
【第12話の⑤/⑯】レモン亭 /小説
ドキドキのレモン亭での一時間半を過ごし、俺たちはレモン亭近くの公園に自転車で移動し感想戦に入っていた。ここでバイト終わりの川村さんとも合流する予定にもなっている。
「武田よ、まずは川村さんの話といこうじゃないか」久本は川村さんが来てしまう前に、こいつらの本題、を済ませておきたいということだろう。何様のつもりか知らないがありがたい評価を告げられる。
「まぁ分かる、ありや」久本の評価に首を縦にふるので小森も同じ意見のようだ。
「何がや?」
「可愛らしい子じゃないか。ただお前の好みとはちょっと違うタイプのように見えたけど」なぁなぁの空気感を軽蔑していて一言言っとかないと気が済まないタイプの小森はズバリ言う。
「あの雰囲気で薄暗い照明でしかもウェイトレスのコスチューム着てたからな、何割か増しで可愛く見えているわな」それはあるね、と久本は同意する。
「なんかずっと勘違いしてるみたいやけど、川村さんをラブなんじゃなくて、川村さんのうなじに魅力されてこの話に乗ったんやで」と力強く訂正する。
「うなじから始まる恋、今後の展開に乞うご期待やないか」久本達とは結局、川村さんが合流するまでこの平行線の話をし続け一切歩み寄ることはなかった。今回の会計でたい焼きも食いやがって結局3000円近く払う羽目になった上にどうでもいいことで盛り上がりやがって。
10時を少し回ったころ、川村さんがやっと公園に到着した。はじめまして川村ですと挨拶し俺たちの前に来た川村さんはバイトの時のヘアースタイルと違いなんとポニーテール姿で現れたもんだから、男どものボルテージがグッと上がる。ベンチから立ち上がり俺の両脇にいる野郎どもは肘で俺を軽くつついてくる。やめろ、まるで俺が今から告白するみたいな感じになるじゃないか。「お疲れでした。こいつら高校の塾の時の友達で謎解きに協力してくれる頼もしいメンバーで、こいつが久本、こいつが小森」とポニーテールに見とれそうになることを悟られないように間を埋める。一通りの挨拶と簡単な社交的な会話を終えた後に、川村さんは早速本題に入る。
「で、どうだった?何か分かったことある?」そう本題はこれだ。ドキドキしている心拍数を下げるため意識して落ち着きながら、席自体、席から見えている景色、聞こえる音、壁に使われているガラスへの反射等観察できたことや違和感は感じなかったと等を信頼を積み上げるために丁寧に伝えた。
「どう、おまえら何か気づいたことあるか?」
「対面のビルの1階にいる人がこっちをずっと見てた気がしたけどな」と小森が言う。スマホで調べてみると小森がいう所にあるのは、斉藤税理士事務所とある。
「えっ、何、そんな人がいるの?」少し戸惑っているのか軽蔑しているのか分からない表情で川村さんはいる。
「1時間ちょっと座っていたけど、何度もそのなんとか税理士事務所にいる人がこっちを見ているを確認したから偶然じゃないんじゃないかな」
「やるな小森、川村さんからのポイント上げたな」久本は俺への嫌がらせをして楽しんでやがる。川村さんはすでに興味へと関心が移っているようだ。
しかし小森よ、お前には何も期待していなかったが2つの点で自分を恥じたい。まずは、斉藤税理士事務所の怪しい行動を見つけたことだ。次にそのことが川村さんの興味をひきお前と二人で話す時間が生まれたことで、隙をつきながらじっくり川村さんのうなじを見れていることだ。口下手な小森が頑張っている。俺もバレないように頑張っているぞ。
「あのー、川村さんでしたっけ、税理士事務所の人も同じく何かあると気づている人かもしれないし、何か知っている人かもしれないじゃない。そういう人がいるという存在に気づけたのが今日の収穫で、次はやっぱり何とかという謎の客が来ている時に、今日のように店に行って観察するのがいいんじゃないかな」馬鹿野郎、久本、何話をまとめようとしているんだ。千載一遇のうなじ時間をどうしてくれる。
「そうしてくれると嬉しい、武田君、いい?」
「そうだね、是非ともそうしよう」イラついていることを悟られないために作り笑いを浮かべ川村さんの機嫌をとる。この後、また皆でレモン亭に行ける日を確認した。ただ三井さんの予約が入ってないと空振りに終わる上に、贅沢な出費に耐えられないので、川村さんから予約の有無の連絡を当日もらうこととした。
「今日は、みんなありがと。なんか楽しくなってきたね。じゃあね」手を振りながら川村さんは公園を後にした。
「お前、川村さんに本気なんやな」久本はちょっと驚いていたようだった。
「何がや」川村さんとの時間をあっけなく終わらせたイライラを丸めて言葉に込める。
「ずーっと川村さん見てたやんか」
「そうや、見たかあのうなじ。まさか今日見られるとは。やっぱ素敵やわ。今日、一番長く見れたかもしれない。お前らのおかげや」
「いい子やないか。うなじはよう分からないけど、応援するで。お前の良い所をな、ないことないことないこと、たくさん川村さんに伝えてやるで」
「あんな小森、違うんだって」どこかで体験したような展開になってきた。しかし、違うことは違うとはっきり言っておかないといけない。
「自分の気持ちに正直になれ、うなじじゃないだろう本当は」ニヤニヤしながら小森が俺の肩に手を置き続ける。
「川村さんといい関係になって付き合えたら、うなじなんて見放題やで」
「なんていうのかな、ちょっと違うんだよな。堂々と見るんじゃなくて、こっそり盗み見するのがいいんだよな」何かおかしなことを言ったつもりはないけれどしばらく沈黙が覆った。
「お前、勉強しすぎで頭おかしくなったんじゃないか?」余計なお世話だ小森。お前には距離感の美学が分かってないようや。そういえば俺のバイト先にいる奴で多少の雨なら傘をささず濡れている自分に酔う奴がいる。確か、雨の美学とか言ってたがそれを俺が理解できないのと同じか。
(続く)