見出し画像

スマートグラスの今~入試不正利用を機に最新状況を確認する~


塚本昌彦(神戸大学大学院)

 2024年2月の早稲田大学の一般入試で,受験生がスマートグラスを使って試験問題を撮影し,SNSで外部に流出させて解答を求める不正行為が発覚した.各社報道によると,2月16日の早稲田大学創造理工学部の入試の受験生がスマートグラスを使用して化学などの問題を撮影し,撮影した問題画像を手持ちのスマートフォンに転送,X(旧ツイッター)上で不特定多数に公開して解答を求めた.事前に依頼していた複数名から回答があり,受験生は試験中にそれを書き写したとのことである.事件が発覚したのは,解答を送った人の1人が不正に気付き早稲田大学に連絡したことと,2月21日の商学部受験時,試験官がスマートグラスに気付き警視庁に通報したことによる.早稲田大学はこの受験生のすべての入試結果を無効としたとしている.その後,受験生は警視庁から偽計業務妨害で東京地検に書類送検され,地検は非行事実アリとして家裁への送致を決めた.一方で,大学入試センターは次年度の共通テストでは受験案内の中でスマートグラスの使用不可を明記することとしている.

 この事件に対し,不正行為に対する受験生への非難の声が多数挙がると同時に,過去にも多くの類似した不正が見逃されているのではないかという懸念もある.大学側の対応としては,電子機器の持ち込み制限,電波遮断,検査体制強化,罰則の厳格化などが考えられるが,大学入試制度そのものの崩壊を懸念する声も挙げられている.不正技術の進化に対して大学側対策が後手に回る「いたちごっこ」状態を打開するのは根本的に難しいものと考えられる.

 事件に使われたスマートグラスは実物が公表されているが,社名やブランドのロゴ部分は隠されており,メーカーおよび機種は公表されていない状況にある.非公表の理由は模倣犯行を防ぐためと見られるため,(本会はジュニア会員も多いので)本稿でも各社報道に倣ってメーカー・機種を明示せずにこのスマートグラスについて述べる(図-1).このスマートグラスは,見た目はほとんど普通のメガネだが,カメラと通信機能を有し,撮影した写真をSNSなどに投稿する機能を持つ.ただし,今回のような不正利用にあたってはいくつかの問題が考えられる.

図-1 事件に使われたスマートグラスと類似の商品
両サイド(ヨロイ部)にカメラが備えられている.※警察が公表したものとは異なり筆者の手持ちのもの.
  • 国内で未販売のため入手は難しい(受験生はフリマで入手したとのこと).

  • 国内でスマホ用専用アプリをダウンロード・インストールできない.不正なやり方でアプリをインストールした可能性がある.

  • 撮影時に大きなチャーム音が鳴ると同時にLEDインジケータが点灯する.盗撮を防ぐためにこのような機能が入っているが受験生はこの機能を無効化したと述べている.

  • 撮影はテンプル(ツルの部分)にタッチする必要がある.肩肘をついて考えるフリをして撮影したのではないかという報道がある.

  • ディスプレイ機能がないため,投稿操作や返答チェックなどにはスマホ画面を見る必要がある.受験生はしきりにスマホを操作したり見たりしていたことになる.

  • 国内で無線通信の技術認可を受けていない.届出なしに利用するのは電波法違反である.

 本件は,事前に知り合いに協力を依頼していたことなどを含めて,大学側は「悪意をもって入念に計画されたもの」としているが,一方で,メガネにおいてカメラ部が露出しておりよく見れば分かること,試験中に長時間にわたりスマホ操作していたことなどについては監督者が見抜く余地があったかもしれない.

 このような「普通のメガネに見えるスマートグラス」はスマートグラスのトレンドの1つであり,近年多数販売されている.以下のような種類がある(ここでは機種名はあえて述べない).

  • オーディオグラス:メガネにBluetoothイヤホン機能を内蔵したもので多くの製品が出ている.見た目はほとんど普通のメガネと区別がつかないものが多い.音声出力は多くの場合オープンエアー型のスピーカーで行われ周囲に音が漏れるため,不正利用には向かない.

  • カメラグラス:いくつかの大手企業が販売している.これらの商品の多くはカメラが一目見て分かるデザインになっており,撮影時のシャッター音やLEDインジケータ,撮影のためのメガネを触るアクションの強要など,盗撮等の不正利用防止のための多くの工夫がなされている.一方で,カメラが目立たないデザインの「スパイメガネ」と呼ばれるものがネットなどで専門業者などから販売されており,その一部にWi-Fiでスマホに映像を送って中継ができるものがある.ディスプレイがないためフィードバックが得られないので,今回のような不正利用にはそれほど向かない.

  • ディスプレイグラス:ディスプレイモジュールが最近急激に小型化し,普通のメガネと区別がつきにくいディスプレイ付きのスマートグラスが現れてきている.AI利用ができることを売りにするものもある.回路やバッテリー,光学モジュールなどが内蔵されるため,一部が膨らんでいたり,充電用のコネクタ部があるなど,メガネを外してよくチェックすれば分かるものの,これらを見抜くのは根本的に難しい.

 実はカメラとディスプレイを両方備えたものもいくつか存在し,完全なものがあれば不正利用に適した厄介なものと考えられる.現在はまだ,よく見れば分かる端子や膨らみがあるなど普通のメガネとは見分けがつくものが多いが,今後はもっと区別できないものも増えてくるだろう.対策としてまずは無線通信を監視することが重要だが,単独でAIを利用できるものに対しての対策は難しいだろう.根本的な解決策としては,メーカーが普通のメガネと区別がつかないようなものは作らないよう規制を行うこと,不正行為に対する厳罰化,現場の試験監督による受験生の持ち物,身につけているもののチェックを徹底し,さらには試験時間中に不審な行動によく注意することなどが考えられる.

 「普通のメガネに見えるスマートグラス」は,現場でのニーズがあって進歩している.長時間利用する場合は軽さ,手軽さが求められるし,周りの人への違和感を減らすためにも有効である.特に接客業などで客からの違和感が少ないことは非常に有用とされる.スマートグラスはDXの要として注目されているものの,悪用にも有用という側面を持つ.良い面を伸ばしながら,悪い面を防いでいくという努力が必要である.

 ここで,「普通のメガネに見えるスマートグラス」以外にも,近年流行しているスマートグラスにはいくつかのタイプがあるので簡単に紹介しておきたい(図-2).最近突然増えてきているのが,カラーパススルーゴーグルである.これは没入型のゴーグルで,ゴーグル外部にカメラを備え,カメラ映像をゴーグルの中に表示できるようにしたものである.「ビデオシースルー」とも呼ばれ,HoloLensなどのように実世界を直接見る光学シースルーと比べると,実世界の見た目の加工が容易で,広い視野角が実現できるというメリットがある.教育,製品・建築デザイン,エンターテインメント,医療などの分野での利用が増えている.特にApple Vision Proが注目を集めているが,約60万円という高価格が普及の障壁となっているため,実際にはより安価なMeta Quest 3などが広く使われている.

図-2 最近流行のスマートグラスの5つのタイプ
上段が最近の流行で,普通のメガネに見えるスマートグラスとカラーパススルーゴーグル.下段がこれまでの流行で,両眼接続型グラス,業務用単眼グラス,光学シースルーARゴーグル.

 XREALの製品をはじめとする両眼接続型グラスは,スマートグラスからケーブルでスマホなどに繋いで利用するもので,寝転がってビデオを視聴したりゲームをしたりするのに使われる.テザー型とも呼ばれる.TCL,Lenovo,VITURE,Rokidなどから商品が発売されている.

 業務用単眼グラスとしては, VuzixやRealWearの製品が代表的で,10年以上前に話題になったGoogle Glassに端を発する(Google Glassはすでに終了している).主に,作業効率の向上や現場での情報提供に利用されている.

 HoloLensをはじめとする本格的な光学シースルーARゴーグルも市場には広く展開している.HoloLensは事実上終了した(軍事用を除く)が,Magic Leapが代わりにエンタメや医療,製造などの分野で使われている.

 このようにスマートグラス市場はますます多様化し,各製品が持つ独自の特徴を活かしながら,より幅広いユーザ層に対して魅力的なソリューションを提供することになるだろう.今後の技術革新により,これらのデバイスがどのように進化し,私たちの日常生活や業務にどのように影響を与えるか,非常に興味深い展開が予想される.不正利用や盗撮,プライバシー侵害,犯罪利用などの悪い使い方を防ぎながら,良い使い方をより高めていくことが望ましい.

(2024年7月15日受付)
(2024年8月16日note公開)

■ 塚本昌彦(正会員)
神戸大学大学院工学研究科電気電子工学専攻教授.ウェアラブル・ユビキタスコンピューティングの研究を行っている.20年以上にわたり日常からスマートグラスを着用している.NPOウェアラブルコンピュータ研究開発機構理事長,NPO日本ウェアラブルデバイスユーザー会会長.