【第12話の⑬/⑯】レモン亭 /小説
私は伊藤君を介してその伝言サービスの運営者と日程を調整し会うことになった。状況から略奪婚のような展開ではないだろうということは明白である。指定された場所に現れたのは、私と同じくらいの年齢に見える女性だった。髪はながく私なんかよりツヤツヤしている。首もシュッとしていて小顔効果が抜群に効いている。
「はじめまして。ボナベンチュラの栗崎です。」この人は栗崎さんというらしい。名刺はないようだが、その代わり何枚かの紙を手渡された。ご丁寧に予備も含めて2部。一通りの挨拶がすんだのち栗崎さんはその紙に書いていることを上から説明を始める。
「こちらに概要が書いています。京都市中京区にレモン亭という喫茶店があります。レトロで雰囲気のよいお店です。交通費はご希望されるならお支払いしますが、お店に行ってほしいんです。三井という名前で必ず1週間前までに予約して下さい。当日はお店の方がお席までご案内いただけます。お店に行けそうですか?」京都なら馴染みの場所だし、家からなんら問題なく行ける。
「大丈夫ですけど、レモン亭には必ず行かないと駄目なのですか?」そうなんですと言い、どのように伊藤君からのメッセージが私に伝えられるか説明があった。
「けっこう手間がかかりますね」私の正直な感想だった。
「そうなんです。メールでも動画でも簡単にメッセージが送ることができる今だからこそ、ちょっと暗号の謎解きのような手間が逆に好評なんですよ」
「いま、教えてもらうことはできないんですよね」
「申し訳ございません。面倒でしょうが、きっとご満足されると思います。こんなに時間やお金をかけてまで土井さんにお伝えしたい気持ちを是非受け取ってください。」私の前に置かれた紙をめくり続ける。
「こちらが読み取り表です。」彼女はこの表の読み取り方を丁寧に説明してくれた。
「メッセージの伝達は土井さんがご予約される日の夜8時から始まりますのでそれまでには必ず席に座っていてください。席から外に目をやると目の前に見えますのでご安心ください。」
「8時から始まるメッセージを見て、この読み取り表で変換して読み取るのですね」私は念の為確認をした。大事な所だ。しかしなんでこの人たちはこんなことができるのか本当に不思議だ。いつも見ているもの、誰でも見れるもの、それがある時刻から私だけのメッセージへと新たな意味を持つ、という。こんなサービスが世にあるとは。目で見えるものが全てではない、とはよく言ったものだ。
「その通りです。メッセージの長さにもよりますが、いつも9時までにだいたい終わることが多いですね。」
「分かりました。あのー、栗崎さんは、伊藤さんと会われて何度か打ち合わせなどをされているのでしょうか。」
「えー、お会いしています」
「元気にしていましたか?」
「元気ですよ。土井さんがどれかけ伊藤さんの中で特別なのか、よく伝わってきましたよ。」ニコっと笑いかけられる。どう特別なのだろうか、と気になったが考えても仕方がない。一日でも早く私はレモン亭に行かねばならない。
(続く)