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場中決算の影響の整理 - はりねずみ雑記

きっかけはいつも東証

11月から取引時間延長が始まる訳だが、これに伴って場中決算が増えることが時事通信社の報道で伝わり、若干話題になりました。

2024-10-12 15:46 時事通信社

正直8割自営業という感じのはりねずみは市場をぼちぼち見れるので、「あー…場中かぁ…面倒臭いなぁ…多分投資家も文句言うなぁ…」位だったのですが、知人 (兼フォロワー) から「正直どうなの?」っていう質問を貰って議論したので、「折角ならnoteにしていいですか?」って聞いたところ快諾して頂いたので今回noteにしてみました。

論点設定

そもそも「市場に対してネガティブ」とか「投資家にとってネガティブ」とか「企業にとってネガティブ」っていう表現は結構曖昧なので、幾つか論点を設定したいと思います。

「場中決算は投資家の収益機会に影響を与えるか」
「場中決算は企業価値に影響を与えるか」
「場中決算の増加は市場に影響を与えるか」
「最終的な帰着はどうなるか」

このあたりで大体カバー出来ているのかなと思います。

場中決算は投資家の収益機会に影響を与えるか

第一に問題になるのはこの論点だと思います。
ただ、各人からして自分の属性からしか見られていないのが現状なので、一度整理してみました。
一応大体経験している or 話聞いたことある ので、大きくは間違っていないと思うのですが、指摘あったらコメントを頂きたいところです。

① 機関投資家-ロングオンリー: ややネガティブ
説明責任に加えて、そもそものポジションサイズが大きいこと、トレーディングのハードル (市場にどれだけ負荷をかけるか) が一定あること、などを考えると、財務の数字だけですぐに動けるわけではない主体。
が、場中決算では後述のプレーヤーの動きによって株価だけは動いてしまう。そうすると、超過収益の機会やポジションを丁寧に減らす機会が減少したり、検討が少ないまま余計な動きをしてしまう可能性があるためややネガティブではないかと判定。

② 機関投資家-ヘッジファンド > ネガティブ小~ややポジティブ
ロングオンリーに比べれば、説明責任、ポジションサイズ、トレーディングルールなどの観点から言って柔軟な動きが出来る主体。
そうすると、「まぁよく分からんけどとりあえず数字良いし買ってから考えるか」がやり易く、また意味のある量を場中決算で対応することも相対的に出来る立ち位置と思われる。そうすると、場中決算で調査が及んでいない銘柄で超過収益を得られる機会が増える可能性はある。
一方で、勿論ポジションサイズが大きいポートフォリオマネージャーもいるのでそういう人たちは相対的に動きにくいだろうし、銘柄数を数百持っているようなポートフォリオマネージャーにとってはモニタリングが追い付かないまま株価が動いてしまう可能性からネガティブに感じる部分もあると思う。
この辺はAUM、1銘柄あたりのポジションサイズ、細かい調整をするPMか否か、などの要素で多少変動があるので、ネガティブ小~ややポジティブではないかと判定。

③ 機関投資家-クオンツ:ポジティブ
場中決算が大量に出てきたのを捌けるプレーヤーが一番メリットが大きくなる (収益機会が増える) と思われるので、いわゆる決算直後データに基づいて発注を出すようなプログラムでトレーディングをしている主体にとってはポジティブが大きい判断。
ちなみにはりねずみもHF居た時にテスターでちょろっとやったことがあるが、事前に予習して数字を入れておいて、ある水準超えていたら買う! みたいなのをやっていると、結構動き出しで買えるのは間違いなくあったと思う。

④ 個人投資家-兼業:ネガティブ
場中決算はほぼ見れない前提でいて良いだろう。そうすると、会社勤めしながらファンダやってます系の個人投資家にとっては、決算が出た後既に株価が上がって/下がってしまっている…となると、やはりこれは収益機会が減少するし、保有の対応が難しくなると考えて良いだろう。今回の変更で場中決算が増えた場合、一番影響を受けてしまうポジションな気がする…ということでネガティブと判断。

⑤ 個人投資家-専業:ややポジティブ
見れる量は限定されるものの、場中決算を収益機会に出来るポジションだとは思う。ポジションを取れる量やAUM、トレーディングのルールに関しては機関投資家よりも有利な位な気がする。面倒だけど。面倒だけど。
ということで、ややポジティブと判断。

⑥ 欧米海外投資家 > 少しネガティブ~ニュートラル
日本時間の場中決算については、彼らが夜寝ている時間に決算が発表され、メイン市場で既に株価が動いてしまう結果、収益機会が減る可能性の方が高いと思われる。
が、彼らが中心に取引する銘柄では日本株ADR (ざっくり言うと海外市場でも取引できる日本株) などもあるため、そもそも15時発表は場中決算か、場が開く前に決算が出ているようなもので、対応は楽なのではないだろうか。
これに関しては東証は「今や市場はグローバルなのでいつ出しても場中とか引け後とかなくない? それならメインの日本市場が開いている時に出してくれる方が良くない?」という意見を出していて、これはまぁ確かに一理ある気がしなくもない。ということで、少しネガティブ~ニュートラルと判断。

⑦ アジア圏海外投資家 > 国内LO/HFに準拠
いや正直シンガポールとか香港とかはあんま関係無いんじゃないだろうか。時差無いし。国内LO/HFに準拠と考えて良いと思う。

⑧' アナリスト
多分引けまでの時間と情報が足りない中、迫られる仕事量が増えてキレそうになる。

と、投資家ごとに考えるとこんな感じになると思う。
そう、つまり人によって意見の度合いが違うのである。

そうすると、今回の市場変更について単純に「投資家にとってネガティブ」というのは個人的に違うと思っていて、厳密には「投資家間の不公平性が高まる」ことが問題なのだと思う、ということで結論付けたい。

場中決算は企業価値に影響を与えるか

さて、投資家にとっては上のような形で整理されると思うが、結果的にこれは企業価値に影響を与えるだろうか。

(運用業界の大御所のツイートより)

これは結構意見が分かれると思う。
業界の大御所であるスーパーカーブ氏 (個人投資家。適時開示クラスタ。投資歴60年) の意見も理論上正しい。「ボラティリティは株価に対して悪影響である」というのはよく言われることである。

ただ、はりねずみはこの「ボラティリティが高いと株価/企業価値に対して悪影響」理論に対して少し疑問を持っている。

まず、このボラティリティと株価の関係性について気になって調べた (きっかけはとある株主優待に関する本なのだが) のが次のグラフになる。

取っているのは過去1年ベース株価ボラティリティ×過去1年パフォーマンスと過去1年ベース株価ボラティリティ×現時点PERである。
それを、株価ボラティリティが低い順に10グループに並べて、各グループの平均を取る、という形でざっくり関係性を見ている。

ちなみに、市場関係のデータが混じると単純な回帰分析とかは係数評価 (あるファクターがポジティブかネガティブかの評価)には使えるけれど、線形的な関係性が強く見られるデータにはあまりならないと思っている。
株価は1日あれば数%動いてしまうし、要因が複雑過ぎるからである。

ちなみに、基本的にはりねずみがやっているのは実証ファイナンスとか実証会計とか、「実際に観測される出来事と理論をすり合わせよう」っていう感じなのだが、それをベースに上のを見てみると以下のようなことが分かる。

① ボラティリティが低いと年間のパフォーマンスが低く、中程度のボラティリティが一番パフォーマンスが良い。また、過度なボラティリティはパフォーマンス落ちるということもある。 (8~9グループ)
が、ボラが一番高いグループまで行くと逆に平均のパフォーマンスが上がっている。

②ボラティリティが一番低いグループではPERが確かに高そうだが、実際のところ2~8グループでは大して変わらない。それどころか、ボラティリティが高い組の方がPERは高い。

これは僕は割と納得感があって、そもそも株価が動いてない (上がる見込みが無さそう) だと売買もないし、売買が無いということは流動性が下がるし、流動性が低いということは本来よりも評価が下がってしまうのである。

そもそも株価が上がるには上を買う人間が欲しいし、適度に下がってくれないと上に行くパワーも足りなかったりする。「適度なボラティリティが一番良い」っていうのは個人的にも思う。

バリュエーションについても同様で、成長株の注目度は高い→参加者が多くなる→ボラティリティが高くなるが売買も活発→ファンダメンタルズも含めてバリュエーションが高くなる、という整理の方が個人的にはしっくりくる。

なので、個人的には「株価ボラティリティを下げるとパフォーマンスが上がる/バリュエーションが上がる」に対しては少し疑問がある。

勿論まるで影響が無いわけではないとは思う。ある程度ボラが小さく、かつ板が厚い方が安心して買えるのは間違いない。というか決算まで株価とか動かないで欲しい (メンタル的に) とはりねずみ個人としては思っている。決算当てりゃええねん! (当たらない)

ただ、それと企業価値は実証的にはあまり関係が無い。というのも、ボラティリティの低下による企業価値増と、ボラティリティの低下に伴う売買減 (流動性減少) による企業価値低下がバランスしてしまうからだと思っている。

さて、今回の場中決算の話に戻ると、場中決算が増えることによって起きるのは恐らく「クオンツを主体とした、アクションを起こしやすい主体による売買増」だと思う。
これによって起きることは「あまり調査が進んでいない中で売買されることにより株価にゆがみが生じる可能性がある」というネガティブな要素も勿論考えられるが、純粋に「メイン市場が開いている間に流動性が供給され易くなる」というポジティブが存在しているのは確かだと思う。

また、前者の株価の歪みについては、それが放置されていたらそれを取るだけで簡単に儲かってしまうので、単純に考えると翌日以降修正はされていくだろう。

そう考えると、Intraday (日中) のボラティリティこそ上昇してしまうが、結果としては流動性が増えることになり、企業価値に対して必ずしも悪影響とは言えないのではないか…というところがはりねずみとしては思う。

これは雑談半分だが、僕自身が検証しているマーケットのマルチファクターでIntradayのボラティリティと資本コストの関係性を見てはいない (というか見れていない) ので、無いとは言えないが、中期あるいは長期の株価ボラティリティは結構色々な情報を内包してしまっているので、あまり資本コストを推定するにも向いていないように思っている。
この辺はいつか老後暇になって、誰も研究してなかったら調べてみたいものである。

まとめると、「場中決算は企業価値に影響を与えるか、資本コストを上げてしまうか」という観点からだと、僕の意見は「ポジティブな面もあるため悪影響とは言えない。ぶっちゃけニュートラルで、中長期の企業価値にはあまり関係が無い気がする。業績出せ」になる。

場中決算の増加は市場でのアクションに影響を与えるか

さて、上のような投資家の整理と企業にとっての整理を行った上で、結局どういうアクションが起きるのか、という話になる。

僕としては以下の可能性があると思う。

① 多数の銘柄を持っているPMや個人投資家からすると、場中決算を跨がないように動く (決算前にポジションを解消する) インセンティブが出来る
> 「決算を跨がずとも、決算直後に買えば良い」「多数の場中決算をフォロー出来ない」という感じ

② 結果的に、決算発表"前"のボラティリティが過去と違うものになる (場中決算企業は決算発表前に売られ易い、などの動きが見られるかもしれない)
これは結果的に株価が下がるのでは、となるかもしれないが、最終的には決算を通じて是正され得る株価の動きであり、自身がある人はこの決算発表前に下がったところを買って…とかも出来るので、一概にネガとは言えない)

③ 場中決算企業が増える中で、ファンダメンタルズ的にフォローされない銘柄が一部出てくるため、場中決算当日の銘柄の歪みが増す (これは翌日以降の収益機会になる可能性がある)

つまるところ、「場中決算のメリット/デメリットが誇張される」という感じで終わるのでは…という感じである。面白味がないね。

最終的にどこに帰着するか

基本的には東証は場中決算を推奨 (厳密には取締役会で決まったらすぐ出せ、と言っている) していて、今回の変更で場中決算が増えるなら思った通りになったぜ、と思うかもしれない。

ただ、個人的にはこの変更で不利益を被るロングオンリーや個人投資家からぐちぐちぐちぐち言われることに嫌気がさした企業側がまた引け後決算に戻す可能性の方が高いのではないか…と思っている。

特に、ヘッジファンドからの意見は届かないことが多いが、ロングオンリー様の意見はえてして伝わるものである。(相対的に) 場中決算面倒くせぇなと思ったロングオンリーがぷちおこして圧をかけると一定届き易いだろう。

また、企業側にも引け後発表にするインセンティブがある。
そもそも決算開示は取締役会で決議されて出てくるが、これがどれ位時間がかかるか分からない、複雑化して取締役会が長引く可能性も高まってきている、みたいな話を企業側は気にしている…らしい。 (金融審議会ディスクロージャーワーキンググループ令和3年第6回参照)
そうすると、発表タイミングなんて遅く出来た方が正直助かると思う。なので「投資家との対話を通じて決算発表タイミングをズラしましたぁ」について東証は恐らく文句を言えない。
ので、ロングオンリーの圧と企業側のメリットが合体して決算は結局引け後が多くなるのではないだろうか。

あと、企業側のメリットとして、何といっても恐らく場中決算やめろ系問い合わせは減る。絶対面倒臭い。総合受付が大変。そうだ、fondeskに頼もう。 (何か対価を頂いている訳ではありません)

誰のための場中決算推奨なのか


短期間売買するプレーヤーが増えて、短期的に無駄な歪みが出来て、全体巻き込んで、売買代金増えて手数料が増えてノーリスクでオイシイ思いしかしない東証に決まってるだろ、やはり東証は悪の権化、必ずやかの邪知暴虐の(以下略


おしまい!

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