそう言う。斎藤さんは良く人を褒める。というか、良いところを見つけるのがとても上手だと思う。だけど今日のそれは、それこそ手放しの賞賛のような声色で、私はやけに胸が熱くなった。

「ありがとうございます、斎藤さん。ね、あっしゅん、ごめんBメロのところ私ズレたかも。あっしゅんがあの時したアドリブ凄い良かった。だから私が合わせるようにするから、またやって欲しいの」

 ルナは斎藤さんへの返答を顔だけでして、すぐにダンスの振り返りをしたくて私を見つめた。手を空中にかざして、タップしてARメモ帳を起動させ、踊っていた曲名の歌詞ファイルを呼び起こした。そのまま自分が振り返りをしたところをタップする。歌詞は手書きで、行間に歌詞の意味の解釈を事細かに書き込まれていた。緑色のペンでダンスの注意点を書き加えた。真剣な横顔はまるで入試本番の受験生のようだった。その純度の高い努力は、素直な感動を覚えたぐらいだ。

「あと、昨日は私、言いすぎた。ごめん」

 ルナは私に正対してから深々と謝った。

「ううん、私こそ、自分を持ててなくて、自覚がなくてごめんなさい」

 私も、言おうと決めていた言葉を口にした。それからお互いに肩に手を当て合い、自然と抱きしめて背中をさすり合った。

「ルナはチームリーダーとして自分が引っ張らなきゃならないとプレッシャーを感じていたんだろうね。チームの完成度は自分の責任だと感じて、焦りが出てしまったんだろう。だけど、メンバーを信じることもリーダーの重要な資質だよ。コントロールするのではなく、預ける感覚が大事だよ。ルナ」

 ルナの頭に手を掛けながら、斎藤さんが優しく言った。その様子が本当は打合せなんて無かったんだと見て取れた。きっと、メンバーのことを考えて斎藤さんなりに解決策を考えていたのかもしれない。

「それと、あっしゅんも、良く立ち直ってくれた。僕が見たかったのはストリートライブのときのように自信溢れる君だったんだ。やっぱり君は凄いね」

 斉藤さんが笑顔でそう言ってくれたら、イブがまた私たちに飛びついてきた。

「そう! 別人みたいだった。ほんと、どうしたの今日のあっしゅん。それに、AR衣装もだし、メイクも髪型もだし、とにかく全部可愛い」

 私が小さなころから聞いてこなかった、褒め言葉が耳の奥を擽った。

「私、二人と比べてしまっていて、自分のことに自信が持てなかったんだ。知らず知らずのうちに、ミミクロイドルになることが怖くなってたの。リアルじゃ「かわいい」とは程遠い顔をしていて」

 抱き着いた手を放したイブも、ルナも私の話をちゃんと受け止めてくれていた。

「でも、もう吹っ切れたというか、私は真正のドルオタで、アイドルが死ぬほど好きで、だから私は自分を死ぬほど好きなミミクロイドルにしようと。私は私自身を推しまくることにしたの」

 鏡に映る私は細部にいたるまでこだわった「かわいい」を装備した、完全なミミクロイドルだった。そこに居るのは最強のアイドル。そんな私の隣にルナもイブも並んでくれて、それから自然と三人で手をとり合った。多分、今日、この瞬間、Miku×Mikuって産まれたのかもしれないと、私は思った。


 

image creator


 時間がない! その言葉がスタッフから聞こえてきたのは、十月も後半であった。どうやら斎藤さんたちも必至でやりくりをしてくれていたみたいだけど、もはや演者にしわ寄せが来るぐらいスケジューリングが間に合わない状態になっていたようだ。そこで、緊急の合宿を組むことになったのだ。一週間ほど渋谷にあるスタジオを借り切ってダンス、歌入れをやり切るそうだ。近くのホテルに私物を置いて、あとは合宿所に缶詰め状態にされるらしい。何をどうやったらこれほど濃密なスケジュールになるのかと思うほど、渡されたスケジュールは黒く書き込まれていた。一日に二曲、振付を入れ。それが三日ほど続く。え、無理がある。その合間を縫いながら曲入れという流れで、空白のスケジュールはどこにも見当たらなかった。

 合宿初日に大きめのスーツケースを引っ張って来た三人は、それをホテルにしまう暇も無くトレーニングルームに詰め込まれた。みんなと一緒にいられる時間が増えることに、ちょっとしたお泊り会ぐらいの気分でいた私は、そんなことを思っていたことを後悔するぐらいの練習詰めで、初日の夜には泣き言しか言えなかった。ルナもイブも珍しく弱音を吐いていて、これがあと何日続くのか考えただけで頭がくらくらしてきた。

「僕、筋肉がこんなに震えてるの初めてかも……きついね」
「まじで、ありえないわ。どうも進行が変だと思っていたのよ。一曲目が上がってからの次の曲までがやけにゆったりで、心配していたらこんなドタバタになるなんて」

 ルナとイブと私はトレーニングルームの床にへばりついてそれぞれに呪詛をはく。特にルナの呪詛がどんどんと濃くなっていて、このままでは魔界から何かを召喚しかねない勢いであった。

「ね、三人で支え合おう。部活の合宿の時もそうしてたの。だいたいきつくてストレスで感情がぐちゃぐちゃになりやすいから、絶対に相手のことを受け入れるし、相手のことを支えるって決めて挑むと良いのよ」
「そうね、あっしゅんの言う通りかも。メンバー間だけでもギスギスしないようにしよう。私も怒りは全部斎藤さんにぶつけることに決めた」
「うわ、斎藤さん可哀そう」
「僕、ストレスたまるとめっちゃ食べちゃう」
「えー、イブが? 意外じゃない? モデル体型だから、そっち系じゃないかと思っていた。え? 何系でドカ食いするの? スイーツ、ラーメン、中華とか?」
「どん……」

 一瞬リアクションを忘れる。なんかの効果音の話をしてましたっけ?

「どんって……丼もののこと? え? 牛丼とか?」
「うん……」

 私とルナは見合わせて笑ってしまった。だって、あまりにも体型とイメージが違うから。聞くと大盛りを二つぐらい食べてしまうらしい。身体のことを気にして摂取するものをしっかりコントロールしている反動だと話してくれた。幸い、合宿所の周りには美味しいものがたくさんあるわけで、私たちが外に出ることはできないけれど、宅配を頼むのは自由にしていいとは言われている。

「じゃあ、伝説のすた丼屋でもいっちゃいますか」

 ルナがスマートフォンを起動して、ARで検索画面を表示しながらお店の検索をした。私も横に並んで見ると、うしろからイブが二人の肩に肘を載せて腕の組み台を作って顔を載せながら、画面を覗き込んだ。

「じゃあ、このすた丼と唐揚げ丼を」
「え? 二つ?」

 私は目を丸くした。どんぶりなんて一つでも多いのに、二つって。しかも唐揚げ丼って。なんかトレーニングハイになっているせいで、やけに笑いが込み上げてきた。そんな二人を見ずに黙々とトッピングを加算していくイブは真剣そのものだった。その姿を見て部屋の中は笑い声で充満されていった。



image creator


 私たちは合宿中、朝五時半に起きてランニングをすることにした。ルナからの提案だったが、みんな乗り気だった。メトロポリタンは国道246号を越えたところはまだまだ開発中の箇所が多く、見た目にはメトロポリタンの様相をしていてもセンター街ほどインタラクティブなアクションは無い。その為、ちょっとした書き割りみたいなデジタルデザインにの場所もあり、それほど没入感を感じられない。それでも、朝の光がそのまま街に差し込んでいる景色は美しく、ARでデコレーションされた世界なのに新しい一日を全身で感じられた。

 ラニングコースはホテルの周りを一周して、さくら通りの坂を駆け上りホテルに戻る。人が一人もいない蛇行したその道は下から見上げると物語じみていて、なにやら予感を感じさせた。が、実際に走ってみるとただの坂で、体力を削ぐ障害物だった。それでも一日の初めに粒の汗をかき、自分たちの中の代謝を促す運動は、やっぱり音楽の始まりみたいで、私は好きだった。

「あっしゅんもルナもランニング速いね。私のペースちょっときついかなって思ったんだけど、全然いけるね」

——と化け物が坂を昇り切ったところでこちらを見下ろして、そう言った。走り切ったイブは肩で息するぐらいなのに、私もルナもその場にへたり込んだ。息があがって、BPM160くらいの速さで胸が上下している。イブのペースはいくらなんでも速すぎた。これでも部活で肺機能は鍛えているつもりだったのに、完全にアスリートのペースだった。ペットボトルのキャップを勢いよく開け、気持ちよさそうに飲むイブは、太陽の光もあり後光が差し込んでいた。

「ああぁぁぁぁ‼」

 地面に両手をついて、地響き見たいな声で悔しがるルナがいる。って、もしかしてルナって今のも負けて悔しがってるってこと? うそぉ、負けず嫌いも過ぎるじゃん。
 私が、「なんて声をだしているの?」ってつい口にだしちゃうと、口に手をあてて、「やだ、ごめんごめん」と苦し紛れに舌をだして可愛さを繕った。いや、逆に面白いよ、ルナ。

「でも、丁度いいよ。これぐらいしなきゃだよね。体力って、ここぞって時に必要だもん」

 息が上がりながらも私は二人にそう言いきかす。大丈夫、三人なら乗り越えられるから。
「お、いいね。体力は財産だから、ランニングってのは貯金と一緒。だから、お得なの」

 イブが意味の分からない事を言うので、私もルナも呆れるしかない。疲れっ切ってるせいで、おかしくなってしまい、私はまたお腹を抱えて笑った。




岸正真宙


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?