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【第12話の⑯/⑯】レモン亭 /小説

 いつものファミレスでいつもの反省会が今日も開かれている。しかし今日は、いつも以上に盛り上がってはじまる。土井ちゃんのお姉さんが来店したからだ。話題が、小森と土井ちゃんに移っていたとき川村さんが合流する。今日は川村さんはポニーテールではなかった。少し残念な気持ちもあるが、俺はポニーテールそのものが好きなのであってそれは川村さんだろうが誰だろうが別にどうでもよかったのかもしれない。ただ身近でポニーテールをしている女性が川村さんだけだったということなのかもしれない、そんなことをふと思ったが、それは今俺を包んでいる高揚感による錯覚である可能性は否定できない。


「今日は皆に新しいニュースがあるぞ。」そういって俺のスマートフォンを持ち上げて皆に見せて続ける。
「いいか、見ておけよ」そういって先ほどのスマートフォンから、その男性から聞いた電話番号に電話を発信する。すると目の前から、大きな音がする。久本は、急いでバックからスマートフォンを取り出す。その間中音はなり続けている。いや、その取り出したスマートフォンが鳴っているのではないか。あれはいつも久本が持っているスマートフォン、ではない。久本はスマートフォンを操作し音を消した。と同時に俺の発信は強制的に切断された。どういうことだ。歯車が外れそうになる空気を元に戻すかのように久本が口を開く。


「おめでとう、武田。まさかもう電話がかかってくるとは想定外。」小さく拍手している。普段記憶にとめることのない近所の電線に茶色ではない白い雀がとまっているのを目にすることがまずないように、今の状況ははなから頭にはない。
「なんでお前の電話が鳴るんだよ」俺には詳しい説明が必要だった。
「だって俺がボナベンチュラだから。どこで聞いた?もしかして今日来ていたあの男性から聞き出したのか?」俺はそうだ、とうなずいた。
「へー、お前らくしくない勇気ある行動じゃないか。すごい。しかし、だから現場に来ちゃいけないんだよな。何回もくぎを刺していたのに」
「ねえ、どういうことなのよ」と川村さん。
「お前がボナベンチュラ?じゃあ信号もお前が操作したのか?」川村さん、ちょっと待っててくれよ。
「そうや。なんだ結構聞いてる感じだな」どうやってそんなことやってのけるんだ一学生だろこいつは。
「どうしてレモン亭だったんだ?」なぜレモン亭だったのか。これは大事な質問だ。
「あー、そうだよな。実はさ、レモン亭は俺のおじいちゃんが始めたお店ってだけで、自由が効くから。」
「それだけか?」
「そう。それだけじゃダメ?」ただただ親族がやっているお店だからレモン亭、だっただと。
「ねえ、ちょっと待ってよ。二人で話を進めないでよ。どういうことかちゃんと説明してよ」と川村さん。
「レモン亭に三井さんを呼んでいた張本人は、この久本ってこと」と俺は川村さんに言う。久本はすましげな顔に笑顔を浮かべて小さく手を振っている。


「えっ、どういうことよ。一緒に謎解きしてただじゃない。じゃあ私たちをだましていたの」
「うーん、まあ騙してたってわけじゃないけど。黙ってはいたね。何か不思議な縁を感じて。自分が始めたサービスは、口コミだよりでネットに情報を載せてないから、どうやって俺までたどり着くのか興味がでて、行く末を見守ろう、と思って。だってまさか当事者として謎解きに参加できるなんて思ってもいなかったし。」
「なによそれ」やや川村さんは怒っている感じだ。
「お前さあ、それはないんじゃないの。ちょっと裏切られた感あるんだけど」と小森。普段あまり感情を表に出さないだけに、だいぶと怒っているようにも見える。そう、なんか裏切られたような気がする。目の前に正解を知っている人がいた。久本は俺たちと一緒に行動していて何を思っていたのだろうか。その後も久本への不満がある程度みんなから出て、話題はこの謎のサービスへと移る。今日は俺の発見による進展で俺が主役になるはずだったのだが、もうそんな状況では全くない。


「そのボナなんとかのサービスって何なのよ」と川村さん。
「そうだよね。いやーやっぱり予約者の名前を三井で固定したのはまずかったな。お店には分かりやすいと思っていたけど、確かにバイトの人とかが変に思うよね。」
「そんなお前の反省はいいんだよ今は。まあ俺たちを振り回したようなもんなんだから説明責任あるんじゃないのか」さきほどより小森の口調は強い。
「もちろん話す。どのみちこのサービスは期間限定でしかできなくてあと5か月もすればどれだけニーズがあっても強制終了だったし。もしそうなったら俺からお前らに話そうと思っていた、というのは言っておく。」

そして久本が話した内容はこういうことだった。そもそもこいつの一族は京都都心でいくつも土地を持っている地主で、地域に顔が効くのだそうだ。学生のくせにはぶりが良すぎる理由がやっとわかった。レモン亭が入っているビルの土地も一族のものでビルもそうだという。ある時、メッセージとして使うことになる信号を撤去するという計画を久本のお父さんが知ることになる。お父さんはレモン亭から見える信号を含めた景色を子どものころからずっと見てきたこともあり信号には並々ならぬ思い入れがあったのだそうだ。警察に掛け合ったが撤去はしないといけないのだが、久本さんの申し出だからということで1年間撤去の日を延期することを約束してくれたという。ただし、京都全域で使用している信号の赤や青をを切り替える交通システムは使えなくなるので、あの信号機に限り独自の切り替えシステムを用意して責任もって運用することが条件になった。

お金をかけてシステムを作り警察の非公式の許可を得たわけだが、久本が大学生だったこともあり、必要な費用は負担してやるからあの信号を使って社会のためになることを考えてみろ、と言われたそうだ。よく分からないが無性にやる気の火が灯って思いついたのがボナベンチュラだという。
「地球環境がどうのこうのと言って色々付き合い断ってきたと思うけど、あれは嘘で実はボナベンチュラの活動してたのよ」
「二つの顔をもって生きるのは大変でしょ。何が久本君を突き動かしたのかすごい興味があるんだけど」と川村さん。
「みんな、山登ったことある?」この場には誰もそんな奴はいなかった。
「いないか。俺はたまに左京区の左大文字山に登るんだけど、登山というかハイキングレベルで負担も少ないし」
「あー、そういえばこの前誘ってくれてたな」と小森が挟む。
「低い山だけど登ったら京都の街並みがよーく見えるのよ。盆地だっていうのもよくわかる。京都の街って人も多いし物理的にも気持ち的にも窮屈だろ。でも、そこからの見晴らしは気持ちがいい」川村さんは前のめりでウンウンとうなずきながら聞いている。


「で思ったわけよ。あんな窮屈な所で色んな意味で窮屈に毎日を生きている人たちのたくさんの思いを街は受け止められているのかなって。たぶんそんなスペースも余裕もきっとない。だからたくさんの人は色んな思いをどこかに捨てながら生きているんじゃないかって。左大文字山の上から街を見ていると、その捨てられた思いが、こう街のあちらこちらからふわーっと浮き上がり空へと飛んで行っているように感じるようになって。なんかそれって悲しいよな」両手を広げ空にゆっくり上がっていくジェスチャーをしている。
「久本君にもあったの?窮屈に生きるために捨てた思いってのが。」と川村さん。
「あるよ。思い出せないだけで多分たくさんあるんじゃないかな。」
「例えばそれは何か教えてくれたりする?」川村さんの投げかけに少し考えていたのだろうか、間を置き答える。
「友達が持っていたある物がどうしても欲しかったけど、実質もう1点物で買うことが出来なくて。俺はそいつにジュースとか奢ってやってたし漫画も良く貸してやってたこともあり、なんとか借りられたまではよかったけど、傷付けちゃって。早く返せよと言われながら追及をのらりくらりかわす政治家みたいにかわしていてたら、なんかドンドン疎遠になってきて。それは今も俺の家にあるんだけど、もう何年も経つし今更ゴメンというのもなんか違うし、お金出して弁償するのもなんか違うし。いや、できるのよ。中学の同級生で家も知っているし、お金持ってゴメンって謝りにいくことは物理的には可能だけど、なんか気持ち的にな。でもずっと心残りになっているわけ。あの時に戻ってやり直せるならちゃんと謝っただろうし、そいつとの関係も変わっていたかもしれない。でももう時間がたちすぎているから今更何かをしようとは思わないけど。」
「ふーん。でその欲しかった物って何なの?」
「服だよ、服。パーカー。古着屋で買ったんだって。」
「なるほどな、あるある。誰でもそういうのあるかもな。特に振り返るとけっこう大きな分岐点だったということだとなおさらだな。伝えたほうが良いと思っているけど、訳あって直接面得るのははばかられることを代理で伝えてあげようというのがボナベンチュラか?」と俺は聞く。
「簡単にいうとそういうことや」
「今日、土井ちゃんのお姉さんは何を伝えられたんだ?」
「それは勘弁してくれ。ただ俺のパーカーよりももっともっと人生に大事なことだったようよ。お前も見てただろ、泣いてたぞ。心の声があふれ出てたろ。きっとお姉さんにとってはすごく大事なことだったんだよ。」
「そっか。世の中のためにはなっていそうね。ちょっと見直したわ久本君。すると三井さんはどうやってメッセージを受け取るわけ?教えてくれるわよね」と川村さん。久本は、一つ一つ丁寧に説明していた。夜の8時からあの信号機の青や赤の表示がメッセージになっていて、三井さんが手元に持っている読み取り表で読み替え、読みかえた言葉をつなぎ合わせると意味のある文章になる、ということを。


まだまだ聞き足りない所はあるだろうが、川村さんは概ね満足しているようにも見える。三井さんとしてレモン亭にやってくる人はそれぞれ抱えているものは違うのだろうが、レモン亭にやってくる三井さんの謎は大筋解決されたといえる。
「すごいな。それを1人で考えてそこまで作り上げたのか?」俺は正直感心していた。久本ってこんな奴だったか。やっと受験勉強から解放されて、社会人になる前の最後のゆっくりできる時間をどう遊ぼうかとしか考えていない身としては、少し恥ずかしくなってしまうくらいだ。
「着想は俺だけど、親父がいつもお世話になっているという栗崎さんというコンサルタントの女性を紹介してくれて、その人が大分とサポートしてくれて」みんなひと段落したか、少しの沈黙がテーブルを訪れた。


「よし、これで一件落着だな。俺んち来て皆で打ち上げしようぜ。裏話はそっちでしようや」と小森。もう夜の11時を過ぎていたけど、まあ徹夜でもなんとかなるのが学生の強みと言える。みんなノリノリだ。すると少し照れているように見えたが、久本が言う。
「あのさ、平井さんも呼ばない?斉藤税理士事務でバイトしている平井さん」確かに平井さんも立役者の一人ではある。こいつこんなところまで目くばせできるとは。

「久本君優しいね、確かにさくらも一肌脱いでくれたしね。じゃあ私からさくらに連絡とってみようか。」と川村さん。うなずきながら久本は続ける。
「カミングアウトついでに今言っておくけど、実はちょっと前から平井さんと付き合ってて。。。」
「えっ」
「えっ」
「えっ」3人が同時にハモッたのはこれがおそらく初めてだろう。なんと今日はやはり徹夜になりそうだ。なんという展開だ。同時にたくさんのことが起きていて一晩で消化できるのか。
「小森もほら、土井ちゃんのお姉さんは多分結婚することになるんやから、土井ちゃんを早く口説き落とせ」と久本。
「おっ、おっおう。」
「武田も、川村さんとな、ほら」
「いや、だからさ」馬鹿野郎、ずっと言っているけど何言ってるんだこいつ。川村さんに目をやると、少しうつむき加減で固まっている。完全に否定できない自分もいる。どうしよう。川村さんのリアクションはどっちの意味なのだろうか。まんざらでもないのか、そういう話は困るということなのか。待てよ、久本と平井さんの関係からして色々な情報は時に脚色もされながら筒抜けだったわけだ。あの平井さんの対応を見ている限り、川村さんにあることないこと吹き込んでいることは十分にありうる。そして平井さん情報もふまえたポニーテールが俺への印象アップを狙ったものだということもありうる。いや待て待て。あの平井さんの性格だ。他人の幸せより不幸を好むタイプの子だろう。さんざん違うという俺の意志を踏みにじり、俺をたきつけてきたのは、うまくいくことがないのが分かっているからだろう。俺が苦しむ姿をみて楽しみたかったのかもしれない。であれば今川村さんはいい迷惑だろう。俺は川村さんから頭を下げられて一肌脱いだだけだ。今日こうやって三井さんの謎が解明されたのは俺のおかげだといってもいい。MVPは間違いなく俺だ。期待どおりの活躍はしただろう。川村さんのためにたくさんの出費もあった。時間の使い方も変えた。感謝こそされ煙たがれるのはお門違いだ。だいたい川村さんとお近づきになりたいなんて一言も言っていない。ポニーテールが素敵だとは久本とかには言ったけど、それはその服似合っているね、と同じレベルじゃないのか。
「盛り上がって来たな、よし二次会へ移動しようぜ」と小森。みんな自分の荷物をもって椅子から立ちあがっている。なんか行きたいけど行きたくもない。なかなか動こうとしない俺を見かねてか川村さんが声をかける。

「ほら、武田君、いくよ」





 (終)


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