【第12話の④/⑯】レモン亭 /小説
ほう、珍しく今日は青年3人じゃないか。あれがいつもの謎の客となれば3人は初めて見るかもしれん。ここに税理士事務所をかまえてどれくらいの月日が流れただろうか、ここからちょうど見えるレモン亭の壁際の席に座る客がただコーヒーを楽しみに来ているのではないんじゃないかと気づいたのは。
事務所の目の前の喫茶店だからたまに利用することはあるが、特におかしなことは感じないし、むしろ飴色の調度品やふかふかの絨毯が心地よいくらいの純喫茶だ。夜の8時前になるとウィスキーをシングルで味わいながらレモン亭を眺めるのが日課になったのもいつ頃からだろうか。
9時ごろまであの青年達を観察していたが、今日は月曜日ということもあるが、例の謎の客じゃなさそうだ。いつもどこかをずっと見ては何かをメモしているように見える動きが彼らにはなかった。ずっとキョロキョロして談笑し、何より張り詰めた表情が彼らにはない。顔にありありと浮き上がる切羽詰まった感が私の興味をそそっている、コーヒーを味わいに来ているとは到底思えない何かを抱えこんでるかのようなあの感じ。
私は今日もノートを取り出し、観察したことを書き留める。ノートを閉じてまだあの席に座っている青年達を眺めながら、あいつらは何者かと思いを巡らせる。こんな時間に大学生と思われるやつらが一杯何百円もするコーヒーを飲みに来るか。しかもあの店じゃバカ騒ぎはできない。何か理由がないと来ない。
例えば、若い人の間ではやっているというレトロブームに便乗して来店したのかもしれない。もしそうならあの店は申し分がない。まぁなんにせよ、彼らは謎の客ではなさそうだ。まもなく青年たちは席を立ち視界から消えた。どうやら店を出るようだ。時計に目をやると9時10分を少し回っていた。1階に降りてきた彼らはそれぞれ歩道に止めていた自転車にまたがり店を後にした。あのボロボロのママチャリは彼らのだったのか。自転車を見る限りよくいる貧乏学生のようでますますこんないい店で高いコーヒーを飲むなんて違和感を感じるが、考え過ぎかもしれん。
(続く)