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くじらのあかちゃんはどんだけミルクをのむの?《疑問ググログ》

 娘が夕食中に眉間に皺を寄せた。
「くじらのあかちゃんはいちにちにどれだけミルクをのむかわからない!」
「えっ、ハッピーセットでもらった図鑑に書いてない?」
「ちがうの!」
「じゃあサンタさんにもらった魚のクイズの本じゃない?」
「ちがうよ、ほいくえんでほんをよんだけど、わすれたの!」
 時間も時間だし、いまから保育園に本を見に行くわけにも行くまい。もうぼくは食べ終わっていて洗い物をしている最中だし。仕方ない。
「アレクサ、くじらの赤ちゃんはどのくらいミルクを飲むの?」
答えはどうせ「すみませんよくわかりません」だろうと思いつつ皿の泡を流していると、
「だぶりゅーだぶりゅーだぶりゅーどっとおー(なんたらかんたら)おーあーるじーによると・・・」
なんか答えはじめたぞ!
 アレクサによると、クジラの赤ちゃんは一日で最大100ガロンのミルクを飲むらしい。へえ、そうなんだ! でもガロンってどれくらいなのか皆目見当がつかぬ。矢継ぎ早にアレクサに質問する。
「アレクサ、100ガロンは何リットル?」
「100ガロンは約380リットルです」
 ガロンって語感的にいかにも重そうだけど、やっぱりね。こういう換算系はアレクサを信用してまあ問題ないと思う。娘に、
「クジラの赤ちゃんは、一日に牛乳パック380本も飲むんだって!」
と言うと、娘はなんとなく怖気づいたように首を縦に振っている。彼女は先日、人生初のおつかいで牛乳パック2本をひとりで持ち帰ったところだ。父親からも母親からも、
「牛乳パック380本やで!」
「めっちゃ重いで」
「そんなに飲むんやで!」
と連呼され、なぜか得体の知れぬ脅迫を受けているような表情だった。教育熱心でごめん。
 ちなみに石油に関してよく聞く「バレル」は、だいたい160リットルっぽい。クジラの赤ちゃんの1日に飲むミルクは、だいたい2.375バレルということになる。
 さらにちなみにアレクサ経由の知識ではなく、スマホで検索してみると、シロナガスクジラのあかちゃんは1日に約600リットルのミルクを飲むとのこと。そしてシロナガスクジラの成体は1日に4トンのオキアミ(エビみたいな大きめのプランクトン)をその「ヒゲ板」で濾して食べるらしい。
 われわれが巨人の食卓を想像するときはたいてい、皿の上に七面鳥ではなくサイが載っていたり、味噌汁の具にワニとバオバブの木が入っていたりするものだ。だからクジラの食べ物がプランクトンだと知ると、なぜその巨体でそんなに微小なものを、と思う。しかし、プランクトンは「微小」ではあってもけっして「微少」ではない。
 最近『機能獲得の進化史』(土屋健著、みすず書房、2021年)という本を読んだ。その中に「プランクトンを食べる、という選択肢」というコラムがある。そこに古生代オルドビス紀(約4億8500万年前〜4億4000年前)に生きたエーギロカシスという生き物のことが書かれている。エーギロカシスには頭部に櫛状の構造があり、それでプランクトンを獲っていたとみられるとのこと。そして当時の生き物としては例外的なことに、2メートルもの巨体だったと。まだ顎のある魚のいなかった時代のことである。当然ティラノサウルスもいない。

 つまり、でかいのにちっちゃな食べ物ばっかり食べる、のではなく、豊富なプランクトンを選んだからこそ大きくなることができたということだ。もしクジラが、おれは大きいから、上等なサメしか食わない、と言い始めたらどうなるのだろう。たぶん喉にサメを詰まらせて死んでしまうのではないか。
 余談だが、確かクジラの祖先は「オオカミ」だと考えられていたこともあったと読んだことがある気がする。正確には「メソニクス目」と呼ばれる肉食哺乳類の目である。しかし現在ではそれは否定されていて、なんだかもっと平べったい感じの一見なさけない感じのする別の哺乳類とされていたと思う。
 元ちとせの歌で「竜宮の使い」というのがあって、ぼくは好きな曲だが、遊び心で海に手紙を流して、「望み通り」深海魚に変えられてしまうとか、そんな歌詞である。ちょっと怖い。でも美しい歌。寺山修司の詩には、さかなはもともと誰かの手紙だったとか、そんなのがあったな。
 いったん陸に上がった哺乳類がまた海に戻り、その赤ん坊が数百リットルのミルクを飲んでいるこの世界。アレクサがそのことをさらっと述べるのもまた、ちょっとこわいかもしれない。


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