【ショートショート】 紫陽花の傘の女
近所に紫陽花で有名な道がある。
雨の夕暮れ、帰りに通りがかったとき、軽やかに動くひときわ背の高い紫陽花の株があった。
気になってよく見ると違う。
あれは紫陽花柄の傘だ。
穴が空くほど見つめていたからだろうか、傘の主が振り返ってしまった。目が合う。
「あら、久しぶりね」
懐かしい。
かつての同級生だ。
紫色だった紫陽花の傘が、青色の紫陽花に変わった。
僕は一瞬驚いたが、それよりも同級生との再開に浮足立った。
「こんなところであうなんて」
「ふふ、私も嬉しい、でも、あなたは、こんな天気じゃなかったらもっと嬉しいんじゃないかしら」
紫陽花の傘は今度は紫に変わる。
「いや、君と会えたのだから気持ちは晴れてるよ」
我ながらくさいセリフを吐いた。青色になった紫陽花の傘を見ながら、気恥ずかしさを握りつぶす。
「お上手ね」
「お世辞じゃないよ、学生の時から君に会うと晴れ晴れしてた」
言葉を重ねる。彼女の傘は青になったり紫になったり忙しそうだ。
「嬉しいわ。でも、こういうときは君、じゃなくて名前で呼ぶものよ」
ミステリアスに笑う口元を見てふと違和感を感じる。
「どうしたの?」
彼女の名前が、出てこない。
「あれ? 君」
「……悲しいわ、あなたも覚えていないのね」
紫陽花の傘が真っ赤に変わった。