「ノートテイキングの基礎」
こんにちは、ゆきです。今回は先日ありましたゲスト講義の振り返りをしたいと思います。当日は出席できなかったため、動画を見て復習してみました!
今回は、通訳者の白倉淳一さん(https://profile.hatena.ne.jp/shira-j/)にノートテイキングの基礎を学びました。
ノートテイキングとは?
通訳者が取るノートの技術です。通訳者にとっては、次に続く再表現の間の重要なプロセスとなります。特に逐次通訳で重要です。
関根先生の講義で何度も教わっていますが、通訳者は記憶を元に通訳することがまず大事です。しかし、やはり記憶は頼りないものです。また、緊張しているととっさに全ての記憶が消えてしまうこともあります。覚えたつもりでも勘違いしていることも多いです。
『通訳の技術』(小松達也著)によると、記憶には「意味的記憶」(substantive memory)と「機械的記憶」(mechanical memory)の2種類があります。意味的記憶では、理解と連想を通して記憶します。話をよく理解すれば、その段階でほとんど記憶は成立していると言われます。例えば、ある話を聞いて同感し、納得したとします。細部は忘れるかもしれませんが、大筋は記憶され、かつこの記憶はかなり長く持続するでしょう。その反面、自分が理解できない言葉で話されたスピーチを記憶することは不可能です。
これに対して、人や場所の名前、数字などは理解するというより機械的にまるごと覚えるものです。そこには分析したり、理解する余地はありません。そこで、理解を通して記憶する意味的記憶を中心にし、固有名詞、数字のような機械的記憶を必要と吸うものは記憶しようとするより直ちにノートを取った方がいいとされます。
さて、講義で白倉先生はまず逐次通訳の重要性を述べられました。
曰く、「顧客の人生を左右するのはたいてい逐次」ということです。
逐次通訳がなされるのは小規模の会議(IR、M&A、人事)のほか、法廷や政府外交、医療の現場です。これらは顧客の人生に大きく関わるものです。例えば北朝鮮による拉致被害者の日本帰国の交渉の際には韓国・朝鮮語の逐次通訳が行われたことでしょう。
これに対して同時通訳というのはそこまで人の人生を左右しません。ハリウッド俳優が行う日本での舞台挨拶や、日本から極秘出国した自動車メーカー元社長の会見で同時通訳が行われることがありますが、それで人の人生が大きく変わることはないでしょう。
同時通訳ももちろんまたそれゆえの難しさはたくさんあります。しかし、即座に発せられる通訳の一言一句を原発言と比べられることは(そう多くは)ありません。同時通訳はある種の諦めが大切と関根先生から教わりました。
一方、逐次の場合は時間的余裕があります。そうなると、それだけ高いレベルが求められるということです。逐次通訳はその分、その通訳者の力量を表すものということです。
では、逐次通訳ならではの難しさとはなんでしょうか。
・注目を集める。
これは想像してみれば分かりますが、1人で話さなければなりません。私は外国人スポーツ選手の会見などで逐次通訳を聞くことがありますが、やっぱり同時通訳と比べて逐次通訳者の言葉に全集中してしまいます。そしてさっきのあの表現をどう訳しているの?といったことも気にして聞きます。本当に通訳者の仕事ぶりを見られる(評価される)のは逐次の特徴だと思います。スポットライトやカメラの前でプレッシャーを感じながら通訳しなければならないのです!同通もプレッシャー、逐次もまたプレッシャー(!)
・時間差があるー記憶の保持が必要。
・選択の余地が生まれるー構成・強弱・詳しさ
同通では考えている暇はないですが、逐次では、一瞬の間でどこから始めよう?何がメインメッセージか?どの表現がいいか?などの選択の余地が生まれます。これは通訳者を苦しめます。
これら逐次通訳ならではの難しさが全てノートテイクに関わるものです。
ということは同時に、強力な営業ツールになるということです。今や片方の言語だけを理解する人たちの前で通訳を行う機会というのはまれになってきています。英語がわかる人たちの前で、英語の逐次通訳をするということは「この通訳、うまいな」とか「正確に訳せていないな」といった評価がその場で下されるということです。
うまくいった現場ではその参加者からまたご指名があることも多いそうです。実際に白倉先生は1つのセミナー通訳から「芋づる式」に通訳を依頼されるようになったそうです。
逐次通訳がどれだけ重要かが分かりました。それでは本題のノートテイキングの話に入りましょう。
ノートの役割とは?
・発言を表現するための参照手段(すべては書けません。発言は常に手より速い)
・訳すときに役立つことが唯一の目的であり価値(本日の講義のメインテーマ)
・いらないことは書かなくてもいい。なくても訳せるならない方がいい。
・自分にだけ役立てばそれで良い。内容も方法も通訳者によって異なる。
・資源のひとつにすぎない (原発言・資料・知識・ノートと、逐次をする上での資源というのはノートに限りません。これらの資源を総動員して通訳をします)
余談ですが、これらのノートの役割は、通訳者に限らず「後の再表現のための材料」という点で他の仕事でも同様であると思いました。というのも、筆者の前職は新聞記者だったのですが、取材をする上で記者は必ずノートを取ります。でも発言は手より速いので話者の言うことを残そうとするとめちゃくちゃな字になり、あとで判読不明になることも多々あります。自分の字でさえ読めないので他の記者のノートは全く判読できず笑い話になることも多いです。でも自分がだいたい解読できればそれで良いのです。
そして、いらないことは書かなくていい。これもそうです。短い囲み取材や裁判の取材(裁判は特に録音が認められていないため)では、記者は相手の発言を一言一句残そうとします。しかし、インタビューや定例会見などではいらない(記事に使わない)発言の方が多いです。それをいちいち書き取っていると、時間の無駄ですし、後で原稿を書く時にどれが大事な話(メインメッセージ)か分からなくなり、執筆に時間がかかってしまいます。なので後に役立つことだけを書くというのはその通りです。
また、記者が使える資源はいくらでもあります。資料を用意されることも多いです。そこにあるものはノートに書く必要はありません。
新聞記者時代の上司がある時こう言っていました。「記事はその日のうちに覚えている記憶だけで書け」と。次の日以降にノートを見て書くよりもまだ記憶の新しいうちに、自分が一番印象に残っている話をもとに記事を書いた方が出来上がったものはまとまりがあり、記者の思いが詰まった面白いものになるのです。これは通訳とつながるものがあるなぁ〜と白倉先生の話を聞いて思いました◎
では実際にノートどう取るのか?これに関しては、これまでに多くの研究がなされています。
・ことばではなく内容に集中せよ(Ahrens)
・起点言語のノートで訳せている(Dam)
・目標言語で取ることに反対 (Alexieva)
専門家たちはこうした研究結果を示してます。どの言語でノートを取るかについては論争も起きているので先人たちの研究を参考にするのも大事だと思いました。
白倉先生からは
・とにかく構造を残す
・インデントや矢印を活用する
・誰が・何を・どうした
・関連を記録する(因果・時系列・論理)
・英語の時制・単数複数・特定非特定
・moodも必ず残す(can, should, may, must, etc.)
・大枠が表現できれば細部は付いてくる
・固有名・数字は他を放り出しても取る
・読める程度に綺麗に書く(大事!)
などたくさんの重要ポイントを教わりました。
実際に白倉先生が取ったノートも見せていただきました。
筆者の感想としては「無駄な情報は書かないと言いつつ、取るべきものは全て取っていてめちゃくちゃ情報量が豊富!」ということでした。それなのにすっきりしている。
まず、あいさつは、「ー」「ー」という記号で表されていました。これは、言うことが決まっているからわざわざ書く必要がないと言う理由です。これは目から鱗でした。筆者は普段、こういった部分は脳の資源不足で全て落としてしまうことが多いのですが、通訳では落とすことにはいかない部分です。その点、このように自分で記号を作っておくと大変楽だなと気づきました。
記号はさまざまなマーク、中国語の簡体字などが豊富に使われていて、まさしく「自分流」という感じでした。特に「favourite」という単語を表すのにニコちゃんマークが使われていて、即座にイメージが伝わるのでこれも真似したいと思いました。
あと、興味深かったのが「欧米人はギリシャ・ローマの三段論法が大好き」という話でした。日本人は、そもそもの前提の話は省くことが多いが、欧米人は三段論法を自然に使っているということでした。話者の話の構造をしっかりと理解しながら訳しているとそういったことにも気付けるようになるのだと、すごく勉強になりました。
講義では実際の音声を使いながら実践練習をしました。
スピーカーの話すスピードが速い動画で実際にノートを取ってみると、はじめは速さに面食らってしまい理解もできない、ノートも取れないという最悪の状況になりかねません。筆者はなりました。
白倉先生曰く「取りすぎ注意報」は常に発令されています。
書く、聞く、理解するということを同時にすると、脳内資源の取り合いが起こります。
ノートも取ることに集中しすぎると、その分、聞く、理解することに資源が割かれなくなってしまいます。それよりも脳の資源を聞くや理解するに使った方がうまくいく可能性が高いということです。
白倉先生の言葉では、「原発言」こそがまず第一の材料であり、「しっかり話を聞いている方が生き残る確率が高くなる」ということです。
同じスピーチについて実際に自分が取ったノートと白倉先生のものを比べてみると、本当に一目瞭然でした。文字量は少なく情報量は多い。こんなノートを書けるようになりたい、、と心から思いました。
そして筆者はノートに書く数字の間違いが多いというなかなか致命的な欠点を持っていることに気づきました。先日の関根先生の講義でも「weeks」を「a week」と書いて自信を持って「1週間」と言ってしまいましたし、今回も75milを78milと書いてしまいました。なぜこんなことが起きるのか分かりませんが、しっかりと特に数字は聞き取ることがまず大事だと痛感しました。
ノートテイキングも練習あるのみです。
方法として教えていただいたのは、
まず新聞など書いてある文章を材料にするということです。音声ではなく、止まっているものを対象にすることで、考える時間が生まれます。
ある文章の1段落について、これをどうノートに取るか?を考え、同じ素材で繰り返して型を掴んでいく。まさに野球で言う素振りのようなものです。
質疑応答では、英語の固有名詞について、スペルが分からない場合のノートテイキングはどうするか?後のために発音記号などもノートに書くのか?などの質問がありました。この質問に関しては、「ゴールデンルールはない。謎の音が出たとしたら、もし重要だとしたら止めて書いてもらう。その方が嘘を言うよりいい」「どれだけ話者、そして聞いているお客様に誠実であるか、まずをそれを考えてください」というお答えでした。経験と誠実さ、その場の重要さに左右されるということです。そこはコミュニケーションが大事になってくるのだな、と学びました。
白倉先生のお話はとても理路整然として分かりやすくそして、なんといっても穏やかな話し方が素敵で、通訳されている姿がそのまま目に浮かびました。
プロ目線で貴重な講義をしてくださり、本当にありがとうございました。
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