Quasi-reversible Weathering of Rust Preventive Coating Films
2023年度研究会推薦博士論文速報
[コンピュータグラフィックスとビジュアル情報学研究会]
石飛晶啓
(チームラボ(株)インタラクティブエンジニア)
邦訳:防錆塗膜の準可逆的ウェザリング
【背景】金属の経年劣化をCGで再現する手法は多い
【問題】表面に塗られるべき塗料の存在は無視されている
【貢献】防錆塗膜の経年劣化を再現できる手法を提案した
経年劣化は,現実世界において普遍的な現象であり,それに伴ってほとんどの物体は外観も変化していきます.一方で,CGで描かれるバーチャル世界上のオブジェクトは,一般に経年劣化の影響を受けません.そのため,経年劣化の有無は現実世界とバーチャル世界の本質的な差異であるといえます.そこで,両世界間の乖離を緩和させるため,作品に対して劣化を施す技法であるウェザリングをCGのオブジェクトに施す試みが行われてきました.
特に金属の腐食は現実世界において最も身近な経年劣化の代表例であり,ウェザリング手法も多く提案されています.ところが,劣化しやすい金属には防腐剤が塗布されることがほとんどであり,金属のウェザリングのみを使用して効果的に経年劣化を表現できるシーンは限定されてしまいます.
また,ウェザリング手法の多くが,物理シミュレーションを利用しています.物理シミュレーションは,設定した数理モデルに基づいてある物象の状態を逐次更新するものであり,複雑な現象を再現しやすいという利点があります.しかし,CGコンテンツの生成において,次の状態に更新できても前の状態には戻れないという点が大きな障壁であり,手軽に制御できる編集可能なモデルの方が広く用いられているのが現状です.
そこで本研究では,塗膜を対象とした準可逆的なウェザリング手法を提案します.塗膜における経年劣化を,破壊,湾曲,汚損の3つの要素に分類し,互いに影響を及ぼしながらそれぞれをシミュレーションします.破壊とは塗膜における不連続な位相の変化をさすものであり,より具体的には,基板から離れる,亀裂が生じる,剥がれ落ちるという現象を意味します.湾曲は,破壊以外の塗膜の変形であり,基板から離れた個所が隆起したり,亀裂を発端としてめくれあがったりすることをさします.したがって,湾曲の進行は破壊の進行度合いに大きく影響されます.最後に汚損では,塗膜表面における質感の変化を意味し,剥離個所から流出する錆,塵の堆積による黒ずみ,化学的変質による顔料粉末の表出を表現します.
これらのシミュレーションは物理シミュレーションと同じく,ある状態から次の状態を推定し,状態を次々と更新していくことで,経年劣化を表現しています.しかし,本手法では前の状態を推定することで,劣化の復元を可能にしました.ただし,破壊,湾曲,汚損という経年劣化の逆現象は現実世界には起こり得ないものであるため,物理的根拠にしたがって前の状態を推定することは困難です.そこで仮想的な逆現象を定義することで,もっともらしい復元を可能にする“準”可逆的ウェザリングを実現しました.たとえば本手法では,一定の条件を満たす場合に亀裂がふさがるように設定されていますが,もちろん現実では起こり得ない現象であり,発生条件に物理的根拠はありません.
擬似的な復元によってシミュレーションを以前の状態に戻すことが可能であり,一般的なエディタにおける「アンドゥ操作」に近いものを実現します.また,本手法による疑似的復元では,過去の状態を保存せず,推定によって再構成します.これには,必要な空間計算量を抑えるだけでなく,局所的な復元を可能にするという利点があります.この局所的な復元はペイントツールにおける「消しゴム機能」に相当するものです.このように,本手法ではシミュレーションにおける時間の一方向性という制約を緩和し,対話的に制御しやすいウェザリングを実現しました.
■Webサイト/動画/アプリなどのURL
https://fj.ics.keio.ac.jp/weathering
https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=KO50002002-20236075-0003
(2024年5月31日受付)
(2024年8月15日note公開)
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取得年月:2023年9月
学位種別:博士(工学)
大学:慶應義塾大学
正会員
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研究生活 自分は幼少のころからゲームで描かれるCGの世界観に魅力を感じており,なかでも朽ち果てて荒廃した風景から感じられる,ノスタルジックな雰囲気が特に好きでした.学士4年で初めて研究をするにあたって,自分が好きであり続けられそうであることを最優先にテーマを検討したところ,塗膜のウェザリングに行き着きました.6年間飽きずに続けられたことを顧みると,これは研究生活最大の成功だったかもしれません.
もともと自分は修士課程修了後に一般企業へ就職するつもりでしたが,修士2年生の春に博士課程への進学を決心しました.心変わりの大きな原因は就職活動中に「進学しない理由を深く考えていないのでは」と自覚したことです.自分の場合は幸い環境に恵まれておりましたので,進路の選択肢に入れてから決定はすぐでした.もっと深刻な問題で博士進学を悩まれている方にとっては浅いコメントで恐縮ですが,もし博士進学を無意識的に却下している方がいれば,ぜひ「博士課程も案外良い経験ができるのでは?」と疑ってみてください.