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漢字の既習得者を対象とした漢字字形の再学習の支援手段に関する研究

2023年度研究会推薦博士論文速報
[ヒューマンコンピュータインタラクション研究会]

魏 建寧

■キーワード
漢字健忘/再学習/妨害

【背景】漢字を読めるが書けない「漢字健忘」問題が深刻である
【問題】漢字再学習に特化した支援手法が少ない
【貢献】(漢字)再学習の研究領域に新しい支援手法を提案した

 漢字を読めるが書けない「漢字健忘」が漢字を使用している中国や日本などのアジアの国で近年社会問題となっている.

 漢字健忘のような,学習済みの知識の劣化や損失の問題を解決するための「再学習」は,学習分野における重要なテーマであるにもかかわらず未開拓の領域である.再学習では,劣化・損失した知識だけに絞って学習できるようにすることが望ましいが,これを事前に特定するのは困難である.ゆえに再学習のためだけに特化した教材を用意してそれを学習するのではなく,日常的な諸活動の中で劣化・損失した知識の存在に対する気づきを与え,その場で当該知識に絞って再学習する機会を埋め込むことが望ましいと考えるに至った.そのための手段として,妨害による支援の考え方に着目した.これは,ある行為に意図的に妨害要素を導入し,その行為や関連する行為を容易にしたり効率化したりすることで,好ましい影響をもたらす手法である.本研究では,日常の文章の読み書き行為の中に誤字形文字を出力するという妨害要素を埋め込むことで,読み書き行為という主目的を達成しながら,同時に漢字字形への気づきを促すことにより漢字再学習の機会を提供することを目指す.

1. 書く行為への支援手段(G-IM)
 書く行為を支援するために,本研究は,漢字の読みを入力する方式を基盤として新規な漢字入力方式Gestalt Imprinting Method(G-IM)を開発した.G-IMは,ときどき1~2画程度のわずかな字形の誤りを含む誤字形(GIM字形:図-1中央)文字を出力する機能を追加した漢字入力システムである.これにより,常にユーザが漢字の形状を詳細に確認せざるを得ないようにすることで,漢字を再学習できるようにする.評価実験の結果,GIM字形文字という妨害的な要素を導入されたG-IMは漢字を「書く」行為を対象とした支援手法として,従来の読みに基づく漢字入力方式や手書きよりも,有意に漢字形状記憶を強化することが確認された.ただし,G-IMを利用すると,利用者に過剰な負荷をかける問題があることが分かった.

2. 読む行為への支援手段(SwaPS)
 読む行為を支援するために,漢字全体の80%を占める形声字を対象として,形声字の構成要素である意符と音符の位置を入れ替えることによる新たな誤字形(PS字形:図-1右)文字の変形手法SwaPS(Swapping Phonetic and Semantic)を提案し,PS字形文字という妨害的な要素を「読む」行為中に埋め込んで,漢字再学習に貢献できるかを検討した.評価実験の結果,PS字形文字を混入した文書を読むことで,正しい字形の文字のみの文書や,ごくわずかに異なっている誤字形文字(GIM字形)を含む文書を読む場合よりも,有意に漢字字形記憶が強化され,負荷も増加しないことが確認された.また,SwaPS手法は,電子的な表示媒体と紙媒体,日本語と中国語においても,漢字の既習得者の再学習に有効であることが実証された.

 以上のように,本研究は漢字の再学習支援に着目し,利用者がシステムに信頼を置きすぎないように仕向けることで,つねに字形に注意を払うことを強い,結果として漢字字形の記憶の再獲得と修正,強化を促すことができる手段を実現した.

図-1 正しい字形の漢字と,誤字形漢字

(2024年5月21日受付)
(2024年8月15日note公開)

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 取得年月:2023年9月
 学位種別:博士(知識科学)
 大学:北陸先端科学技術大学院大学

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推薦文[情報環境領域]ヒューマンコンピュータインタラクション研究会
新規な知識の学習支援手段の研究は無数に行われているが,獲得済みの既有知識の劣化・損失を防止し,維持するための再学習支援手段に関する研究例は稀少である.さらに既習得漢字の再学習のために誤字形文字を文書中に挿入するという妨害的な手段を提案している点でも新規性が高く,推薦に値する.

研究生活  この研究テーマは私自身の日常生活で頻繁に直面する問題をきっかけとし,その経験と疑問を解決する方法を考え始めました.修士課程を修了した後,一度就職しましたが,修士論文で提案された解決方法の不足点を克服し,より優れた解決策を見つけるために再び学び直すことに魅力を感じ,職を辞して博士課程に復学しました.家庭と研究の両立はなかなかに大変でしたが,その分多くのことが得られました.たとえば,限られた時間の中で非常に効率的に作業を行います.自分に自信が持てない瞬間もありましたが,興味を持って取り組めるテーマであることから,夢中になって非常に有意義な研究生活を送ることができました.今後も本研究の経験と貢献を忘れず,研究に邁進していきたいと考えております.