視覚障害者に対するセキュリティ教育に関する研究
2023年度研究会推薦博士論文速報
[セキュリティ心理学とトラスト研究会]
垣野内 将貴
(筑波技術大学 講師)
【背景】視覚障害者へのセキュリティ教育が不足している
【問題】どんな教育内容や教育手法が効果的であるか
【貢献】問題設定手法に一定の効果があることを示せた
昨今,著しい情報通信技術(ICT)の高度化に伴って,情報漏洩やサイバー攻撃など,情報セキュリティに関する脅威が多様化している.これらの脅威に対して,利用者は情報セキュリティ対策を講じる必要がある.
2016年のNISTの調査で,日々の更新に対して,嫌気が差したり,疲労感を感じて無謀な行動をとったりしてしまうことが明らかになった.このような行動をセキュリティ疲れと呼んでいる.畑島らは,このセキュリティ疲労度とセキュリティ対策実施度との関連を探り可視化するモデルとして情報セキュリティコンディションマトリクスという分類で整理した上で,各群に対する施策を提案した.
しかし,これは視覚に障害のない晴眼者に限った話で,視覚障害者においても,同様の分布になるのか,同じような施策で対応可能なのかは明らかになっていない.
視覚障害者においてもセキュリティ対策は大切な問題であり,世界には2012年時点で約2億8,500万人の視覚障害者がおり,そのうち約3,900万人が全盲であると推定されている.これは世界の人口の約3%に相当する.視覚障害者にはICTが晴眼者以上に生活必需品のため,ICT利用者の中での視覚障害者の割合はさらに高くなると思われる.
本研究では,視覚障害者のセキュリティ疲れに注目することで浮き彫りになったセキュリティ教育が不足している課題を,問題設定手法を活用することによって,視覚障害者に対して効果のあるセキュリティとユーザビリティの教育について分析する.
具体的には,次の3つの研究をまとめる.
1つ目の研究では,セキュリティ疲れとセキュリティ実施度について調査・分析をした.その結果,視覚障害者のセキュリティ対策実施度の向上に寄与する2つのセキュリティ教育方法を新たに提案した.
2つ目の研究では,セキュリティ教育の効果を上げるために,数学教育で活用されている問題設定手法というアプローチに注目した.これは,特定の条件下で新しい問題を作り出すこと,あるいは既存の問題に変更を加えて新しい問題を作り出すことと定義されている.数学教育の中で,生徒が問題設定において証明を活用する過程を分析することを通して,問題設定における証明の活用の様相を明らかにした.
3つ目の研究では,情報教育においても充分な効果があることを仮説として立て,セキュリティ疲れの研究で明らかになった「セキュリティ教育が不十分である」という課題を解決するために,セキュリティ教育の充実を図る目的で,セキュリティ教育の研究に取り組んだ.この研究では,スクリーンリーダーユーザがセキュリティやユーザビリティを高めるために必要な教育を明らかにし,実際に授業の中で問題設定という活動を取り入れながら扱うことで,どの程度理解できたか,行動にどのような変化があったかを分析した.
その結果,問題設定活動によってスクリーンリーダーユーザがセキュリティやユーザビリティについての理解を深めたことと,Webサイトにどのような機能が備わっていることがスクリーンリーダーユーザにとってセキュリティとユーザビリティの観点から重要であるかを明らかにした.
(2024年5月27日受付)
(2024年8月15日note公開)
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取得年月:2024年3月
学位種別:博士(工学)
大学:筑波大学
正会員
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研究生活 自分の興味・やれること・新規性のバランスを見ながら上手く先行研究が見つかったこともあり,研究テーマは割とすんなり決まった方かなと思います.そこからは着実に国内学会発表→国際学会発表→学術誌論文投稿というステップを踏むことができました.苦労としては,国際学会はランクを上手く選べたこともありすんなり行けましたが,学術雑誌の方は何度も落ち,苦しかったです.先日やっと情報処理学会論文誌に採録が決まりました! 修士課程までと異なり,博士課程では修了要件として成果そのものが求められることが本当にシビアです.働きながらでも研究はできますし,研究に一番気持ちが向いているときに博士課程に挑戦してほしいと思います.その一方で,働きながら研究をしていたころはブラック企業のような辛さもありましたし,妻にはかなり迷惑をかけていました.周りの環境を含めて,適切な時期での博士課程進学になるとよいと思います.博士課程に進学して研究の面白さにはまる人が一人でもいることを望んでいます.