【第12話の⑥/⑯】レモン亭 /小説
俺は、小森の家におしかけていた。遅れて久本も合流予定だ。都市と循環とかいうテーマのシンポジウムが京都であるらしく終わり次第来るとになっている。ご熱心なことでなによりだ。
俺が借りている部屋は1LKでリビングは6畳しかない。テレビと小さな机とベッドを置けば部屋が一杯になるくらいの広さだが、こいつの部屋のリビングは10畳はあり、キッチンとの間に扉がありコンロは2口もある。要はグレードが高い部屋を借りている。
「お前、素敵な女子と二人でレモン亭行ったらしいな」
「えっ、ばれてたか。あー川村さんから連絡がきたんだな」そうだ、と頷く。こいつは黙ってレモン亭に女性を連れて行ったのだ。聞くに意中の土井さんがちょっと頭を悩ましていることがあって女性陣には色々と話を聞いてもらったらしいが、男性陣にも話を聞いて欲しいということで何番目なのかは分からないが白羽の矢が立ったということのようだ。
「俺にとっては願ってもないチャンスなわけよ。二人っきりになれるわけだからほぼデートやろ。レモン亭はさぁ、普段大学生が行くような店じゃないし喜んでくれるかなぁって思って」土井ちゃんへの恋路を邪魔するつもりは毛頭ない。むしろ上手くいってほしいと思ってるくらいだし、土井ちゃんも交えて遊べるようになったらいいな、とこっちは思ってるくらいだ。
「本当にそれだけやな?」
「というと?」
「川村さんの話をしてないやろな」
「あったり前やろ、だいいちそんな浮かれた話をできるような感じじゃなかったしな」何を言われるか少し不安だったようだが、その不安は一気に吹き飛びなんだそんなことかと言わんばかりの晴れ晴れした顔になる。
「で、三井さんはいたか?」三井さんとは今俺たちが追っている謎の客だ。
「すまん、そうだよな、分かる。レモン亭に行ったのは夕方だったから居てなかった、多分」
「どうせ行くなら夜いけよ」
「ごもっとも。いやー土井さんがその時間がいいっていうから、しゃーないっしょ」まぁ仕方ない事情はよく分かる。欲張りすぎるのは良くない。
「で、土井ちゃんとの距離は近づけたのか?」小森として最大級に親身になり話を聞くことに徹したそうだ。つまり出来る限りのことはしたから土井ちゃんとの距離が近づいたと信じている。
気になる話というのは、土井ちゃんの5つ上のお姉さんがプロポーズされたけど保留しているという。5つも離れていると姉妹の中はとても良いらくし、その男性のことを両親も土井ちゃんもとっても気に入っていてどうして保留しているか分からないくらいの方らしい。お姉さんもその人のことを悪くいう感じはないのでなんで保留しているか分からない、というのだ。こんな話を小森に聞いてもらって何かお困りごとの解決の糸口でも見つかるのだろうか。小森はまだ学生だ、結婚なんて何も分からないだろうに。
「しかし、お姉さん思いのいい妹だな土井ちゃんは。まるで自分ごとにしてお姉さんのためになる何かを必死に見つけようとして、何の役にも立ちそうにないお前にすら時間を使うんだから」
「ほんと、いい子だよな」この時彼の喉元を通ったビールはさぞ味わい深かったろう。
この日からしばらくして土井ちゃんのお姉さんが三井さんとしてレモン亭にやってきてその何日後かにプロポーズを受けることになる。しかしそんな未来が来ようとはこの時は誰も想像だにしていない。
(続く)