判断におけるバイアスを削減するためのインタラクション技術に関する研究
2023年度研究会推薦博士論文速報
[ユビキタスコンピューティングシステム研究会]
清水 友順
(サイボウズ(株)ソフトウェアエンジニア)
【背景】人は認知バイアスによって早まった判断をしてしまう
【問題】認知バイアスと同様にコンピュータにも早まった判断を促すバイアスが存在する
【貢献】バイアスを取り除いてより良い意思決定を行うためのインタクション技術を設計した
人は物事を判断する際に,多かれ少なかれ認知バイアスの影響を受けている.認知バイアスとは,経験則や先入観によって直感的に判断を下すことである.認知バイアスによる意思決定は思考の労力を減らすことができる一方で,早まった判断を下す可能性を許容することになる.たとえば,人は現状維持バイアスによって,過去の成功体験から現状変更よりも現状維持を不当に好む傾向が知られているが,現状維持は一定の利益が見込めたとしても,より良い選択肢を新しく見出す機会が失われてしまうという考え方もできる.より良い意思決定には直感的思考にのみ頼るのではなく,ときには情報を吟味し,熟考するような推論的思考をうまく使い分けることが重要である.
一方で,コンピュータが意思決定に不可欠になっている近年では,認知バイアスがこれまで担ってきた思考の労力を減らすという役割をコンピュータが果たせるようになりつつある.また,コンピュータであれば機械的に判断することや,直感を働かせる前に情報を提示することもできるため,主観的な思い込みを取り除くことで合理的な判断に役立つ可能性がある.しかしながら,意思決定にコンピュータを単純に導入しただけでは,画面上部に表示された選択肢ほど選ばれやすいといったように,意思決定のバイアスを助長してしまうケースがある.したがって,人がコンピュータと協調して,人の推論よりも高速に,人の直感よりも合理的に意思決定を実現するためには,コンピュータの提示する情報がユーザにいかなる影響を与え,人の意思決定がどのように変化するのかというインタラクションを設計する必要がある.
本研究では,意思決定とコンピュータの関係性の変化を踏まえ,人とコンピュータのインタラクションの設計をとおして,人の判断における認知バイアスとコンピュータによるバイアスの削減について取り組んでいる.
<現状維持バイアスを削減するための選択インタフェース>
「現状維持バイアス下にある人間は,現状変更的な選択肢ではなぜダメなのかその正当な理由を説明できない」という仮説のもと,選択を確定させる前にユーザに理由を説明させるインタフェースを提案した.そして,電子書籍と紙書籍のどちらを購入するかという仮想シナリオをもとに実験を行った.
<選択を多様化させるための選択インタフェース>
「ポジティブな情報はユーザの選択を多様化させ,ネガティブな情報はユーザの選択を偏らせる」という仮説のもと,選択肢に付随する情報のポジティブさ・ネガティブさがユーザの選択傾向に与える影響を調査した.
<主観的な経過時間の判断を制御する情報提示手法>
心理学では知覚刺激の量によって体感時間が変わってしまう現象が知られている.今後,常時情報を閲覧できるという特性を持ったウェアラブルコンピューティング環境で人が生活するようになった場合に,その刺激によって意図せず主観時間が歪められてしまう可能性があることから,情報機器の刺激量によって経過時間に対する判断がいかに変化するか調査した.
(2024年5月31日受付)
(2024年8月15日note公開)
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取得年月:2023年9月
学位種別:博士(工学)
大学:神戸大学
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研究生活 お恥ずかしながら,私は大学の修了要件に必要な論文がなかなか採択されず,博士課程に進学後5年以上の年月をかけて博士号取得に至りました.その上,4年目に突入したところで一般企業に就職し,二足のわらじを履きながら休みの日を使って実験や論文執筆を続けるという生活を送っていました.そんな中で,何度自分の論文を落とされようとも諦めずに学位取得を目指せたのは,自分の研究テーマが他の人が持っていない自分だけの視点を持っていると感じられたからです.おそらく今世界で自分だけがやるべきだと思っている研究テーマなのだから,どんなに不格好であっても世の中に残したいという執念で研究を続けていたように思います.
博士過程に進んで思い描いたようにならないこともきっとあることでしょう.そんなときには折れない心を育んでくれるのは他人から受け売りの価値観ではなく,自分で作り上げた物差しだと思います.自分の歩いた道を正しいと言えるように,日々世界から新しい視点を吸収して昇華させてください.
この私の華々しいとは真逆の経験が,進学を迷っている学生や現役の博士学生の助けになってくれれば幸いです.