必幸福論
三十数年前の僕とは
四六時中女の子のことを考え
それと同じ位自分の性格·行動をスクリーニングしていた。
これはダメ あれもダメ
極々たまに「それはいいんじゃない」と。
三十数年経ち女の子の頻度は減ったが、性格·行動のスクリーニングは止まらなかった
過ちを犯すべからずと幾つも増えていったルールの中で家族も乗船させて
出港した船は 徐々に傾き 士気は下がり 船体はボロボロ 燃料も底を尽きかけ これ以上の航行は無理ではないかと感じつつ、表面的には変わらない生活を過していた。
しかし転機が訪れる
僕の体に新種のウイルスが入り込み
いたずらを始めた
家庭内感染でもう僕が定めたルールは
機能せず そのことによって最低限の均衡もとれず制御不能となり、奥さんからのなんでもない一言に血相を変えて反論した。
子どもには見せたくないシーンだが
子どもが居ないと、より冷めていく速度が早く、西日に映された自分の影が愛想を尽かし、何処かに行ってしまいそうな気がした。
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